漁師の奥さんM子さんから今が最もおいしい寒ボラを頂きました。
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大きいのをお刺身に。あとは切り身をフライ用にパン粉をまぶして冷凍保存する。
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さっそくお昼のそばにも入れて・・・いただきまーす! M子さんありがとうございました。
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# by jinashi | 2010-02-12 11:11 | 国東半島あれこれ | Comments(0)

国東観光親善大使の歌手・湖本恭子さんと友人ひとみさんの二人をお連れして国東半島めぐりのガイドを務めた。彼女は5、6年前NHK大分の夕暮れコンサートに出演しているのを見て(聴いて)いみ~るカードのイベントに出演してもらったことがある。昨年11月、お父様の作詞作曲による「ASAGAO/国東半島へ」でデビュー、今フレッシュに売り出し中だ。クラシックと演歌風の歌謡曲を組み合わせた「クラ歌謡」を独自のスタイルで歌い上げている。お父様の出身地でもある国東半島をもっともっと知りたいということでご指名となった。若い女性からたのまれるとすっ飛んででかけます。
旧千灯寺から五辻の岩屋へ。ここは3月30日から10年ぶりに行われる「六郷満山峰入り行」のコース。峰入りは宇佐八幡神が仏に化身した(といわれる)仁聞菩薩修行の地を辿る天台宗寺院の一大行事だ。馬の背から姫島がよく見える。
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地蔵峠から天念寺・川中不動へ。天念寺講堂前には20日(土)に行われる修正鬼会の大松明が用意されている。鬼会は1000年前から伝わり五穀豊穣を祈願する国東天台宗の行事でここ天念寺では毎年旧正月7日に行われている。鬼会がおこなわれると国東の春も近い。
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鬼が一夜で作り上げた荒積みの石段を登り熊野磨崖仏をめざす。
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息せき切って上がり着くと右に穏かな大日如来が、左には温和な(本来は憤怒の表情)不動明王が迎えてくれる。ちなみに不動明王は彼女たちS56年生まれ・酉(とり)年の守り本尊だ。
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真木大堂の仏像(国指定重文の大威徳明王、阿弥陀如来と四天王、不動明王、は精巧な作りで藤原時代の傑作といわれる)を拝観。最後の富貴寺に着くと夕焼け小焼けのメロディが里に流れる。九州最古の木造建築物で国宝の阿弥陀堂は廻りから見るだけで本日の国東周遊ツアーはおしまいとする。
今日は寒も緩んで紅梅?も7分咲き。
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# by jinashi | 2010-02-09 11:27 | 国東半島あれこれ | Comments(0)

真玉海岸の夕日

7日(日)は別府ビーコンで新谷弘美先生の講演会「腸と自然免疫~酵素で若返る」に出席。ニューヨークの病院で半世紀近く多くの患者の腸を観てきた名医だ。食事と酵素によって腸が健康になり免疫力がつき若々しさを保てる・・・という話だ。帰りにいつも横目で通過する真玉海岸「夕日の家」に立ち寄る。日没までまだしばらくだが八面山の上で雲間からお日様が足をだしている。前の干潟が引き潮で見る間にうっすら姿を見せてきた。毎秋に干潟のうえにステージを組んでコンサートがあっているようだ。 
ここは日本夕日100選。
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若い夫婦が営業する「夕日の家」には魚定食(900円)やタコス(380円)など軽食もあって高齢者のアマチュアカメラマンや若いカップルも多い。
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香々地の「豊後」はお休み。少し戻って開店したてのトンネル口の「五色矢」にはいる。大将の天ぷらがうまいと聞く。Tさんとは久々の飲み会となるが、Oさん、Tさんの女性2名は飲めないひとばかり。ママはハンドルキーパー。さっそく先生が講演で話された「腸相」を悪くするものをとってしまった。
# by jinashi | 2010-02-08 09:33 | 国東半島あれこれ | Comments(0)

本職のいっちゃんも遊び人の富さん、清さんも今日は沖しけで休養日となる。有永さんも誘って青鬼さんHPで見た上国東と安岐方面に文化財の学習に出かける。まずは原(はる)の十王堂から。地獄の裁判官の7番目、この人が四十九日を担当する閻魔様だ。
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初(そめ)八坂社に立ち寄る。明治の廃仏毀釈で近くにそっと(~半島人はやさしい)埋められていた仁王様を隣りの給食センター建設を機に元の台座に戻したのだ。衣や頭部、腕の一部など欠けてはいるが両子寺の仁王を抜いて国東半島一の大きさ(高さ)を誇る。境内に敵が侵入しないように睨みをきかしている。文政七年(1824年)作
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岩屋から赤松へ。途中で「板碑」の看板に早とちりして違う道に入ったりしながらも「仏跡」といわれる宇土大師堂に入る。苔むして荒れた石畳の参道から大杉の間の石段を上がると正面に太子堂がある。左手に少し傾いた高さ1.5Mほどの自然石に彫らた不動明王が弘法様や観音様に護られて立つ。右手には経塚とある納経塔?お堂の横は護摩壇か?
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裏の急斜面を登って行くとそこここに観音様が安置されている。番号はバラバラだがこのあたりから八十八箇所霊場のはじまりであろう。頭上の大岩に「南無阿弥陀仏」と経文が彫られている。大石の右に鉄の鎖が垂れているが赤錆びて危険だ。左手のロープを伝って上に上がってみると観音様がありさらに上部の尾根伝いに連なっているようで山香の津波戸山に似ている。
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赤松を下り山越をして泉福寺、行入ダムから両子河原座へ。時間は12時40分、お客も結構多い。頼んだのは鳥天ざるそば。1200円なり。
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両子谷を下って掛樋の岩屋堂に向かう。旧道を入り素掘りのトンネルを出たところに車を止める。左へ鋭角に山道を上がっていくと崖壁に窪んだところが続きここに石仏があったことがうかがえる。高台にお大師さんの石像が立ちその前に容の良い板碑がある。梵字はキリークで千手観音菩薩をあらわし子年生れの自分の守り本尊だ。この大師像のあたりに宝篋印塔が立っていたが明治時代に地区の老人たちが酒代にしてしまい今は有名なホテルの庭にあるそうだ。(青鬼さんHPより) 今では岩屋堂の中には盗難防止のため観音像をはじめ庚申塔などいろいろな石造文化財が(閉じ込められて)保管されていることはなんともいやな時代となったものだ。
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明りとりのある古い隧道。かつて半島に多いトンネルはすべて素堀りだった。
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南天や千両の赤い実が迎える瑠璃光寺に参拝し居られた和尚さんにご挨拶をして朝来の谷へ入る。釜ヶ迫国東塔の駐車場の横に明日行われるウオークコースの案内板があった。三浦梅園が杵築の藩校に通った道だ。翌日安岐ガイドの小林親分より140名の参加者で盛会だったと(メールで)聞く。
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釜ヶ迫国東塔は時の流れを感じさせてくれるがそばにひっそりと置かれた地蔵菩薩様に哀愁を感じた。
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朝来の弁分八坂社に立ち寄る。ここは宇佐神宮でかつて行われた行幸会(旧くなった御神体を巡幸させて最後に奈多八幡沖で海に還す)の止宿地で歴史由緒があり、俳句師匠の河野輝暉先生の家が代々宮司を務める。1615年細川忠興によって150年ぶりに行われて以来中断したままの行幸会の再開を願う声も耳にしている。(略式に昭和46年におこなわれたとも)
八坂社板碑。梵字はアン(大日如来)~元弘3年(1333年)の作
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瑠璃光寺の千両の実。 この冬は南天などの赤い実が鈴なりだ~吉兆であれば由い
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# by jinashi | 2010-02-06 18:03 | 国東半島あれこれ | Comments(0)

いっちゃんから誘われて有永さんと3人で向田のばくど石を見に行く。途中、同級生の富さんちに立ち寄ると天日でヒジキを干している。干したてのミネラルたっぷりのヒジキを頂いた。乾燥すると少~しになるそうだ。ありがとさん。
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カエルのことを「ばくど」というのはここ向田の方言?伊美では「わくど」と言っていたような・・・
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島田方面への峠手前にそのばくど石はありました。この道は昔の生活道路でじいさんが隣村から祝言の帰りにキツネにだまされた道かもしれない。
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ふもとにあったばくど様は「ひろびろとした場所へ」というお告げにより井上さんの屋敷から引っ越してここの大石の上に鎮座されたようだ。(となりにもう一つ大石があったがこっちの方が乗せやすかったのだろう・・)
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国東半島先端の国見町。わずか80世帯の向田地区ではこのばくど石のふもとで男子6人が東大に合格している。彼らのほとんどが今は40歳台。父(大正元年生まれ)の母校でもある向田小学校は 1995年に廃校となった。廃校になる前の数十年は複式学級で、東大に合格した子どもたちは兄弟のように教え教えられて育った。そしてじいちゃんやばあちゃんに連れられてばくど様にお参りに行ったそうだ。それにしてもばくど様のご利益は絶大であり東大受験のみなさんはお願いする価値はありそうだ。学校跡地の前にある天満社にもあわせてお参りするとよいだろう。
   安藤君、ぜったいの「体」は「対」でしょう!
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カエル信仰は全国的にも見られ金運や良縁がカエル、無事カエルなどとして信仰をあつめていたようだ。
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あたりには猫柳や梅、ヤブ椿などが早春を教えてくれる。
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ばくど石のちかくに禅寺の福厳寺(ふくごんじ)がある。明治14年建立の鳥居は曾爺さんの作品だ。本堂で住職さんとしばし談話。境内に大型の古い宝篋印塔が立っている。
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曾爺さんの名前は池本勘作。江戸末期に生を受け明治30年ごろまで石工として精を出す。
平成13年4月発行の国見物語第20集 ~国見町の石工たち~ には
「向田地区の石工池本勘作は鳥居をはじめとして多くの作品を残しています。彼はまた明治19年向田村会議員に選出されるほど、村内で人望のある実力者でした。」と書かれている。
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# by jinashi | 2010-02-03 15:39 | 国東半島あれこれ | Comments(0)