恩師の米寿祝いも兼ねて市内のホテルで(卒業後10回目となる)古希同級会が開かれた。

卒業時に130人ほどいた同級生だが、病気や仏事など直前キャンセルもあって出席したのはすこし寂しい34名。
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「人生七十古来稀なり」。外見は少々シュリンクして草臥れた顔になったが、中身は昔のまんまだ^^
時空を超えてすぐに少年少女に戻るのが同級会。
飛び入り出し物もあって楽しいひと時がアッという間に過ぎる。
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テルちゃんを先頭に今回も「ちょるちょる音頭」の輪で締めくくった。
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2年後に大阪大会の開催を決めて閉宴した。

2次会では懐かしのヒットパレードが続いた。
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翌日は国東半島耶馬渓紅葉めぐりバスツアーに出かけた。
両子寺では副住職の寺田豪淳さんより古希健康祈願の御祈祷を受けた。
全員で般若心経を唱え、大般若経本の御加持をしていただいた。
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授かった古希のお守り。
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天念寺~富貴寺~昭和の町~耶馬渓・御霊もみじと巡って夕刻に戻って解散した。
御霊紅葉を背に集合写真。(逆光^^;)
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1年ほど前から実行委員会で準備してきたのだが、終わってしまえばあっという間だった。


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# by jinashi | 2018-11-27 10:13 | 伊美中学校第17回卒 | Comments(2)



70の大台に乗った記念に同い年のジュリーのコンサートに出かけた。

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大分iichiko総合文化センターグランシアタ(座席数1966席)はたぶん満席。
客席はほぼ女性が占める。ぽつりぽつり見かける爺さんは後ろ頭が気になる御仁ばかり(同じく^^)。

ピエロの衣装?で登場した沢田研二と柴山和彦のギターだけによるロックの大音響で開演した。
ステージに近いところではファンクラブ?の女性団(かなりの婆さまもいる)がいきなりの総立ちで手を振る。

やや太めながら(衣装で体形を隠してはいる?)ステージを左右に駆ける。
20歳の頃、じなしはジュリーと身長と体重が同じだった(顔は随分違う^^)・・お互い贅肉?がついてきているので今も同じぐらいだろう(笑)

後半になって例の「ドタキャン話」となった。
51年の歌手人生。60歳の爺コンサート、70歳の糞爺コンサートと全国ツアーをやって行くうちに自分らしさを貫くのもわからないでもない。

伸びのある歌声を聞くと昔を彷彿させる。
柴山和彦のギターも上手かったなあ・・
知っている歌は「カサブランカダンディ」だけだった。
タイガース時代の「銀河のロマンス」や「落ち葉の物語」、「Smile For Me」などスローなバラードを聴きたかったな・・・


70代もまだまだやれそうな気持になった。
それにはなによりも健康が一番だ。


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# by jinashi | 2018-11-22 15:11 | 生きる力 | Comments(4)



2008年11月にローマ教皇によりペトロ岐部と187人殉教者が福者に列せられてから10年を迎えたのを機に、NPO国東半島くにみ粋群では「ペトロカスイ岐部神父列福10周年記念シンポジュウム」を開催した。

ペトロカスイ岐部は日本人で初めて徒歩で聖地エルサレムを訪れ、ローマで司祭に叙階された郷土国見の先哲で、「日本のマルコポーロ」や「世界を歩いたキリシタン」などといわれている。
2008年11月には「列福を祝う集い」を、2012年には
「聖人にする集い」を開催した。

シンポジュウムの前にはエクスカーション「浦辺の伝キリシタン遺産めぐり」がおこなわれた。
ペトロカスイ岐部神父記念公園でエコツアーガイド藤本美樹さんによる説明を聞く。
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基調講演は洋画家でキリシタン歴史画を描く村田佳代子さん。
この秋には村田佳代子さん絵画展「ペトロ・カスイ岐部奇跡の生涯展」(全30点)も催された。

若者には語学力を高め、好奇心を持って学問に励むこと、地域住人には故郷の尊さを再認識すること、ペトロの生い立ちの場所(城山・殉教公園・小聖堂など)を観光資源としてもっと活用すること・・・などを話された。
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ミニコンサートも行われた。

じなし同級生の蔵本和美君は若かりし頃、作曲家船村徹さんの内弟子となったことがあり、それが縁で船村徹さんよりペトロカスイ岐部を題材にした国見町ご当地ソング
「道標」を作曲していただいた。
溝口伸一さんのギター伴奏により熱唱した。
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村田望さん(村田佳代子さんの娘さん=ソプラノ声楽家)のミニコンサート。
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地元、国東高校双国校2年上野涼くんによる「ペトロカスイ岐部神父への手紙」が読み上げられた。
上野くんは小学生のとき、みんなでローマ教皇へ手紙を送っている。
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最後に国東高校双国校教諭の田本政宏先生により、ペトロ岐部の生涯から現代社会が学ぶことをテーマにした講演があった。
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世界「人」遺産ともいえるペトロカスイ岐部神父だが、その強い生きざまをふるさと国見に生まれた次の世代の人たちに伝え、世界に向けて発信していくことで福者から聖人に近づいていくのだろう。


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# by jinashi | 2018-11-21 11:32 | ペトロ岐部とキリシタン史 | Comments(2)



移動性高気圧に覆われて秋晴れが続いている。
午後から用事があるので近場で「国東半島山ガイド本」未登の田原山東を登る。

別名のこぎり山ともいわれる田原山はスリリングな岩稜歩きで人気の山だ。大観峰が最高地点(542m)で本峰は八方岳だと思っていたら、その東側に三角点「田原」があることをガイド本で知った。
杵築市大田沓掛あたりから望む田原山。
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 田原山東(たわらやまひがし・543m)
 ~国東半島山ガイド本No.48


杵築市大田の鮎帰(あいげり)地区で家の前にいた女性にお願いして道路脇に車を停めさせてもらった。
鮎帰簡易水道組合の建物横から山に入る。8時44分。ここの標高≒250m。

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荒れた作業道を進む。
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左にカーブしたところで木に取り付けられた豊嶺会の登山口標識を見つけた。
ここから山に取りつく。
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いきなりの急勾配を木に掴まりながら登る。
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尾根に上がって一安心。
雑木交じりの植林帯を登って行く。
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テープを探しながら進む。
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大岩の横を通る。
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きれいに整備された杉林を通る。
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すぐに荒れた雑木林となる。尾根も広くなってきた。
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急勾配となってきて、ひと登りで最初の尾根ピークに上がる。
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小さなピークをアップダウンしていくと次第にテープも少なくなってきた。
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道なき尾根道を進む。古いテープが時折見られる。
樹間から西に田原山の岩峰が見える。大観峰か?
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シロヨメナ?
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前方にピークが見えてひと登りで紅白ポールが立つ山頂に着いた。
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豊嶺会山頂標識が取り付けられたポールと三角点白杭のあたりを探したが石柱三角点は見つからなかった。
西の大観峰とほぼ同じ標高で、HP測量基準点を見ると3等三角点田原542.96mとなっている。
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下山は往路を戻る。
荒れた尾根筋にテープをつけながら戻ったが・・豊嶺会では尾根ピークを巻いたコースを歩いたのかもしれない。
1時間ほどで下山。
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国東半島の紅葉ももうすぐ・・・
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鮎帰集落P出発8:44→9:12大岩→9:40大石のある尾根→10:04田原山東山頂10:14→11:14下山
(登り=1時間20分、下り=1時間)

登山口標高≒250m
沿面距離≒3.1Km
累積標高差(+)≒390 m
所要時間=2時間30分(休憩時間を含む)
(GPSマップ~拡大します)
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宇佐市にて~

イヌセンブリ
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リンドウ&てんとう虫
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オオジシバリ?
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# by jinashi | 2018-11-06 11:10 | 国東半島・宇佐の山歩き | Comments(9)



六郷満山1300年祭イベント「奥の院秘仏御開帳と岩屋探訪会」も2日目を迎えた。
今日は「石造太郎天像里帰りと西不動岩屋トレッキンング&記念文化講演会」がおこなわれる。

早朝に太郎天運搬チームは本堂に集まり、出発法要を行った。
石造太郎天像を緩衝材で丁寧に包んで運搬用段ボール箱に収納?し、晒し布で覆ってロガーキャリア(背負子)に固定した。
収納された太郎天像を背に本堂前で記念写真。
出発を前に緊張の面持ち・・・
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本堂を9時に出発。
太郎天岩屋までの距離は約3.2 Km、標高差約270 mを歩いて運ぶ。
重さは 17Kgほど。

峯入り装束の千燈寺・今熊豪宏住職を先頭に隊列で進む。
最初の運搬人は千燈寺総代長のS川さん。御歳80歳になられるが、お元気で本堂から山門を出てS川さん宅前まで100mほどを運んでいただいた。
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地元出身のY野さん(ハンドルネーム=太郎天さん)は尻付岩屋まで。
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T内さん、G藤さん、H島さんとつないで、阿弥陀越から300mほどのアップダウンコースはじなしも担がせていただいた。

太郎天岩屋までの急斜面をトラバースする難路をY野さんに担いでもらい、ほぼ予定通りの時間(10時25分)に太郎天岩屋にたどり着いた。

室町時代の作といわれる石造太郎天像(国東市指定文化財)は昭和39年に国見町指定文化財となっている。その当時に千燈寺に移されたとすれば55年ぶりの「里帰り」となる。
岩屋への「お土産」も供えられた。
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さっそく今熊住職より里帰り法要がとり行われた。
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法要の後、午後から講義をされる山本先生による岩屋の現地学習もあり、60名ほどのトレッキング参加者の皆さんは耳を傾けた。
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30分ほどの岩屋滞在のあと太郎天像は再び運搬用段ボール箱に収められ、往路を寺へと戻った。

予定時間より少し早く寺へ帰った。
新調なった厨子に石造太郎天像を納めて無事に里帰りの旅を終えることができた。

(本日のルート~拡大します)
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午後から千燈寺本堂では日本山岳修験学会理事の山本義孝先生による講演がおこなわれた。
演題は「千燈寺から六郷満山の謎にせまる」
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石造太郎天像の高さは約50cm。背に羽があり、風貌は鼻が大きく天狗を思わせる。これまで修験者の守護神といわれていたのでそう信じていた。
山本先生の話では太郎天は「天」部の仏ではなく、「天童」を意味する山の神「守護神」で、中国仏教の影響を受けた北部九州に広がった山の神の信仰だという。
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ここ千燈地区は胎蔵界の東不動、金剛界の西不動とし、全体は立体曼荼羅を表わしているという。その立体曼荼羅に身を投じ神仏一つになるために山に分け入ったという。
そして、千燈地区を取り巻く山の尾根は修験者の奥駆道であるというのだ。
地理院マップでみると、鷲巣岳~阿弥陀越~太郎天岩屋~黒木山~千燈岳~五辻岩屋と馬蹄形に縦走できそうだ。吉野と熊野を結ぶ大峰奥駆道と同じような修行の尾根道ルートとなるだろう。
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中野幡能氏は千燈寺の近くの伊美郷が、紀伊半島の熊野の那智と瓜二つのように似通っていると表現しており、那智が補陀落の浄土であり、六郷山信仰も宇佐に発して峰々を修行し千燈寺でクライマックスを迎える。これを表すのが不動山不動崫の五智の修法であり、補陀落の浄土を表すものが、五輪の塔群であると。千燈寺は六郷山信仰の補陀落の浄土であった・・・と書いています。(概略)(HP鬼と仏の国東半島めぐりより)
※中野幡能(なかの はたよし)東京帝国大学文学部卒、日本の歴史学者。宇佐八幡宮の研究で知られる。



2日間、多くの皆さんに参加していただいき、奥ノ院秘仏を拝観し、東西岩屋トレッキングやコンサートを楽しみ、山岳宗教の歴史を学んだ。


ふるさとの岩屋へ里帰りした太郎天もきっと喜んでくれただろう。



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# by jinashi | 2018-11-02 14:19 | 国東半島あれこれ | Comments(2)