大分や九州の山歩きと国東半島のあれこれを発信します。2011年9月から家族の一員となりました。名前はフリルです。(スコティッシュホールドのメス) 生後2か月です。    


by jinashi
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2018年 07月 13日 ( 1 )


  
黒田官兵衛の後、中津に入封した細川忠興の正室ガラシャ(明智光秀の三女)は熱心なキリスト教徒だったが、石田三成より取り囲まれた大阪屋敷で壮絶な最期を遂げている。
そのときガラシャが詠んだ辞世の句が ~
「散りぬべき時知りてこそ世の中の花も花なれ人も人なれ 」



中津にはガラシャを供養するために千利休から忠興に贈られたといわれるキリシタン灯篭(織部灯籠)があることを知り、
2年前のひなまつり見物の際に訪ねた。

中津市教育委員会による織部灯籠説明板には「市内には3基の織部灯籠がある云々」と書かれているが・・
その時のじなしブログに、シローさんは「中津には4基の織部灯籠があるようだ」とコメントして頂いた。



あれから2年以上経ったが、4基目の織部灯籠を探しに城下町中津に出かけた。

その時シローさんから教えていただいた中津市金谷にあるお菓子屋「桃屋・甚兵衛」へ向かう。
中津駅前から旧国道10号(現、県道113号)を豊前方向へ向かう。山国川に架かる山国大橋の手前に「桃屋・甚兵衛」はあった。
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店内はたくさんのお菓子がきれいに並んでいる。
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応対してくれた大奥様?にお菓子「織部燈籠」の場所を聞くと、秋から冬のカステラ風のお菓子で・・今(夏の間)は作っていないという。
灯篭の話をすると菓子の箱に載せる懸け紙(帯紙?)を探してきてくれた。
簡単なマップ?も描かれている。
(拡大します)
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そして店の冊子にも織部灯籠のことが書かれていた。
(拡大します)
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どちらにも4基の織部灯籠の絵が描かれている。
2年前には自性寺~井上邸~養寿寺と見学して回った。なので・・未訪のもう一つ(4カ所目)は「井上眼科」にあることが判明した。

桃屋・甚兵衛の人気菓子、びったれ餅(きな粉の米餅)とお茶のお接待をしていただいた。
その間、次々とお客さんが来店してくる。
少しばかりのお菓子を買って・・大奥様にお礼をいって店を出た。


先の簡単なマップが描かれた紙をじっくり見て場所を特定しようとするが・・・東西南北やそれぞれの位置もなんとなく実際ではないようでわかりにくい。
自性寺から井上邸へむかう途中で家の前に居た男性に聞いてみた。
いろいろと調べていただいたが、絵の位置関係が分からないのと、「井上眼科」という医院は中津には無いのでは・・と言われた。

かつて井上眼科という医院がこの辺りにあったのかもしれない・・と思ってここで探索を断念した。





福沢諭吉旧居近くの養寿寺を再訪した。
養寿寺の織部灯籠。
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中津市教育委員会の説明板。
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井上邸と井上眼科とはどんな関係があるのだろう・・・

4基目の織部灯籠は見つからなかったが、未解決のままのほうがロマンがあって?良さそうだ。

 シローさん、そういうことでご容赦ください。


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by jinashi | 2018-07-13 18:19 | ペトロ岐部とキリシタン史 | Comments(0)