登山口~西方寺林道大藤岩屋入口

阿弥陀越から登る鷲巣岳(わしのすだけ・437m)  大分100山~5回目
二郷山友会O会長より鷲巣岳を阿弥陀越より直登するコースへと誘われる。大分市の山女3人組のみなさんも「国東六郷満山三十三ヶ所霊場巡り」と「大日向本子さん人形展鑑賞」がてらに登るという。
あの断崖の先端部をどうして登るのか・・・少し不安もあるが大いに興味もある。
M夫婦にいっちゃん、ありさんも急遽参加となり総員9名がにぎやかに西方寺に集合する。会長より初対面の人には紹介があって登山口の大藤岩屋へと向かう。
西方寺林道を進んで峰入り道の大藤岩屋入口に着く。準備をして入山。
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阿弥陀堂のある大藤岩屋へと木の根を利用したハシゴを上がっていく。
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阿弥陀越を左へと入る。(まっすぐは大不動岩屋から尻付岩屋へ続く峰入り道、右へは太郎天岩屋方向)
すこし先の高台から要塞のような山容が見えてくる。
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自然林から植林帯へと入り急坂を上って行く。
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山頂直下へと辿り着く。直登コース(昔登ったそうだ)を探すが・・・見つからないようだ。
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山頂部の左を巻いて東へ廻ると古いテープがあってここから大岩を登るコースに出会う。
O会長は以前ここからも登ったことがあるそうで身軽に上部を目指したが・・・。今回は(ザイルの装備もなく)危険なのでと途中から降りて来た。先端部の橙の木へ上がり着くようだ。
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すこし先へ行って上がれそうな所を見つける。浮石に気をつけながら立ち木に摑まって登る。
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20mほどの高さを登ると見慣れた山頂尾根へと飛び出す。
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右へと役行者、蔵王権現、不動明王の並ぶ祠に向かう。
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2等三角点の前で山頂写真。後に離れてひとりポーズをとる人が・・・。
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そばに去年秋の地元教育委員会主催子ども会登山会「わくわく体験・・」記念プレートが
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先端部から南西方向を見る。
手前に並ぶ岩尾根は後野越の稜線。その向こうの岩尾根が中山仙境(高城316.9m)。左後方の山がハジカミ山(570m)。その後が尻付山(587m)。
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西方向。後野越から岩尾根が連なる。真ん中のピークは1週間前に夷から登った高岩(353m)。左向こうの丸い山は猪群山(458.2m)。
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下山途中で往路が不明となるが植林帯を目視で大藤岩屋方向へ進めばほぼ登山口近くの谷へと下りる。
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# by jinashi | 2011-03-09 18:26 | 国東半島・宇佐の山歩き | Comments(0)

豊後高田市黒土三畑登山口

伊美山(いみやま・497m) ~国東市と豊後高田市境の里山
予報どおり今日は朝から小雨が落ちてきた。2月20日に大分市のうさぎ&かめの山楽校のみなさんが登った赤根の伊美山に登ろう。近くの山なのにまだ縁がなかったが・・・小一時間もあれば登れるだろう。水とキャラメルだけもって(おっとビニール傘も)赤根に向かう。
地蔵峠トンネルを出て100mほど下り右の狭い舗装路へと入る。人家が見えてきて防火用水そばの空き地に車を停める。ここにもしっかり穴井標識がある。
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3軒ほどの三畑(みはた)集落で、住んでいるのは1軒のみか?
民家の間の舗装路を歩き始める。9時5分。標高≒350m。小雨が降り続いている。
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この先は日本テレコム(株)所有の山林と表示がある。チェーンゲートを越えて進む。
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カーブの広場から並石耶馬に続くきれいなピーク(≒450m)が見える。
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崩壊地横のカーブミラーのあるところから山に取り付く。
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杉林の急坂を登る。
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尾根へと上がる。
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右へとすすむとすぐに516mの伊美山最高点につく。(反対側のすぐ西には530mピークがあるが・・・)
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その先で右に見えた黄色テープに誘われて急坂を下る。(まっすぐを下るのが正解) つい最近間伐がされたようで切り倒された幼木が散らばって進路がわからなくなる。地蔵峠トンネル方向への(下る)ルートに入ったようだ。元に戻ればよいのに、右往左往しながら強引に山頂部をめざして左の尾根へと上がると赤テープをみつけて一安心。20分ほどロスして尾根道を歩く。
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すぐに丸く切り開かれた山頂に着く。10時5分。
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標高497.6m。先のピークより低いものの3等三角点がある。新しい山頂プレートは山楽校のみなさんが取り付けたようだ。
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山頂から見える屋山。長安寺のある山。
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雨足も少し強くなったようでまっすぐに往路をもどって下山。10時33分。
ゆっくり登って40分、下りで30分というところか。
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山頂の松の木から出ている松脂。
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# by jinashi | 2011-03-08 14:14 | 国東半島・宇佐の山歩き | Comments(0)

岩に彫られた古代の文字や絵のことをペトログラフという。そして日本では漢字が伝わる前の文字を神代文字という。
この神代文字が彫られた大岩が国東半島にあるということは5年ほど前に地元紙で報道されたことをおぼえている。
数年前に国東郷土史研究家の邦前文吾(くにさきぶんご・ペンネーム)さんにこの岩のことをいろいろとお聞きしたことがある。今回、国見観光ガイドの現地学習会として文吾さんに講師をお願いし、現地へ案内していただくこととなった。
まずは事前学習会で「国東半島こそが古事記の舞台である」という文吾さんの研究の一端を聞く。
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神代文字を彫った岩は下関彦島や飛騨高山、青森・北海道などにあり、弥生中期の遺跡や秦の始皇帝が不老長寿の薬を探させた徐福の伝説がある地に多いらしい。
8名の参加者は2台の車に分乗して国東町成仏の現地へと向かう。
近くの道路わきに車を止めて山道へと入る。しいたけのほだ場を通りぬけて尾根筋にあがると小高いところにその大岩が見えてきた。この辺りでは明見石(みょうけんいわ)、または八乙(やおつ)の磐座(いわくら)といわれているようだ。
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この岩を発見(こどもの頃から知っていた)したのは近くの溝辺安司さん(故人)。7~8年ほど前じなしが赤根で種田山頭火について調べていたとき、紀行平刀鍛冶について調べていた溝部さんと出会い成仏の自宅を訪れたことがあった。戦後、家宝の刀剣を警察に没収されたことなどを聞いた。
こちら(北)に向かった岩の上面に彫られた神代文字。
「トミアキタラシナカオキテンノウ」と書かれているらしい。万葉仮名の漢字で表現すると「富金足長息天皇」となるらしい。25代天皇のことのようだ。(神武天皇は73代)
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大岩の大きさは約3.5m角、厚さ約1.5mで軟質花崗岩の日本一(いや世界一かも?)の大きさのペトログラフ石だそうだ。
南面にも神代文字の列が。
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木漏れ日の中に浮き出るペトログラフのアップ写真。
ソコヲヤキ     其処を焼き
ヨキチホレ     良き地掘れ  
シモワトク     下は疾く   
ヒワノカミノリヨ  日輪の神宣りよ
シフキアエス    子不起あえず 
ネツキヨタス    根付き代足す 
テムダ       日神子(ヒミコ)   
  ~と書かれているらしい
写真をとると雲が湧いたように白く映ることもあるそうだが・・・じなしは霊感がないので普通にうつっていた。
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戦後まもなくどこからかやって来た人が、風化がすすんでいた文字を彫り直したともいわれている。
南の後方に本体から分割された岩が立てられており
  〇(日輪)  富山   山陵   
と刻まれており、越中(富山)の神通川上流にあったという皇祖皇太神宮と関係しているという。
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全体が丸く盛り上がった感じで、文吾さんは前方後円墳の円墳部分ではないかと言われる。
文字からもヒミコの墓を連想する。
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文字岩への途中には似たような大岩があり、水をつかって祭祀をしたものか?人為的な帯状の溝が掘られている。
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麓の住居あと(溝部さん旧宅)には古い石塔などが多く、廻りにタタラ製鉄で出来た金クソ(使えない製鉄カス)が転がっている。
5~6センチ径の穴が沢山掘られた盃状穴のある大石もある。
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はじめて見るペトログラフ文字だったが・・・こんなモノがこの国東半島にあるのだ。文吾さんの言われるようにここはほんとうに古事記の舞台となったところなのかも知れない。


次に立ち寄った富来の八坂社(富来神社)。祭神はスサノウ。お参りすれば宝くじが当たるといい「富くじ(来路)当せん参り」で売り出してきた。
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神殿横から入ってすぐにあるオスの唐獅子。3体の子どもを守っている。
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神殿にむかって左に雌の唐獅子。「運玉唐じし」と命名されている。大きな玉は子どもを孕んでいるという意味もあるようで、この玉に宝くじや手をさするとご利益があり願いがかなうそうだ。
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ちょうど観光客の皆さんを案内されていたガイドの河野洋一郎さん。富来ようなれ会の会長さんでじなしとはこれまでいっしょに「み仏の里くにさきウオーキング」の委員をやってきた。
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# by jinashi | 2011-03-07 19:57 | 国東半島あれこれ | Comments(5)

2月のはじめ、HP「大分の山と町」の小関さんより豊後高田市夷の中山仙境の北に連なる岩峰にひときわ聳える353mピークについてルートの問合わせがありました。小関さんHPの掲示板に福岡の方から問合わせの書き込みがあったようです。
地元「二郷山友会」会長のOさんとルート探索に出かけてきました。
 青~登山口  赤~山頂

高岩(たかいわ・353m~豊後高田市夷)
国土地理院マップに夷谷から北の西方寺へと越える道が点線で示されおり、353mピークのそばを通っているのでこのコースを辿ってみることとする。
夷の上り口(楽庭神社よこ)でおばさんに聞いたところご主人が出てきて「てるちゃん(この近くに住むじなしの同級生)から聞いちょるで」といわれる。先日てるちゃんに会ったときに昔の西方寺へ越える道を聞いていたのだ。ご主人は地元の建設会社に勤めていたIさんで若いときは40分ほどで西方寺まで越えたという。Iさんよりそのピークは「高岩」だと教えてくれる。

夷の楽庭神社横の広場に駐車して坂道を歩きはじめる。
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上り口にある案内板
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左奥へと舗装路が(西方寺方面に)続いているようだが・・・右の山道へと入る。
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左手にお地蔵様などが並んでいる。(峠越えの安全祈願の)道祖神のようだがかなり荒れている。
後になって青鬼さんより「石板が倒れているがこれは六地蔵のようだ」と教えていただきました。地元の大力さんから聞いたそうです。
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15分ほど登ると左に石灯籠?があって奥へと苔むした石段が続いている。奥には(入口案内板にあった祇舎谷不動といわれる)不動様が祀られているようだ。
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この先で道が分かりにくくなり何度か間違える。30分ほどのロスで西方寺へと越える峠尾根に着く。ナラの木が立っている峠を「高岩越」と名づけることにする。
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左へ向かうと樹間から高岩のピークが見えてくる。大崩山系鹿納坊主に似ている。
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高岩越から10分ほどで手前の大岩を巻いて直下に辿りつく。ここから急勾配を登る。
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三点確保で潅木や岩に摑まって登りきれば高岩に上がる。全方位絶景の岩場だ。西風強く少し寒い。
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南には中山仙境の山塊が。かつて左の最高地点高城(316.9m)からこの高岩を何度か望んでいる。後にハジカミ山、尻付山。
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峰入りのときに夷から西方寺へと越える「後野越」は南東部方向。途中から岩峰のひとつで「一望岩」というところがあり、写真家のF先生から「はしごを持って登れば上がれるで」と先日教えていただいた。奥は黒木山。黒木山手前三角の岩峰が322.4mピークか。
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東には西方寺奥の集落越に鷲巣岳が横たわる。その右手奥には凸形の五辻不動が望める。(ズーム)
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山頂写真。
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4等三角点がある。そばに紅白ポールが朽ちている。
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赤テープを持ってこなかったので、Oさんがナタで雑木を切って印をつけながら下山する。
途中にある猪のぬた場。おふろです。
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下りは45分ほど。間違わずにまっすぐ登れば1時間ほどか・・・。現在工事中の林道が完成すれば西方寺から入れば楽に登れるようになりそうだ。
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北尾根筋に周回コースが出来れば(見つければ)中山仙境に劣らぬすばらしいコースとなるだろう。

途中に咲くやぶ椿。
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Iさん方のまるまる太った大きな(アメリカンショートヘア?)猫・・・なんと名前は「チビ」003.gif
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# by jinashi | 2011-03-02 17:25 | 国東半島・宇佐の山歩き | Comments(4)

由布岳撤退す
ほぼ2ヶ月ぶりの山行きだ。早い春を見つけに由布に登ろう。
午後から下りの予報なので早めに出発して7時前に中央登山口に着く。車は5~6台。
久々の山歩きで足腰にすこし不安を感じながらすっぽりと雲に隠れた由布に向って歩き始める。
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ほとんど寒さを感じないほどの気温で樹林帯に入るとうっすらと汗もでてきて上着を脱ぐ。
合野越えに近づくとぱらっと雨が落ちてくる。新しいベンチで一休み。
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様子をうかがって先へと歩き始める。すこし歩くとまたパラパラとすこし大粒な雨が落ちてくる。ここでリタイヤを決めてUターン。標高1050mあたりか。久々なので無理はすまい。
登山口へ戻ると数組のパーティが準備中。 歩行距離≒3km?
ミツバツツジの蕾がすこし膨らんだ感じがしたものの春はもう少し先のようだ。
 さてこのあと何処へ行こうか?


大岩扇山(おおがんせんざん・691m)   
 玖珠町~大分100山 2回目   

ママの大分100山稼ぎに大岩扇山へ登ろう。
道の駅湯布院で一休みして水分峠からR210を玖珠へと向かう。九重町へ入るとすっかり晴天となってくる。
R210から望む大岩扇山。溶岩台地メーサの山で万年山や伐株山などこのあたりに多い。
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玖珠インター先を自衛隊道路へ入り先の分岐から狭い舗装路を上り詰めると影の木集落へ着く。広くなった道路脇へ駐車。立派に整備された指導標に沿って歩き始める。
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すこし歩くと八丁坂に出合う。
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森藩主が参勤交代で利用したといわれる石畳の坂道だ。この先の八丁越まで延びている。安心院から鹿鳴越えで豊岡へ出て海路で大阪へそして江戸へと向かったようだ。
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登りきった八丁越の峠を左へ入り(右に小岩扇山へと続く)くぬぎの幼木の道を緩やかに進む。
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TVの共同アンテナ?が見えてきて2006年12月以来2度目の山頂に着く。ママの大分100山は97座目となる。003.gif
豊前坊と刻まれた石碑がある。牛馬の守り神である英彦山高住神社と関係があるらしい。
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お湯を沸かしてカップめんを食べようとしていると一人の男性が登って来た。
こんなマイナーな(失礼)山へ登るのは大分100山登りに違いないと話しかけたところ・・・その通りでこの山で76座目?だそうだ。大分市のNさんで福岡より大分に転勤になり、休日にはせっせと100山ツブシを楽しんでおられるようです。記念にじなしと一緒に撮らせていただきました。Nさん、またどこかでお会いできれば良いですね。
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山頂からは全方位が見渡せる。
こちらはくじゅう連山、涌蓋山(わいたさん)方向。
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影の木集落に下山すると、となりのくぬぎ林に放された牛からじーっと見られる。
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角埋山(つのむれやま・576m)

大岩扇山から下りて森藩城下町へ入る。6~7年ほど前に「リメンバー山頭火ウオーキング」のイベントに参加してこの町をゆっくり歩いたことがある。
現在の森町を中心として栄えていた森藩は、豊後八つの藩のなかで最も小さく、一万四千石ほどでした。藩主久留島氏はもともと瀬戸内海の村上水軍の頭領で、関が原の戦いで西軍方について破れ、豊後森藩へ移封。その後初代康親から12代通靖までの約270年間、藩政がしかれていました。8代藩主通嘉公の時、末広神社の改築に着手。周辺には久留島庭園や清水御門、栖鳳楼など文化の薫る建造物が今もその姿をとどめています。小藩ながら雅な華を咲かせた森藩。町の一角には往時の面影が色濃く残っています。(玖珠町商工会HPより)
石畳に昔風の商家が並ぶ通りの中ほどにあるY薬局に立ち寄る。3週前にママが福岡のオイスターセミナーでご一緒となりその後電話を戴いたりしている。 ご主人Yさんにご挨拶。(奥様は不在でした)Yさんより角牟礼城(つのむれじょう)跡がのこる角埋山に登ってみるようにすすめられる。角牟礼城跡は〈おおいた遺産〉に認定されている。
車で5分ほど林道を登りあがると周りを石垣で囲まれた駐車場に着く。遊歩道をすすむと穴太(あのう)積みの立派な石垣が続く搦手(からめて)門の跡にでる。
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二の丸跡から大手門跡をすぎてひとのぼりで本丸のあった山頂部にあがり着く。丸く平らな山頂部から360度の景観が楽しめる。
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角牟礼城跡駐車場から見る森の町並み。むこう真ん中の丸い山は宝山。
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帆船海王丸
帰路の別府国際観光港に大きな帆船が停泊していたので立ち寄る。海の貴婦人といわれる「海王丸」だ。子ども達のための海洋教室がおこなわれているようだ。
昭和5年2月の進水以来商船学校の練習船として多くの若い船員を育ててきた。 全長97m、最高マスト海面高46m、総トン数2200トン。母港は富山県射水市。独立行政法人航海訓練所の所有。姉妹船にわが国最大の帆船「日本丸」がある。~ネット検索にて
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船首には横笛をもった金色の女神像が。
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# by jinashi | 2011-02-28 12:12 | 大分県の山歩き~その他の山 | Comments(0)