道の駅伊万里は静かな朝を迎えた。
今日はママが未踏の佐賀のシンボル峰、天山を登ろう。

その前に少し観光・・・

おつぼ山神籠石
道の駅伊万里を出て向かったのは武雄市橘町の国指定史跡「おつぼ山神籠石」。
神籠石(こうごいし)とは古代山城の石積遺構で九州地方に多い。これまでみやこ町豊津の御所が岳、久留米の高良山で見ている。
同じ古代(朝鮮式)山城として日本書紀に記載されている対馬の金田城や大野城、基山の基肄城などがあるが、神籠石はそれらのものとは区別されているようだ。
それらは「白村江の戦い」(663年)に関連した遺跡と言われていて7世紀ごろに築かれたのではないか・・と言われている。

駐車場から450mほど歩くと神籠石はあった。
標高66mという神籠石は山城の中では比較的低位置に築かれた城である。列石の総延長は一部欠落しているが、1866mある。現存する石の数1313個・・・(説明板)
第1水門神籠石。
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肥前犬山城
佐賀県白石町の犬山岳(342.1m)にある肥前犬山城へ車で登った。
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犬山岳山頂に立つ城は歴史遺産ではなく、コンクリートでできた観光展望台だった。
白石平野の田園地帯を見下ろす。
小さな森は龍造寺隆信が全盛期に居城とした「須古城」。
有明海も見えるようだが今日は霞んでいる。
(拡大します)
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城の裏にあるという1等三角点(烏泊山・342.04m)をタッチし忘れた(T_T)


多久聖廟
多久市にある孔子廟「多久聖廟」へ立ち寄る。
多久鍋島家4代多久茂文が教育振興を目的として建立を発願し、1699年(元禄12年)に学問所(後の東原庠舎)を建設した上でその講堂に孔子像を安置、さらに1708年(宝永5年)に椎原山の麓に拝殿が完成。落成後は共安殿とよばれ、現在の聖廟がこれにあたる。国重文。(wikipedia)
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孔子像
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広い駐車場と園地が整備されているが、午前10時に訪れる人は少なく、観光案内所は閉鎖され、物産館も静かだった。
聖廟を後に天山へ向かう。





天山には2009年5月に山友の5人で上宮Pから登っている。
数年前には未登のママを登らせようと麓の小城町から天山公園線?で上宮Pに向かったが通行止めで撤退した。

今回も途中の看板に「全面通行止」の文字を見たが、う回路があって上宮駐車場までたどり着くことができた。

 天山(てんざん・1046.1m) ~九州百名山・2回目
  雨山(996m)

登山口となる上宮駐車場はすでに天山9合目となる。
出発は11時16分。ここの標高≒850m。山頂部はガスっているようだ。
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すぐに小さな鳥居があって、その先には天山宮上宮の石祠がある。
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珍しい琵琶ひき親子?の石仏2体。
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プラ擬木の階段が続く。
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ジグザグに折り返してフラットになる。
十字分岐を左折して前回は行かなかった雨山に向かう。
クマザサや草原の道を緩やかに登ると分岐から10分ほどで雨山山頂だ。
大正5年?の植林記念石碑が立つ。
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少し晴れてきた?ようだが・・天山はガスの中。
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十字分岐に戻って、天山に向かう。
雨水でえぐれた登山路を登って行く。ここは九州自然歩道。
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ひと登りで広い草原の山頂へ着いた。
あちこちでグループが昼食などで休息中。
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山頂温度計は23℃。風が吹くと気持ち良い・・・
こちらは七曲峠への縦走コース。さらに彦岳に続くようだ。
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先ほど登ってきた雨山。
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ガスが晴れてきてうっすら下界も見えてきた。
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近くに1等三角点あり。
1046mは佐賀第3の高峰。(経ヶ岳、背振山に次ぐ)
後ろは阿蘇大宮司惟直の墓。
延元元年(1336)阿蘇大宮司惟直は、筑前多々良浜(たたらはま)の戦いで足利尊氏に破れ、落ちのびる途中、厳木天川で戦死した。地元の人々が哀れんで、阿蘇の煙が望見できる天山山頂に葬ったという。以前は小石を積んで築いた高さ3尺(91㎝)余の円形の塔であった。傍らに従者の墓と称する小塔があった。大正13年5月、晴田村青年会によって現在の塔が造立された。(小城町HPより)
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30分ほどで駐車場に下山。
登山路は主には3か所あるようだ。
「佐賀県民の愛する山」という感じかな? 



アキチョウジ
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シロヨメナ? イワギク? イナカギク? チョウセンノギク?
教えてください・・
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ホクチアザミ?
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トリカブト
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オミナエシ~小さな花の集合花
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天山神社上宮P登山口11:16→11:48分岐→11:59雨山→12:13分岐→12:28天山12:48→13:18Pへ下山

登山口標高=850m
沿面距離≒2.9Km
累積標高差(+)≒260m
所要時間≒2時間(休憩時間を含む)
(GPSマップ~拡大します)
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# by jinashi | 2018-09-21 16:08 | 佐賀県の山歩き | Comments(4)

 

土器山を下山したら唐津の十坊山へ向かった。
佐賀大和ICからR323へ入り古湯温泉を経由して唐津市へ入る。
途中で樫原湿原に立ち寄った。
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見たかったヒツジ草は終わっていたようだ。
ここは蝶やトンボなど昆虫の楽園でもあるようだ。
オトコエシを舞台にベニシジミが踊りを見せてくれた。
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福岡セヴンヒルズGCを通って登山口のある白木峠に着く。二丈町寄りに少し行ったところに駐車場所があった。
先の土器山も読めなかったが、この十坊山も読めなかった。

 十坊山(とんぼやま・535.2m) ~分県ガイド・佐賀の山

白木峠登山口出発は13時20分。ここの標高≒360m。
ここは佐賀と福岡の県境なのだ。
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ヒノキ林を登り始めると、右は自然林となる。
すぐにフラットになって、左下にゴルフ場クラブハウス?の屋根が見える。
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10分ほどで最初のピークを過ぎてゆるやかに下る。
鞍部から急勾配の厳しい登りとなってくる。
ここが一番苦しいところ。
第2ピークに上がり着くと2本テープから左に下って行く。
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鞍部から左に大白木への分岐がある。
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山頂にむかって登り返す。草地を過ぎて大岩を縫って登る。
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ひと登りで草原の山頂部へ上がる。
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親子連れなど数組がくつろぐ山頂へ到着。
前方の西に虹の松原や唐津の鏡山が。
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東へ背振山系縦走コースの浮嶽(805m)山頂は雲の中。
(十坊山から東へ背振系尾根を縦走すれば基山の基肄城(きいじょう)まで続いているようだ)
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玄界灘に浮かぶ姫島。
人口は200人ほどでかつて黒田藩の流刑地だった・・(wikipedia)
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山頂にある坊主岩に(へっぴり腰で)上がって見た。
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糸島半島を背に山頂写真。
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トレランの青年が上がってきた。
何と、二丈岳~女岳~浮嶽からここまで縦走してきたようだ(+_+)
10月20日の壱岐ウルトラマラソン(100Km)に参加するという。
身軽に坊主岩に登って行った。
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ウドの花
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キンミズヒキ
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県境尾根をぐんぐん下って・・下山は早い。
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白木峠登山口13:23→13:33第1ピーク→13:48第2ピーク→14:00山頂14:33→15:07下山
(登り≒40分・下り≒35分)
登山口標高=360m
沿面距離≒2.5Km
累積標高差(+)≒250m
所要時間≒2時間(休憩時間を含む)
(GPSマップ~拡大します)
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七山の「ななのゆ」に浸かって汗を流す。
夕刻、道の駅伊万里に着いて車中泊。
近くの「ドライブイン鳥」で夕食タイム。
1時間ほど待ってやっと座敷席へ案内してくれた。
おいしい「鳥めし」をいただきました(^-^) 
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# by jinashi | 2018-09-20 17:28 | 佐賀県の山歩き | Comments(0)

 

シルバー連休は土器山~十坊山~天山と佐賀の山を登ってきた。

最初に向かったのが神埼市の土器山。以前、九千部山や金敷城山を登った時にその山名が気になっていた。
「かわらけ」と読むようだ。かわらけとは・・祭りの直会でお神酒をいただくときに手にしたことがある素焼きの盃のこと。
なぜそんな山名なのか・・・なんとなく面白そうだ。

長崎道・東背振ICを出て飯町交差点を山へ向かう。
交差点近くから望む土器山の山容。(山頂下の白い点は親不孝岩か・・)
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長崎道下をくぐって県道21を進み、井上製麺手前を左へ入って少し下ったところにある八天神社が登山口。

 土器山(かわらけやま・429.9m) ~分県ガイド佐賀の山
  
歩道の広くなったところに停めて登山開始。8時13分。ここの標高≒40m。
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説明板には~
奈良の僧行基により開山され、密教伝来により修験者の霊場となった・・・神社祭神は火結之神(ほむすびのかみ)。火災除けの神様のようだ。
山頂まで14丁(1280m)とある。
あいさつのお参りをして出発。先客が参拝していた。
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歩き始めて間もなく花崗岩の溝状になったところを登って行く。
雨水や風化、人が歩いて削られたのだろう。
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次々とザラけた花崗岩の登山道が続き、足を置く場所を選びながら登って行く。
やっと一人通れるほどの狭いV字状のところ、そして深くえぐられたところもある。
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勾配が緩んで崩れた中宮に着いた。
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後の大岩に彫られた観音様と不動明王?
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湧水場は修験者の禊場だったようだ。
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えぐれた登山路が続く。手足の置き場を考えて這い上がる。
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親不孝岩へ立ち寄る。
別名「天狗岩」ともいわれ、奈良大峰山と同じような「覗きの行」がおこなわれていたところ。
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自衛隊レーダーのある背振山を望む。
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佐賀市街地方向を見下ろす。すぐ下を長崎道が走る。
クリアな日には雲仙普賢岳や阿蘇も望めるようだ。
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いろいろなキノコを見かけた・・
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石段を上がると上宮に到着。
神がご降臨した磐座の大岩がご神体となる。
天狗が舞い踊っていたところ。雲取りの異名もあり、雨乞いの神でもあるようだ。
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願い事が書かれたかわらけ。
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上宮からすこし上がれば大岩のある山頂へ着く。4等三角点あり。
居場所のない山頂だ。
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上宮へ戻って一休みしたら、ザレた岩で滑らないように慎重に下山。
八天神社に無事登山のお礼参りをした。

山頂手前に金敷城山までの縦走コースが書かれていたが、この辺りの山は花崗岩でできているようだ。
大陸に近いので密教も早くから伝わったのだろう。
冶金の関係だろうか?金山、金立山、金敷城山など金のつく山(地名)も多いようだ。



八天神社登山口8:13→9:17中宮・水場→9:34親不孝岩→9:48上宮→9:58山頂(上宮で一休み)10:16→11:14八天神社へ下山
(登り≒1時間30分・下り≒1時間)
登山口標高=40m
沿面距離≒3.1Km
累積標高差(+)≒420m
歩行時間≒3時間 (休憩時間を含む)
(GPSマップ)
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# by jinashi | 2018-09-19 11:02 | 佐賀県の山歩き | Comments(2)



今年も小倉の西日本総合展示場で開催されたR社健康フェアに出かけた。
OTC医薬品、介護用品、健康器具、スキンケア、健康食品、生活雑貨、育児用品など多くのメーカーが出品していた。
トレンドはやはり「健康寿命アップ」かな・・・



会場を後にして、かつて石炭積出港として栄えた若松港を訪ねた。
母の生まれ故郷でもある若松だが、どんな町なのかほとんど知らない。

若松には戸畑の若戸大橋下から若戸渡船で向かうことにした。
日曜日なので渡船場前の車道脇に駐車することができた。
1962年(昭和37年)9月に開通した若戸大橋は、全長627m、高さ84.2mのつり橋で当時東洋一の大きさと言われた。中学生だったじなしは父に連れられて見物に行き、この橋に上がったことを覚えている。
現在は歩道は無くなって車道だけとなっている。56年が経過して今年12月から通行料は無料となるようだ。
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11時26分発「第18わかと丸」の乗客は4人。日曜日の昼間だからこんなものだろう。
渡船の運賃は100円。日中は4~5便(1時間あたり)が運行されていて通勤通学などの重要な足となっているようだ。
幅数百メートル・長さ10キロメートルほどの細長い洞海湾では橋とトンネルと渡船が共存しているのがわかる。
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高度成長期の工場汚染により「死の海」とも言われた洞海湾だが、長年にわたって官民の浄化作戦により水質が改善され、今ではきれいな海が戻っている。海面をイナ(ボラの若魚)が飛んでいた。
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洞海湾を横切って2~3分で対岸の若松乗船場に着いた。
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整備された若松南海岸通り。
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レトロな建物が並ぶ。
大正2年建築の上野海運ビル。100年以上経つ。
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旧古河鉱業ビル。
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石炭会館。中にきれいなパン屋がある。
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石炭会館前にある「ごんぞう小屋」。
ごんぞうとは石炭を船から陸への荷揚げ荷降ろしを行う沖仲士(おきなかし=港湾労働者)のこと。 ここは、ごんぞうたちの詰め所(旧ごんぞう小屋)。
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歩み板の上を天秤棒で石炭を運ぶごんぞう。
母の父(じなしの祖父)もごんぞうだったと聞いている。
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海上保安庁船係留所?
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今は新しい若松駅。
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JR筑豊本線起点駅。終点は桂川駅。日中は無人駅のようだ。
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筑豊炭鉱と若松港を結びかつて石炭取扱量日本一を誇った。
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腹が空いたので駅前の「とらや」に入った。
「ねぎぶたソース味」500円。
ちょうど昼時で4人の店員はてんてこ舞い。
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シャッター通り(日曜日だったから?)の商店街を抜けると古い料亭があった。
現在も営業している料亭「金鍋」。国登録有形文化財。
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明治28年創業。牛鍋の店。芥川賞作家火野葦平(1907~1960年)も常連客だった。
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その火野葦平が暮らした旧居「河伯洞(かはくどう)」を訪ねた。
※河伯洞=河童の棲む家
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「河伯洞」を管理されているのは葦平の三男玉井史太郎さん。
その奥様?から邸内を案内していただいた。
玄関の式台に造られた亀の彫り物。
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廊下は蝦夷桜の一枚板。
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「花と竜」のモデルとなった父親・玉井金五郎と子供たち。
長男の葦平は本名玉井勝則。
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文才のある人は絵も上手だ。
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葦平が睡眠薬自殺?した2階の書斎。
机の上にある自筆の色紙には・・・
「 足は地に 心には歌と翼を ペンには色と肉を 」
何となくわかりそうな気がしないでもない?
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葦平の本を読んでみたくなった。



母が生まれ育った若松の街を少しだけ歩いた。

かつて重化学工業の中心地で日本の産業経済をけん引してきた洞海湾も、今は市民が憩う海辺の公園通りとなり住宅地へと変身しつつある。
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若松側から洞海湾越しに皿倉山を望む。
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2012年2月に皿倉山へ登ったときに見下ろした洞海湾の画像。
(拡大します)
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# by jinashi | 2018-09-13 13:05 | ドライブ&トリップ etc | Comments(6)



国東半島六郷満山寺院は奈良時代養老2年(718年)に僧・仁聞(にんもん)により開基されたと伝えられており、今年開山1300年を迎えて半島各所でさまざまな記念催事がおこなわれている。

宇佐八幡大神の化身説もある僧・仁聞(菩薩)が国東半島に開基した二十八の寺院で最初に開いたのが千灯寺と言われ、そこには仁聞入寂の岩屋や供養塔、墓地などの伝説が残されている。



国東市教育委員会、千灯寺のご協力をいただき、NPO国東半島くにみ粋群ではこの秋、仁聞伝説が色濃く残る千灯寺周辺で六郷満山開山1300年記念イベント「千灯寺奥の院秘仏御開帳と岩屋探訪会」を開催することとなった。

千燈寺奥の院秘仏御開帳と岩屋探訪会
イベントのパンフレット ~ 拡大します
(表面)
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(裏面)
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7日(金)はイベント2日目の講演会講師を務めてくれることになった日本山岳修験学会理事の山本義孝先生が現地調査に来られたので案内役をした。
千灯寺住職の今熊豪宏さん、檀家総代の国広幸美さんも同行してくれた。

最初に向かったのは太郎天岩屋。 
阿弥陀越に上がる。
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露岩から太郎天岩屋のある崖を望む。
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太郎天岩屋に到着。
イベント2日目(10月28日)に石造太郎天(修験者の守護神・不動明王の変身像)を里帰りさせるところだ。
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岩屋と修験僧の修行について説明する山本先生と千灯寺住職今熊豪宏さん。
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太郎天尾根(岩屋上)から鷲巣岳や姫島が絶景だ。
(拡大します)

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大不動岩屋へ。
今熊ご住職が立っているところが護摩炊場とは知らなかった。
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旧千灯寺奥の院では先生には興味深い話をいろいろと聞かせていただいた。
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10月27日(土)28日(日)には岩屋巡りトレッキングとあわせてコンサートや講演会がおこなわれます。
両日とも先着50名さまで参加者を募集中です。
※コンサート・講演会のみのご参加、秘仏拝観だけされる方は参加料と事前申し込みは不要です。
 
 多くの皆さまのご参加をお待ちしています!



お申込み&お問い合わせ先  ~
NPO法人国東半島くにみ粋群 まで




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# by jinashi | 2018-09-08 17:36 | 国東半島あれこれ | Comments(6)