カテゴリ:国東半島・宇佐の山歩き( 100 )

高岩(353m) 一望岩(≒290m) 
豊後高田市夷と国東市国見町西方寺の境界稜線にあるピーク

青鬼さんが切り開いた?高岩への新ルートを歩く。
トンテンカンの家に滞在中のクリスさん(アメリカの大学教授)&奥様のkyokoさんも急遽参加することとなり、待ち合わせ場所の香々地夷へ向かう。
9時に全員集合。本日の参加者は青鬼さんグループがK田さん、O塚さん、N崎さん、M山さん、I丸さんが、こちらからO会長、クリス&kyokoさんとじなしの総勢10名のパーティーとなる。
挨拶を終えてスタート前の集合写真(青鬼さん提供)。
9時11分スタート。ここの標高≒70m。
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楽庭社から舗装路を上がり右の山道へと入る。前日の福智山の疲労が残っていて腰のあたりが重い。
すこし進んだ道端に六地蔵が倒れて荒れている。
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クヌギ林のむこうに見えるおっぱい岩。
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左の祇舎谷不動へと檜林の石段を登る。
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祇舎谷不動へ上がる。清厳寺跡の奥ノ院だろうか?
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扉の奥に石造不動明王が祀られていました。
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享保16年(1727年)に建てられた時の棟札が新装奉納されている。(平成7年・1995年、揮毫は実相院の青山映信先生)
霊仙寺や実相院の名があり六郷満山末寺(清厳寺)があった跡のようだ。
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祇舎谷不動の右手から岩に取り付き芽吹き始めた樹林の中を裏山へと登っていく。
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裏山ピークから一旦下って次のピークへ上がると前方に高岩の岩峰が聳えている。
周辺には山桜が咲き、ヒサカキの花が(何とも言えない)においを放っている。
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自然林の急坂を登り高岩を右に巻いて基部へ上がりつく。ここは前回西方寺側の林道から上がり着いたところ。まずは北の見晴岩(高岩の反対方向)へ向かう。
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北の先端から周防灘方向の景観を楽しんでUターン。ここからは前回と同じコース。
左に取り付いて高岩に登る。11時03分。
標高353mの高岩はこのあたりの最高峰だ。いい天気のもと何度見ても360度の絶景。
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高岩から一望岩へと稜線の岩峰を歩く。直線距離で約650m。
高岩を下ったところで昼食とする。O会長のシシ肉チャーシュー入り豚骨ラーメンにみなさん腹鼓をうつ。
次のピークがカナシキ様のある岩。地元の人の話では牛馬の神様のようだ。
青鬼さんの解説を聞きます。
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カナシキ様岩を下りて高岩越(夷から西方寺への昔の山道)を過ぎる。尾根を歩いて行くと先端が絶壁のピークに上がる。前方の一望岩が近づいてきた。
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左へ急斜面を下る。森を歩いて左手のルートから外れた岩峰へと這い上がる。
西方寺方面が絶景だ。ジュウゾウ岩というらしい。
ルートに戻り稜線を歩く。右は絶壁の狭い尾根を慎重に歩く。
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ムラノ岩から中山仙境を見下ろす。
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いよいよ一望岩に取り付く。ここがこのコース一の難所だ。足は長いほうが良い。
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全員無事に一望岩へ上がりついた。13時16分。
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高岩を振り返る。
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後野越へ下り、夷方面へと(山田跡の)杉林を下る。ここは峰入り道だ。
5月12日(土)には「み仏の里くにさきウオーキング」でここを登る。
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六所神社上に全員無事下山。満開の桜も迎えてくれました。14時ちょうど。
ゆっくり歩いて楽庭社へ戻る。お疲れ様でした。
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本日のGPS周回コース
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まだ藪椿がきれいに咲いています。
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最後にCM~オンパクのお知らせ
国東半島の魅力を発見する小さな旅です。ご参加をお待ちしています!
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六郷満山、 祈りの道をたどる
by jinashi | 2012-04-13 13:39 | 国東半島・宇佐の山歩き | Comments(2)

夜半まで雨が降っていたが今日は曇りの予報。
鬼が好きな青鬼さんのリクエストで「鬼ケ城」を訪ねる。じなしも以前一度登ったことがある。
国東市国見町赤根と豊後高田市夷の市境となる黒木山山腹にある鬼が城は刀匠・紀行平新太夫(きのゆきひらしんだゆう)が生涯仕上げの一振りを打ったといわれるところだ。
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説明板によると~
「鬼ケ城は紀新大夫行平の鍛刀の地と伝えられる。行平は香々地町夷に生まれ育ち、父定秀に鍛刀の術を学び、諸国に修行し、三十八歳の頃には、その名は日本国中に知れ渡った。故あって上野国刀祢庄に配流されたが、そこでも刀を打ち続けた。正治二年、十六年間の流罪を赦されて豊後国に帰り、鬼籠で鍛刀し、暫くして野田に移った。承元二年、後鳥羽上皇から御番鍛冶に召され、晩年夷に帰ってきた。齢七十に近くなお矍鑠とし、ただひとり鬼が城に籠って完全無欠な刀を打ち上げた。」
今日の参加者は~O隊長、青鬼さん、ありさん、とみさん、じなしの5名と少しさびしい学習会となった。
赤根の「あかねの郷」から金ケ峠(かねがとうげ)を越えて少し下ったところの鬼ケ城入口(登山口)へ9時に集合。
2年前の六郷満山峰入りで満願を果たしたO隊長の先導で山へ入る。ここの標高≒270m。
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植林帯の山腹をトラバースしてからは小さな指導標柱を辿る。
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右上が開けて明るい尾根の近くまでジグザグに登る。
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倒木などで進路が分かりにくいところもあるが、左へと山腹を水平に向かうと祠が現われる。
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刻まれた文字は…なんとなく読めそうな…?芳本先生から天花粉(ベビーパウダー)を振りかけると判読できると聞いてはいるが…。
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祠から見上げると先の高いところに鬼ケ城の大石群が見えてくる。
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鬼ケ城の入口。周辺の大石は緑のツタで覆われている。登山口から30分ほど。標高は420mあたりか。
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内部は広い空間となっている。周囲にも雨風を凌げる空間が数か所につながっている。
行平が真っ赤に焼けた玉鋼を鬼のような顔で打ったところはここなのだろう。
ここから金クソ(たたら製鉄で出来た鉱滓)も見つかったという。
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O隊長から「一望岩からこのあたりに柱のようにそそり立つ岩峰が見えた」というので周辺を探索するが…霧も出ていてよくわからない。
大岩の上部に上がる。鬼ケ城の屋根にあたる辺りか?この岩屋根は広い!
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鬼ケ城の裏あたりの木に赤テープがついていて奥へ誘っているので行ってみる。
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前方上部に現われたのがO隊長が見たという岩峰(群)なのかもしれない。急坂に足を滑らせながらその尾根に上がりつく。GPSナビを見ると黒木山の支尾根に上がりついたようだ。
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岩峰(群)の反対側(東)へ支尾根を15分ほど上ると黒木山への本峰尾根登山路に出会う。
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そこから何度もアップダウンを繰り返して黒木山山頂に着いた。11時5分。
標高は499.6m。円柱4等三角点がある。じなしは2度目の山頂。
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金ケ峠に向かって下山する。(一度道迷いあり)1時間ほどで峠に降り着く。12時1分。ここの標高≒340m。
峠でここまで歩いて来たという香々地の中学生3人に出会う。休日に家でゲームばかりしているより探検気分でここまで歩いてきた行動は良いものだ。きっと大人になって思い出すだろう。
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少し下って鬼ケ城入口へ戻り周回を果たす。12時12分。
本日のGPSルートマップ。(拡大します)
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午後はO隊長を通じて芳本先生(元香々地町教育長先生)に文化財の話などをしていただくようにお願いしている。その会場となる香々地の佐古公民館へ移動すると先生はすでに部屋を暖房して待っていてくださいました。
昼食を済ませて先生のお話を聞く。
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今日のお話は
~ ①虎御前と宝筐印塔 ②北原白秋2番目の妻で歌人の江口章子(あやこ)③中山仙境の隠れ洞(うど)と黒田官兵衛 ④六所神社の足利尊氏6本杉 ⑤江戸の数学者・吉田光由と夷の隠れキリシタン  
 ~ についてじっくりお話をしていただきました。
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これらについては今後の現地学習の課題となりました。
 芳本先生にはお忙しい中をありがとうございました。

最後に長崎鼻の海蝕洞窟(県指定史跡)にある行者洞窟を訪ねる。
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かつて三浦梅園も調査のためここを訪ねたという。
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お堂の入口にある蔵王権現。
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お堂の中は右から不動明王(と前鬼・後鬼か?)、役行者(木造~海から拾ったという)、役行者、蔵王権現。
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修験者が崇める役行者や蔵王権現だが、一般的には厳しい山岳で修行を積む修験者が、こんな海岸部も修行の場となっていたのだろうか。
役行者の守護神といわれる蔵王権現は…国東半島には①鷲巣岳山頂②行者窟③霊前寺と④ここ長崎鼻の4カ所で見ている。
洞窟内部からみる周防灘の海。シルエットは何かの形に似る? コントラバス?
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本日のエコツアーガイド学習会はこれにて解散。
by jinashi | 2012-02-28 12:43 | 国東半島・宇佐の山歩き | Comments(2)

高山(たかやま・480m) 大分かくれ名山(大分県宇佐市の山)
GPSマップ ※クリックで拡大します。
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前日の一望岩ルート探検で疲れたのか…今朝は朝寝をした。
近いところで宇佐6山(妙見山・谷山・石山・鬼落山・石井山・高山)縦走ルート取り付き(ゴール?)の山となる高山へ登ろう。
高山は高尾山とも言われ中世(戦国時代)の歴史の残る山だ。山頂部と南東へ尾根続きの茶臼山(支城跡)にはこの地域を支配していた麻生氏の山城があった。大友に叛いた麻生氏はこの山城に籠るものの、大友の田原軍に取り囲まれて全員自害をし麻生一族は滅び、そして城は焼失したという。

宇佐市山本の「いいちこ」工場前から県道44の末を左折して耶馬渓方向へ向かう。稲積山や鬼落山への入口を過ぎると前方に高山が見えてくる。
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下麻生の「ほたるの宿」の標識を見て左へ狭くなった道をはいる。1.5kmほど行くと左に林道入り口があり「ふれあいの森高山」の案内板のあるところが登山口だ。
案内板の前の道幅が広くなったところに駐車。準備をして前方に高山の山容を望みつつ林道へ入る。11時44分。
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民家前の畑で作業する男性から「登りますか?」と声を掛けられる。
平地の植林帯から掘割となった林道を緩やかに登る。崖から染み出る水が枝を伝って凍った自然の造形美。
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15分ほど歩いたら山に取り付く。(ここまで車で来れたかな‥)
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左右に南天の赤い実を見て少し荒れた感じのゴロ石場を歩く。赤テープがしっかり続いていて迷うことはない。
植林帯からの急坂を登ると開けてきた。振り返れば鹿嵐山が望める。
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自然林の森に入ると樹木に名前が掛けられていて(なかなか木の名は覚えない)気持ち良い落葉の登山路となる。
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三つ井戸跡に着く。三つの窪地は井戸の跡なのだろう。一つは猪さんの風呂になっているようだ。
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右へと茶臼山(支城跡)へ向かう。標高差30mほどを登ると雑木林のフラットな山頂部に上がりつく。支城のあったところのようだ。先端部から石井山方向が望め、すぐ下には石井山への縦走路も見えている。
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三つ井戸跡へ戻り、ここから山頂まで標高差≒150mの急勾配の登りとなる。掘割を越えてジグザグに登っていく。
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ロープ場が現われてひと登りすると開けたところに出る。振り返ると石井山(右・488m)や鬼落山(左~おにおてやま・576m)が目の前に立っている。ここは日向ぼっこに良い。
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先ほど登った茶臼山(支城跡)も。
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この先から虎ロープが連続し厳しいジグザグの急登となる。木やロープにつかまり体を引き上げて登る。
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メンヒル(立石)のような大石が現われてくる。さらにきつい登りは続く。
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長い急登がフッとゆるんで肩に上がるとその先にたくさんの巨石が目につくようになる。麓の説明板では山頂部巨石群は古代祭場跡のようだ。
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回り込んで一段上がったところがオニシバリの群生する城跡の山頂だ。13時17分。
ここで450年ほど前麻生一族が果てたことに憐れみを思う。
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ドングリの枯葉の道を少し先に進むと北端の展望所に出る。晴天の下に素晴らしい景観が広がる。
まずは北西に八面山が絶景。
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北東には去年10月に登った稲積山が目と鼻の先だ。南面は採石場となっており半分が削られている。その右向こうは宇佐市四日市の市街地。
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風もなく温かい陽光の中で弁当をいただく。
北端からは鬼落山登山口方面に登山路が繋がっているようだ。素晴らしい景色を楽しんで下山とする。北端から山頂部へ戻るところ。
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オニシバリの開花を探しながら往路を戻る。
下山の林道から振り返る。左に高山、真ん中が茶臼山、右に石井山。
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下山は14時33分、車へ戻る。
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はじめてのオニシバリとの対面、古代立石や戦国時代の歴史遺跡、心地よい落葉の自然林、そして山頂からの景色、などなど見どころも多いいい山でした。
6山で未登の山は~谷山、石山、石井山となる。

オニシバリ(やっと見つけた数個の開花)
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   色着き始めたアオキの実
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   今年初めて出会ったスミレ
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大分市の穴井さん(元太平はつらつ山歩会)が取り付けたおなじみオレンジプレート。年月とともにだいぶ痛んできた。
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下山して麻生から山越えで院内へ。
峠から見た由布岳。さすがに豊後富士と呼ばれるだけの山だ…。
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院内町円座から宇佐方向へ向い「妙見温泉」へ。
知らないおじさんと2人きりの?露天湯は家族風呂よりいい湯でした。300円也。
夜は大分の姉夫婦と久しぶりの宗方(松が丘団地入口)焼き鳥「ろく」へ。
by jinashi | 2012-02-18 21:55 | 国東半島・宇佐の山歩き | Comments(2)

見目山(170.2m) 大分かくれ名山
GPSマップ ※クリックで拡大します。
P=スタート&ゴール(駐車場所) A=見目山 B=殿様石(境界石柱)

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国東市と豊後高田市の境界にこれも山?というような山があることは辻本さんHP「大分の山・登山記~2004・1・12」で知っていた。家からすぐ近くだが登ってみようとは思わなかった。
高岩から一望岩縦走の探検を終えた後、M野社長がこの見目山について事前学習をしてきており、これから登るというのでご一緒させていただくこととした。
参加者はM野社長、O隊長、青鬼さんとじなしの4名。

旧竹田津トンネル近くの旧R213道路脇の広くなったところに駐車。近くに伽藍バス停がある。五輪塔と九電送電塔標識柱のあるところから山へ入る。12時38分。
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植林帯を登る。
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送電線鉄塔の下へ出る。
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送電線の下をたどって進み、新竹田津トンネル上を目指す。
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石塁が築かれている。シシ垣にしては低い。境界か?
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快適な山道へ出る。
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山道はこの送電線鉄塔に繋がっていた。
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そのすぐ奥が少し盛り上がって4等三角点のある山頂だ。13時8分。
M野社長曰く大分県最北端の4等三角点では?
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山頂写真
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山頂部の樹間から竹田津港を見下ろす。
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下山路から先ほど登った高岩が見える。
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山頂部の送電線鉄塔から山道が下の旧国道まで繋がっていたのだ。
じなしの提案でこの近くの昔の往還道にある道路標柱を見に行くために途中から森へ入る。
O隊長も進路不明となり一旦竹田津の岡地区へ降りることに。途中のすばらしい自然林の森を抜ける。
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岡地区の浄水場から旧道(大分往還)へはいる。
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途中でシイタケ木のコマ打ちをしていた鳥羽さんご夫婦から「このあたりに少し前からこの鶏が住みついている」と。鳥羽さんから殿様石についても教えていただいた。奥様は二郷山友会の山仲間、夷のH岡さんのお姉さんでした。
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峠に登りついた。峠の香々地寄りには「従是西延(岡領)」の石造道路標柱が立っている。(岡領)部分はほぼ埋まっている。江戸藩政時代は香々地は延岡領地だったのだ。「これよりにしのべおかりょう」と読むのだろう。
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反対側の国見寄りにも標柱の立っていた跡の基礎石が残る。おそらく「従是東杵築領」と書かれてあったのだろう。
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地区の人はこれを殿様石とも籠置石とも言うようだ。
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香々地の見目(延岡藩)側標柱から見た竹田津(杵築藩)殿様石方向。
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広い山道を進むと送電線への道につながり、車の場所へ下山する。14時28分。
M野社長さん、同行させていただいてありがとうございました。
~ やはり山は登ってみるものです。

藪椿
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by jinashi | 2012-02-16 09:44 | 国東半島・宇佐の山歩き | Comments(2)

 高岩(353m) 一望岩(≒290m) 
GPSルートマップ ※クリックで拡大します。
P=スタート&ゴール(駐車場所) A=高岩 B=一望岩 C=林道出会い
A~B連続する岩峰ピークとやせ尾根の稜線  B~C峰入り道  C~P林道

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国東半島の九州百名山(地図帳)・中山仙境の北に対峙する国東市西方寺と豊後高田市夷の境界に連なる岩峰を縦走することができないだろうか?
 もしもこの縦走が可能なら…
中山仙境を前田登山口から登り無明橋→高城→隠れ洞窟→六所神社へ降りて(ここで終わりとせずに)今度は神社のすこし上の峰入り道へと入りそこに残る歴史遺産を散策しながら谷筋を登って市境の後野越へ上がる。ここから(峰入り道を離れて)一望岩に上がり、連続する岩峰ピークを縦走して(先の中山仙境を左に見ながら)高岩へ上がり夷耶馬全体の絶景を俯瞰してから昔の峠道を下って前田へ戻る。 
 ~ という素晴らしい周回コースが完成するはずだ。


 周回(左回り)コース案(オレンジ~中山仙境コース、赤~峰入り道・一望岩・高岩コース) 右回りもあり  ※拡大します。
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予てよりO隊長、青鬼さんとこのことを話していたのだが、今日はいよいよ探検隊を結成してルートを調査することになった。第3回エコツーリズム研究会とする。
今日のメンバーはO隊長、青鬼さん、M野社長、じゅう三さん、とみさん、そしてじなしの6人だ。 
9時に旧竹田津トンネル見目口に集合。海外登山経験もあるじゅう三さんとは初対面の挨拶を交わす。O隊長には前日にコース要点の下見をしていただいている。(感謝)そのO隊長の先導で見目西方寺林道を上がっていく。高岩近くの道路わきに駐車して今日の打ち合わせ。
スタート前の元少年探偵団集合ショット。9時7分。
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山腹を直登すると8分ほどで尾根に上がりつく。左に高岩が聳えているのだが右手にも展望の良さそうなピークを見つける。
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右手へ進んだ先端の岩から北西に(一望岩の反対方向に)見えるのは昨年12月12日に訪れた「行者窟」あたりか?いや、さらにその向うかも…。
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Uターンして後に見える高岩へ向かう。
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前回(昨年3月2日)高岩へ登った後(反対)側から岩場を登る。9時33分。
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高岩山頂から中山仙境・夷耶馬全体の素晴らしい景観が広がる。これから向かう一望岩方向の岩峰群。
↓が一望岩。直線距離は≒600mか。
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東には鷲巣岳とその先に五辻不動の凸岩を望む。五辻不動下の稜線部が千灯・尻付岩屋への峠となる阿弥陀越。
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4等三角点が。
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高岩を下りていよいよ一望岩に向かう。
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西方寺から夷の楽庭へ越える昔の山道の峠(高岩越)を横切って次の岩峰へ向かう。大岩の左を巻き、木を捕まえながら登る。
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登り上がれば上には石殿の祠が祀られている。こんなところに祀られているのは雨乞いや大風除けの風神様か? 前には氷の張った舟形の手水鉢が。
後に聞いた地元の古老の話では「カナシキサマ(金敷様)」と呼ばれ、昭和50年代までにはお祭りを行っていたという。
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祠のある岩峰を一旦下って取り付きへ戻り先へと尾根を進む。雑木が茂るピークへ上がり着くとその先は絶壁となっている。
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前方にだいぶ一望岩が近づいてきたがまだまだ岩峰のアップダウンは続く。
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左手へ急坂を下り痩せ尾根を伝う。
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少し前に猪の群れが通ったようなまだ生々しい「獣道」を辿り先へ進む。(一旦下へ降りた方が良いのではと思っていたところ…)青鬼さんが先へとずんずん尾根筋を進むので皆さんあとに続く。これが正解でやせ尾根から先に頭を出したピークに上りつくことが出来た。
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足元から断崖のこの岩峰上からも360度の絶景だ。標高は≒300mほど。
夷谷をはさんで南に中山仙境が対峙する。(↓はピークの高城・316.9m) その後方にはハジカミ山と尻付山。
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西狩場(横岳)にある兄弟割石も見えている。
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前方すぐそこに一望岩が。
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先端部からすこし下って尾根へ乗る。枯れ枝をかき分けて緊張しながらやせ尾根を先へ進む。
うん、何とか行けそうだ。
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いよいよ一望岩直下へたどり着く。
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このルートでここが一番の崖登り。小さな鞍部の先に立ちはだかる10mほどの岩壁は上の木を掴み、左足を高い岩に掛けて身を引き上げることから始まる。
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岩峰の上部からはトラバースぎみに左を巻きその先を上へ登り上がる。
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上がったところは一望岩の一段下のテラスとなっており、来た方向を振り返る。
↓が高岩ピーク。手前のピークをムラーノ岩と名付ける。
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先に一望岩に登りついたO隊長とじゅう三さんが縦走を果たして「万歳!」 11時4分。
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一望岩の上り口がある向こう側(峰入り道から上がり着いたところ)へ廻る。
昨年10月の「峰入り道ウオークイベント」に際してガイド人のきよさんが取り付けてくれたロープとO隊長が事前にステップを取り付けてくれた古い梯子の片方と、さらに写真家の藤田晴一さんが以前に切ってステップにした雑木があり、これらを頼りに2mほどの高さの一望岩に上がる。
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一望岩から全方位が絶景だ。
年に2回行われる「仏の里国東半島山地一周トレッキング」では健脚の参加者はここまで登っているという。
南東部に見える322.4mピーク(↓~すこしアップ)方面。奥は黒木山。
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狭い一望岩の上で記念の一枚。
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各自持参の行動食を分け合う。
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後野越へおりて峰入り道を西方寺へと下る。林道へ出る。11時52分。
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緩やかな登りとなる舗装林道を歩いて高岩のふもとへと戻る。
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駐車場所へ周回する。12時21分。
お(じ)いさんたちの少年に戻った冒険も無事に終えることができました。
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縦走コースには断崖のやせ尾根、そして急な岩崖の登り下りと一部に危険ゾーンもある。今後はアルミ梯子やロープ、赤テープや標識などを整備していくこととした。
周回コースの整備が出来れば、中山仙境も九州百名山としてさらにグレードを高め、四季折々にはもっとすばらしい感動を得ることが出来るであろう。

        
        ミツマタの蕾
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        マンリョウ
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        炭焼釜跡の入口に立つ根性杉
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         岩陰にあった猪の赤ちゃんの寝床(ベッド)
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by jinashi | 2012-02-13 17:38 | 国東半島・宇佐の山歩き | Comments(0)

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豊後高田市の屋山です。長安寺のある山です。横から見ると台形で横長の山ですがここ(豊後高田市三畑)から見るとめでたい富士のようです。

小門山(おどむれやま・535m)
(国東町成仏金湧登山口)  

成仏寺の裏にそびえる小門山(おどむれやま)は「雄渡牟礼山」とも書かれ、おどや牟礼は「山」の意味をあらわす半島(新羅)言葉のようだ。
大友宗麟の家臣で国東地方をおさめた豪族田原氏の山城跡がのこっている。戦国時代の歴史舞台となったところだ。

元日はくもり空の年明けとなった。午後から近くの小門山へ孫と初登りに出かける。
成仏寺下の集落から林道を入った山麓が2度目となる登山口だ。
はるなとここなのママも一緒にスタートです。
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ロープ場もなんのその。
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休憩ポイント。
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山頂は近い。
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50分ほどでテレビ局アンテナが林立する山頂に到着。よく頑張りました。
山頂写真
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曇り空で見晴はよくなかったが…大きな声で「ヤッホー」
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無事に下山したあとは…車の中ですぐにお昼寝となりました。014.gif
by jinashi | 2012-01-04 11:51 | 国東半島・宇佐の山歩き | Comments(0)

 稲積山(いなづみやま・406m) 大分かくれ名山~初登山
 宇佐市木の内登山口

金、土とツアーイベントのサポーターで疲れも出た。今日の朝はゆっくりして近くのかくれ名山に登ろう。
法鏡寺から山本のいいちこ本社工場前を通って、末の交差点を左折し県道44号を耶馬渓方向へ向かうと前方に形の良い三角形の稲積山が見えてくる。別名宇佐富士ともいわれる。
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末から1kmほどの「木の内バス停」が登山口。すこし先の広くなったところに駐車。準備をして「稲積山妙楽寺」の石柱から舗装路を山へ向かう。
10時16分。ここの標高≒50m。
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宇佐八幡弥勒寺建立縁起によると
 ~「7世紀には豊前秦王国の辛嶋氏が宇佐に達し、宇佐川左岸(西岸)に住んで「辛国」とした。「宇佐郡辛国宇豆高島」の島とは陸の島すなわち山であって、辛国では稲積山にあたる。ここに御大神が降臨した」とあり、これが原始的なヤハタの神であったとされている。
つまり、この稲積山に古代、八幡神が天から下りてきたのだ。
手書きの案内板にはこの妙楽寺も八幡神と辛島氏にかかわる古い由来があるようだ。
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オレンジ案内板を見て舗装路から分岐を直進する。
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害獣対策の電柵が通行止めをしているが「昼間は通電していないので山に登る方は跨いで行ってください」と書かれている。
その先に標柱があって右へと山へ入る。
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荒れた感じの竹林を緩やかに進む。
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植林帯となる。まもなく急坂となり尾根に登り上がる。
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あと30分の指導標があって大岩の横を行く。きつい登りとなってくる。
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自然林の急坂を登ると右が開けて宇佐市四日市方面が見える。
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さらに岩場やロープ場の急坂が続く。
しばらくして勾配が緩やかになって樹木の上が明るくなってきたのだが…なかなか山頂までは遠い。
あと30分の標識どおりの時間で山頂へ着いた。11時40分。
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山頂にある石柱。古い木簡も出土しているらしく由緒のあるものだろう。
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山頂から南に鬼落山(左・おにおてやま・576m)、石井山(真ん中)そして高山(右)が。左の樹間から石山が。
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そして山頂先端の真下はなんと…絶壁で石切り場だ!この山の後(?)半分は削られているのだ。(秦氏の八幡神降臨の香春岳一ノ岳も削られているのは・・・なしか?)
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(鬼落山登山口から見た削られた後ろの画像がありました。~2006年12月)
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山頂写真 (上の画像のてっぺんに居る)
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八幡神が降臨した磐座でおやつを頂いて一休み。
稲積山は宇佐山遊協会・山塾のプレートによると宇佐百山の10座目のようだ。
来た道を戻って下山。グングン下って40分ほどで里に下りた。(いつも下りは速い)
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里道に咲いていた(金平糖のような)ミゾソバ。
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帰路に立ち寄った宇佐市山本(和田酒店となり)の虚空蔵寺跡の塔跡。この寺も秦氏系の辛島氏が創建したといわれる。
虚空蔵寺跡は、白鳳時代(700年頃)創建の寺院跡である。堂塔の配置が法隆寺と同じ形式(法隆寺式伽藍配置)で虚空蔵寺のものを1.2倍すると法隆寺と重なること、軒先瓦の文様が同じことなど畿内との密接な関わりを示している。(宇佐両院観光連絡協議会HPより)
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寺跡の公園に咲く酔芙蓉。
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ここにも行ってみました。
宇佐市宮熊の沖合 約1.3Kmにあるこのコンクリート製の標的。太平洋戦争当時、宇佐航空隊の飛行機が上空から急降下しながら、爆弾をうまくこの的に落とせるように練習したところだ。
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by jinashi | 2011-10-19 22:02 | 国東半島・宇佐の山歩き | Comments(0)

登山口~豊後高田市真玉常盤(ときわ)

猪群山(いのむれやま・458.2m) 別名~飯牟礼山 
大分百山(旧九州百名山)~2回目

台風12号は自転車を漕ぐようにゆっくりと四国から中国地方を縦断した。台風の東側では大雨が続き広い範囲で大きな水害が明らかとなる。
このところ地球は異変続きだ。

今日は朝から大津波に備えて地区の防災訓練がおこなわれた。
昼前になって(天気もすっきりしないが・・・) りっちゃんを誘って近くの猪群山に登ろう。

猪群山は海岸線のR213からどっしりと盛り上がってよく目立つ山だ。
1983年には作家の松本清張が登って山頂部のストーンサークルやメンヒル等の現地調査をしている。古代朝鮮文化による祭祀場などといわれているが、いまでも卑弥呼の墓では?・・という説が残っている。

5年前に臼野から入って飯牟礼(いのむれ)神社近くから登ったのだが、今日は真玉のR213から県道654を上り真玉温泉手前の常盤登山口から登る。以前に地元の人により常盤コースが整備されたことを新聞で見て登山口の下見はしていた。
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常盤区公民館から舗装路を標識に従って進むと登山口に着く。駐車場、トイレ、休憩所、杖などが整備されていて地区のみなさんの熱意と歓迎が伝わる。
雨は止んではいるが山頂部は雲に覆われているようだ。
ここの標高≒100m。山頂までの標高差≒350mを登る。準備をしてスタート。12時28分。
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少し登るとこんな方言の標識が。「だったーよかおうえ」     ・・・まだ早い!
この後にも次々と・・・。
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明治時代の植林の記録か?
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30分ほど登ると7~8mほどはありそうな大きなメンヒル(立石)が現われる。
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去年?の登山会の参加者の名前が。見たことがある名前もあり。
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急坂となってきた。
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山頂から南にのびる尾根の肩に上がりついた。周りを大小の石で囲まれており「ミニストンサークル」となっている。
「いっぷく望」ともいい見晴らしの良いところだが霧の中に豊後高田の中心部やヴィラフローレスタ(農業体験ができるコテージ)がうっすらと見えている。
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少し下って登り返すと東屋があって2等三角点のある山頂に着く。13時39分。
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りっちゃんから手作りクッキーと温かいコーヒーをよばれる。
一休みしたらストーンサークルへと東方へ向かう。擬木の階段を下って夏草が茂った道を蜘蛛の巣をとりながら進む。臼野登山道を左に見るとまもなくストーンサークル入り口となる陰陽石が迎える。かつてはここからは女人禁制の地。
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天気が良ければ国東半島中央部の山々が望めるのだが今日は霧の中。
中央部にある御神体石。高さ4.4m。
上部の窪みには水が満ちていて金魚が住んでいるという。ただしこの金魚を見たものは盲目になる
 ~という伝承もあり。
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山頂部に戻って往路を下山する。
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自然観察もしっかりと。
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1時間ほどで下山。15時ちょうど。下山にあわせたように雨が降り出した。
遺跡が残り見どころも多く歴史ロマンがあり展望も(天気が良ければ)素晴らしい山だ。そして地元の熱い思いも伝わる。低山だがぜひ元のように九州百名山に登録してほしい山だと思う。
近くの「仙人湯」で汗を流す。350円なり。
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          御神体前の草むらに咲くヤブラン
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               ん?
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by jinashi | 2011-09-05 18:47 | 国東半島・宇佐の山歩き | Comments(0)

来縄登山口

応利山(おうりさん・298m)  大分かくれ名山
         豊後高田市美和の花いろ温泉より
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遅ればせながら九州北部地方の梅雨入りが発表されたのだが、午後から雨も上がる。先日の人間ドッグで測った腹囲の数値を思い出して・・・ひと山登ろう! ママはお出かけのため単独行。
豊後高田市来縄の割掛(わりかけ)遺跡史跡公園そばから「応利山登山口」の案内板に従って脇道へ入る。溜池を過ぎると行き止まりとなり登山口の駐車場がある。

階段入口に地元S建設の御偉さんが揮毫した石碑が立っている。
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ここから長~い階段登りが始まる。13時45分。
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連続する石段をひたすら登る。それぞれの段数は9の倍数あるようだ。亀石、相撲場跡を過ぎると一対の仁王像が迎えてくれる。1729年(享保14年)の作とある。足元に禁杯石(これより先へ酒臭い息をした者は入るべからず)が寝転がっている。
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横に入った展望広場から豊後高田市中心地が見下ろせる。
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やっと階段を登りきったところの左手に古びた報恩寺がある。六郷満山本山本寺八ケ寺の一つ。御本尊は千手観音菩薩。仁聞菩薩の開基と養老2年(718年)は六郷満山のどこも同じ。地蔵菩薩や鐘楼門跡もある。今は無住となり、寺は来縄地区住宅地に下りている。国東六郷満山霊場三十三ヶ所巡礼の一番札所であり、住職の応利さんは昨春の峰入りで71歳の満願を果たした。
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ここまでは今まで2度ほどお参りしたことがあったのだが・・・今日は山頂を目指す。
左へぐるりとカーブして進むとワイヤーが張られた広場となり、石祠のそばに「応利山報恩寺本堂跡」と書かれた古い案内板がある。近くに宝筺印塔や一字一石供養塔などもあり苔むした石が散らばっている。
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左へ古い石段を上って行くと正面に風の神「風徐大権現」の石祠があり神仏習合を感じる。
祠の横から山へと入る。
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ここからはフラットな自然林の中を小さなケルンや赤テープをたよりに進む。
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竹やぶを過ぎると鬱蒼とした樹木で囲まれた山頂に着く。14時24分。石柱は3等三角点かな?
応利山はここ報恩寺の山号大折山(おおおれさん)から転じたといわれる。
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山頂そばに別の下山コースがあるようだ。「石段下駐車場へ25分 悪路」とあるので・・・往路を戻る。
途中から日も射してきて最後の石段を下りる。14時59分。登って下って1時間15分。
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by jinashi | 2011-06-07 14:58 | 国東半島・宇佐の山歩き | Comments(0)

豊後高田市西叡山高山寺


西叡山(さいえいざん・571m)  大分かくれ名山~ 2回目

京都の比叡山、天台宗関東総本山のある東叡山、ここ国東半島の西叡山を3大叡山という。
この西叡山8合目あたりにある高山寺(たかやまでら)は国東六郷満山寺院65ヶ寺のうちで8寺ある本山本寺(もとやまほんじ)と伝えられているのだが・・謎の多い寺だ。江戸時代に焼失(尼さんの火付けによる・・・という言い伝えがある)していたのだが、昭和59年篤志家の寄付により再建された。昨年春の峰入りで満願成就を果たし、その後に晋山式(しんざんしき~お坊さんになる式)を終えた船津大乗和尚が寺を守っている。和尚は元写真家だった。
遅ればせながら大乗和尚のお祝いがてらにと孫を連れて西叡山に登る。まだミツバツツジも咲いているかもしれない。

お寺に着くと和尚は不在のようだ。まずは本堂にお参り。
はるな(7歳)に「何をお願いしたん?」と聞くと・・・ナイショだそうだ。
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庭の前から国東半島の山々を望む。先ほど来の雨で見通しはよくない。麓に小さく見える国宝富貴寺はこの寺の末寺という。

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いよいよ姉妹での初の山登りです。ここの標高≒470m。
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ふざけながらもここな(4歳)も自力で歩いて登る。
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山頂の東屋に上がりついて・・・万歳三唱! ここまでの歩行≒750m。高低差≒100m。
そのあとお菓子タイム。
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山頂標識のある下で山頂写真。
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下山はおばあちゃんの背中。
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                    咲き残りのミツバツツジ
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                      シロドウダンツツジ
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                       ミツバアケビ
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 帰路で豊後高田そば祭りに立ち寄る。
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 会場のスパランド真玉には大勢の人人人・・・。大鍋で湯掻く無料のそばには長い行列が。
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 一杯500円のかも南蛮そばに並ぶ。
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 裏の河川公園で頂きました。
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by jinashi | 2011-05-01 15:01 | 国東半島・宇佐の山歩き | Comments(0)