朝まで降り続いた雨もあがる。
今日は遅めの出発となったので、塚原から湯布院へ下っていく手前にある小さな名峰~飛岳に登ってみよう。低山だが天気なら山頂からぴか一の展望を楽しめる。

飛岳(とびだけ・924.7m)

塚原高原から正面に見る由布岳や周辺の山々はすっぽりと雲の中。
県道616を右折、大分道そばの空き地に止める。

大分自動車道へ沿って舗装路を歩き始める。12時36分。標高≒730m。
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オレンジの登山口標識があって作業道?から山へ取り付く。
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右の丘を巻くようにして峠に上がる。峠下の桜はまだつぼみ。
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左へ直角に向きを変えて植林帯へ入る。ガスが立ち込めた急坂を登る。
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昨夜の雨で滑りやすい急勾配をひと登りすると、カヤ野の山頂部へ上がる。
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満開の馬酔木が迎えてくれる。
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一段高くなった山頂へ到着。13時11分。4度目かな?
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山頂にはベンチに丁度よい岩がある。少し冷たい西風を背に弁当タイム。
上部が少し明るくなってきたような…?
しばし晴れるのを待ったが状況は変わらず下山開始。
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大分かくれ名山を軽いピクニックで楽しみました。

(本日のGPSマップ)
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今年も花園には蕾が多く見られました。一週先が見頃かな。
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by jinashi | 2014-03-31 19:03 | 大分県の山歩き~由布・鶴見系 | Comments(12)

宇佐平野の南には宇佐七山と言われる標高400~500mほどの里山が連なっていて、縦走すれば結構ハードなコースらしい。
七山は東から妙見山、谷山、石山、鬼落山、石井山、茶臼山(高山城支城山)、高山をいう。コースは宇佐の「よっちゃんさんHP」に詳しい。
鬼落山(おにおてやま~大分百山)と妙見山、高山、茶臼山には以前それぞれ登っている。今日は妙見山から谷山~石山までフルコースの半分ほどを縦走周回してみよう。

妙見山(みょうけんやま・444m)
谷山(たにやま・434m)
石山(いしやま・539.5m)

昨夜は姉夫婦と次男結婚式反省会?をしたので今日は遅めの出発となる。
院内インター近くのR387を香下ダムへと入る。1.5kmほど進んだ右手が登山口ですぐ先の左に広い駐車場所がある。
出発は10時6分。ここの標高≒100m。
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杉の植林帯を登って行く。
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山頂まで1000m地点あたりからちょうど見頃の花をつけたオニシバリが目につく。
ジンチョウゲ科の植物で「樹皮が強靭で、枝を折ってもちぎれないことから、この木の樹皮で 鬼を縛っても切れないだろうという意味で、オニシバリという…」(wikipedia)
2012年2月に近くの「高山」に登った時にはまだ蕾だった。
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クルスの形をしている。この山が400年ほど前キリシタン受洗の舞台となったことと・・・?
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30分ほどで妙見山と谷山の鞍部の射場越に着く。殿様道路の標識もあり歴史を感じるところだ。
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右へと妙見山へ向かう。倒木がくっ付きあったアーチを通る。
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頭上にヒサカキ(姫榊)可愛い花が並んでいる。何とも言えない春のにおいだ。
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攻め入る敵を退治するための竪堀跡を過ぎるとフラットな広場に出る。左手先に大きな石が見える。
手洗石と書かれているが、キリスト教徒へと洗礼を受けるときの聖水岩ではないかと言われる。クルスらしき切り込みもあるようだ。高さ2.4m。
戦国時代、大友宗麟の三男田原親盛が城主となると司祭ペトロゴメスを招き、香下に伝導宿泊所を設置、400名が洗礼を受けたという。(山頂にある説明板より)
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すこし荒れた竹林を抜けると中世山城の遺構が残る山頂へ着く。
雑木に囲まれて展望は弱い。
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2009年11月以来2度目の山頂だ。11時17分。
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妙見山を下りて射場越へ戻り、今度はまっすぐ谷山へ向かう。
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緩やかに登って行くと座るのにちょうどよい石があり、スイーツを頂いて一休みしていると下から子供連れのファミリーが登って来た。柳ヶ浦からのご夫婦で小1年生ほどのお孫さんをつれて初めてこのコースを登るそうだ。
男の子が元気にあいさつをしてくれた。

石の多い急坂から植林帯と自然林の間を登って行くと谷山山頂へ着く。12時22分。
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すぐに石山へと向かう。山頂先から一気の急坂下りとなる。立木やロープに掴って下っていく。
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標高差100mほどを下って最低鞍部あたりで一安心。
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ここから痩せ尾根となりアップダウンすると展望の良い岩場へ上がる。
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北方にいいちこの三和酒類や四日市市街地方向。
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ここでランチタイム。
先ほど谷山で追い越してきたファミリーが追い付いてきた。男の子もあの急坂をがんばって下ってきたのだ。「すごいなあ」っと褒めてあげる。
戻ろうかと言われていたので、ここまで来たのなら石山山頂まで行くことをすすめる。石山へ向かう3人を見送って暖かすぎる?春陽の下でしばしの休息。
南方に下山時の林道が通る辺りを見下ろす。むこうは標高423mの山。
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痩せ尾根を石山へ向かう。
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ピンクのヒサカキ(姫榊)を発見。
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石山という名の通り大石の急登となる。
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境界コン柱182がある分岐へ登りつく。分岐を右へ向かう。
緩やかに下って登り返すと石山の山頂へ到着。
樹木に囲まれて展望は無い。14時2分。
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山頂そばにある石柱。加藤清正公をここから遥拝したのだろうか?
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分岐へ戻り鬼落山方向へ向かう。
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グングン下って展望岩へ。
前方に鬼落山が聳える。この山は2006年11月に山袋林道から登っている。
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その右手に連なる宇佐七山西寄りの山。
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すこし下ると分岐へ下り着く。まっすぐは鬼落山方向。
左へと林道(香下ダム)へ下りる。
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林道へ下りる。前回妙見山へ登った時ここまで車で下見に来ている。
石山登山口の標識がある。
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林道横のフキノトウ
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〃 アオキの実
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林道下山途中から見上げる谷山。急坂の左斜面を下ってきた。
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30分ほど林道を歩いて車へ戻る。15時23分。
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暖かい春の一日をゆっくり里山で楽しみました。

 
  山茱萸(下山後の妙見温泉で)
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(本日のGPSマップ)
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by jinashi | 2014-03-24 19:20 | 国東半島・宇佐の山歩き | Comments(6)

宇佐神宮は全国に4万社ほどある八幡様の総本宮で、年間に大小併せて150ほどの祭典がとり行なわれているという。
その中でも欽明天皇三十二年二月初卯の大神ご顕現ゆかりの日に斎行される例祭は「宇佐祭」ともいわれ、皇室より幣帛(へいはく)を賜る重要な祭典だというので見学に出かけた。

10時を過ぎて…改装中の絵馬殿前に来賓者が整列する中を3つの唐櫃を先頭に神職が続く。
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祓所へ入る。
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祓所は森に囲まれていて正面に小滝が落ちている。
重要な祭典の際に修祓を行うところで厳粛な雰囲気がある。(修祓を終えたあとで)
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この日の大祭のために開かれた西大門を潜る。
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本殿へ到着。
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皇室より幣帛(へいはく)が供えられる。
※幣帛=神饌(神に献上するお食事)以外の供え物。
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巫女さんが一人舞「豊栄の舞」を奉納する。
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玉串奉奠では京都石清水八幡宮からも参列されていました。
1時間ほどで神事も終了。
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重要な祭典と言われる例祭だが見学者(参拝者)は少ない。
本殿前でお会いした写真家のF先生も寂しがっておられました。

宇佐神宮では10年に一度(来年・平成27年)、天皇の祭文を神前に捧げ、奉幣を行う勅使祭が行われる。全国には「勅使参向の社(ちょくしさんこうのやしろ)」と称される神社が、伊勢神宮を始め現在では全国に16社あるという。
現在、そのために国宝の本殿修復工事(檜皮葺)が行われている。F先生の話では近年、材料の檜皮が手に入りにくいそうだ。
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階段の真下に設置されたのでわからなかったが、南大門からは高齢者のためにモノレールが運用されている。6人乗りで自己運転。
いずれ我々もお世話になることだろう。
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粛々と続けられている祭典を見るにつけ、宇佐神宮が豊前の僻地?にあって古代より日本の歴史を動かす大きな力をもっていたことが偲ばれる。
by jinashi | 2014-03-20 22:38 | 国東半島あれこれ | Comments(0)

このところ春らしい晴天が続いている。
男池のユキワリイチゲか、英彦山のマンサクか… 家を出て分かれ道まで迷ったが結局英彦山に向かう。途中で日田のUさんより「昨日歩いたけど英彦山はまだ雪が多く少し早いようだ」と電話があった。今日のUさんは指山のマンサクを目指している。
耶馬渓~山国からR496へ入り、くねくね登って野峠からまだ雪が残るR500を通って豊前坊駐車場へ到着。

 英彦山(ひこさん・1200m) 4回目

準備をしてスタート。9時32分。標高≒790m。
高住神社へいい雰囲気の石段を登る。
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説明板には「豊前豊後の守護神。人々の病を救い、農業や牛馬安全の神として…」とある。社殿前では来週おこなわれる柴燈護摩の準備がされていた。
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登り始めてすぐの所で数人が苔の調査?をしていた。中に2人のロシア人の方も。
逆鉾岩や屏風岩横を登る。(左が屏風岩)
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このコースは2度目だが、望雲台は初めてだ。
鎖に掴って登り上がると前(画像の反対側)は絶壁だ。
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さらに鎖場を横歩きした先が望雲台のようだが…雪が残っていて危険なのでここまでで撤退。
北岳コースに戻りアイゼンを着ける。融けかけの雪は滑りやすい。
シオジ林を登る。
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北岳溶岩の壁に付くツララから水滴が落ちている。今日は気温も上がりそうだ。
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木道階段を登ると北岳の肩に上がる。
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鎖場、ロープ場の急坂を登って北岳へ上がる。11時35分。
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ここは磐境 (いわさか)。古代より神を招き、感謝と祈りを捧げる祭祀を執り行う場所だ。
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ひと休みして中岳へ向かう。
標高差90mほど下って鞍部へ。
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岩の多い急坂を登り返して中岳へ着く。12時12分。数組が昼食中。
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山頂写真。
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ベンチで昼食。風もなく麗らかで温かい。
山頂南からの展望。春霞?それともPM2.5?
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下山は北西尾根を下る。去年1月の四王子滝登山のときMORIさんに教えていただいたコースだ。
右手に鷹ノ巣山。その向こうは犬ケ岳山系。
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ハシゴ場からは残雪の急坂下りで一旦外したアイゼンを再装着する。
野鳥観察路に出合う。
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スキー場へ下りる。
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山頭火句碑「すべってころんで山がひっそり」を見てR500に出ると「じなしさ~ん」と呼ぶ声が…何と車の声は豊津の信ちゃんでした!
今日は俊ちゃん、友人とで東峰村岩屋公園へ玄海ツツジ鑑賞に出かけたそうだ。
その後、信ちゃん&俊ちゃんに六地蔵様など英彦山のかくれ歴史ゾーンへご案内していただいた。
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添田町~赤村~みやこ町から京築広域農道経由で帰ってきました。
信ちゃん&俊ちゃん、ご案内&お見送りをありがとうございました。

(本日のGPSマップ)
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        マンサク
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        大雪で折れた枝にも
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        セリバオウレン
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        ホソバナコバイモ
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        ミスミソウ
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by jinashi | 2014-03-17 15:12 | 福岡県の山歩き | Comments(16)

「毎年よ彼岸の入りに寒いのは」という句がある。正岡子規は母が言った言葉をそのまま句にしている。
このところそんな寒さが続いているが…啓蟄も過ぎてそろそろ三俣山の大鍋にもマンサクが咲きはじめる頃だ。

三俣山・南峰(1743m) 9回目 

大曲駐車場に入る。後1~2台は駐車できそうだ。
スタートは8時37分。むこうに見える三俣山頂部は雲の中。
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鉱山道路先は硫黄山。蒸気のような噴煙が北風に流されている。
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ここは「ガンバレ中高年」坂? 初めて登った時はきつかった!
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今日は静かなすがもり越へ到着。9時27分。
北西風が強くウインドブレーカーを着ける。
西峰の急坂を登る。振り返ると星生山頂部のガスも取れてくる。
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西峰から鞍部へ下りて登り返しから雪が残る。
雪の坂道を慎重に登って本峰・Ⅳ峰分岐へ着く。10時49分。
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南峰へ向かう。山頂部に数人が見える。
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途中の展望所から見る北峰と大鍋。まだマンサクの開花気配はなさそうだ。
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雪が残る南峰への登り。
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北面には氷のエビの尻尾がビューティフル!
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南峰山頂へ到着。11時10分。
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1組が下山して貸切となった南のテラスで鍋焼きうどんのランチ。
下部には野焼きを待つ坊がつる。正面に大船が雄々しい。
どこからか野焼きのススが一片飛んできた。
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ちょうど12時に下山開始。下山時の西峰から久住山方面が絶景だ。
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まっすぐ大曲へ下山。13時48分。
今日は登山者も少なく、静かな三俣山でした。
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(本日のGPS)~拡大します
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春を告げる由布岳の野焼き
帰路の湯布院から由布岳の野焼きが見えた。
やまなみハイウエイのすぐ隣の原野に火柱が立つ。
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助手席が一瞬熱い!
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一気に火の手が飯盛ケ城を燃えつくす。
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由布岳中央登山口近くから煙に包まれた由布岳。
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この日、竹田市久住高原の野焼きで84歳の男性が大やけどする事故が起きている。
5年ほど前には湯布院塚原高原でも4人が焼死する事故があった。牧草地など自然環境を維持するための大変な作業なのだろうが、たとえベテランでも高齢者を参加させないなど更なる安全確保の取り組みが求められるだろう。
by jinashi | 2014-03-11 16:40 | 大分県の山歩き~くじゅう山系 | Comments(16)

花暦も福寿草からマンサクへと移ろう頃だ。
今日は山歩きから趣向を変えて竹田市にある「九州オルレ奥豊後コース」へウオーキングに出かけた。

オルレとは~済州島からはじまったもので「通りから家に通じる狭い路地」という意味のウオーキングコースだ。
現在(2014年3月)、九州に12コースのオルレが整備されていて、大分県では「奥豊後コース」と「九重・やまなみコース」の2か所にコースが設定されている。
2012年3月にJR朝地駅と豊後竹田駅との間でスタートした「奥豊後コース」は新聞等で見ていていつか歩いてみたいと思っていた。

(マップ 赤~朝地駅 青~豊後竹田駅)


前夜は「雨のち曇り」の予報だったが、朝地駅に着くと陽も照ってきて良い天気になりそうだ。
左手にあるインフォメーションで女性の方からオルレコースなどについて親切に教えていただいた。岡城入場料300円(一人)を前払いする。駐車料は無料でした。
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 本日のコースマップ → 「九州オルレ奥豊後コース」 

駅前にあるオルレのスタート地点。済州島の野生馬を模った「カンセ」が向いている方向へ歩き始める。ゴールの豊後竹田駅まで約12Km。9時48分。
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豊肥線の踏切を越える。
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設置された木製のオルレ標識に従って進む。青は竹田への正コース。
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コースの木などに付けられた目印の赤青リボン。
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スタートした朝地駅あたりを見下ろす。
写真を撮ったあと、見たような列車が通過した。
「アッ!ななつ星だ!」とあわててカメラを取り出すと…行ってしまった。
※調べてみるとその日は西・中九州を周回する1泊2日コースでした。「ななつ星」は豊後竹田駅を10時に出発したのです。
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案山子がハングル語でウエルカム!韓国人ウオーカーも多いのだろう。
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圃場整備されてない棚田も多い。古いものが守られていることが良い。
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こんなところになんでトンネルが? コースはトンネル手前を右へ入る。
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水路橋を潜ると用作(ゆうじゃく)公園へ降りて行く。
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紅葉の名所だ。
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「用作」という名は、鎌倉時代にこの地の地頭であった大友(志賀)能郷(大友能直の八男)が所有する用作田があったことに由来する。大友氏の改易後は、岡藩主中川氏の領地となり、寛文4年(1664年)には第3代藩主中川久清から家老の中川平右衛門長伸に別邸地として下賜された。中川平右衛門はこの地に書院造りの屋敷を構え、庭園を整備した。庭園には、用作田で湧水が多かったことを利用して心字池と丹字池の2つの池が作られ、多くの楓や松が植えられた。岡藩の参勤交代の経路に位置するこの地には、藩主中川氏が参勤交代の途上などにたびたび立ち寄るとともに、田能村竹田や頼山陽といった文人墨客も多く来訪し、岡藩の玄関、接客所としての役割を果たした。(wikipedia)

道端のショウジョウバカマが見ごろ。
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この辺りは起伏の多い土地なのだろう…地下や地中を通る用水路、そして水路橋が多くつくられているようだ。これもすばらしい歴史遺産だ。
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先の雪害でコースのあちこちに竹が折れて妨げている。係りの人?が撤去作業をされていた。
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土の上を歩くのは気持ち良い。
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赤いヤブ椿
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すみれ
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古い楼門の真言宗筑紫山普光寺(ふこうじ)へ着く。
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別名「紫陽花寺」ともいわれ境内一面にアジサイが植えられている。
ピアノ寺とも言われているようで、本堂でコンサートでもされているのでしょうか? 
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有名な不動明王の磨崖仏。高さ11.4m。鎌倉時代の作。
左(向かって右)に矜羯羅(こんがら)童子、右に制多迦(せいたか)童子を従える。
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クヌギ林の横を歩く。竹やぶからウグイスの鳴き声も。
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コンクリートの坂道を登りきるとミツマタの花が迎える。
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梅も見ごろ。
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岡城方向へ。
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大友時代、家臣志賀氏の旧城下町だった十川(そうがわ)地区。通りの左右に武家屋敷の?石垣が残る。
播磨三木から中川秀成が入部した後に、城の正面や町並みが現在地(西側)へ移ったようだ。
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昼を過ぎてカレーパンの小昼(こびり)タイム。
稲葉川に昔の橋桁。川床に柱状節理(の上部)が連なる。これもジオパーク。
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川を渡って九電竹田発電所よこから岡城へ登る。まもなく石垣が現われてくる。
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志賀氏時代の大手門(正門)「下原(しもばる)御門」へ到着。13時。
中川氏が入部した後に、加藤清正の指示により正門を現在の大手門へ移したという。
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4等三角点(岡城・313.4m)を発見。
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御廟跡から米倉跡を通って本丸跡へ。
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本丸跡へ上がる。
岡城は緒方三郎惟栄が源義経を迎えるために築城したと伝えられている。
本丸から見えるはずの祖母傾やくじゅう連山、阿蘇山などは雲の中。
岡城の守り神といわれる天神社。
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二の丸にある滝廉太郎像。少年時代を竹田で過ごし1901年(明治34年)21歳の時に中学校唱歌「荒城の月」を作曲している。2年後に満23歳で没。
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すばらしい曲線美の城壁。
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賄所跡~家老屋敷跡から近戸門を通って城を下りる。
以前に数度訪れているが、今日は東西に2kmほどある広大な岡城をほぼ廻った。1586年(天正14年)島津3万の大軍の攻撃を退けたことから難攻不落の城と言われるだけある素晴らしい城址でした。

駐車場近くにあるかまぼこ石。クリスチャン墓石だったとも?
竹田市歴史資料館にある「聖ヤコブ像」もキャッチボールのボール探しでこの辺りで見つかったらしい。
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素掘りのトンネルを通って町中へ向かう。
竹田は大分県でも特にトンネルが多くレンコン町ともいわれるらしい。
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時間も下がってお腹が空いた。
竹田のB級グルメといえば駅前通りにある丸福食堂のトリ天定食~660円。
列車の時間もせまって早食いとなりましたが…ボリューム良し!味も良し!
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JR豊後竹田駅へゴールイン。
赤い列車は15時12分発大分行普通列車。
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15時18分、朝地駅へ戻り、インフォメーションへ。
コース整備をされていた3名の男性スタッフの方も居てコース状況や感想など雑談してお別れする。
未舗装の里道は雰囲気がよく、程よいアップダウンや12Kmの距離もちょうど良い。コースもほぼ間違わず安心して歩けた。歴史遺産も続きファイナルの岡城の素晴らしさを再発見できました。
by jinashi | 2014-03-05 22:08 | 九州オルレ | Comments(12)

来春に完成する大分県立美術館の開館に合わせて、国東半島では2012年より半島をアートで活性化しようと「国東半島アートプロジェクト」 が開催されている。
主催は国東半島芸術祭実行委員会(=大分県・豊後高田市・国東市・公社ツーリズムおおいた)。
総合ディレクターはNPO/BEPPU PROJECT代表の山出淳也氏。

その集大成としてこの秋(2014年10月)に開催される「国東半島芸術祭」のプレ事業では、豊後高田市並石ダムと国東市国見町千灯の五辻不動尊近くにアート作品が設置された。
今回の作品は「地霊」をテーマにしている。

 (設置場所~五辻不動先岩場)


五辻不動尊下の岩場に設置されたのはイギリスの彫刻家アントニー・ゴームリーさん(1950年ロンドン生まれ)の作品だ。
自分自身に石膏を塗り付けて人体の型を取るのだが、固まるまでの間、目を閉じ呼吸を止めながら瞑想をする。彼は東洋思想への造詣が深く、インドやスリランカで仏教の修行を積んでいる。出来た型に鋳鉄を流し込んで完成させるというのだが、これは人体であるとともに身体に宿る内なる空間を象(かたど)った彫刻であるというのだ。人間の体は魂を宿らせるための入れ物に過ぎないという仏教的思想によるものだ。
昨年10月にはゴームリーさん自らが現地の旧千灯寺や五辻不動尊を訪れ、このすばらしいロケーションの中で設置場所や目線(立ち位置)を決めたという。
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2月24日には不動茶屋から設置場所の五辻不動下岩場までワイヤーロープで吊り上げられて設置作業が行なわれた。
イギリスから送られてきた梱包。
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毛布などに包まれたままワイヤーで吊られて設置場所へ運ばれる。距離は百数十メートルか?
サイズはH=191cm、W=58cm、D=35㎝。重量は629.5kg。向うは五辻不動尊のある不動山(352m)。
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岩場に木材で櫓を組んで定位置に設置する。現場の指揮は国見町赤根の園田さん。切り出した材木運搬や、五辻不動尊改修工事の際に資材の運搬を担当したベテランだ。
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無事に据え付けを終えたようだ。ボルトや樹脂で作品は固定されている。
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3月1日は五辻不動尊下の不動茶屋で「千燈プロジェクト・オープニングセレモニー」 が行われた。
三河・国東市長、小川・大分県東部振興局長、地元、平岡・千燈区長のあいさつの後、改装された不動茶屋の前でテープカットが行われた。
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作品のある五辻不動尊下の岩場へ移動して除幕式が行われた。
作品は山口県上関町祝島の東にある八島あたり(東北東?)を向いているという。
鋳鉄の作品はすでに全身びっしりと錆がついていて、これから年月を経て
さらに変化していくという。
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このゴームリーさん作品の設置に際し、国東六郷満山会(天台宗寺院)が「説明不十分で聖地には不似合い」として反対を表明した。この秋の芸術祭本番が終了後、満山会と実行委員会は再度話し合いの場がもたれるようだ。地元住民には地域の活性化になるとして歓迎する声もあり、賛否両論分かれている。

作品設置場所は人家のある麓からは見えず、5分ほど不動山を登って行くことで出会うことができる。
ゴームリーさんは「身体は物体ではなくわれわれが住む場所」と言っている。
皆様も一度現地で作品と対峙し、時空を越えた国東半島の六郷満山文化の祈りや歴史、そして自然を感じてみてほしい。(3月23日まで毎日現地でボランティアガイドによる案内あり)
ゴームリー像は国東半島活性化のありかたに問題を提起した。 当日は除幕の後にも、次々と見学者が訪れていた。

 アントニー・ゴームリーさんによるメッセージ
 ~国東半島・千燈地区に設置される作品『もうひとつの時間』について~
 
仏教における修行や瞑想の地としての長い歴史を持ち、広大な自然と森に囲まれた千燈地区。その丘陵の中腹に作品を設置させていただくことは私にとってこの上ない名誉です。
私は、彫刻をつくりはじめて以来、我々の身体に宿る内なる空間と、その外側に広がる広大な空間との調和について探求してきました。瞑想は意識の物質を橋渡しするものとして、私の全ての作品の礎(いしずえ)となっています。私の作品の多くがそうであるように、本作は私の身体で型を取ったもので、瞑想によって精神を集中させた時間の記録でもあります。
この鉱物の塊は。外側に広がる広大な空間や宇宙に対して、我々の身体に宿る内なる空間を表しており、人々が自分自身をこの内に投影してくれることを静かに待っています。
この彫刻は空を背景に、森、島々、そして海へと続く壮大な自然を見つめます。その目線の先にある景色を思い浮かべることで、私たちは人間が自然の一部であることを改めて感じることができるでしょう。そしてこの作品が、我々が自分自身の内なるものの存在に気付き、穏やかな静寂と寄り添うための器(うつわ)となることを願っています。
 ~ アントニー・ゴームリー
(訳:NPO/BEPPU PROJECT代表・山出淳也氏)
※ゴームリーさんは2013年には高松宮殿下記念世界文化賞(彫刻部門)を受賞されている。


関係はないが・・・
奇しくもこの日の朝刊には地中海の底から1世紀ごろのブロンズ製のアポロン像が発見されたことが報じられている。
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by jinashi | 2014-03-02 23:42 | 国東半島芸術祭 | Comments(10)