カテゴリ:国東半島あれこれ( 156 )



国東半島六郷満山寺院は奈良時代養老2年(718年)に僧・仁聞(にんもん)により開基されたと伝えられており、今年開山1300年を迎えて半島各所でさまざまな記念催事がおこなわれている。

宇佐八幡大神の化身説もある僧・仁聞(菩薩)が国東半島に開基した二十八の寺院で最初に開いたのが千灯寺と言われ、そこには仁聞入寂の岩屋や供養塔、墓地などの伝説が残されている。



国東市教育委員会、千灯寺のご協力をいただき、NPO国東半島くにみ粋群ではこの秋、仁聞伝説が色濃く残る千灯寺周辺で六郷満山開山1300年記念イベント「千灯寺奥の院秘仏御開帳と岩屋探訪会」を開催することとなった。

千燈寺奥の院秘仏御開帳と岩屋探訪会
イベントのパンフレット ~ 拡大します
(表面)
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(裏面)
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7日(金)はイベント2日目の講演会講師を務めてくれることになった日本山岳修験学会理事の山本義孝先生が現地調査に来られたので案内役をした。
千灯寺住職の今熊豪宏さん、檀家総代の国広幸美さんも同行してくれた。

最初に向かったのは太郎天岩屋。 
阿弥陀越に上がる。
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露岩から太郎天岩屋のある崖を望む。
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太郎天岩屋に到着。
イベント2日目(10月28日)に石造太郎天(修験者の守護神・不動明王の変身像)を里帰りさせるところだ。
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岩屋と修験僧の修行について説明する山本先生と千灯寺住職今熊豪宏さん。
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太郎天尾根(岩屋上)から鷲巣岳や姫島が絶景だ。
(拡大します)

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大不動岩屋へ。
今熊ご住職が立っているところが護摩炊場とは知らなかった。
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旧千灯寺奥の院では先生には興味深い話をいろいろと聞かせていただいた。
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10月27日(土)28日(日)には岩屋巡りトレッキングとあわせてコンサートや講演会がおこなわれます。
両日とも先着50名さまで参加者を募集中です。
※コンサート・講演会のみのご参加、秘仏拝観だけされる方は参加料と事前申し込みは不要です。
 
 多くの皆さまのご参加をお待ちしています!



お申込み&お問い合わせ先  ~
NPO法人国東半島くにみ粋群 まで




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by jinashi | 2018-09-08 17:36 | 国東半島あれこれ | Comments(6)

今年も豊後高田市田染公民館より公開講座のご案内を頂いたのでT君を誘って出かけた。
講師は西叡山高山寺船津大乗住職。演題は「釈迦仏教から大乗仏教へ」。
3年前にも大乗住職の講演を聞いた。→2015年の公開講座

2500年前にインドガンジス川流域で起こった釈迦仏教が、日本に伝わって現在に至るまでの変遷をわかりやすく解説してくれた。

聖徳太子により仏教が広まり、最澄の比叡山開山から、現在の天台や真言宗、禅宗、真宗などに様々な宗派が派生していった経緯を解説してくれた。
真宗門徒の我が家だが、ご院家さんより真宗の歴史や成り立ちなどをあまり聞いたことはない。

開基1300年を迎えた国東六郷満山寺院は天台宗だが、その修業は法華経を中心とした密教に禅や戒や念仏などを融合したもののようだ。
天台宗も真言宗も同じようなものと思っていた・・・
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船津住職は元カメラマン。2010年春に六郷満山峯入行を満願、翌年晋山式を終えて高山寺(こうざんじ)住職に就任した。
日本に伝わった大乗仏教だが、船津住職のその大乗という名前は無動寺の中嶋浩伝住職(故人)から授かったようです。



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by jinashi | 2018-08-11 16:41 | 国東半島あれこれ | Comments(0)



台風12号は記録に無い経路で進んでいる。
我が町にはいつもは去っていく方向から向かって来ていて、夕刻には最接近しそうだ。
上空にある「寒冷低気圧」などの仕業らしい。

嵐の前の静けさか・・平穏な朝を迎えた朝寝フリル。7歳になりました^^
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蛭兒大神宮

午前中は天気が持ちそうなので、夷谷・中山仙境周辺の歴史遺産の探訪に出かけた。
向かったのは夷谷温泉手前(中山仙境下山口から夷谷温泉へ向かってすぐ)の上坊中にある神社。
以前通った時にこんなところに何の神社だろう?と思っていた。
(マップ)

階段の上にある鳥居。
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額束には「蛭兒大神宮」とある。
柱を見ると享保三年の建立となっている。
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上を目指して大岩の間のコンクリ石段を登って行く。
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平らな広場のようなところ(今は杉林)があって、その上の岩屋に社が見えた。
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わりと新しい杉板の床の奥に社殿がある。
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社殿の後ろは大岩が取り囲んでいる。
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豊後高田市文化財課HPの「中山仙境(夷耶馬)名勝報告書」には~
【蛭子社 】
霊仙寺旧墓地より数百メートル東へ行った所に見える「蛭子大神宮」の扁額のある鳥居から石段を登った先にある岩屋内の小社。東夷では六所神社の根源と伝えられており、六所神社の神事の際には、必ず蛭子社から祝詞を奏上する。
字「今夷」に位置し、『六郷山巡礼百八十三ヶ所霊場記』に記載のある六郷山の峯入りのルートにも「第百三十四番 三重村夷今夷」と登場する。


かなりの歴史を感じさせる空間だった。
蛭子=夷。ここの地名「夷」の大元になる神社なのだろう。



焼尾塔ノ本国東塔・庚申塔


近くにある焼尾阿弥陀堂下の国東塔・庚申塔を訪ねた。2度目かな?

総高2m34㎝。基礎、台座、塔身、笠、相輪がきれいにそろった国東塔。
南北朝時代の作と言われる。県指定文化財。
(国東塔後の杉林に先の蛭子社がある)
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国東塔の一段上に三基の庚申塔がある。
庚申塔とは~国東半島の庚申塔
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下段の右にある青面金剛庚申塔は国見地区にあるものと同じ作者のものか? 作風の似た庚申塔を5~6か所で見かける。
一説には隠れキリシタン庚申塔ともいわれている。
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下段左は「猿田彦大神」と刻まれた神道系庚申塔。
香々地地区には神道系庚申も多い。
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上段にある青面金剛庚申塔。
下部に三猿(見ざる、云わざる、聞かざる)が彫られている。
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猿田彦庚申塔の後ろには3年(18回)ごとに請願成就のために建てられた供養塔(板)が並んでいる。
数からしてかなり長い間信仰されていたことがわかる。
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三基の庚申塔のすぐ上には弥陀如来立像など多くの仏像が安置される「焼尾阿弥陀堂」がある。


蛭子社入口近くの県道沿いにある猿田彦庚申塔。
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下坊中にある三猿二鶏が彫られた磨崖庚申塔。
標識には「坊中荒神」とあるが・・荒神にそぐわぬ穏やかな笑顔の庚申さまだ。
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夷地区には庚申塔をはじめ、様々な石造文化財の宝庫となっている。
この地区には仏師・板井一門から派生した法橋板井利三郎など多くの石工が活躍したことにもよるのだろう。




中山仙境のイワタバコ

時間もあったのでイワタバコ群生地へ行ってみた。
2年前は7月16日が花盛りだったが・・・
先の7月11日に福岡県宗像市のK柳さんご一行11名をご案内した時には少し早かった。
半月以上経ったが・・まだ咲いてるかな? 
たどり着いた大群落地。
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やはり・・ほとんど終わっていた。
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本年6月15日には中山仙境は(国東市文殊耶馬とともに)国指定名勝に登録されることが決まった。
一路一景公園展望台より望む中山仙境尾根
(拡大します)
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 〃 高岩・一望岩尾根
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かつて「大魔所(悪魔や魔物の棲む場所)」と呼ばれた夷谷。人跡未踏の地であった奇岩の風景は、岩林と呼ぶにふさわしい規模で展開しています。平安時代以降、六郷満山の僧侶達によって夷谷は徐々に開拓され、谷全体が「夷石屋」という寺院へと成長していきました。 江戸時代には歌人・国学者の高井八穂らが夷谷を訪れて和歌を詠み「夷谷八景」を定めました。谷を彩る折々の自然を愛でる文化は今の夷谷にも息づいています。 今回の意見具申にあたっての調査において、東西の夷谷を分かつように聳える「中山仙境」は、実は2つの谷の文化の淵源として、むしろ2つの谷を束ねている存在として再評価されました。(豊後高田市HP)


大分県の国指定名勝は6件となる~ 
①別府の地獄
②耶馬渓
③旧久留島氏庭園
④天念寺耶馬・無動寺耶馬
⑤中山仙境
⑥文殊耶馬





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by jinashi | 2018-07-30 16:31 | 国東半島あれこれ | Comments(4)



2月25日に成約した軽四がやっと納車の運びとなった。
13年間の思い出が詰まったタントに乗って販社に出かけた。
使用説明や受け渡しの手続きを終えて新車のキーを受けとった。
新車で家へ帰るときには置いてきたタントを想い、少しセンチメンタルになった。

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いつも山行に使用しているトヨタV車より(燃費は)倍以上の距離を走れそうだ。
人生の残りも少なくなってきたが、これからこの車と新たな思い出をつくっていくことになるのだ・・・

ハスラーくん、よろしくね!




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by jinashi | 2018-04-14 20:42 | 国東半島あれこれ | Comments(8)


姉夫婦と東京から帰ってきた甥ファミリーをマテ貝掘りにつれて行った。
3~4月は海遊びの季節で、子どもの頃(昭和30年代)には親といっしょに貝掘りや釣りを楽しんだものだ。

場所は国見町熊毛の海岸。広い干潟ではかつて建干網(満潮時に網を張って干潮時に取り残された魚を捕る漁)も行われていた。
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むこうは姫島。前日には甥ファミリーは「ペンション野路菊」に泊まって海の幸を堪能してきたようだ。
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①刃先の鋭い鍬で干潟を削って縦長の穴を見つける。
②そこに塩を入れる。
③しばらくするとマテ貝が顔を出す。
④殻の部分を捕まえてゆっくり引き出す。  
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1時間ちょっとでこれだけ採れました^^
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バター焼きやぬたえ(ぬたあえ)にしていただきます。


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by jinashi | 2018-04-02 11:06 | 国東半島あれこれ | Comments(0)

国東市国見町西方寺地区のミツマタが満開だ。
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ミツマタ保存会とNPO国東半島くにみ粋群により健康ウオーキングが開催された。
第2群生地で地元の歴史にくわしいTさんよりミツマタ群生地について説明があった。
かつて西方寺という寺院の坊があったあたりに写経のための和紙原料として植えられていたようだ。
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第2群生地から地獄池を見下ろす。
左の大岩は「割石」で何か言われもありそうだ。
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今年はやや開花が遅く、今が盛りと咲いている。
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第5群生地に到着する。
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保存会では今年からミツマタロードで特産品販売やお接待をするようになった。
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生しいたけを焼いて皆さんに振舞う。
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竹田津暮らしサポートセンター「かもめ」の皆さんによるカフェも出店。
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ケーブルTVの取材を受ける保存会会長のIさん。
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一般の訪問者も多く見かけたが、狭い林道での車の通行が課題だ。


昼食を済ませたら景勝地「窓の迫」へ。
アーチ橋を渡る
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わーすごい!
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滑らないように慎重に下りる・・
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下からアーチ橋を見上げる。
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西方寺の里に下りてバスに乗る。
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暖かな春の日に恵まれて満開のミツマタとミニトレッキングを楽しんだ。
みなさま、お疲れ様でした。

大分県、いや九州屈指の西方寺ミツマタ群生地には年々訪問客が増えてきた。
保存会のみなさんによる植樹も進んでいる。
四浦半島の河津桜のあとはこちらのミツマタを楽しんでほしい。
この日の新聞では大分県でも桜(ソメイヨシノ)の開花が発表された。九州最後だったようだ。



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by jinashi | 2018-03-25 10:00 | 国東半島あれこれ | Comments(4)

西方寺ミツマタマップ


国東市地域おこし協力隊の今田史(ふみ)さんがつくってくれました。
ぱっぱっと書いて出来上がり! 

 わかりやすい♡

(拡大します)
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B&G海洋センターや道の駅くにみ、現地の西方寺林道第5群生地売店(土日のみ?)などに置いています。

西方寺地区のミツマタは今(16日現在)
5~6分咲です!

24日(土)の
ウオーキングイベント受付中です。 是非ご参加ください!

お問い合わせ~
NPO法人国東半島くにみ粋群




17日(土)の第4群生地の様子です。日当たりの良いところは7~8分咲でしょうか・・
(東京からのツアー10人をロングトレイルK1コースへご案内しました)

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by jinashi | 2018-03-16 16:54 | 国東半島あれこれ | Comments(0)

手織り機 



ママの脳細胞活性遊具?が来た(笑)
山で足、織機で手を使えば少しは脳機能衰退を遅れさせてくれるかもしれない・・・
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昨日(13日)のOBSニュースに山友さん(Uさんご夫妻)が登場しました!
くじゅう赤川登山口へマンサク観賞に出かけたら突撃取材を受けたようです^^
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by jinashi | 2018-03-14 10:21 | 国東半島あれこれ | Comments(4)

国東市岩戸寺山口池奥の岩戸寺古城といわれるところは、文禄4年(1595年)、追いかけてきた黒田長政軍と古城に立てこもった豊前国城井(きい)城主・宇都宮鎮房の家臣鬼木左衛門尉平信家とが激しく戦った跡と伝えられている。
多数の将兵が討死し、信家の一娘にまつわる哀話も残されている。
古城の前は黒田軍が侵攻してきた旧道があり、来浦川にかかる4つの橋には戦国武将「如水、母里、鬼木、垣見(富来城主)」の名前が付けられている。

自然の岩壁に囲まれた山塞城址「岩戸寺古城」は市指定史跡になっている。

今年の正月明けにはゆみちゃん組とその古城へ突撃探検を試みたが不発に終わった。

2月17日に「じなし山」へ登った後、古城に詳しい地元の上溝さんを訪ねて再度聞いたところ現地(の入口)まで同行していただいた。
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この日は県内から集まった地域おこし協力隊の皆さんの案内役で国東半島芸術祭作品鑑賞バスツアーへ同行した。
午後からフリーになったので山口池でゆみちゃん3人娘組と合流、再度古城へ向かった。

谷を少し登ったところにある一の岩(門)を入る。
黒田軍がここから入ろうとすると鬼木勢は岩を落としてきたという。
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前回は杉林の谷のほぼ真ん中を登って行ったが。今回は右手の岩壁に沿って登る。
まもなく上溝さんから聞いた「家来が待機していた所」らしきを見つける。
言われていた~上の尾根へ上がれるところ~もあるようだ。
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さらに急勾配を登って行くと2つ並んだ岩屋を発見!
上溝さんの言われた「お姫様岩屋」だろう。
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右の岩屋は少し小さめ。
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左は間口が広い。
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「お姫様岩屋」の上は岩壁がかぶさる様に聳えている。その上から黒田軍は(赤根畑の)百姓に命じて乾燥したキビの葉などに火をつけて落としたといわれている。
(赤根畑の人たちは今でもトウモロコシなどキビ類は植えないという=赤根のじいさまから聞いた)


一旦、観音磨崖仏まで下山する。
新道にかかる橋は官兵衛の「如水橋」。近くには鬼木勢を打ち首にしたという川の深み場所もあるようだ。お姫様の髪は近くの長慶寺にあるらしい?
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黒田軍が近くの百姓に命じて火を投げ落としたというお姫さま岩屋と家来岩屋の上の尾根へ向かう。こちらへのルートも上溝さんから聞いていた。

急勾配の尾根を立木や岩に掴まって登る。
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身軽に登ったゆみちゃんの後を追って岩尾根へ這い上がる。ここまででいっぱい・・。
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振り返って見る。右は小岳。
山口池や上溝さん宅が見えないのでもう少し南の方だろう。
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420年ほど前のストーリーとだいたいの場所が解った。
ゆみちゃんや上溝さんに教えてもらって古城のことがおおかた理解できた。
宿題を済ませて一安心。
地元人なのにまだまだ知らないことは多い。

(GPSマップ~拡大します)
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by jinashi | 2018-03-05 17:01 | 国東半島あれこれ | Comments(6)


 
国東市国見町西方寺の林道周辺には数キロに渡ってミツマタが群生している。
3月には林道の谷間一面に黄色い花がポンポン(玉房)のようにうつむきに灯るさまは圧巻だ。

ミツマタは中国中南部原産の沈丁花科の植物で樹皮は和紙原料とされ、一万円札にも使われている。冬の間に樹木全体に白銀色で羽毛のある蕾をつけ、3月になって黄色に色づく。花びらに見えるところは筒状の萼(がく)で、甘酸っぱい可憐な香りを放つ。

数年前からここに花を愛でに訪れる人たちが多くなってきた。
今年は地元の西方寺ミツマタ保存会とNPOとで「ミツマタ祭」を開催することとなった。

ミツマタ群生地近くに「窓の迫」(去年の6月に現地調査済み)といわれる景勝地があり、今回よりミツマタ観賞トレッキングコースに組み入れるようにした。
地元区長Oさんや保存会会長のIさんに、窓の迫周辺の雑木を伐採して視界を良くするように提案していたら、土地所有者のYさんから伐採の承諾を得られたようだ。
当日ガイドを担当する仲間と窓の迫の雑木伐採手伝いとあわせてトレッキングコースの確認と清掃に出かけた。


集合場所となった第5群生地のミツマタはまだ蕾。
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林道から窓の迫までのコースを作った。
雑木を切って歩きやすくし、赤テープをつける。
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窓の迫の上の橋部を渡りトンネル部へ下りて来て入っていくコースを作る、
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急坂にはトラロープを取り付ける。
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チェーンソーで雑木を伐採するO区長さん。だいぶスッキリしてきた。
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トンネル部を下から見上げる。直径10m?
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上はアーチ橋となっている。高さ20mほど?
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雑木が切られて黒木山や地獄池土手が見えるようになった。
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鷲巣岳も見える。
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視界が良くなって素晴らしい景勝地となった。
K1コースの人気ポイント大不動岩屋をしのぐ?かもしれない・・・

クヌギ林を下って道標に出る。「右や・・みち 左えびすみち」
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ここから夷へ向かう昔の峠越道を清掃しながら第5群生地へ戻った。
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3月17日(土)には国東半島峯道トレイルクラブ主催のミツマタトレッキングが行われる。
(大分・別府からのバスツアーは定員に達したようです・・)
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そして・・
3月24日(土)には西方寺ミツマタ保存会とNPOが共催の「ミツマタ祭」が行われる。17日と同じコースでトレッキングが行われる。
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 皆さまのご参加、ご来場をお待ちしています!


 場所はこの辺りです。

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by jinashi | 2018-02-26 15:45 | 国東半島あれこれ | Comments(10)