台風12号は記録に無い経路で進んでいる。
我が町にはいつもは去っていく方向から向かって来ていて、夕刻には最接近しそうだ。
上空にある「寒冷低気圧」などの仕業らしい。

嵐の前の静けさか・・平穏な朝を迎えた朝寝フリル。7歳になりました^^
a0166196_16102343.jpg



蛭兒大神宮

午前中は天気が持ちそうなので、夷谷・中山仙境周辺の歴史遺産の探訪に出かけた。
向かったのは夷谷温泉手前(中山仙境下山口から夷谷温泉へ向かってすぐ)の上坊中にある神社。
以前通った時にこんなところに何の神社だろう?と思っていた。
(マップ)

階段の上にある鳥居。
a0166196_16134827.jpg

額束には「蛭兒大神宮」とある。
柱を見ると享保三年の建立となっている。
a0166196_1614956.jpg

上を目指して大岩の間のコンクリ石段を登って行く。
a0166196_16144913.jpg

平らな広場のようなところ(今は杉林)があって、その上の岩屋に社が見えた。
a0166196_16152873.jpg

わりと新しい杉板の床の奥に社殿がある。
a0166196_16155130.jpg

社殿の後ろは大岩が取り囲んでいる。
a0166196_1616159.jpg


豊後高田市文化財課HPの「中山仙境(夷耶馬)名勝報告書」には~
【蛭子社 】
霊仙寺旧墓地より数百メートル東へ行った所に見える「蛭子大神宮」の扁額のある鳥居から石段を登った先にある岩屋内の小社。東夷では六所神社の根源と伝えられており、六所神社の神事の際には、必ず蛭子社から祝詞を奏上する。
字「今夷」に位置し、『六郷山巡礼百八十三ヶ所霊場記』に記載のある六郷山の峯入りのルートにも「第百三十四番 三重村夷今夷」と登場する。


かなりの歴史を感じさせる空間だった。
蛭子=夷。ここの地名「夷」の大元になる神社なのだろう。



焼尾塔ノ本国東塔・庚申塔


近くにある焼尾阿弥陀堂下の国東塔・庚申塔を訪ねた。2度目かな?

総高2m34㎝。基礎、台座、塔身、笠、相輪がきれいにそろった国東塔。
南北朝時代の作と言われる。県指定文化財。
(国東塔後の杉林に先の蛭子社がある)
a0166196_16165389.jpg


国東塔の一段上に三基の庚申塔がある。
庚申塔とは~国東半島の庚申塔
a0166196_16173376.jpg

下段の右にある青面金剛庚申塔は国見地区にあるものと同じ作者のものか? 作風の似た庚申塔を5~6か所で見かける。
一説には隠れキリシタン庚申塔ともいわれている。
a0166196_16183399.jpg

下段左は「猿田彦大神」と刻まれた神道系庚申塔。
香々地地区には神道系庚申も多い。
a0166196_16185694.jpg

上段にある青面金剛庚申塔。
下部に三猿(見ざる、云わざる、聞かざる)が彫られている。
a0166196_10173038.jpg

猿田彦庚申塔の後ろには3年(18回)ごとに請願成就のために建てられた供養塔(板)が並んでいる。
数からしてかなり長い間信仰されていたことがわかる。
a0166196_16193828.jpg

三基の庚申塔のすぐ上には弥陀如来立像など多くの仏像が安置される「焼尾阿弥陀堂」がある。


蛭子社入口近くの県道沿いにある猿田彦庚申塔。
a0166196_16201635.jpg

下坊中にある三猿二鶏が彫られた磨崖庚申塔。
標識には「坊中荒神」とあるが・・荒神にそぐわぬ穏やかな笑顔の庚申さまだ。
a0166196_16203693.jpg

a0166196_16205670.jpg


夷地区には庚申塔をはじめ、様々な石造文化財の宝庫となっている。
この地区には仏師・板井一門から派生した法橋板井利三郎など多くの石工が活躍したことにもよるのだろう。




中山仙境のイワタバコ

時間もあったのでイワタバコ群生地へ行ってみた。
2年前は7月16日が花盛りだったが・・・
先の7月11日に福岡県宗像市のK柳さんご一行11名をご案内した時には少し早かった。
半月以上経ったが・・まだ咲いてるかな? 
たどり着いた大群落地。
a0166196_16231342.jpg

やはり・・ほとんど終わっていた。
a0166196_16233176.jpg

a0166196_16234828.jpg

a0166196_1624386.jpg



本年6月15日には中山仙境は(国東市文殊耶馬とともに)国指定名勝に登録されることが決まった。
一路一景公園展望台より望む中山仙境尾根
(拡大します)
a0166196_16244827.jpg

 〃 高岩・一望岩尾根
(拡大します)
a0166196_16261639.jpg

かつて「大魔所(悪魔や魔物の棲む場所)」と呼ばれた夷谷。人跡未踏の地であった奇岩の風景は、岩林と呼ぶにふさわしい規模で展開しています。平安時代以降、六郷満山の僧侶達によって夷谷は徐々に開拓され、谷全体が「夷石屋」という寺院へと成長していきました。 江戸時代には歌人・国学者の高井八穂らが夷谷を訪れて和歌を詠み「夷谷八景」を定めました。谷を彩る折々の自然を愛でる文化は今の夷谷にも息づいています。 今回の意見具申にあたっての調査において、東西の夷谷を分かつように聳える「中山仙境」は、実は2つの谷の文化の淵源として、むしろ2つの谷を束ねている存在として再評価されました。(豊後高田市HP)


大分県の国指定名勝は6件となる~ 
①別府の地獄
②耶馬渓
③旧久留島氏庭園
④天念寺耶馬・無動寺耶馬
⑤中山仙境
⑥文殊耶馬





.
by jinashi | 2018-07-30 16:31 | 国東半島あれこれ | Comments(4)

くじゅう登山の帰路にオオキツネノカミソリの鑑賞に猪の瀬戸湿原に立ち寄った。
3年ぶりかな・・・

猪の瀬戸湿原は由布岳と鶴見岳の南麓の標高約700mほどにある湿原で、以前はかなり荒れ放題となっていた。
2011年からNPO法人猪の瀬戸湿原保全の会が野焼きをするようになって保全・再生がすすめられている。城島・猪の瀬戸トレッキングコースも整備され、春のサクラソウ、夏のオオキツネノカミソリなど四季を通じて自然の草花やトレッキングを楽しめるようになった。
a0166196_9233516.jpg


木道をすすんで群生地に向かう。
a0166196_924145.jpg

もう終盤となったハンカイソウが群生している。
a0166196_9242686.jpg

杉林の中がオオキツネノカミソリの群生地だ。
a0166196_9245054.jpg

おっ、咲いている! すごい群落だ!
この奥には「氷室」という製氷所があったところ。
a0166196_9254525.jpg

西側の群生地。
ここはかつての日田街道が通っていたらしい。
日田往還の想像ルートは・・別府~(猪の瀬戸~由布登山口)~湯布院~水分峠~九重~玖珠~天ケ瀬~日田だろうか?
a0166196_9262197.jpg

a0166196_9265189.jpg

a0166196_927432.jpg

沢に沿ってたくさん咲いている。今がピークか?
a0166196_928764.jpg

a0166196_9282711.jpg

a0166196_9285486.jpg

「オオキツネノカミソリ」と「キツネノカミソリ」の違い(ネット検索より)
オオキツネノカミソリはオシベとメシベが長く横から見ると花びらより長く飛び出している。
キツネノカミソリはオシベもメシベも短いので、花びらより飛び出さない。



少し先には水口山へ登るルートがあるようだ。
水口山は2014年7月に探検した青梅台に続いているらしい。
城島・猪の瀬戸トレッキングコースの距離は約5km、2~3時間で歩けそうだ。またいつか、花めぐりがてらに周回してみよう。



.
by jinashi | 2018-07-24 09:29 | 大分県の山歩き~由布・鶴見系 | Comments(2)



7月9日の梅雨明け以来、連日の猛暑が続いている。
海岸部で涼しいはずの我が町でも大分県内ベスト3の猛暑日が続き、今や熱帯夜は当たり前で「こんなのは初めて・・」と住民も驚いている。

こんな日は高いお山を目指すしかない!? と早起きしてくじゅうに出かけた。
カーラジオから繰り返す「高温注意情報」を聞きながら霧雨のやまなみハイウエイを走る。雷雨の予報もあり、今日はダメかなと思いながらも牧ノ戸に着くと・・以外にも青空が見えて明るい。
車外温度は20℃。涼しい(^^) 駐車場もほぼ満車。

 久住山(1787m) 21回目(前回=2017年9月21日)

山頂部はガスっているようだが、行けるところまで行ってみよう・・・
出発は6時55分。今日は一人登山。

コンクリ道を登ると早くも額から玉の汗が・・。
展望所へ上がって三俣山方向を望む。涼しい風が気持ち良い。
a0166196_20174322.jpg

アザミやヒヨドリソウにアサギマダラが集まっている。
去年7月の星生山へ登ったときにもたくさん見た。
a0166196_20175921.jpg

沓掛山から涌蓋山方向。
a0166196_20182151.jpg

星生山、久住山方向。
a0166196_20184026.jpg

アセビのてっぺんでホオジロくんがいい鳴き声聞かせてくれる。
「一筆啓上仕候(いっぴつけいじょうつかまつりそうろう)」と鳴くらしい。
a0166196_20191683.jpg


(下山時にもほぼ同じところで出会った)
a0166196_20243689.jpg

ブロッコリー丘から扇ケ鼻方向。
a0166196_20193473.jpg

扇ケ鼻分岐で一休みしていると、西千里ヶ浜が少し晴れてきた。
a0166196_20195631.jpg

肥前ヶ城山腹のノリウツギの白花も開きはじめている。
a0166196_20202779.jpg

星生崎もウエルカム!と晴れてきた。
a0166196_20204598.jpg

くじゅう連山の盟主・久住山が見えてきた。
今日はこの山を登ろう!
a0166196_2021880.jpg

避難小屋を見下ろす。
a0166196_20213288.jpg

久住分れから硫黄山、三俣山方向。
a0166196_20214954.jpg

枯池の縁へ上がる。
a0166196_20221050.jpg

曲線的に上を目指す。
a0166196_20223416.jpg

山頂が見えてきた。
a0166196_20225420.jpg

久しぶりの久住山山頂だ。
花や鳥を撮りながらだったが、2時間ほどで登ってきた。
a0166196_21022183.jpg


肥前ヶ城方向にブロッケンも期待したが・・・
a0166196_20252860.jpg

朝の牧ノ戸と同じくらい涼しい風が吹いている。
山頂でもぐもぐタイム(もう古い!)。


雷雨注意報もチラついたので・・真っすぐ下山。


復路の北千里ヶ浜。
a0166196_2026399.jpg


牧ノ戸コースから久住山へ向かうと次々とガスが晴れてきてラッキーだった。
雲海やブロッケンは見えなかったが、涼風が気持ちよかった。

帰路の県道11号(やまなみハイウエイ)でも霧雨となった。



牧ノ戸登山口出発6:55→8:03扇ケ鼻分岐→8:35久住別れ→8:59久住山山頂9:17→11:08牧ノ戸登山口へ下山
登山口標高=1330m
沿面距離≒9.5Km
累積標高差(+)≒740m
歩行時間≒4時間15分(休憩含む)
(GPSマップ~拡大します)
a0166196_20275194.jpg



1か月ぶりのくじゅう舞台には新たな季節の花々が登場していた。

シライトソウ
a0166196_20284563.jpg

コバギボウシ
a0166196_2029341.jpg

ワレモコウ
a0166196_20291962.jpg

ママコナ
a0166196_20294512.jpg

イヨフウロ(シコクフウロ)
a0166196_2030722.jpg

ホツツジ
a0166196_20303758.jpg

シモツケソウ
a0166196_20305535.jpg

ユウスゲ
a0166196_20311247.jpg

ピンクのノリウツギ
a0166196_20313932.jpg

ホクチアザミ?
a0166196_2032462.jpg




.
by jinashi | 2018-07-23 20:33 | 大分県の山歩き~くじゅう山系 | Comments(0)


早朝に道の駅「木の香」を出発。四国最長の新寒風山トンネル(5432m)をぬけて、いよ西条IC~(松山道・徳島道)~で香川県へ入り善通寺ICで下りる。
お初の香川県だが、知っているのは「うどん」と「金毘羅さん」と「溜池」と「讃岐富士」ぐらいか・・

飯野山(讃岐富士)に登る前に登山口近くで早朝から営業しているうどん店へ立ち寄った(^^)
7時の開店と同時にどこからともなく次々と車が集まってきた。
a0166196_1534678.jpg

店内はあっという間に満席となった。
うどん県民が選ぶ「第一回ナイスタウン讃岐うどん選手権2017」で第1位となった店のようだ。
「讃岐もち豚の肉ぶっかけ」中(600円)を注文。
これがうどん県の讃岐うどんか・・・うん、おいしい!
a0166196_153181.jpg



腹を満たして・・いよいよ讃岐富士を登る。
飯野町登山口へ向かう。


 飯野山(通称~讃岐富士・421.87m) ~新日本百名山

讃岐には「讃岐七富士」といわれる郷土富士があるようで・・その代表格が飯野山=(通称)讃岐富士だ。
おむすび山ともいわれる七富士だが、メサ(テーブル状台地)の浸食が進んだビュート(孤立丘)と言われている。

駐車場もほぼ一杯。早くも下山してくる人も・・・
出発は7時34分。ここの標高≒70m。
前の登山者について行く。
a0166196_1541966.jpg

ここが飯野町登山口。
a0166196_1552180.jpg

遊歩道のような登山道へ入る。
a0166196_1555715.jpg

3合目で坂出からのコースに出合って本道は鋭角に折り返す。
a0166196_1562175.jpg

折り返しで地元の男性が「ここからは直登コースが(朝日が当たらなくて)涼しくて良いよ」というのでついて行った。
(これが修行の始まりか?)
登山路はしっかりしているが・・地理院地図にもないコースを登る。
a0166196_1565560.jpg

ネコの夫婦?と出会ってジグザグに登ると本登山道を横切る。
a0166196_1572441.jpg

ひと登りで山頂へ着いた。
a0166196_157549.jpg

沢山のやや?高齢者の皆さんが談笑中。
次々と登ってくる人、下りて行く人・・・毎日登る常連さんたちの健康(仲間)づくりのお山と実感する。
般若心経を上げる2人のあとで・・安養寺奥の院へ参拝。
a0166196_1582088.jpg

役行者&不動明王の祠後ろに三角点があった。
a0166196_159124.jpg

「新日本百名山」碑前で山頂写真。
a0166196_1594861.jpg

もっと下界が見渡せると期待していたが・・山頂から眺望はなし。
(帰って検索してみるとメインの丸亀飯野町コースには何か所か展望所があるようだ)

今日も朝から暑い。日陰ベンチで一休みしたら下山開始。
a0166196_15121976.jpg

少し下ったところから夏霞に瀬戸大橋が見えた。
a0166196_15154877.jpg

分岐に出会う。ここで大失敗をして左へ下りた!!
ちらりと「飯山(はんざん)町口」を見て登ってきた登山口「飯野(いいの)町口」と思ってしまったのだ。
a0166196_15162068.jpg

擬木階段が連続する急下りをジグザグに下る。
途中であれ?おかしいなとは思ったが・・登って戻るパワーはない。
そのまま麓に下りて来た。
a0166196_15164446.jpg

登ってくるご夫婦に聞くと「30分ほどで戻れるのでは」という。
果樹園横を通って行くと飯山町登山口へ下りた。
a0166196_1517390.jpg

ここから飯野山の麓集落を歩いて朝の登山口へ戻る。
無言でついて来ていたママも徐々に遅れてきた。
これも修行、お大師さんの「思し召し」か・・・


熱暑の舗装路を歩きながら讃岐富士を見上げる。
a0166196_15173710.jpg

道路横に「飯野山登山口」を見つけて一安心。
a0166196_151811.jpg

朝、車で登ってきた坂道にかかる。
滝汗がながれてきて・・目いっぱいとなって駐車場へ戻る。

車のドアを開けようとして・・・ガ~ン!
キーは下で待たせたママのザックに入れたのだった・・・・・・・

お大師様、短い「同行二人」を有難うございました(T_T)泣く


飯野町登山口P出発7:34→8:01三合目又西分岐→8:37丸亀コース出合・直登コースへ→8:41山頂9:02→9:11飯山町分岐(間違って下りた!)→9:50飯山町登山口駐車場→(麓の集落道)→10:36飯野町登山口駐車場へ戻る(ふぅ~)
登山口標高=70m
沿面距離≒6.3Km
累積標高差(+)≒420m
歩行時間≒(修行の)3時間
(GPSマップ)
a0166196_15203359.jpg



「丸亀ポカポカ温泉」で滝汗を流す。

温泉を出てさっぱりしたところで・・うどん県に最後のご奉仕^^ 
a0166196_15184511.jpg

金毘羅さん参りも計画していたが・・この暑さと体力消耗で「遥拝」に変更。
少し早いが予約している三崎フェリーへ戻ろう。

ニュースで愛媛県の大雨災害を聞いていたので大洲あたりを通るときには心苦しく思った。
メロディラインでは「風車の町・伊方」の大風車を横目に三崎港に着くと、ちょうど1便前のフェリーが出て行った。
a0166196_15191097.jpg

近くの店で揚げたての「じゃこカツ」を美味しくいただいた。
乗船待ちには関西や中部地方ナンバーもあった。四国経由九州行が近いと聞いたことがある。
満船の九四フェリーは定刻17時30分に三崎港を出港した。
こんど来るときは剣山登山かな?
a0166196_1519574.jpg



初めての四国登山だったが、暑さには参った。
異常気象?とはいえ・・高地にある道の駅や西日本最高峰の石鎚山もかなりの暑さだった。

四国山地には大きくて高い!山がたくさん連なっていた・・・



.

by jinashi | 2018-07-19 15:02 | 四国地方の山歩き | Comments(2)




海の日連休は四国へ遠征して念願の日本百名山・石鎚山を登ろう。
なぜか今まで四国のお山に縁が無かった。

土曜日夕方から出かけて、佐賀関から九四フェリーに乗船。
a0166196_22122944.jpg


1時間10分で三崎港に上陸。
佐田岬メロディーライン(でタイヤ)が奏でる「みかんの花咲く丘」を聞いて・・~八幡浜~大洲IC~(松山道)~松山IC~(R33)~深夜に久万高原町の道の駅「天空の郷さんさん」に到着して車中泊。
標高500mほどの高原の町とはいえ、この夜は無風の熱帯夜?で・・うつらうつらして朝を迎える。




面河渓谷入口にある石鎚スカイライン(県道12号)入口のゲートは7時に開門。本日2番手。
a0166196_2140938.jpg


7月9日の梅雨明け(北部九州)以来、連日猛暑が続いているが・・(四国でも〉今日も晴天・猛暑の予報だ。
二ノ森から石鎚山の山々が連なる雄大な景色を眺めながらスカイラインを進む。
a0166196_21403346.jpg


18Kmほどの山岳道路を30分ほど走って終点の土小屋登山口へ着いた。
ここには売店や食堂、民宿もある。
ここの標高は1492mで(いよのくに)と覚えるらしい。
ロータリー近くの駐車場は早くも満車状態だ。
a0166196_2141138.jpg



 石鎚山(1982m)弥山(1974m)  ~日本百名山

準備をして出発! 7時39分。山頂までの距離は4.6km。
遥拝所の参道はきれいに掃き清められている。
a0166196_21424298.jpg


国民宿舎への道から山へ入る。ここが登山口。
a0166196_2143680.jpg


尾根筋に沿って整備された登山道を進む。
a0166196_2143317.jpg


右手後ろに「瓶ヶ森」を望む。愛媛県第3位の高峰で日本三百名山。
関係ないが・・・だいぶ昔、ママは劇団ふるさとキャラバンの「瓶ヶ森の河童(しばてん)」という子供向け?ミュージカルが地元で公演された時に実行委員(応援団)をしたことがある。
a0166196_21434991.jpg


昔の石畳参道か?鶴ノ子ノ頭山腹を進む。
a0166196_21441145.jpg


第1休憩所先から笹山の向こうに初めて見えた石鎚山の雄姿。
a0166196_21443684.jpg


歩いて来た道を振り返る。鶴ノ子ノ頭と向こうの三角は岩黒山か?
a0166196_21452810.jpg


丸木階段の急坂を登ると岩峰の山体が近づいてきた。
a0166196_2145547.jpg


早くも紅葉?のナナカマド。
a0166196_21462051.jpg


山頂部東の山腹へ入ると落石危険地帯となり、古びた木道のアップダウンを進む。
a0166196_2147963.jpg


右手に成就社コースの尾根が近づいてきた。
成就社コースはお山開き大祭でご神体が上・下向される正参道といわれる登山道だ。
a0166196_2148475.jpg


鳥居のある合流地点。土小屋から4kmほど歩いて来た。
ここから山頂まで距離600m、標高差180mほどを登る。
a0166196_21483218.jpg


鳥居を潜って石段を上がるときれいなトイレのある休憩ポイントへ着く。
3年前に出来たようだ。
a0166196_21485621.jpg


休憩所で出会った高知県四万十市の81歳の男性はもう60回以上登っているという。
早くに奥さまを亡くしたが石鎚山登山で元気をもらっているという。
一休みしたら・・81歳の後ろを歩く。
a0166196_21492170.jpg


二の鎖は(当然?)スルーして巻き道へ。
成就社コースから登れば試しの鎖、一の鎖もあり、山頂まで4カ所の鎖場がある。
a0166196_21495510.jpg


二の鎖の上から天狗峰や南尖峰を見上げる。
a0166196_21503517.jpg


三の鎖登り口を見学。
試し、一、二で懲りて三の鎖は巻き道へ廻る人が多いとか・・
もちろんこちらもスルー・・
a0166196_21563166.jpg


a0166196_2152958.jpg


最下部の大きな鉄の輪っか。 直径50㎝?
a0166196_21523557.jpg


手すりのついた鉄製階段を登っていくと稜線に上がる。
西ノ冠岳~二ノ森を望む。少しガスって来た。
a0166196_2153996.jpg


階段の上に山小屋と山頂神社が見える。後少しだ・・
a0166196_21533630.jpg


弥山(1974m)の山頂広場に到着。
10時40分。3時間のゆっくり登山でした。
a0166196_21542033.jpg


弥山から見る最高峰の天狗峰。そして、西日本最高峰だ!
石鎚山は弥山、天狗岳、南尖鋒を合わせた山体の総称をいうようだ。
向こうが8m高い。
(拡大します)
 ズーム画像を拡大すると登山者が見えまーす・・
a0166196_12240844.jpg

a0166196_12242454.jpg




ママを置いて「よし、天狗へ登るぞ!」と思ったが、「やめちょき!」と言われて・・齢をわきまえて潔く断念^^
山頂写真を撮ってもらった。
a0166196_21555567.jpg


山頂社に参拝したら昼ご飯。
あっという間にたくさんの登山者となった。
山頂広場の縁で登山者が背にしているのは人口岩らしい。
a0166196_22381387.jpg



ちょうど月次祭がおこなわれていた。
a0166196_21582457.jpg


弥山山頂方位盤。 (拡大します)
a0166196_22335478.jpg




1時間ほどゆっくり休んだら・・下山開始。

途中で次々と白衣の修験者(信者さん?)に出会う。
7月5日から10日までの「お山開き大祭」には全国から数万人の登拝者で賑わうようだが、今年は豪雨など自然災害があったので期間を過ぎても多いようだ。
「こんにちは」とあいさつすると・・行者さんから「お下りさん」と声かけしてくれた。
a0166196_21591933.jpg



復路でも多くの一般登山者と行者さんに出会った。
土小屋の遥拝所に無事登山のお礼参りをして下山。

江戸時代中期から続く山岳信仰の山は険しくも聳えて迫力があった。
もう少し若ければ鎖にも挑戦出来たかも?しれない。
天狗峰には登れなかったが眺めただけで十分満足だった。


深田久弥の「日本百名山」では西日本(伊吹山より西)百名山は12座。そのうち九州の山は6座。
残る未踏山は大台ヶ原山、大峰山、剣山となった。何とかこの3座は登頂したいものだ。


土小屋登山口出発7:39→→8:31五葉松休憩所→9:34成就コース出合→9:44二の鎖下休憩所(休憩)10:00→10:21三の鎖登り口(分岐)→10:40石鎚山山頂(昼食休憩の後下山)11:33→11:58成就コース分岐→13:41(石鎚神社土小屋遥拝殿へ参拝して)無事下山
登山口標高=1492m
沿面距離≒9.8Km
累積標高差(+)≒700m
歩行時間≒6時間(休憩時間含む~ゆっくり)
(GPSマップ~拡大します)
a0166196_2204621.jpg





 石鎚山で出会った花たち~

ヤマアジサイ
a0166196_2211752.jpg


ヒヨドリソウ
a0166196_2213864.jpg


ナンゴククガイソウ
a0166196_2221399.jpg


a0166196_2223116.jpg


シコクフウロ
a0166196_2224767.jpg


タマガワホトトギス
a0166196_223647.jpg


タカネオトギリソウ
a0166196_2234171.jpg


ミソガワソウ
a0166196_224192.jpg


ミヤマカラマツ
a0166196_2242217.jpg


イワアカバナ
a0166196_2243732.jpg



ホソバシュロソウ
a0166196_225218.jpg





石鎚山を下山したら瓶ヶ森を登ろうと思っていた。

土小屋から少し進んだよさこい峠から瓶ヶ森林道へ入る。一車線の舗装路はカーブが続きツーリングバイクなど対向車も多い。おまけにガスっているので慎重運転で進む。

瓶ヶ森登山口の駐車場へ着いて少し様子見をしたが、ガスは晴れそうにないので登山は断念して先へ向かった。

 トヨタカローラスポーツCMで見るUFOラインの大展望を期待したが・・

西日本最高峰の石鎚山を背景に伸びる全長27kmの町道。標高1300m~1700mの尾根沿いを縫うように走るルートは、天空へと続く絶景のドライブコースとして人気があります。UFOライン(雄峰ライン)[正式名称:町道瓶ヶ森線]と呼ばれ、晴れた日には石鎚山系はもとより、太平洋まで見渡すことができるダイナミックな景色が続きます。春のアケボノツツジやシャクナゲ、夏の新緑、秋は見事な紅葉を楽しむことができ、9月のタイミングが良いと紅葉と霧氷を同時楽しむことができます。(いの町HP

a0166196_16043952.jpg





ヘアピンカーブを繰り返して新寒風トンネル近くのR194に出た。

すぐ先の道の駅「木の香」で2日目の車中泊。

温泉とレストランもあって車中泊に良い。

(レストランは少し高級?だった。もっと大衆メニューの方が利用者が多いのでは・・・)

隣を川が流れているからだろうか・・夜更けて涼しい風が吹いて熟睡できた。






,


by jinashi | 2018-07-17 22:05 | 四国地方の山歩き | Comments(10)


  
黒田官兵衛の後、中津に入封した細川忠興の正室ガラシャ(明智光秀の三女)は熱心なキリスト教徒だったが、石田三成より取り囲まれた大阪屋敷で壮絶な最期を遂げている。
そのときガラシャが詠んだ辞世の句が ~
「散りぬべき時知りてこそ世の中の花も花なれ人も人なれ 」



中津にはガラシャを供養するために千利休から忠興に贈られたといわれるキリシタン灯篭(織部灯籠)があることを知り、
2年前のひなまつり見物の際に訪ねた。

中津市教育委員会による織部灯籠説明板には「市内には3基の織部灯籠がある云々」と書かれているが・・
その時のじなしブログに、ジローさんは「中津には4基の織部灯籠があるようだ」とコメントして頂いた。



あれから2年以上経ったが、4基目の織部灯籠を探しに城下町中津に出かけた。

その時ジローさんから教えていただいた中津市金谷にあるお菓子屋「桃屋・甚兵衛」へ向かう。
中津駅前から旧国道10号(現、県道113号)を豊前方向へ向かう。山国川に架かる山国大橋の手前に「桃屋・甚兵衛」はあった。
a0166196_18164865.jpg


店内はたくさんのお菓子がきれいに並んでいる。
a0166196_1817638.jpg


応対してくれた大奥様?にお菓子「織部燈籠」の場所を聞くと、秋から冬のカステラ風のお菓子で・・今(夏の間)は作っていないという。
灯篭の話をすると菓子の箱に載せる懸け紙(帯紙?)を探してきてくれた。
簡単なマップ?も描かれている。
(拡大します)
a0166196_10083981.jpg



そして店の冊子にも織部灯籠のことが書かれていた。
(拡大します)
a0166196_10085310.jpg



どちらにも4基の織部灯籠の絵が描かれている。
2年前には自性寺~井上邸~養寿寺と見学して回った。なので・・未訪のもう一つ(4カ所目)は「井上眼科」にあることが判明した。

桃屋・甚兵衛の人気菓子、びったれ餅(きな粉の米餅)とお茶のお接待をしていただいた。
その間、次々とお客さんが来店してくる。
少しばかりのお菓子を買って・・大奥様にお礼をいって店を出た。


先の簡単なマップが描かれた紙をじっくり見て場所を特定しようとするが・・・東西南北やそれぞれの位置もなんとなく実際ではないようでわかりにくい。
自性寺から井上邸へむかう途中で家の前に居た男性に聞いてみた。
いろいろと調べていただいたが、絵の位置関係が分からないのと、「井上眼科」という医院は中津には無いのでは・・と言われた。

かつて井上眼科という医院がこの辺りにあったのかもしれない・・と思ってここで探索を断念した。





福沢諭吉旧居近くの養寿寺を再訪した。
養寿寺の織部灯籠。
a0166196_18182833.jpg


中津市教育委員会の説明板。
a0166196_18184731.jpg



井上邸と井上眼科とはどんな関係があるのだろう・・・

4基目の織部灯籠は見つからなかったが、未解決のままのほうがロマンがあって良いのかも?

 ジローさん、そういうことでご容赦ください。


.

by jinashi | 2018-07-13 18:19 | ペトロ岐部とキリシタン史 | Comments(2)



大分県には「故郷の山からヒマラヤへ」をスローガンとする 豊嶺会という山岳会がある。

1969年に杵築市で発足しているので来年は50周年を迎える。活動の原点は国東半島で、過去には不定期で「国東半島一斉登山」を開催してきた。

その豊嶺会が「国東半島山ガイド」という本を発刊した。
発刊日の7月5日は設立記念日のようだ。タイムリーにも今年は六郷満山開基1300年を迎えている。

a0166196_1229856.jpg



豊嶺会の大御所興田勝幸さん(前会長さん?)には国東半島峯道ロングトレイル発足時にガイド養成講座の講師を務めていただいた。
会長の赤嶺和樹さんは大分合同新聞に山エッセイ?「山へようこそ!」を連載されていて、ロングトレイルオープンの際には記事に取り上げていただいた。

そして、ブロ友のnatsucocoさんは紅一点の編集委員を務められた。(お疲れ様でした)

全60座が掲載されているが、じなしは10座が未登となっているようだ。
新たな目標が出来たので・・この秋から冬にはつぶしに行きたいと思う。

「国東半島山ガイド」が多くの皆さまに読まれ、国東半島の山歩きに訪れてくれるとうれしいです。

※価格は1,296円(税込み)です。



.

by jinashi | 2018-07-09 12:35 | 国東半島・宇佐の山歩き | Comments(4)


 
うーたの里を出て、近くの葛木(かつらぎ)にある「キリシタン殉教記念公園」を訪ねた。
1659年(万治2年)からの豊後露見(豊後崩れ、万治露見とも)では、豊後国内で一説には1,000人を超える殉教者が出た。中でも、現在、キリシタン殉教記念公園がある葛木では、約200名が殉教したとされる(wikipedia)
a0166196_158415.jpg


何度か来ているが・・久しぶりに見る「キリシタン殉教の地の碑」。南島原出身の彫刻家北村西望の作品で、昭和45年に九重町の篤志家により建立された。
2年前に訪れた西望のふるさとにある「有馬キリシタン遺産記念館」にはこのレプリカが展示されていた。
(拡大します)
a0166196_1591358.jpg



前日の6月30日には、バーレーンの首都マナーマで開かれたユネスコ(国連教育科学文化機関)会議で「長崎と天草地方の潜伏キリシタン関連遺産」が世界文化遺産に正式に登録された。

ザビエル来訪によりキリシタン文化が花開いた府内(大分市)や日本8大布教地といわれる朽網(直入町)など・・大分(豊後)にも多くのキリシタン遺跡があり、7市町による「おおいたキリシタン南蛮文化協議会」では交流活動により文化や観光の活性化を目指している。


午後はおおいたキリシタン遺跡を訪ねてみよう。
最初に向かったのは臼杵市掻懐にあるキリシタン墓地。

戸次~吉野を経由して臼杵市のR502に入り、籠の瀬バス停にある標識を見て里道へ入る。
a0166196_15102073.jpg


集落に上がると神社(天満宮)に行き当たる。
a0166196_15104749.jpg


石段の右手へ上がると屋根付きのキリシタン墓地があった。
a0166196_15111978.jpg


これが掻懐(かきだき)キリシタン墓。
案内板には
蒲鉾型と直方体型がありどちらも十字架が彫られている。
蒲鉾型のキリシタン墓は長さ131㎝、幅64㎝、高さは48㎝。直方体は長さ117㎝、幅30㎝、高さ33㎝。16世紀中ごろから17世紀初期に造られたと推定されている。

a0166196_15121316.jpg


側には四角形の伏墓のようなものや、国東に多いキリシタンを思わすような仏教墓も並ぶ。
a0166196_15123739.jpg


この地方のキリシタン史については へんろみち大将さんが詳しい。


次に向かったのは野津にある「一ツ木かくれキリシタン地下礼拝堂」。
準備した資料を忘れてしまい・・R10からR502を三重方向に入ったあたりで右往左往する。臼杵市指定文化財だが、どこにも標識はない。
3人の地元人に聞いてやっとたどり着いたところは野口バス停からほど近い一ツ木地区。

行き止まりになったところの家の人に尋ねるとそこの奥様(広瀬さん)が案内してくれた。
高台の丸い丘に直径1mほどの穴が開いている。梯子が下ろされているが、数日来の雨水がたまっていて底が見えないので内部の見学は諦めた。

横穴式古墳を利用したとされる隠れキリシタンの地下礼拝堂です。梯子をつたって降りるようになっていますが、かつては地上に洞穴を隠すように御堂が建っていたといわれています。内部は縦約5m、横約4m、天井高約1.8mで五輪塔一基を安置しています。天井にはうすれて分かりにくいですが、十字が記されているそうです。また洞内の五輪塔には明瞭な十字が刻まれていると言われています。当時のキリシタン弾圧の中、人々の信仰心の深さを物語っています。臼杵市指定の史跡にもなっています。((公社)ツーリズムおおいたHPより)
a0166196_15135366.jpg


広瀬さん自宅裏の崖に安置されたマリア観音様を拝観させてもらった。
冠にある三つの窪みは三位一体を表わすという。
近くにもう一体のマリア観音様があったようだが、事情があって現在商工会に保管されているらしい。
a0166196_15141770.jpg


広瀬さんの話では、今年の秋に開催される国民文化祭でさまざまな臼杵市キリシタン関連イベントが行われるらしい。




石仏公園の蓮畑に立ち寄った。
次々とカメラマン(ウーマン)が訪れていた。
a0166196_15145618.jpg


a0166196_15151394.jpg


a0166196_15153011.jpg


a0166196_15154437.jpg


これから花の見ごろを迎える蓮畑には合鴨がにぎやかに泳いでいた。
a0166196_1516730.jpg


6回目を迎える「石仏の里蓮まつり」は7月8日(日)から(29日まで)開催される。



.

by jinashi | 2018-07-03 15:19 | ペトロ岐部とキリシタン史 | Comments(6)



関東甲信越地方では史上最早の梅雨明けが報じられたが、九州では南から北上する台風7号の影響でしばらく梅雨は続きそうだ。

今日は梅雨模様のため山歩きは休止。
新聞で「うーたの里」で半夏生が見頃・・とあったので出かけた。
大分市中心部から県21号で「うーたの里」のある横尾へ向かう。
見当をつけて久保山団地入口から住宅地へ入ると交差点に案内係の男性が立っていた。
係に誘導されて草地の駐車場へ停める。
(場所はここです)


駐車場の係の人に「うーた」の意味を聞くと地名の「大田」が訛った?らしい。
遊歩道を歩いて中へ入る。
a0166196_13254955.jpg


受付で参加費(里山保全協力金)300円(絵はがき、お菓子&ドリンク付き)を払って入場する。
新聞で報じられていた「ハンゲショウまつり」が始まったところで、代表の男性によるあいさつがおこなわれていた。
a0166196_13261083.jpg


マジックショーが始まる。
あまりテクニックを要しないような?、仕掛けが全ての?マジック(失礼)だったが、参加者は拍手をして楽しんでいた。
a0166196_13262910.jpg


このあとスコップ三味線や相撲甚句もあるようだが・・すぐ上のハンゲショウ群生地へ向かった。
ノルディックウオーキングのグループから集合写真撮りを頼まれた。
a0166196_1327111.jpg


近くに植生していた半夏生を一カ所に集めて繁殖?させたようだ。
ホタルやベニイトトンボ、キイトトンボなど多くの昆虫も生息するという。
a0166196_13272366.jpg



半夏生(はんげしょう)
ドクダミ科の多年性落葉草本植物。
名前の由来は、半夏生(太陽の黄経が100°になる日。グレゴリオ暦で毎年7月2日頃)の頃に花を咲かせることに由来する説と、葉の一部を残して白く変化する様子から「半化粧」とする説がある。(wikipedia)

a0166196_13283141.jpg



a0166196_1328345.jpg



a0166196_13284840.jpg



祭りを催す「うーたの会」の皆さんはそれなりの御歳の方たちで、少年時代にはこの森で冒険を楽しんだことだろう。
宅地造成など都市化が進む中で、ふるさとの里山の自然を守って次世代につなげる・・すばらしい活動と感じた。
a0166196_13292993.jpg





.
by jinashi | 2018-07-02 13:30 | ドライブ&トリップ etc | Comments(0)