大分県北部、東部で実施される超ローカルツアー「千年ロマン時空博」 は今年で2年目となる。
今回も国東半島では紡ぎ人による様々なメニューがそろっている。

国見町赤根温泉「湯の里・渓泉」の伊美支配人が紡いだ「ロングトレイルハイライトを歩く」にはじなしが案内役を務めた。

この日は直前キャンセルがあったものの大分のTさん、別府のMさん、地元国東町のFさんの3名が参加してくれました。
(不動茶屋前で ~写真提供千燈寺今熊住職様より)
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9時過ぎに赤根温泉「湯の里・渓泉」を出発→千燈石仏→千燈寺→旧千燈寺→不動茶屋(お昼)→国東半島芸術祭・現代アート「ゴームリー像」→五辻不動尊→千燈岳(606m)登山→16時30分渓泉ゴール
(コースマップ)
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少々ロングコースでしたし、千燈岳の急坂登りもきつかったことでしょう。
皆様お疲れさまでした。懲りずに?次回もご参加してください!

 2回目の「ロングトレイルハイライトを歩く」は5月25日(日)に同じコースで実施されます。
 ご参加をお待ちしています!

by jinashi | 2014-04-28 22:44 | 国東半島あれこれ | Comments(0)

国見町郷土史研究会が主催する講演会「野津のキリシタン遺跡」に出かけた。
講師は臼杵市教育委員会文化財課の神田高士さん。
会場の国見町生涯学習センター「みんなんかん」には40~50人ほどが聴講した。
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2年前に臼杵市野津町で行われた「下藤キリシタン墓地発掘調査現地説明会」に参加した際、現地で神田さんの説明を聞いている。
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以下は講演の一部・・・

キリシタン墓の特徴は長方形で頭を西に(エルサレムへと)向けて整然と並んでいる。

十字架を立てるための穴がある墓標もあるが、十字架は自分の近くにキリストが居るというしるしで天の神へ祈るためのもの。(十字架へ祈るのではない~偶像の崇拝はしない)

平戸や長崎外海、五島には豊後から移住したキリシタンが居たのでは?
似たような墓標があるからだ。
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下藤キリシタン墓地は潜伏が始まる前の時代のもので、江戸時代になって外部から入封して来た藩主は、その土地の有力者と取引しながらその地を治めたので、墓地を残すことができたようだ。

臼杵周辺にはまだ調べれば多くのキリシタン墓がありそうだ。
国東の隠れキリシタンについても本年度に行われる調査結果が楽しみだ。

                  等々・・

豊後キリシタンの歴史は1551年ザビエルが宗麟と謁見し、布教を許したことから始まる。ピークには豊後全体で16000人が入信していたという。
宗麟の死後、秀吉の伴天連追放令により大友義統は1587年に豊後での禁教令を発令。次第に弾圧の歴史がはじまる。1614年徳川幕府による禁教令で信者は地下へと潜伏していく。1659年から24年間に渡って豊後各地で続けられた隠れキリシタンの大量捕縛は1000人を越え、俗に「豊後崩れ」と言われている。

by jinashi | 2014-04-26 18:51 | ペトロ岐部とキリシタン史 | Comments(2)

大分県各地には戦国時代から江戸時代にかけてキリシタン、南蛮文化が数多く残っている。
昨年2月には国東市長の提唱で日出町、大分市、臼杵市、津久見市、竹田市との6市町による「キリシタン南蛮文化協定」が締結された。キリシタンや南蛮文化の歴史遺産を活用することで歴史・文化、教育、観光などに連携して取り組み、併せて人的交流も進めていこうとするものだ。
今年2月には6市町によりキリシタン南蛮文化交流協定協議会が発足している。

その一環事業としてJR九州と連携した「くにさきキリシタンウオーキング」が国東市国見町で行われた。

時折小雨がぱらつく中、遠くは鹿児島県や長崎県の九州各地から集まった120人ほどの参加者は国東半島キリシタン遺跡を巡った。

(赤・スタート~ペトロ岐部公園、青・ゴール~道の駅くにみ)


6市町の中で国東市だけにJRの駅がない。そこでJR宇佐駅に到着した参加者は、大型バス2台に乗り移り国見町岐部のペトロカスイ岐部神父記念公園に到着した。
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記念公園ではペトロカスイ岐部の生涯やこの地方のキリシタン史を、そして戦国時代に大友家臣として瀬戸内海の浦辺水軍として活躍した岐部氏墓地でガイドの説明を聞いたあと、ウオーキングコースへと出発して行く。
(公園、墓地では不肖じなしがガイドを務める)
 
ペトロカスイ岐部神父記念公園と神父像。
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ペトロ岐部については→「ペトロカスイ岐部の生涯」

最初のポイントは公園のすぐ裏手にある岐部氏墓地。
中世にこの地を治めた豪族で城主岐部氏の墓標といわれる。
アンドレアクルスや波模様、三つ葉などキリシタン墓標特有の模様が彫られていて、異相(形)国東塔と言われる。
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岐部氏墓地に咲く著莪(しゃが)の花
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公園からほど近い岐部社へ。
ここに並ぶ石灯篭のキリシタン紋様について解説するガイドのみっきーさん。キリシタン石造物は得意分野。おまかせ下さい!
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櫛来古江の櫛来社(岩倉社)ではフォトコンテストの作品(写真)を見せながらケべス祭の説明をするくにみ粋群の池田事務局長(真ん中)と重三さん(左)。 キリシタンとは直接関係がないポイント。
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櫛来の里を歩く参加者。
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地元人間によるエイドステーション? 富子さん手作りの梅干しが大人気でした。
賑やかなお接待係を担当してくれたやっさん、道子さんと青鬼さん。
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急遽、永明寺ガイドを担当してくれたいっちゃん。
真名長者般若姫伝説~六地蔵~十王様とはじまり小串家墓地ではすこしばかりキリシタン紋様解説が…。
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城山裏にある櫛来・岐部氏の墓地。
「殉教童子」など意味ありげな戒名墓が並ぶ…。ガイドは後藤さん。
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金丸地区の河野さん梅林にある修道士像。大岩に胸に祈りのω(オメガ)仏が2体、2か所に彫られている。
ガイド担当は良人さん。
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岩の上には100年ほど前に植えられたという石楠花が満開だ。
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最後のポイントはキリシタン祭壇石とも言われ、畑の中にポツンと置かれている。
魚の絵が彫られていて、その形はINRI(ユダヤ人の王、ナザレのイエス)を表し「キリストの磔刑」 において十字架の上に掲げられた罪状書きの文を表している。県内でも貴重なキリシタン遺産だ。
手書きの説明板を使ってガイドの富さんが解説をする。
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道の駅くにみへ全員無事にゴールイン。お迎えのバスで宇佐駅へ戻る。

「キリシタンの歴史や信仰を知ってとても面白かった」、「梅干しとお茶が嬉しかった」、ちょうど岐部地区で行われていた「お接待のごはんが美味しかった」、「ガイドの皆さんが明るくわかりやすかった」などなど参加者や関係者の方からうれしいお言葉を頂きました。

JR九州主催の「おおいたキリシタン・南蛮ウオーキング」は他の5市町でもそれぞれ実施されている
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by jinashi | 2014-04-22 19:24 | ペトロ岐部とキリシタン史 | Comments(10)

天気がよければ宮崎県日之影あたりにアケボノツツジのお花見に…と思っていたが、今日は九州南を低気圧が通って降水確率100%の日曜日となる。
メールで菊池渓谷の情報を教えていただいた日田のUさんに℡したら、こんな日なのに現地を一緒に歩いてくれることになった。040.gif
 ここは雨でも楽しめそうだ。

8時にUさんご夫妻と小国町道の駅「ゆうステーション」で合流。R212、阿蘇スカイラインから県道339(ミルクロード)を走り、売店とトイレのあるかぶと岩展望所駐車場にじなし車をデポ。Uさん車で菊池渓谷中央駐車場へ。

 菊池渓谷
  日本の森林浴の森百選、日本名水百選、日本の滝百選、水源の森百選・・・

駐車場周辺の花筵にしとしとと春雨が降り続いている。
傘と雨具と長靴ルックで出発です。8時59分。ここの標高≒600m。
菊池渓谷には山にも花にも興味がなかったずっと前に一度訪れたことがあり、ここから歩いたのをうっすらと覚えている。
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遊歩道から標高差90mほど下って菊池渓谷へ下りる。
ムラサキケマン(多分?)
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サツマイナモリ
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渓谷沿いを上流に向かって歩く。
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ヤマウツボ 
(葉緑素を持たない寄生植物でブナ科やカバノキ科の樹木に寄生するという・・・初めて見ましたがこれも花のようだ)
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ツルカノコソウ?
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本日のハイライト~ イチリンソウ(白)
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    〃 (ピンク)
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キツネノカミソリ葉の群落が渓谷沿いに点在する。
(一旦葉を落としたあと、7月下旬頃には花茎が伸びて橙色の花をつける)
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ツクバネソウ
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ヤマルリソウ
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エイザンスミレ
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ヒゴスミレ
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大岩をがっちり捕まえたカエデ?
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倒れそうで倒れない・・・。
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橋を渡って広河原休憩所で一休み。10時10分。
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ここから九州自然歩道を歩く。広河原橋を渡る。
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ナツエビネの株
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藍の葉
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清水谷橋を渡る。12時9分。かぶと岩へと水源林道を歩く。
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野焼きが終わった牧草地へ出る。
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キスミレ
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ツクシショウジョウバカマ(色鮮やか)
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かぶと岩展望所に到着。13時6分。
けっこう歩いた!という感じでした。
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菊池渓谷駐車場へ戻ってUさん奥様の手作りおにぎり&味噌汁を頂く。温まって生き返ったようでした。
Uさん、奥様、何かと心遣いをしていただき、ありがとうございました。
奥様には花や植生についていろいろとレクチャーしていただきました。記憶の引出にスペースがありませんのでまた教えてください。
こんな雨の中、お付き合いいただきほんとに感謝です。

(本日のGPSマップ)
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  歩行距離≒10Km、 標高差≒350m、 歩行時間(休憩含む)≒4時間22分


ここでCM →  「千年ロマン時空博」 
 
 4月27日(日) 5月25日(日) の2回開催です。お待ちしています!

by jinashi | 2014-04-15 00:00 | 熊本県の山歩き | Comments(8)

今日は午後には天気も回復するらしいが、朝まで雨が残り出かけるのを躊躇する。とりあえず?くじゅうへと少し遅れて家を出る。
昨日が二十四節気の清明というのに、今日は冬へ逆戻りしたように寒い。

途中から見るくじゅうの山々は最後の雪化粧をしている。
アイゼンも置いて来たし‥‥にわかに思い出して九重オルレを歩くことにする。1か月ほど前には竹田市JR朝地駅より奥豊後オルレコースを歩いた。

本日のコースマップ → 「九州オルレ九重・やまなみコース」 

九重町田野の夢大吊橋オルレ専用駐車場をスタート。10時12分。
気温は4℃。寒い!
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歩き始めは遠くに雪のくじゅう連山を見る。あの麓まで歩く。
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目印はオルレ共通のカンセ(済州島の野生馬)の向きと赤青リボン。
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木製の矢印もある。青は正方向(夢吊大橋から長者原)、赤は逆コース。
民家前の小道を進む。
オルレとは~韓国済州島からはじまったもので「通りから家に通じる狭い路地」という意味だが・・・こんなところのことなのだろうか。
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横道へ入って「朝日長者伝説と七不思議めぐり」のひとつ、殺生石へ。
昔、石の下から有毒ガスが出て虫や鳥や小獣が死んだという。
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川端康成が投宿したという筌の口(うけのくち)温泉の小野屋旅館(閉館)横を通る。
裏にある共同浴場は緑黄土色の濁り湯で鉄分のにおいがするが風情のある温泉だ。24時間営業している。入湯料は200円。数年前に一度入浴した。
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鳴子川沿いで逆方向からの韓国の団体さんとすれ違う。
その先から杉山へ入るとしばらく急登が続く。
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フラットになるとしいたけのホダ場やクヌギ林を抜けて林道へ出る。
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別荘の横を抜けると正面に崩平山が雪を被る。
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ばらハウスからいつも通るやまなみハイウエイに出る。
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ミルクランドファーム前からやまなみを横断して千町無田へ。
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音無川の小橋を渡って吉部登山口や男池へ通じる県道621まで歩いてきて‥あれ、おかしい‥。(オルレマップと携帯も車に忘れてきた^^;)
小橋まで戻ると、木製矢印を発見。わかりにくい! 19分のアルバイト。
川沿いのススキ道へ入る。
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県621を越えると雪のくじゅう連山が近づいてくる。
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牧場の横を歩く。
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小川の横を進む。
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湖畔にある食事処「九重自然館」へ着く。なかなか雰囲気の良い所だ。
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牧草地を抜けて2度目のやまなみハイウエイを横切る。
道路真ん中から見る星生山や三俣山。
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牧草地に沿って歩くと馬の糞がころがっている。ここはライディングルート(乗馬道)。
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やまなみ牧場へ到着。12時20分。ここの「まきばの温泉館」にはくじゅう下山後によく立ち寄っている。
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売店裏で馬を見ながらおやつタイム。
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園内で進路に迷った(開園時と休園時でコースが違う)が…ブルーベリー園の先から雑木林へ入る。
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丸木橋を渡って牧草地を歩く。
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360度、飯田高原の素晴らしい景観だ。
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3度目のやまなみハイウエイを横断して今は廃墟?となった九重ハイランドホテル下を通る。現在スーパーセンタートライアルが開発整備計画を進めている。
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クヌギ林を下っていくと滝音が大きくなってくる。
高さ3~4mほどの白水川の滝。雪解けか?水量が多い。
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    ケクロモジ(毛黒文字)
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    アセビ(馬酔木)
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林を抜けるとタデ原湿原へ出る。間もなく野焼きも行われるだろう。
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防火帯を歩くとゴールの長者原が見えてくる。
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4度目のやまなみハイウエイを渡る。
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展望台から三俣山。手前に指山。
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ゴールの「レストハウスやまなみ」まであと少し。
前方に雪の硫黄山と星生山。
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「くじゅう飯田高原観光案内所」前へゴールイン。13時57分。
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(今日のGPSマップ)
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お腹も空いたので長者原ヘルスセンターの食堂へ。遅めの昼食はごぼう天うどんがうまい!そのあとレストハウスで時間つぶし。
15時20分発豊後中村行きの日田バスに乗る。筋湯や湯坪温泉へと大回りして30分ほどで夢大吊橋へ戻る。バス代1人620円

飯田高原のやまなみハイウエイはいつも長者原や大曲、牧ノ戸へ通う道ですが、周辺にこのような自然や景色が広がっていることは新たな発見でした。歩くことで見えてくるものや、雰囲気の良いところも多くありました。

距離≒12km、標高差≒230m、時間≒3時間45分。(道迷い・休憩含む)
この日のオルレコースでは私たちのほか若い男性が1名だけでした。

「馬子草(まごそ)温泉きづな」で温まって帰路に着く。

by jinashi | 2014-04-08 18:14 | 九州オルレ | Comments(17)

飛岳を下山後、湯布院町川上のキリシタン墓地を訪ねる。

(マップ~湯布院町キリシタン墓地)


ナビを見ながら陸上自衛隊駐屯地の後方にある墓地をめざす。途中に停まっていたタクシーの運転手に聞いて墓地近くの駐車場所を教えてもらう。そこから歩いてすぐ先の山の斜面がキリシタン墓地となっている。
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湯布院町にはキリシタン墓が86基あるといい、ここ「並柳・峯先墓地」には十字章のある墓碑の総数は49基で、そのうち28基がキリシタン墓群として大分県の文化財指定を受けている。
地区のキリシタン史は1580年(天正8年)に大友宗麟家臣で郷土の奴留湯(ぬるゆ)左馬介が部下とともに洗礼をうけたことに始まる。その後伝道所や教会が設置されて信者は1500~2000人ともいわれた。徳川の禁教により宗門改めが行われたあとも隠れキリシタンとなった者も多くいたようだ。十字のあるものが30基、隠れキリシタン墓が約40基ある。(説明板より)

仏式墓標のあいだに点在するキリシタン墓石に落ち椿が散らばる。
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キリシタンの墓には十字墓と伏墓があり、十字墓は、キリシタン布教時代からキリシタン禁教取締が厳しくなるまでの時代と推定されている。
これは十字墓。真ん中にクルスが立てられていたのか?
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同じクルス墓。
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真ん中にダイヤのあるクルス墓。ダイヤはキリストの象徴とされているようだ。
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クルス墓
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伏墓は隠れキリシタンのものと言われる。
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隠れキリシタンの仏教式墓。戒名の「慈峰」は慈悲の教えを説くキリスト教、「了白」はキリスト教を終えたということか?「白」はキリスト教を意味するようだ。
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苔むした墓石。
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戦国の世では天下統一をめざした為政者たちの都合に翻弄されながらも、住民たちは一途な信教を貫いたことが儚く偲ばれる。

大分県では6市町がキリシタン南蛮文化協定により交流連携し、文化や観光の活性化をめざしている。由布市にもこれだけのキリシタン遺産があるのですから、ここは一緒になって売り出すべきでしょう。

by jinashi | 2014-04-02 19:06 | ペトロ岐部とキリシタン史 | Comments(4)