去年の元日には九州オルレ「指宿・開門コース」を歩いた。
そして・・今年の正月は天草にある3つのオルレコースを歩くという欲張った計画を立てた。

九州オルレは、平成24年2月に第1次コースとして4コースがオープンして以来コースが増えており、昨年12月には「さいき大入島」と「筑豊香春」の2コースが決まった(オープンは3月?)ので全19コースとなる。
これまで、「奥豊後」「九重・やまなみ」「宗像大島」「別府」「指宿・開門」の5つのオルレコースを歩いて来た。

角山を下山して県24で下田温泉へ出てR389を北上、9時少し前に苓北町富岡の富岡港客船待合所に着いた。富岡港からは長崎市茂木港まで高速船が1日4便運行されている。

待合所前が九州オルレ「天草・苓北コース」の出発点だ。

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暮れから少し風邪気味で体調がイマイチのママを残してここは一人歩きをする。
待合所でオルレパンフをもらってカンセ(済州島の原生馬の方言)からスタートする。9時6分。
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停泊中の船は熊本県立苓洋高等学校の海洋実習船「熊本丸」。
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富岡城址に向かって歩く。
この辺りはもともと島と陸がつながる砂洲と云われるところで、千々石灘と天草灘の間に細長く突き出た富岡半島は陸繋島といわれる。
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百閒土手といわれる石垣越しに復元された富岡城を望む。
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赤い鳥居をくぐって富岡稲荷神社へ初詣。五穀豊穣、商売繁盛、火よけの神様。
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本丸跡に建てられた「富岡ビジターセンター」。
富岡城は慶長6年(1601年)に天草の領主となった、肥前唐津藩の寺沢志摩守広高によって慶長7年(1602年)頃から築かれた。寺沢氏は、富岡城に藩代を配置し天草を統治したが、寛永14年(1637年)島原・天草一揆で一揆軍から攻撃を受けた。 この乱後、山崎甲斐守家治の領地となり、山崎氏は大規模な修築及び拡張を行い現在に見られる富岡城の形ができた。 山崎氏の後に天草は天領となり鈴木代官の時代を経て、戸田伊賀守忠昌時代の寛文10年(1670年)破城され再び天領となる。 天領時代は、三の丸に代官所がおかれ天草の行政の中心となった。(ビジターセンターより)
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ここから富岡の町を見下ろす。コースのゴールはお日様の足が伸びているあたり・・
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天然の防波堤となっている富岡砂嘴。先端部は曲崎といわれ、外側で岩牡蠣や緋扇貝の養殖がおこなわれているようだ。
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二の丸広場には富岡ゆかりの4人の立像があった。
勝海舟は海軍伝習所の訓練中に富岡を訪れている。
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城の裏側から下りたあたりは圃場が広がる。特産のレタス畑のようだ。
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猪口水仙と藪水仙・・
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海域公園遊歩道を歩いて展望所で一休み。スタートから4km地点。
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潮騒を聞きながらハマユウの道を歩けば白岩崎に出る。
正面は九州電力苓北火力発電所。
その出力は熊本県内の電力需要の約3分の2をまかなうほどである。そのため町の財政は豊かで、天草市に合併しなかった。(wikipedia)
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白岩崎海岸へ下りる。
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単味で磁器化する天草陶石の産地として知られており、今日でも磁器の原料として富岡港から大量に出荷されている。江戸時代に平賀源内が褒めたたえたといい、有田焼などもこちらの陶石が使われているようだ。
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海水浴場を通って砂洲の防風松林に入る。
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頼山陽もこの地で詩を詠んでいる。
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林芙美子句碑。泊まった旅館の跡にある。
「旅に寝てのびのびと見る枕かな」
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東の海に出るとアオサの養殖場のようだ。
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古い禅寺「瑞林寺」へ着く。
明智光秀の孫、三宅藤兵衛の墓や初代天草代官、鈴木重成の供養碑がある。
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寺の裏にある富岡神社へ参拝して畑を通ると集落へ出る。
富岡切支丹供養碑があった。通称千人塚といわれ国指定史跡。
寛永14年(1637年)に起こった天草島原の乱で討ち死にしたキリシタン一揆軍の首級一万余りを三分して埋めた一つがこの首塚である。生保4年(1647年)天草代官鈴木重成が慰霊のために供養碑を建立した・・(説明板)
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碑上部にある丸に囲まれた文字(漢字)は「うはっきゅう」?もしくは「うはっきょく」?とも読まれ、国東市安岐町にも見られる。
説明板では~「読み方は不明。字義は諸説あり、キリシタンに関係があるといわれているが、定説はない」
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国道を横断してケール畑を過ぎると白木尾海岸に出た。7.2Km地点。
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きれいに角が取れた丸い玉石が続く。
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天草灘からの波にはサーファーも集まるらしい。
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畑の横を通って森に入る。
鈴木神社から下って行くと朝方通ってきた国道へ出た。8.6km地点。
レタス畑の圃場に沿って歩いて行く。
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苓北町コミニティセンターの前を過ぎると広い運動広場へ出る。
その上にゴールの温泉センターが見えて一安心。あともう少し・・
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消防署を過ぎて志岐城址への(苦しい)坂道を登る。
志岐城址公園展望所へ上がりついた。
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遠くにスタートした富岡港や城址を望む。歩いたコースを辿る・・良く歩きました!
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森の中の丸木階段を下って・・フィニッシュの苓北町温泉センター「麒泉の湯」へ到着した!
12時53分。
富岡港からこちらへ車を回せるだろうか?と少し心配したが、ママが待っていてくれた。
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お茶休憩したり、写真を撮りながら・・特に速足で歩いたとは思わなかったが、予想時間より少し早く着いた。昼食はとらなかったが・・
(パンフレットの所要時間は4~5時間)
初めて訪れた地だったが・・歴史や産業、自然のジオパークなど見所の多いコースだった。
土地の魅力は歩いてこそわかるものだ。

 沿面距離≒11.7km
 累積標高(+)≒500m
 所要時間=4時間
(GPSマップ)
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 天草下島観光へ

時間も早いので天草下島を観光した。
最初にオルレと同じ苓北町にある 「おっぱい岩」を見てきた^^
だいぶ前に火野正平の「こころ旅」(BSNHK)で見たのだ。

R324には「おっぱい岩」の標識もありすぐ分かった。駐車場もあり。
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海岸へ下りて歩いて行く。満潮時には見られないだろう。
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ありました!
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乳首もあって・・ほんとそっくりです! 少し先には「小おっぱい岩」もあるようだ。
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おっぱい岩に触れると「胸が大きくなる」とか「母乳がよく出る」とか言われているようだが、標識にかけられた絵馬には「乳がんが再発しませんように・・」と書かれていた。


R389サンセットラインを南下すると天草灘へ沈む夕陽ポイントが何か所かあった。

看板を見て大江天主堂に立ち寄る。
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明治になって布教が再開され、フランス人ガルニエ神父がこの地で布教につとめ、村人から「パアテルさん」と慕われた。明治40年、北原白秋ら5人は「パアテルさん」に出会いに「五足の靴」の旅でここを訪れている。天主堂は昭和8年に完成。


次に向かったのが河浦町にある 崎津カトリック教会
世界遺産候補となっているので観光客も多い。
﨑津教会は、長崎の建築家・鉄川与助によって設計されたゴシック様式の教会で、現在の教会は、1934年(昭和9年)、フランス人宣教師ハルブ神父の時代に再建された。教会は、尖塔の上に十字架を掲げた重厚なゴシック様式で、その堂内は国内でも数少ない畳敷きになっている。
建てられた土地は、ハルブ神父の強い希望で、弾圧の象徴である絵踏みが行われた吉田庄屋役宅跡が選ばれた。この禁教時代に厳しい絵踏みが行われた場所に、現在の祭壇が配置されたと言われている。
1569年(永禄12年)、ルイス・デ・アルメイダ神父によってキリスト教の布教が行われたこの地では、1638年(寛永15年)の禁教令以後、激しい弾圧を受けながらも240年間に渡って「潜伏キリシタン」として信仰が守られてきた。 
この教会は「海の天主堂」とも呼ばれ、教会が建つ漁港一帯は、1996年(平成8年)、日本の渚百選「キリシタンの里﨑津」に選ばれ、2001年(平成13年)には、日本のかおり風景100選「河浦﨑津天主堂と海」、2011年(平成23年)には、天草市﨑津の漁村景観が「国の重要文化的景観」にも選ばれている。
(天草宝島観光協会)
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古いステンドガラスが佳い。
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この日の宿(車中泊)は天草市有明町にある道の駅「有明リップルランド」。
温泉、グルメ(美味しい!ラストオーダー20時?)とフルコース揃っていて・・・星5つ!




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by jinashi | 2018-01-04 18:07 | 九州オルレ | Comments(4)