乙村岳を下山したら近くの牛岳登山口へ移動する。
榎木橋から広くなった県664の舗装路を緩やかに登って行くと700mほどで牛岳登山口へ着く。
標識も何もない登山口だが、こちらも以前に確認していた。
ブッシュの上に牛岳山頂部がすこし・・
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 牛岳(うしだけ・590m) ~宇佐市麻生の里山
  ※大分のかくれた名山たち(大分合同新聞2008年4月17日掲載)

ガードレール脇からいきなりのブッシュに突入する。(ヤブが嫌いの)ママは車に待機。
12時15分。ここの標高≒360m。
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こんな看板があって横に赤テープを見る。
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次のテープが見当たらないのでヤブを分けて強引に?尾根へ上がる。
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上に山頂部が見える。
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歩けそうなところへ破れかぶれで突っ込んでいく。しばし進むとはっきりとした尾根になり、テープも見られるようになった。
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鞍部のようなところから檜林へ入る。
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雑木の藪の急勾配を直登する。
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檜林から20分ほど急登を頑張ると・・岩の多い肩へのる。
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雪の山頂部へ上がる。
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山頂へ到着。13時07分。先の乙村岳と同じ山頂標識(オレンジとSHC別府)があった。
そして・・人為的な丸みのある石柱が立っている。何か書かれているような?
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山頂からは樹木で展望は無し。
この時点ではあった・・帽子のサングラス。
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南に下る登山コースもあったはずだ・・としばらく山頂をうろついたが見当たらない。
雪も降ってきた。無理をしないで登ってきたコースを下りる。

檜林を出た鞍部から再度大藪に突入。
ナビを見ながら登ってきたコースを辿る。
小枝が顔にあたって顔面がひりひりしてきた。
どうしてこんな思いまでして登るのか・・考えていたら可笑しくなってきた^^
道路が見えてきた。
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国東2座目の牛岳には12月に登ったばかりだが・・宇佐の牛岳は未踏となっていた。
これで大分県に3座ある牛岳を制覇?した^^

ヘビーブッシュをかき分け下ってくる途中で、娘がプレゼントしてくれた(帽子の上の)サングラスを落としたようだ。
誰かここを登って見つけたらご連絡ください。たぶん、そんな人はいないでしょうが・・(笑)


沿面距離≒1.5km
累積標高(+)≒350m
所要時間=1時間45分
(GPSマップ~拡大します)
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by jinashi | 2018-01-30 12:31 | 国東半島・宇佐の山歩き | Comments(8)

以前より宿題となっていた宇佐麻生の仙岩山近くにある未踏の二座を登ってきた。
宇佐市山本のいいちこ本社工場前を通って末交差点を左折する。稲積山がかっこよく見える県道44を進み、2013年11月に登った台山登山口となる麻生神社入口を過ぎて左へと県道664に入る。旧麻生小学校を過ぎてまもなく・・牛岳や乙村岳が見えてきた。
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最後の集落を過ぎると路面に雪が現れてきた。

 乙村岳(おとむらだけ・498.2m) ~宇佐市麻生の里山
  ※大分のかくれた名山たち(大分合同新聞 2007年6月7日掲載)

榎木橋手前の路肩に駐車する。ここが登山口。何度か通った時に確認している。
準備をして出発。山腹沿いの道を入る。10時23分。ここの標高≒310m。
辻本さんHPやゆみちゃんHPでざっと見てきた。何とかなるだろう・・という甘い考えで今日はマップのみ持参してきた。
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すぐの右手に空き家が現れる。
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その先左にも「仏の里・仙山荘?」とある民家が・・
更に廃墟となった民家が現れた。
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その先の竹林へ突入する。
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竹林を抜けた辺りでナビを見て左の尾根へ上がる。辻本さんのコースもこの辺りからか?
しばらくテープも見つからない。
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山頂目指して藪を漕いで直登していると初めての赤テープ発見。
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炭焼窯があった。
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さらにひどい竹藪を直登する。
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急登に大岩が多くなってきて山頂部が近づいてきた。
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勾配が緩やかになって落ち葉の山頂部となる。
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オレンジとSHC別府の標識が迎えてくれる山頂へ到着。11時16分。
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3等三角点(上平・498.17m)
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だいぶ遅れてママが到着。
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枯れ木の向こうに見えるのはこの後登る牛岳か?その後ろは鹿嵐山・・
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すぐに下山。
西に赤テープが続いているのでそちらへ下りる。
ここも激下りだ!
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何とか通り道のあるヤブ?
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色づくアオキの実
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鞍部へ下りた。
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先のピークを下りたら墓地に出会う。
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最初にあった廃屋の前に下りた。
そこに古い登山口標識があった。
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車へ戻る。12時08分。
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下山したコースがメインの登山コースだろう。
ゆみちゃんの乙村岳をしっかり確認しておけばよかった・・


沿面距離≒1.5km
累積標高(+)≒220m
所要時間=1時間45分
(GPSマップ~拡大します)
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by jinashi | 2018-01-29 11:41 | 国東半島・宇佐の山歩き | Comments(6)

地理院マップを見ると国見町赤根一円坊から両子山方向への旧道(破線)が見られる。
昭和4年11月26日に山頭火が赤根温泉の木賃宿に泊まった後、この道を通って郡境尾根(現在は市境尾根?)に上がり両子寺へ向かったのではないか・・と(15年前の句碑建立の際に)聞いたことがある。
郡境尾根には4等三角点由ケ迫があって一度行ってみたいと思っていた。

H島さんに聞いてみると「地蔵峠からその三角点まで何度か縦走したことがある」というので今回案内してもらった。
2万5千分1地形図を見ると小ピークが連続していてかなり厳しいコースのようだ。

 由ケ迫(479m)  ~両子山近くの4等三角点

無動寺から豊後高田と国東の市境となる地蔵峠へ戻る。県31号脇に駐車して地蔵トンネル横から歩き始める。11時2分。ここの標高≒310m。
トンネル横に群生している(和紙原料の)ミツマタ。かわいい蕾をつけている。
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荒れた旧道?を登って峠の「地蔵尊」へ着いた。
石祠左側面に大願主は三畑の土谷○○、右は赤根の郷司○○と彫られていて峠を挟んだ両村により奉納されたようだ。
句碑建立の際、豊後高田の呉服店「瓦屋」さん(山頭火が立ち寄っている)から赤根温泉まで歩くイベント「山頭火ウオーキング」を行ったとき以来のお地蔵様との再会だ。往時にはここに茶店もあったらしい。
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R31地蔵トンネルの真上あたりにある峠から南に向かう。初めてのコースだ。
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さっそくのピークは右側を巻いて進む。
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厳しい登り返しの先に露岩に出る。並石耶馬鬼城や屋山を望む。
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三畑ダムそばのトンガリ三角錐は何という山だろう?
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気持ち良い尾根歩きは長く続かない。
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ちょうど昼となったので展望の良いところで30分ほどの昼食タイムとした。
豊後高田市地籍図根三角点がある。ここは豊後高田と国東の市境でこの先何か所か三角点がある。
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進行方向左に見る双耳の山。この山名も知らない。地蔵峠赤根側から入れば登れそうだ。
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2度目となる山腹巻き道コース。
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トレースのようなところは獣道だ。
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むこうに両子山の郡境尾根が見えてきた。

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アップダウンを過ぎてホッとする尾根鞍部。

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またまた続く厳しいアップダウン尾根歩き。

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地籍三角点のあるビューポイントから両子山山頂部が見えてきた。アンテナ手前がトンガリ山だろう。

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このあたりに群生するリョウブが赤い木肌を見せる。
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鞍部から岩場の急勾配を登る。
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上がり着いたところが4等三角点由ケ迫。14時12分。
昼食タイムを差し引いても出発から2時間30分ほどかかっている。
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やっとたどり着いた感激の?三角点だったが・・かなりバテバテになっていた^^
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右へ下りれば並石ダムへ・・真っすぐ尾根を登れば郡境尾根600mピークへ上がるようだ。
左へと赤根一円坊へ向かう。
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シロダモを抜けて・・
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林道最上部へ出合う。
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林道は途中からコンクリ道となる。
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25分ほどの林道下りで県31に出合う。
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近くの空き地に停めたH島さん軽トラへゴール。14時58分。

この日は久しぶりの岩場登りとアップダウンコースだったので、翌日はかなり足腰にきた感じだった^^
初めてのコースでは同じ山並みも見る方向からは新鮮な景色となる。
国東半島にはまだまだ未踏の三角点ピークや尾根、昔の峠越え道など多くありそうだ。

 
 沿面距離≒4.5Km
 累積標高(+)≒450m
 累積標高(-)≒530m
 所要時間≒4時間

(GPSマップ~拡大します)
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by jinashi | 2018-01-22 19:48 | 国東半島・宇佐の山歩き | Comments(4)

豊後高田市黒土にある無動寺の背後に聳える岩山は無動寺耶馬と呼ばれ、岩屋や無明橋など六郷満山寺院の修行場として面影を残している。
昨年10月には天念寺耶馬とともに国指定名勝となった。ちょうど今年が1300年祭を迎える国東六郷満山にとってタイミングの良い指定だった。
日本の文化財保護法は、庭園、橋梁、峡谷、海浜、山岳その他の名勝地の中で、日本国にとって芸術上また観賞上価値の高いものを、文部科学大臣が「名勝」および「特別名勝」の名称で指定することができると定められている。
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15年ほど前に赤根温泉に山頭火句碑を建立した際に昭和4年の11月に山頭火が越えた山だと聞いていた。
山頭火は師匠の荻原井泉水にあてた手紙に・・・「今日はしぐれる岩山を四つ越えました。両子寺、天念寺、椿堂、どれも岩山の景観を占めています。このあたりは小耶馬渓とでもいひたい山間であります」と書いている。
無動寺耶馬には無明橋があることを聞いていて、前からの宿題となっていた。
今回も国東の山歩きに詳しいH島さんにお願いして案内してもらった。

無動寺は六郷満山中山本寺(修行の中心的な寺)として栄え、最盛期には末寺が12あったという。本堂には本尊の不動明王像をはじめ、大日如来座像、薬師如来座像などの平安時代から鎌倉時代にかけての16体の木造の仏像が安置されており、すべてが大分県の有形文化財に指定されている。このうち、本尊の不動明王像は、檜の一木造で、像高115.8cm。12世紀中頃の作とされる。本堂の裏には、十六羅漢像をはじめとする石仏や石塔が並ぶ石仏公園がある。

身濯神社鳥居から山へ入る。8時38分。ここの標高≒80m。
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石段を上がったところが身濯神社。
六郷満山寺院は通常六所神社として八幡大神(15代応神天皇)の母・神功皇后、比売大神などを祀るが、ここは伊弉諾尊大神ほか六祭神(後に二祭神を合祀)が無動寺を鎮守している。
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荒れた竹林を抜ける。
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削られた参道を通って不動岩屋へ・・ ややスリリング。
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奥に祀られる石造不動明王。
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削られた石段を進む。
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無明橋が見えてきた。
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長さ1m、幅50㎝ほどの石板を2枚並べて突き合わせている。中山仙境無明橋と構造は同じのようだ。
幅も広く、雑木があるのであまり高度感は感じない。
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渡った先が展望の良い蝉ケ鼻。下から見ると蝉の頭のような形をしているようだ。
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南に連なる天念寺耶馬と向き合う。こちらも国指定名勝となった。
よく見るとアーチ橋の無明橋が見える。
今日は朝から霧が出て視界は悪い。
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耶馬大岩壁を見上げる。
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さらに鎖場や岩場が続く。
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山頂直下の岩屋に着く。ここは「龍の権現」といわれているようだ。
首のない石仏と欄干擬宝珠?を見る。
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脇には染み出た(いのちの)水を貯めるところもある。
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さらに岩場、鎖場を四足で登って行くとフラットな岩場の山頂へ上がり着く。
9時25分。
標高≒230mで寺の山号「威王山」がこの岩山の名と言われている。
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霞んでいなければ絶景だろう。両子山方向。
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縦走コースへ入って西向きの展望岩に上がる。
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真玉の谷が周防灘に続く。
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やや緊張する狭い岩場の登り。
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この下の岩場を慎重にトラバース・・
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狭い尾根道。
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家の屋根が近づいてきて大分下って来た。
ここからは最近つくられたらしい標高差50mほどの鎖場コースを慎重に下りる。
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下り着いたところから鎖場を見上げる。10時28分。
お大師様や稲荷を祀る祠もある。
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椿堂遍照院へ無事の御礼参り・・・
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ゆるりと7分ほど県道を歩いて無動寺駐車場へ戻る。
無動寺から歩いて来た耶馬を見上げる。
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鎖場が連続する危険な修行場の岩山だった。鎖やロープの設置が十分ではないところもあり、単独縦走(登山)は控えた方が良さそうだ。
 汗の半分は冷や汗だったかもしれない・・・

 沿面距離≒1.9km
 累積標高(+)≒250m
 所要時間=2時間10分
(GPSマップ~拡大します)
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by jinashi | 2018-01-20 19:21 | 国東半島・宇佐の山歩き | Comments(6)

NPO国東半島くにみ粋群設立10周年記念式典で講演をしてくれた貞さんとの繋がりで、県庁に勤務されていた豊後大野市(旧千歳村)出身で高校同級生のTさんと半世紀経って縁を得た。
貞さんと同じ同級生とはいえ当時は面識がなかったが、昨年10月には我が家を訪ねてきてくれた。
これまでのことや出身地千歳村での活動などを話してくれ、ふるさと千歳村や大分県に対する深い愛情を感じた。
その時に聞いた千歳のシンボル白鹿山にはいつか登ってみようと思っていた。

 白鹿山(はくろくさん・266.6m) ~旧大分百山・豊後大野市千歳町の里山

Sさんお祝い会で泊まった温泉施設を出てR10犬飼から中九州(横断)道へ乗る。
千歳インターを下りてR57に入ると右手に白鹿山が見えてきた。
千歳には15年ほど前に柴山八幡社の「ひょうたん祭り」を見学に来て以来だ。
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標識を見て砂利石販売所?から登って行くと妙覚寺の広い駐車場に着いた。
駐車場の脇に「39千歳会」が河津桜の植樹をしていた。12月に植えたばかりのようだ。
石祠から里の景色が広がる。
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人家のような建物があるが・・ここがお寺なのだろうか?
先へ進むと参道へ出た。ここがスタート地点。標高≒200m。出発は8時59分。
登山コースは辻本さんHPを参照する。
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六地蔵など石造仏の横を通り石垣造りの立派な山門をくぐって境内へ入る。
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普通の民家風だが・・お寺本堂の前を通る。ママはご住職らしき方を見て挨拶をしたようだ。
コンクリート道から山へ入る。
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すぐに階段となり上まで続いている。
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ジグザグに登ると視界が開けてきた。
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山頂部には祠があった。よく見ると火伏せの神様・愛宕様のようだ。
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南にはいつも三重へ走るときのR326や道の駅「みえ」も見えている。
むこうの山は大分百山で登った佩楯山(はいだてさん)だろうか・・
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祠の前にいつもの山頂標識や3等三角点(妙覚寺山・266.59m)がある。
白鹿山一の峯山頂写真。9時13分。
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祠の裏から二の峯に向かう。
鞍部まで下りたら登り返す。かなり以前に整備されたらしい遊歩道も今は荒れている。
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山頂部へと鋭角に登り返すと二の峯山頂だ。地籍調査の白い標柱が立つ。9時30分。
先の一の峯を望む。
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三の峯へ向かう。
本来は山頂部の防獣ネットの向こう側をすすめばよかったのだが・・そのまま進んで林道?へ出た。
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途中から二の峯と三の峯の間の尾根へ上がってリカバリー。
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TV中継塔への作業道を登って行く。
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赤い実はクロガネモチ?(苦労がねえお金持ち?)
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TV中継塔のある三の峯に到着。9時46分。
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中継塔を囲むネットフェンスを回ると360度いい景色が楽しめる。
山座同定が出来たのは傾山~祖母山方向だけ?
(拡大します)
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防獣ネットから北へと下って行く。
山腹を巻きながら駐車場へ戻る。何か所かのわかりにくい分岐はほぼ直感で進んだ。
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感が当たって?コンクリート道へ戻って下山。10時20分。
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低山だがとても見晴らしの良いふるさと名山だった。
山中に防獣ネットが張り巡らされていて、せっかく整備された遊歩道は荒れっぱなしで機能していないようだ。
山名のように白い鹿が現れて悪さをする猪を退治してくれないものだろうか?

気が付けば・・2日続きで「鹿」の山を登ったのだった。


 沿面距離≒2.3km
 累積標高(+)≒210m
 所要時間=1時間23分
(GPSマップ)
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by jinashi | 2018-01-16 14:19 | 大分県の山歩き~その他の山 | Comments(2)

大分市「うさぎ&かめの山楽校」のSさんが別府の小鹿山で大分百山を完登するというのでママと一緒に枯れ木も山のにぎわい登山に出掛けた。
山楽校代表のタカちゃんには、2011年にママが祖母山系大障子岩で百山を完登した時にあれやこれやとヘルプしてもらっている。

 小鹿山(728m) ~大分百山・2回目

真っ白に圧雪したエコーラインをゆるりと越えてやまなみハイウエイへ・・・
志高湖レストハウス前に10時に到着。
今日の主役Sさんをはじめ皆さんは国東の山へは何度も来られているので久しぶりの再会です。
うさぎ&かめ5人+私たち2人は10時18分にスタート。ここの標高≒600m。
志高湖畔を歩き始める。
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半分凍った湖で白鳥やカモ?たちは寒そう・・
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山頂部を隠した由布岳。豊後富士と言われるほどの風格がある。
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小山を越えて神楽女湖に着く。
冬の間は花菖蒲は刈り取られているようで?きれいに整地されている
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雪が残る志高~おじかコースを進む。
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別府市立少年自然の家「おじか」の横を通って山へ入る。
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丸木階段の急登へ取りつく。
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振り返ると高崎山や東九州道、大分臨海工業地帯も見える。
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もう少しで山頂だ・・
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3等三角点小鹿山へ2度目の登頂。
前回(2006年?)登った時にあったヤマボウシはどこだろう?
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別府市街地と別府湾。むこうは国東半島。
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Sさん、百山完登おめでとう! 甘酒で乾杯!
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防火帯を下山する。
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志高湖へ戻ると晴れてきた。前方に鶴見岳(右)と由布岳。
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夜は大分市の某温泉施設でお祝会がおこなわれた。
それをだしに一杯飲めるという皆さんたちで宴会は盛り上がった。
今回のSさんでうさぎ&かめの皆さん全員が大分百山を完登したことになるそうだ。
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謝辞を述べるSさん。
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それをだしに「いっぱい」飲んだじなしが一番先にダウンして夢の中(*_ _) 


沿面距離≒7km
累積標高(+)≒390m
所要時間=2時間50分
(GPSマップ)
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by jinashi | 2018-01-15 16:49 | 大分県の山歩き~由布・鶴見系 | Comments(0)

国東半島には鎌倉から戦国時代にかけて九州一円を支配した大友氏の歴史がのこる山城が多くある。
これまで岐部城正月屋敷跡や豊後高田の屋山佐野鞍掛(城)山など城跡の山へ登ってきた。

今年初めての国東里山は、暮れに小倉の貫山を登った時にゆみちゃんから聞いた山城を探検する。
ゆみちゃんと山友3名、じなし&ママの6名が岩戸寺山口池に集合。
新年の挨拶をして・・最初に向かったのは岩戸寺古城。

 岩戸寺古城(不明)?

山へ入る前にこの地域に詳しい上溝さんに古城のことを聞いてみた。
上溝さんの家には六郷満山寺院峰入りでは一行が休息に立ち寄る唯一の民家で、昔から武士や行者を湯茶で接待してきている。古い時代のことはよくわからないが戦後に始まった峰入りには立ち寄る行者のみなさんを温かくお迎えしているという。
(上溝さんには以前み仏ウオーキングで三十仏のガイドをお願いしたことがある)
上溝さんの庭から見える岩戸寺耶馬が古城のあったあたりだと・・いろいろと聞いたのだが、山中を口で説明するのは(教える方も聞く方も)伝わり難い。

昭和になって?子供の成長を祈願して岩に彫られたという観音様から山へ入った。
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山中を徘徊したが・・それらしきは見つからなかった。
岩尾根のピークから見おろす山口池あたり。
古城跡は前方岩峰あたりかも知れない・・
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(反対に)山口池近くから望む岩戸寺古城あたり(登った岩尾根)。
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以前に小岳から風神岩を歩いた時の画像がちょうど岩戸寺古城あたりを撮っていた。
その画像に大方の歩いたコースを入れてみた。
 (拡大します)
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 入った谷が違っていたのだろう。 次回に再挑戦だ・・・



次に向かったのが成仏地区にある城址。
大友氏とその一族田原氏との戦いの歴史が残る。
天正8年(1580年)、11代田原親宏の跡を巡る家督争いに大友宗麟は次男親家を継がせようとしたが、田原氏の養子の親貫は豊後高田の鞍掛城に籠り毛利氏に援軍を要請した。その時大友親家が籠ったのが成仏の雄渡牟礼(おどむれ)城(小門山)だといわれている。

 豊後御所の陣(≒330m) 
 豊後小城(≒270m)
 成仏(三等三角点・285.5m)

岩戸寺から両子鉢巻道路を通って犬鼻峠から成仏へ下る。
正月から縁起の良い名前の「金涌バス停」近くに停めて歩いて行く。
後ろは成仏桜会のAさんのお宅でした。
(ゆみちゃん画像)
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舗装路を20分ほど緩やかに登って行く。オレンジ標識があるところから右へ延びる林道へ入る。
「中世戦国時代山城 入口 御所の陣跡」だろう・・
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途中で軽トラおじさんに聞いて・・マイクロバス廃車先の大岩から山へ取りつく。何となく山道のような感じもする。
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防獣ネットに沿って進む。323mピーク辺り。
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さらに進むと左に堀切のような所を見て進む。
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山道?に出会って先へ向かうとオレンジ標識が見えた。大岩から19分。
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広場のようになっていて桜の木が植えられている。
雄渡牟礼城からの直線距離は約1km。ここに陣を張ったのだろう・・・
ここで昼食タイムとした。
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次に向かったのが小城。
真っすぐ谷を近道で下って先の林道へ下りる。
廃車乗用車(マツダファミリア)のところから入っていく。
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自然林の小高いピークへ上がったがそれらしきはない。そこから南西に緩やかに下って行くとオレンジ標識「小城」を見つけた!
廃車ファミリアから9分。
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下って来たところは土塁状となっている。
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虎口か?
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田原親貫の反乱の際に築かれたのが御所の陣と小城ではないかと言われている。



近くにある三角点へ行ってみる。
ゆみちゃんの調査資料では豊後小城はこちらではないかというが・・

地形図を見てガードレールから山へ入る。
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右手自然林の先に小門山が見える。
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最初のピークから左に向かうと三角点を発見!
ガードレールから10分ほど。
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三等三角点「成仏・285.5m」の前で4人娘と年増が1人。 
山名がないのが残念・・
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キュウイ畑で作業をするご夫婦とバス停前のAさんにご挨拶をして車へ戻った。

城郭放浪記を見るとこれまで城址として意識しないで登った国東半島の山もいくつかあるようだ。
岩戸寺古城はもう少し調べてみよう・・・


 沿面距離≒6.3km
 累積標高(+)≒530m
 所要時間=3時間30分
(GPSマップ)
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by jinashi | 2018-01-10 16:14 | 国東半島・宇佐の山歩き | Comments(8)

維和島から大矢野町へ戻ってR266を天草方向へ向かう。反対車線には早くもふるさとからUターンする車列が出来ている。
大矢野橋(天草五橋2号橋)を渡った永浦島の三叉路を右折し、道なりに走ると樋合島に着く。行き止まりとなった所に「樋合海水浴場(パールサンビーチ)」の駐車場がある。

 天草富士(138.2m) ~上天草市松島町高杢島の山

駐車場を出発。14時35分。
海岸沿いの遊歩道を歩いて行くと前方に高杢島(たかもくじま)が見えてきた。
天草富士とも呼ばれ円錐形の山容は遠くからでも判別できる。
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この日は(旧暦11月16日の)大潮で今が干潮時間だろう・・・
海の道を歩いて山へ登るのは初めてだ。昨日の富岡もそうだったがこういう地形を「砂洲」と云うのだろう。
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島に着くとサボテンが群生している。
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金毘羅宮の鳥居をくぐる。
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3つ目の鳥居から登り始める。
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石段が上へと続く。
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5分ほど石段を登ると金毘羅宮へ着く。
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お宮の上から山道となる。
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途中1か所で展望が開ける。むこうは5年前の正月に歩いた天草観海アルプスか?
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子ども3人を連れた夫婦が下りて来た。若いファミリーに出会うとハッピーな気持ちになる。
山頂手前で大岩が現れる。
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広場になった山頂へ到着。15時01分。祠は上宮だろう。
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2等三角点高杢島(138.19m)
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祠の裏に対になったような大岩があった。
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山頂からわずかに天草五橋が見えた。
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すっかり潮が引いた海の道を歩いて駐車場へ戻る。
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 沿面距離≒2km
 累積標高(+)≒170m
 所要時間=1時間
(GPSマップ)
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R266へ出ると本土?に戻る車で渋滞している。
フリルも待っているので・・今回はこれで旅を終えることにした。
天草でもう一つのオルレ「松島コース」は次回へ積み残しとする。
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若いころ勤務した会社の(新造)貨物船「第2舛宝山丸」が三角港に停泊していた。バラ積み貨物船のようだ。
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前方に超大型満月を見ながら阿蘇のミルクロードを戻った。
 

 以上で正月天草遠征レポはおしまい!


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by jinashi | 2018-01-06 12:10 | 熊本県の山歩き | Comments(8)

早朝に目覚めて道の駅有明リップルランドを出発。4橋を渡り大矢野島へ戻る。
道の駅「上天草サンパール」でオルレのパンフレットを貰おうと思っていたが本日まで休業だった。
県107で維和島へ向かう。
アーチ橋と吊り橋を渡って天草四郎の母親生誕の地と言われる維和島に上陸する。
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上天草市役所維和出張所近くの路肩に駐車。
出張所にもオルレパンフはなさそうだ。
事前学習では維和島オルレはスタートとゴール地点が2.8kmほど離れている。
公共交通もないようなので歩くしかないようだ。
スタート地点の千崎まで歩いて行く。8時22分。
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オルレ専用駐車場にもマップ(パンフレット)は無い。
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25分ほど歩いてスタート地点の千崎バス停に着いた。
カンセからスタートする。8時47分。
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すぐの左にある小高い丘へ上がっていく。古墳時代初めころの石棺が26基あるという千崎古墳群。海上交易で活躍した豪族の墓だという。
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昭和41年に完成した天草五橋1号橋のトラス天門橋の向こうに工事中のアーチ橋(新天門橋)が見える。今年の春に完成予定?
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海岸の集落を南下していく。
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維和島最大の集落「蔵々(ぞうぞう)地区」のあちこちで見かける恵比須様。漁の神様だけあって皆海を向いている。同じ幟旗(正月祭)が立つ。
天草四郎の母は維和島出身で、この集落(の個人宅)にある井戸を産湯につかったと言われている。
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集落を抜けると十九社前を通る。島中の神様がまとめて祀られているようだ。
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維和島はいろいろな柑橘類が栽培されている。
これはデコポン?
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「天草四郎が通ったかもしれない道」の標識に従ったらオルレ進路が不明となった。後でわかったが、右へ進むのが正解だったようだ。(ただし標識はなかった)
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前方に防獣柵があったのでロープを解いて中へ入った。
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ナビで方位を見ながら「かもしれない道」を進んだ。
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みかん畑の作業道(「かもしれない道」)を25分ほど歩いて(登って)いくと舗装路へ出合った。
そこにオルレリボンを見つけてコースに合流する(ホッ・・)。高山へ向かう。
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 高山(166.9m) ~天草維和島最高点・2等三角点の山
途中で出会ったウオーキングの男性から「猪に気を付けて!」と言われた。
一方通行をひと登りで正月2座目の高山山頂だ。
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ぐるり・・絶景だ!
不知火海の向こうは八代市か・・
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南西方向は天草五橋パールライン方向・・
天草には大小合わせて120の島々があるという・・
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海に浮かぶ三角の山はこの後登る高杢島(天草富士)。
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北にはうっすらと雲仙普賢岳も・・
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今回2度目の山頂写真。(2等三角点千束島・166.62m)
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下山(げざん)口から先へ向かう。
大きな椎の木を過ぎる。
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九州電力送電線鉄塔へ出る。昨日通った苓北発電所からの送電線だろう。
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鉄塔から下って行くと漂着物が散乱した外浦自然海岸に出る。スタートの千崎から7.8km地点。
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傾斜した地層の上を歩く。大潮の満潮時には厳しいかも・・
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延々・・30分ほど海岸を歩いたら竹林へ入ってひと登り。
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一山超えて下山地区へ下りる。
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海の水がきれいだ。
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こちらの集落にも恵比須様が多い。地区だけでなく家々にも祠がある。
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商店の前にオルレ案内ポスターがあった。店の92歳のばあちゃんに聞いてみたらパンフレットを貰えた。もっと早く欲しかった・・・
 近くの71歳のご夫婦から(私たちの)歳を聞かれた^^

猫ちゃんもあちこちに・・
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タコもいろいろ・・タコツボにも大小あり。
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古い石積の波止や車エビの養殖場が続く。
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ゴールの維和郵便局と千束天満宮が見えてきた。
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神社前にあるカンセに到着!ここまで13kmほど歩いてきた。
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さて、ギアチェンジして1.4km先の車まで戻る。
市役所維和出張所が見えてきた。これがほんとのゴール!
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風もなく青空のもと、島をほぼ一周するコースを歩くことができた。
特に高山からの眺望は素晴らしかった。
正月ということもあっただろうが・・オルレ駐車場の案内パンフレットは切らしてほしくなかった。また、オルレの赤青テープや矢印、カンセなどが雑に付けられていて不安になるところが多かった。
歩く人の気持ちになって分岐やカーブにはしっかりと分かるように設置(チェック)してほしいものだ。

 沿面距離≒14.4km
 累積標高(+)≒510m
 所要時間=5時間20分
(GPSマップ)
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by jinashi | 2018-01-05 21:08 | 九州オルレ | Comments(0)

去年の元日には九州オルレ「指宿・開門コース」を歩いた。
そして・・今年の正月は天草にある3つのオルレコースを歩くという欲張った計画を立てた。

九州オルレは、平成24年2月に第1次コースとして4コースがオープンして以来コースが増えており、昨年12月には「さいき大入島」と「筑豊香春」の2コースが決まった(オープンは3月?)ので全19コースとなる。
これまで、「奥豊後」「九重・やまなみ」「宗像大島」「別府」「指宿・開門」の5つのオルレコースを歩いて来た。

角山を下山して県24で下田温泉へ出てR389を北上、9時少し前に苓北町富岡の富岡港客船待合所に着いた。富岡港からは長崎市茂木港まで高速船が1日4便運行されている。

待合所前が九州オルレ「天草・苓北コース」の出発点だ。

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暮れから少し風邪気味で体調がイマイチのママを残してここは一人歩きをする。
待合所でオルレパンフをもらってカンセ(済州島の原生馬の方言)からスタートする。9時6分。
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停泊中の船は熊本県立苓洋高等学校の海洋実習船「熊本丸」。
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富岡城址に向かって歩く。
この辺りはもともと島と陸がつながる砂洲と云われるところで、千々石灘と天草灘の間に細長く突き出た富岡半島は陸繋島といわれる。
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百閒土手といわれる石垣越しに復元された富岡城を望む。
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赤い鳥居をくぐって富岡稲荷神社へ初詣。五穀豊穣、商売繁盛、火よけの神様。
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本丸跡に建てられた「富岡ビジターセンター」。
富岡城は慶長6年(1601年)に天草の領主となった、肥前唐津藩の寺沢志摩守広高によって慶長7年(1602年)頃から築かれた。寺沢氏は、富岡城に藩代を配置し天草を統治したが、寛永14年(1637年)島原・天草一揆で一揆軍から攻撃を受けた。 この乱後、山崎甲斐守家治の領地となり、山崎氏は大規模な修築及び拡張を行い現在に見られる富岡城の形ができた。 山崎氏の後に天草は天領となり鈴木代官の時代を経て、戸田伊賀守忠昌時代の寛文10年(1670年)破城され再び天領となる。 天領時代は、三の丸に代官所がおかれ天草の行政の中心となった。(ビジターセンターより)
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ここから富岡の町を見下ろす。コースのゴールはお日様の足が伸びているあたり・・
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天然の防波堤となっている富岡砂嘴。先端部は曲崎といわれ、外側で岩牡蠣や緋扇貝の養殖がおこなわれているようだ。
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二の丸広場には富岡ゆかりの4人の立像があった。
勝海舟は海軍伝習所の訓練中に富岡を訪れている。
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城の裏側から下りたあたりは圃場が広がる。特産のレタス畑のようだ。
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猪口水仙と藪水仙・・
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海域公園遊歩道を歩いて展望所で一休み。スタートから4km地点。
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潮騒を聞きながらハマユウの道を歩けば白岩崎に出る。
正面は九州電力苓北火力発電所。
その出力は熊本県内の電力需要の約3分の2をまかなうほどである。そのため町の財政は豊かで、天草市に合併しなかった。(wikipedia)
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白岩崎海岸へ下りる。
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単味で磁器化する天草陶石の産地として知られており、今日でも磁器の原料として富岡港から大量に出荷されている。江戸時代に平賀源内が褒めたたえたといい、有田焼などもこちらの陶石が使われているようだ。
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海水浴場を通って砂洲の防風松林に入る。
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頼山陽もこの地で詩を詠んでいる。
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林芙美子句碑。泊まった旅館の跡にある。
「旅に寝てのびのびと見る枕かな」
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東の海に出るとアオサの養殖場のようだ。
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古い禅寺「瑞林寺」へ着く。
明智光秀の孫、三宅藤兵衛の墓や初代天草代官、鈴木重成の供養碑がある。
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寺の裏にある富岡神社へ参拝して畑を通ると集落へ出る。
富岡切支丹供養碑があった。通称千人塚といわれ国指定史跡。
寛永14年(1637年)に起こった天草島原の乱で討ち死にしたキリシタン一揆軍の首級一万余りを三分して埋めた一つがこの首塚である。生保4年(1647年)天草代官鈴木重成が慰霊のために供養碑を建立した・・(説明板)
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碑上部にある丸に囲まれた文字(漢字)は「うはっきゅう」?もしくは「うはっきょく」?とも読まれ、国東市安岐町にも見られる。
説明板では~「読み方は不明。字義は諸説あり、キリシタンに関係があるといわれているが、定説はない」
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国道を横断してケール畑を過ぎると白木尾海岸に出た。7.2Km地点。
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きれいに角が取れた丸い玉石が続く。
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天草灘からの波にはサーファーも集まるらしい。
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畑の横を通って森に入る。
鈴木神社から下って行くと朝方通ってきた国道へ出た。8.6km地点。
レタス畑の圃場に沿って歩いて行く。
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苓北町コミニティセンターの前を過ぎると広い運動広場へ出る。
その上にゴールの温泉センターが見えて一安心。あともう少し・・
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消防署を過ぎて志岐城址への(苦しい)坂道を登る。
志岐城址公園展望所へ上がりついた。
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遠くにスタートした富岡港や城址を望む。歩いたコースを辿る・・良く歩きました!
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森の中の丸木階段を下って・・フィニッシュの苓北町温泉センター「麒泉の湯」へ到着した!
12時53分。
富岡港からこちらへ車を回せるだろうか?と少し心配したが、ママが待っていてくれた。
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お茶休憩したり、写真を撮りながら・・特に速足で歩いたとは思わなかったが、予想時間より少し早く着いた。昼食はとらなかったが・・
(パンフレットの所要時間は4~5時間)
初めて訪れた地だったが・・歴史や産業、自然のジオパークなど見所の多いコースだった。
土地の魅力は歩いてこそわかるものだ。

 沿面距離≒11.7km
 累積標高(+)≒500m
 所要時間=4時間
(GPSマップ)
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 天草下島観光へ

時間も早いので天草下島を観光した。
最初にオルレと同じ苓北町にある 「おっぱい岩」を見てきた^^
だいぶ前に火野正平の「こころ旅」(BSNHK)で見たのだ。

R324には「おっぱい岩」の標識もありすぐ分かった。駐車場もあり。
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海岸へ下りて歩いて行く。満潮時には見られないだろう。
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ありました!
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乳首もあって・・ほんとそっくりです! 少し先には「小おっぱい岩」もあるようだ。
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おっぱい岩に触れると「胸が大きくなる」とか「母乳がよく出る」とか言われているようだが、標識にかけられた絵馬には「乳がんが再発しませんように・・」と書かれていた。


R389サンセットラインを南下すると天草灘へ沈む夕陽ポイントが何か所かあった。

看板を見て大江天主堂に立ち寄る。
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明治になって布教が再開され、フランス人ガルニエ神父がこの地で布教につとめ、村人から「パアテルさん」と慕われた。明治40年、北原白秋ら5人は「パアテルさん」に出会いに「五足の靴」の旅でここを訪れている。天主堂は昭和8年に完成。


次に向かったのが河浦町にある 崎津カトリック教会
世界遺産候補となっているので観光客も多い。
﨑津教会は、長崎の建築家・鉄川与助によって設計されたゴシック様式の教会で、現在の教会は、1934年(昭和9年)、フランス人宣教師ハルブ神父の時代に再建された。教会は、尖塔の上に十字架を掲げた重厚なゴシック様式で、その堂内は国内でも数少ない畳敷きになっている。
建てられた土地は、ハルブ神父の強い希望で、弾圧の象徴である絵踏みが行われた吉田庄屋役宅跡が選ばれた。この禁教時代に厳しい絵踏みが行われた場所に、現在の祭壇が配置されたと言われている。
1569年(永禄12年)、ルイス・デ・アルメイダ神父によってキリスト教の布教が行われたこの地では、1638年(寛永15年)の禁教令以後、激しい弾圧を受けながらも240年間に渡って「潜伏キリシタン」として信仰が守られてきた。 
この教会は「海の天主堂」とも呼ばれ、教会が建つ漁港一帯は、1996年(平成8年)、日本の渚百選「キリシタンの里﨑津」に選ばれ、2001年(平成13年)には、日本のかおり風景100選「河浦﨑津天主堂と海」、2011年(平成23年)には、天草市﨑津の漁村景観が「国の重要文化的景観」にも選ばれている。
(天草宝島観光協会)
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古いステンドガラスが佳い。
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この日の宿(車中泊)は天草市有明町にある道の駅「有明リップルランド」。
温泉、グルメ(美味しい!ラストオーダー20時?)とフルコース揃っていて・・・星5つ!




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by jinashi | 2018-01-04 18:07 | 九州オルレ | Comments(4)