カテゴリ:国東半島あれこれ( 161 )



六郷満山1300年祭イベント「奥の院秘仏御開帳と岩屋探訪会」も2日目を迎えた。
今日は「石造太郎天像里帰りと西不動岩屋トレッキンング&記念文化講演会」がおこなわれる。

早朝に太郎天運搬チームは本堂に集まり、出発法要を行った。
石造太郎天像を緩衝材で丁寧に包んで運搬用段ボール箱に収納?し、晒し布で覆ってロガーキャリア(背負子)に固定した。
収納された太郎天像を後ろに本堂前で記念写真。
出発を前に緊張の面持ち・・・
a0166196_14132062.jpg


本堂を9時に出発。
太郎天岩屋までの距離は約3.2 Km、標高差約270 mを歩いて運ぶ。
重さは 17Kgほど。

峯入り装束の千燈寺・今熊豪宏住職を先頭に隊列で進む。
最初の運搬人は千燈寺総代長のS川さん。御歳80歳になられるが、お元気で本堂から山門を出てS川さん宅前まで100mほどを運んでいただいた。
a0166196_14134871.jpg


地元出身のY野さん(ハンドルネーム=太郎天さん)は尻付岩屋まで。
a0166196_14141469.jpg


T内さん、G藤さん、H島さんとつないで、阿弥陀越から300mほどのアップダウンコースはじなしも担がせていただいた。

太郎天岩屋までの急斜面をトラバースする難路をY野さんに担いでもらい、ほぼ予定通りの時間(10時25分)に太郎天岩屋にたどり着いた。

室町時代の作といわれる石造太郎天像(国東市指定文化財)は昭和39年に国見町指定文化財となっている。その当時に千燈寺に移されたとすれば55年ぶりの「里帰り」となる。
岩屋への「お土産」も供えられた。
a0166196_14151629.jpg


さっそく今熊住職より里帰り法要がとり行われた。
a0166196_14154115.jpg


法要の後、午後から講義をされる山本先生による岩屋の現地学習もあり、60名ほどのトレッキング参加者の皆さんは耳を傾けた。
a0166196_1416533.jpg




30分ほどの岩屋滞在のあと太郎天像は再び運搬用段ボール箱に収められ、往路を寺へと戻った。

予定時間より少し早く寺へ帰った。
新調なった厨子に石造太郎天像を納めて無事に里帰りの旅を終えることができた。

(本日のルート~拡大します)
a0166196_20382227.jpg





午後から千燈寺本堂では日本山岳修験学会理事の山本義孝先生による講演がおこなわれた。
演題は「千燈寺から六郷満山の謎にせまる」
a0166196_1417361.jpg



石造太郎天像の高さは約50cm。背に羽があり、風貌は鼻が大きく天狗を思わせる。これまで修験者の守護神といわれていたのでそう信じていた。
山本先生の話では太郎天は「天」部の仏ではなく、「天童」を意味する山の神「守護神」で、中国仏教の影響を受けた北部九州に広がった山の神の信仰だという。
a0166196_14175110.jpg


ここ千燈地区は胎蔵界の東不動、金剛界の西不動とし、全体は立体曼荼羅を表わしているという。その立体曼荼羅に身を投じ神仏一つになるために山に分け入ったという。
そして、千燈地区を取り巻く山の尾根は修験者の奥駆道であるというのだ。
地理院マップでみると、鷲巣岳~阿弥陀越~太郎天岩屋~黒木山~千燈岳~五辻岩屋と馬蹄形に縦走できそうだ。吉野と熊野を結ぶ大峰奥駆道と同じような修行の尾根道ルートとなるだろう。
a0166196_1418862.jpg



中野幡能氏は千燈寺の近くの伊美郷が、紀伊半島の熊野の那智と瓜二つのように似通っていると表現しており、那智が補陀落の浄土であり、六郷山信仰も宇佐に発して峰々を修行し千燈寺でクライマックスを迎える。これを表すのが不動山不動崫の五智の修法であり、補陀落の浄土を表すものが、五輪の塔群であると。千燈寺は六郷山信仰の補陀落の浄土であった・・・と書いています。(概略)(HP鬼と仏の国東半島めぐりより)
※中野幡能(なかの はたよし)東京帝国大学文学部卒、日本の歴史学者。宇佐八幡宮の研究で知られる。



2日間、多くの皆さんに参加していただいき、奥ノ院秘仏を拝観し、東西岩屋トレッキングやコンサートを楽しみ、山岳宗教の歴史を学んだ。


ふるさとの岩屋へ里帰りした太郎天もきっと喜んでくれただろう。



.

by jinashi | 2018-11-02 14:19 | 国東半島あれこれ | Comments(2)



NPO法人国東半島くにみ粋群では、昨年より六郷満山開基1300年に合わせて千燈地区でのイベントを計画してきた。

2日間のイベントタイトルは「千燈寺奥の院秘仏御開帳と岩屋探訪会」。
初日は旧千燈寺周辺での東不動岩屋トレッキングとコンサートがおこなわれた。

吉田隆一国東市文化財課長兼六郷満山開山1300年祭事務局長のご挨拶。
a0166196_101855.jpg


60人ほどの参加者は東不動岩屋トレッキングに向けて千燈寺を出発。
a0166196_1017445.jpg


千燈寺奥ノ院では17年ぶりに秘仏御開帳がおこなわれた。
千燈寺住職・今熊豪宏さんより寺の歴史などについて説明があり、その後扉を開けて秘仏(=撮影禁止)の御開帳があった。
a0166196_10182953.jpg


秘仏は中央に金色の千手観音立像。舟形光背の高さは60~70㎝ほどか。
左脇に青の体に赤炎の不動明王立像(高さ30㎝ほど)の二躯が祀られている。
右脇の毘沙門天は残念ながら旅に出かけていて?空の厨子のみが残る。
いつ頃のものなのか不明のようだが、きれいで神々しい。


14時から旧千燈寺本堂跡で1300年記念コンサートがおこなわれた。
ここでのコンサートは千燈寺開山有史以来初めてとなるだろう。

最初に明治大学グリークラブ(男子合唱団)による合唱が始まる。
地元在住でNPO会員のNさんが明治グリークラブOBで、国東市で開催されたOB会がきっかけで今回のコンサート出演が実現した。
Nさんのご挨拶。
a0166196_10191537.jpg


現役明大生9人による合唱は「見上げてごらん夜の星を」や・・急遽練習した地元の「ちょるちょる音頭」なども披露され楽しいステージでした。
a0166196_10194125.jpg


a0166196_102063.jpg


続いて登場したのは森進一郎さん。
南こうせつ、大島三平とともに初代「かぐや姫」のメンバーとして活躍した。
地元金融機関を退職後、大分市で「府内フォーク村十三夜」を経営。現在は各地のコンサートや文化教室などで音楽活動をされている。

「コスモス」や「また君に恋してる」など・・懐かしい歌を弾き語りで聞かせてくれた。
a0166196_10202848.jpg


仁王像も背中で聞いた?
a0166196_10205264.jpg


最後はグリークラブとコラボ?
a0166196_10212034.jpg


秋の木漏れ日を浴びて・・初めての旧千燈寺コンサートでした。


グリーのメンバーを奥ノ院秘仏拝観と展望岩へ案内した。
展望岩では西不動にむかってハーモニーを聞かせた。
a0166196_10221511.jpg



翌28日(日)はメインイベント?の「石造太郎天像里帰りと西不動岩屋トレッキング」がおこなわれる。


.


by jinashi | 2018-11-01 10:25 | 国東半島あれこれ | Comments(0)



国東半島の両子寺を中心として点在する寺院は六郷満山と呼ばれ、平安末期には神仏習合の山岳密教文化が隆盛を極めたといわれている。
八幡大神の化身という仁聞菩薩により養老2年(718年)に開基されたと伝えられ、今年は1300年を迎えている。

旧千燈寺にある仁聞国東塔前で満山寺院の僧により1300年記念の先徳(前代の有徳の高僧)供養がおこなわれたので参列させていただいた。

この日、10月26日は仁聞菩薩の命日なのだ。

ここ旧千燈寺は六郷満山二十八ヶ寺にあって仁聞菩薩により最初に創立された寺といわれている。
広い境内には仁聞菩薩入寂の岩屋や供養塔(仁聞国東塔)、墓地などの伝説が残されている。

旧千燈寺奥ノ院近くにある仁聞入寂の岩屋(別名~枕の岩屋)前でお経を唱える満山会の僧達。
a0166196_1358538.jpg


国東塔の前で先徳法要が行われた。
a0166196_13583922.jpg


仁聞国東塔(供養塔)と新たに建てられた角塔婆。
a0166196_1359198.jpg


五輪塔群にある墓地。
豊鐘善鳴録(江戸中期に禅僧により書かれた豊前豊後の伝記)には「その年の十月二十六日千燈の岩窟に於いて入定す。塔を封ずるに三楞石(三個の大きな角のある石)を以てす」と書かれている。
a0166196_13594739.jpg



厳かな千徳供養でした。
六郷満山寺院発祥の寺としてあらためて旧千燈寺の歴史の深さを感じた。

明日から2日間、千燈寺では
1300年イベントが行われる。
27日(土)は奥の院秘仏御開帳に合わせて岩屋巡りやコンサートが・・明後日28日(日)には太郎天里帰りと山岳信仰の講演会が予定されている。



.

by jinashi | 2018-10-31 14:00 | 国東半島あれこれ | Comments(0)

 

前日、千燈寺の今熊住職さんより「比叡山千日回峰行を満願された大阿闍梨さんがご来臨されるので来ませんか」・・とご案内をいただいた。


朝8時に大阿闍梨さんと歩くツアーバスご一行様が寺に到着。
檀家さんより手作りの甘酒や羊羹のお接待がおこなわれた。
a0166196_20384684.jpg


境内では檀家さんの列に入れていただき、大阿闍梨さんより御加持を受けることができた。
そして護札も頂いた。
a0166196_20403114.jpg


大阿闍梨さん先達で岩戸寺へ向かって行った。
a0166196_2040114.jpg






この日はじなしの大台誕生日(*_ _)
タイムリーで思いがけない体験をすることができ、清らかな気持ちとなった。


還暦からあっという間だったが、心身健康を目指して精進し、先輩諸氏を目標にして元気に山歩きを続けたいと思う。



.

by jinashi | 2018-10-11 20:47 | 国東半島あれこれ | Comments(4)


  

24号に続いて週末には25号台風の襲来でうんざりだった。
1週前は国東市安岐町で開催予定の九州瀬戸内高等学校女子駅伝競走大会が中止となり、6日に予定していたアートフェスタバスツアーも2日前に中止が決まった。
日本中のあちこちで台風や地震などの災害が頻発し、流通や観光にも悪影響を及ぼしている。
それにしても、最近の自然災害はパワーアップしてきたように感じる。これも地球温暖化によるものなのだろうか?



27~28日の
「千燈寺奥の院秘仏御開帳と岩屋探訪会」に向けて旧千燈寺一帯の清掃に出かけた。


旧寺境内裏の山中にある薬師岩屋から普賢岩屋へのルートを整備した。
a0166196_959242.jpg


普賢岩屋尾根へ上がる。
千灯岳方向が絶景。
a0166196_9592347.jpg


尾根から普賢岩屋へのルート。30年ほど前に「六郷満山ふれあい森林公園」として整備されたが遊歩道はほとんど人が入ることもなく荒れている。
a0166196_9594678.jpg


普賢岩屋には神輿が置かれている。本堂上にあった山王権現(日吉大社)の祭事に使われたようだ。
a0166196_1001070.jpg


27日のコンサート会場となる本堂跡には沢山の銀杏が落下していた。踏みつけるとコンサートには言いようのない悪影響となるので^^・・片付けた。


下から法螺貝の音が聞こえて行者の皆さんが歩いて来た。
全国から集まった真言宗寺院の僧5名で、1300年の六郷満山へ峯入行に訪れたようだ。
先導するのは椿光寺と願成就寺の副住職2人。
a0166196_1003646.jpg




イベント前日の26日には旧千燈寺仁聞供養塔(国東塔)前で六郷満山寺院の僧有志による1300年法会がおこなわれるようだ。



.

by jinashi | 2018-10-07 10:01 | 国東半島あれこれ | Comments(2)



国東半島六郷満山寺院は奈良時代養老2年(718年)に僧・仁聞(にんもん)により開基されたと伝えられており、今年開山1300年を迎えて半島各所でさまざまな記念催事がおこなわれている。

宇佐八幡大神の化身説もある僧・仁聞(菩薩)が国東半島に開基した二十八の寺院で最初に開いたのが千灯寺と言われ、そこには仁聞入寂の岩屋や供養塔、墓地などの伝説が残されている。



国東市教育委員会、千灯寺のご協力をいただき、NPO国東半島くにみ粋群ではこの秋、仁聞伝説が色濃く残る千灯寺周辺で六郷満山開山1300年記念イベント「千灯寺奥の院秘仏御開帳と岩屋探訪会」を開催することとなった。

千燈寺奥の院秘仏御開帳と岩屋探訪会
イベントのパンフレット ~ 拡大します
(表面)
a0166196_17281930.jpg


(裏面)
a0166196_17283371.jpg



7日(金)はイベント2日目の講演会講師を務めてくれることになった日本山岳修験学会理事の山本義孝先生が現地調査に来られたので案内役をした。
千灯寺住職の今熊豪宏さん、檀家総代の国広幸美さんも同行してくれた。

最初に向かったのは太郎天岩屋。 
阿弥陀越に上がる。
a0166196_17292827.jpg


露岩から太郎天岩屋のある崖を望む。
a0166196_17295234.jpg


太郎天岩屋に到着。
イベント2日目(10月28日)に石造太郎天(修験者の守護神・不動明王の変身像)を里帰りさせるところだ。
a0166196_17323582.jpg


岩屋と修験僧の修行について説明する山本先生と千灯寺住職今熊豪宏さん。
a0166196_17331662.jpg


a0166196_1733447.jpg


太郎天尾根(岩屋上)から鷲巣岳や姫島が絶景だ。
(拡大します)

a0166196_17284965.jpg


大不動岩屋へ。
今熊ご住職が立っているところが護摩炊場とは知らなかった。
a0166196_1734972.jpg


旧千灯寺奥の院では先生には興味深い話をいろいろと聞かせていただいた。
a0166196_1735418.jpg




10月27日(土)28日(日)には岩屋巡りトレッキングとあわせてコンサートや講演会がおこなわれます。
両日とも先着50名さまで参加者を募集中です。
※コンサート・講演会のみのご参加、秘仏拝観だけされる方は参加料と事前申し込みは不要です。
 
 多くの皆さまのご参加をお待ちしています!



お申込み&お問い合わせ先  ~
NPO法人国東半島くにみ粋群 まで




.

by jinashi | 2018-09-08 17:36 | 国東半島あれこれ | Comments(6)

今年も豊後高田市田染公民館より公開講座のご案内を頂いたのでT君を誘って出かけた。
講師は西叡山高山寺船津大乗住職。演題は「釈迦仏教から大乗仏教へ」。
3年前にも大乗住職の講演を聞いた。→2015年の公開講座

2500年前にインドガンジス川流域で起こった釈迦仏教が、日本に伝わって現在に至るまでの変遷をわかりやすく解説してくれた。

聖徳太子により仏教が広まり、最澄の比叡山開山から、現在の天台や真言宗、禅宗、真宗などに様々な宗派が派生していった経緯を解説してくれた。
真宗門徒の我が家だが、ご院家さんより真宗の歴史や成り立ちなどをあまり聞いたことはない。

開基1300年を迎えた国東六郷満山寺院は天台宗だが、その修業は法華経を中心とした密教に禅や戒や念仏などを融合したもののようだ。
天台宗も真言宗も同じようなものと思っていた・・・
a0166196_16401117.jpg

船津住職は元カメラマン。2010年春に六郷満山峯入行を満願、翌年晋山式を終えて高山寺(こうざんじ)住職に就任した。
日本に伝わった大乗仏教だが、船津住職のその大乗という名前は無動寺の中嶋浩伝住職(故人)から授かったようです。



.


by jinashi | 2018-08-11 16:41 | 国東半島あれこれ | Comments(0)



台風12号は記録に無い経路で進んでいる。
我が町にはいつもは去っていく方向から向かって来ていて、夕刻には最接近しそうだ。
上空にある「寒冷低気圧」などの仕業らしい。

嵐の前の静けさか・・平穏な朝を迎えた朝寝フリル。7歳になりました^^
a0166196_16102343.jpg



蛭兒大神宮

午前中は天気が持ちそうなので、夷谷・中山仙境周辺の歴史遺産の探訪に出かけた。
向かったのは夷谷温泉手前(中山仙境下山口から夷谷温泉へ向かってすぐ)の上坊中にある神社。
以前通った時にこんなところに何の神社だろう?と思っていた。
(マップ)

階段の上にある鳥居。
a0166196_16134827.jpg

額束には「蛭兒大神宮」とある。
柱を見ると享保三年の建立となっている。
a0166196_1614956.jpg

上を目指して大岩の間のコンクリ石段を登って行く。
a0166196_16144913.jpg

平らな広場のようなところ(今は杉林)があって、その上の岩屋に社が見えた。
a0166196_16152873.jpg

わりと新しい杉板の床の奥に社殿がある。
a0166196_16155130.jpg

社殿の後ろは大岩が取り囲んでいる。
a0166196_1616159.jpg


豊後高田市文化財課HPの「中山仙境(夷耶馬)名勝報告書」には~
【蛭子社 】
霊仙寺旧墓地より数百メートル東へ行った所に見える「蛭子大神宮」の扁額のある鳥居から石段を登った先にある岩屋内の小社。東夷では六所神社の根源と伝えられており、六所神社の神事の際には、必ず蛭子社から祝詞を奏上する。
字「今夷」に位置し、『六郷山巡礼百八十三ヶ所霊場記』に記載のある六郷山の峯入りのルートにも「第百三十四番 三重村夷今夷」と登場する。


かなりの歴史を感じさせる空間だった。
蛭子=夷。ここの地名「夷」の大元になる神社なのだろう。



焼尾塔ノ本国東塔・庚申塔


近くにある焼尾阿弥陀堂下の国東塔・庚申塔を訪ねた。2度目かな?

総高2m34㎝。基礎、台座、塔身、笠、相輪がきれいにそろった国東塔。
南北朝時代の作と言われる。県指定文化財。
(国東塔後の杉林に先の蛭子社がある)
a0166196_16165389.jpg


国東塔の一段上に三基の庚申塔がある。
庚申塔とは~国東半島の庚申塔
a0166196_16173376.jpg

下段の右にある青面金剛庚申塔は国見地区にあるものと同じ作者のものか? 作風の似た庚申塔を5~6か所で見かける。
一説には隠れキリシタン庚申塔ともいわれている。
a0166196_16183399.jpg

下段左は「猿田彦大神」と刻まれた神道系庚申塔。
香々地地区には神道系庚申も多い。
a0166196_16185694.jpg

上段にある青面金剛庚申塔。
下部に三猿(見ざる、云わざる、聞かざる)が彫られている。
a0166196_10173038.jpg

猿田彦庚申塔の後ろには3年(18回)ごとに請願成就のために建てられた供養塔(板)が並んでいる。
数からしてかなり長い間信仰されていたことがわかる。
a0166196_16193828.jpg

三基の庚申塔のすぐ上には弥陀如来立像など多くの仏像が安置される「焼尾阿弥陀堂」がある。


蛭子社入口近くの県道沿いにある猿田彦庚申塔。
a0166196_16201635.jpg

下坊中にある三猿二鶏が彫られた磨崖庚申塔。
標識には「坊中荒神」とあるが・・荒神にそぐわぬ穏やかな笑顔の庚申さまだ。
a0166196_16203693.jpg

a0166196_16205670.jpg


夷地区には庚申塔をはじめ、様々な石造文化財の宝庫となっている。
この地区には仏師・板井一門から派生した法橋板井利三郎など多くの石工が活躍したことにもよるのだろう。




中山仙境のイワタバコ

時間もあったのでイワタバコ群生地へ行ってみた。
2年前は7月16日が花盛りだったが・・・
先の7月11日に福岡県宗像市のK柳さんご一行11名をご案内した時には少し早かった。
半月以上経ったが・・まだ咲いてるかな? 
たどり着いた大群落地。
a0166196_16231342.jpg

やはり・・ほとんど終わっていた。
a0166196_16233176.jpg

a0166196_16234828.jpg

a0166196_1624386.jpg



本年6月15日には中山仙境は(国東市文殊耶馬とともに)国指定名勝に登録されることが決まった。
一路一景公園展望台より望む中山仙境尾根
(拡大します)
a0166196_16244827.jpg

 〃 高岩・一望岩尾根
(拡大します)
a0166196_16261639.jpg

かつて「大魔所(悪魔や魔物の棲む場所)」と呼ばれた夷谷。人跡未踏の地であった奇岩の風景は、岩林と呼ぶにふさわしい規模で展開しています。平安時代以降、六郷満山の僧侶達によって夷谷は徐々に開拓され、谷全体が「夷石屋」という寺院へと成長していきました。 江戸時代には歌人・国学者の高井八穂らが夷谷を訪れて和歌を詠み「夷谷八景」を定めました。谷を彩る折々の自然を愛でる文化は今の夷谷にも息づいています。 今回の意見具申にあたっての調査において、東西の夷谷を分かつように聳える「中山仙境」は、実は2つの谷の文化の淵源として、むしろ2つの谷を束ねている存在として再評価されました。(豊後高田市HP)


大分県の国指定名勝は6件となる~ 
①別府の地獄
②耶馬渓
③旧久留島氏庭園
④天念寺耶馬・無動寺耶馬
⑤中山仙境
⑥文殊耶馬





.
by jinashi | 2018-07-30 16:31 | 国東半島あれこれ | Comments(4)



2月25日に成約した軽四がやっと納車の運びとなった。
13年間の思い出が詰まったタントに乗って販社に出かけた。
使用説明や受け渡しの手続きを終えて新車のキーを受けとった。
新車で家へ帰るときには置いてきたタントを想い、少しセンチメンタルになった。

a0166196_2041655.jpg




いつも山行に使用しているトヨタV車より(燃費は)倍以上の距離を走れそうだ。
人生の残りも少なくなってきたが、これからこの車と新たな思い出をつくっていくことになるのだ・・・

ハスラーくん、よろしくね!




.


by jinashi | 2018-04-14 20:42 | 国東半島あれこれ | Comments(8)


姉夫婦と東京から帰ってきた甥ファミリーをマテ貝掘りにつれて行った。
3~4月は海遊びの季節で、子どもの頃(昭和30年代)には親といっしょに貝掘りや釣りを楽しんだものだ。

場所は国見町熊毛の海岸。広い干潟ではかつて建干網(満潮時に網を張って干潮時に取り残された魚を捕る漁)も行われていた。
a0166196_1144961.jpg

むこうは姫島。前日には甥ファミリーは「ペンション野路菊」に泊まって海の幸を堪能してきたようだ。
a0166196_115492.jpg

①刃先の鋭い鍬で干潟を削って縦長の穴を見つける。
②そこに塩を入れる。
③しばらくするとマテ貝が顔を出す。
④殻の部分を捕まえてゆっくり引き出す。  
a0166196_1151890.jpg

a0166196_1154655.jpg

1時間ちょっとでこれだけ採れました^^
a0166196_11663.jpg


バター焼きやぬたえ(ぬたあえ)にしていただきます。


.
by jinashi | 2018-04-02 11:06 | 国東半島あれこれ | Comments(0)