5月の連休には屋久島登山へ出かけた。最終日に観光で島を周回したとき永田いなか浜の「屋久島うみがめ館」を訪れた。
NPO屋久島うみがめ館の大牟田法子さんよりウミガメの保護活動をお聞きして「子ガメPITタグ」(3000円)を購入した。
 → 屋久島の旅⑤~永田いなか浜うみがめ館

あれから4か月ほど経って…NPO屋久島うみがめ館より、永田いなか浜でPITタグを取り付けた子ガメを放流した旨のお知らせと、そのタグナンバーが記されたカードが送られてきた。
放流日は8月17日。15桁の長いコードが記されたタグは、メスの子ガメの脇腹?あたりに取り付けられるようだ。
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親ガメになる確率は5000分の1ほどという。アメリカ西海岸やメキシコ湾を回遊し、生き残って20~30年後にふるさと屋久島のいなか浜へ産卵に帰ってくることを願うものだ。

今年は大分県の各地でもウミガメの上陸産卵が聞かれた。
国東市黒津崎海岸でも、7月9日に上陸産卵されたものが、8月25日には子ガメとなって元気に海へ帰っていったようだ。

by jinashi | 2013-08-31 17:25 | 国東半島あれこれ | Comments(0)

国東半島芸術祭実行委員会(大分県・国東市・豊後高田市)が主催する公開講座が国東市国見町伊美の旧岐部歯科邸「集ういえ」で27日夕方より開催される。

講師・藤枝守氏の経歴~
作曲家。カリフォルニア大学サンディエゴ校音楽学部博士課程修了。博士号(Ph.D.)を取得。純正調によるあらたな音律の方向を模索しながら、植物の電位変化のデータに基づく『植物文様』という作曲シリーズを展開。最新のCDに《クラヴィコードの植物文様》(MAM)や《Patterns of Plants II》(TZADIK)など。著書に『[増補]響きの考古学』(平凡社ライブラリー)、『響きの生態系』(フィルムアート社)がある。最近は、NTTインターコミュニケーション・センターや金沢21世紀美術館、アルティアム・ギャラリー(福岡)、京都芸術センターなどでサウンド・インスタレーションを行っている。2009年2月に放映されたNHK「爆笑問題のニッポンの教養」に出演。現在、九州大学大学院芸術工学研究院教授。
講演前日の夕方に藤枝先生は学生4人を連れて伊美に到着された。
実行委員会の吉田さんより依頼されて皆さんを「伊美別宮社」へご案内した。
(黄色のシャツが藤枝守先生)
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疫病退治や子授けの神として崇められている陰陽神前にて。
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翌27日は富さんの案内で旧千燈寺から五辻岩屋に登り五感を研ぎ澄まされたようだ。

植物や自然が発する音が神仏集合の国東半島でどのように響き合っているのか
…その夜の講座では学生による即興?音楽会もあるようだ。
by jinashi | 2013-08-29 15:49 | 国東半島あれこれ | Comments(0)

戦国から江戸時代に生きた国東市国見町出身のペトロ・カスイ岐部神父(1587~1639)の功績について考えるフォーラムが「くにさき総合文化センター」で行われた。
 

最初に竹田市からお借りした「サンチャゴの鐘」が熊毛小学校の生徒たちにより鳴らされる。
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三河市長のご挨拶。
三河市長の提唱により今年2月には日出町、大分市、臼杵市、津久見市、竹田市の6市町により「キリシタン南蛮文化協定」が締結されている。6市町が歴史・文化、教育、観光などに連携して取り組み、併せて人的交流も進めていこうとするものだ。
さっそく8月10日には郷土大分の英雄「大友宗麟」を学び、ふるさと豊後を再認識しようと、こけら落としとなったばかりの大分市のホルトホールで「南蛮文化国際フォーラム」が開催されている。
「ペトロ・カスイ岐部フォーラム」は協定による第2弾目ともいえるものだ。
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国見ふれあいコーラスによりペトロ岐部のうた「道標(みちしるべ)」(作詞・木下龍太郎、作曲・船村徹)のきれいなハーモニーを聴かせてくれた。
ペトロ・カスイ岐部神父殉教祭ではこれまで25年間にわたってこのうたを歌い続けている。
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ペトロ岐部の故郷にある熊毛小学校の生徒たちがこの春就任したバチカンのフランシスコ法王に手紙を送ったところ、法王から感謝のメッセージが届いたのだ。そのことについて5~6年生により発表がある。
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上智大学川村信三先生による講演。
演題~「ペトロカスイ岐部 銃と十字架のはざまで」
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信念を貫いて生きたペトロ・カスイ岐部の精神を、国東市民としてどう受け継ぎ町づくりに活かすべきか… というテーマで行われたパネルディスカッション。
コーディネ―タ―は国東市歴史体験学習館名誉館長の金田信子さん。
パネラーは講演をされた川村信三さん、2008年の「ペトロ岐部カスイの列福を祝う集い」にお招きしたクリスチャン画家・村田佳代子さん、脚本家の江良至さん、大分学研究会会長の辻野功さん、そして不肖じなしもペトロ岐部の同郷人として参加させていただいた。
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江良至さんは今年6月に急逝された映画監督・塩屋俊さんの代理として参加している。塩屋監督と組んでペトロ岐部を主題とした舞台が立ち上がる直前だったのだ。企画は「HIKOBAEプロジェクト」として、塩屋さんゆかりの映画関係者、俳優らがNPO法人を設立して引き継いでいくという。
 国東市に定住を予定されていたという…塩屋俊監督のご冥福をお祈りいたします。

最後に創立100年を迎えた上智大学で創部60年の伝統を誇るグリークラブ(男声合唱団)による記念コンサートが行われた。
現役学生11人とあとはOBの総勢43人が一体となった強くて優しいハーモニーを聴かせてくれた。
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このフォーラムでさらに多くの人がペトロ・カスイ岐部を知っていただけたことだろう。
by jinashi | 2013-08-28 16:48 | ペトロ岐部とキリシタン史 | Comments(0)

新聞では大分市のある地区では「雨乞い神事」を行ったという。
今夏の大分市の降水量は平年値のわずか3%しか降っていないようだ。
そして…県内各地で連日の35℃を越える猛暑が続いている。

こんな時には高いお山…と思いついて祖母山に登る。
祖母山系は深い森と登りごたえのある登山路から稜線に上がれば、連なる山容が素晴らしい。

祖母山(そぼさん・1756.4m)  日本百名山~7回目
 黒岳(くろだけ・1578m) 宮崎ふるさと名山?~初登頂
 親父山(おやじやま・1644m)宮崎百名山~2回目
 障子岳(しょうじだけ・1709m)大分百山~4回目


(北谷登山口)


高千穂町五ヶ所から7㎞ほど入った北谷登山口は2011年1月の雪山登山会以来だ。今日は黒岳コースから祖母山を周回してみよう。
五ヵ所方向へ100mほど戻った黒岳コースへ入る。6時31分。ここの標高≒1090m。初めてのコースです。
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いきなりのもったいない下りをすすむと本谷の沢音が大きくなってくる。
最初の渡渉点。ヘルメットをつけた沢登りの若いグループが本谷の渓流を先行している。
何気なく飛び石を渡るとツルリ! 滑りこけて尻が半分沢に浸かってしまったのだ!
流れる帽子をストックで確保するも、ポケットに入れていたカメラも石に当たって動かなくなった。
いきなりのこの失態…今日はじなしの厄日かもしれない。
そういえば家を出るときガソリンプリカを探したが不明。
北谷で登山靴を履くとき靴下が無い。探しまくってやっと発見し一安心^^;

すこし上の渡渉点を慎重に通過。(ホッ…)
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植林帯の脇を登っていく。
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あわせ谷へ入り2度目の沢は慎重に渡る。
スズタケを進むと深い森へと入る。渓流の左岸を登っていくと3度目の渡渉。
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涸れ沢となりゴロ石の急登をすすむ。
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急坂が続きママはいつものスローダウン。
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前方に大岩が現われ進路もやや不明瞭となる。後方から若いペアが追い付いて来たので先行してもらう。
左上部に標識が見えて沢源流から支尾根へ取り付く。
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この先はススダケ摑みの急登が続く。一番厳しいところ。
何と!スズタケに指の付け根を切られて出血~ウーン…。
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チョイ休みを繰り返してやっと尾根の登山路に上がりつく。あたりはガスに包まれている。
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右へ向い、一旦ピークを下り登り返して黒岳山頂へ到着。9時25分。
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山頂先の展望所からはガスに包まれて何も見えない。お天気なら阿蘇やくじゅう連山がみえるはずだ。
すぐに折り返して親父山へと向かう。
霧雨となり雨具を着ける。
すぐに厳しいロープ場下りが続く。やや雨脚が強くなって途中の岩陰で雨宿り。

緩やかにつづく勾配を登り上がって親父山に着く。10時27分。5年ぶり2度目の山頂だ。
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障子岳へ向かう。
アメリカ空軍B29墜落の地を通る。
終戦の年の8月30日、この近くに墜落炎上、米兵12人が殉職した。説明板の下に機体の一部が残されている。
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ガスに煙る登山路を進む。天気が良ければ前方に障子岳、右に古祖母山の景色が良いところだ。
障子岳山頂に着く。11時12分。
熊本からのご夫婦が休息中。我々も昼食タイムとする。
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2010年10月以来の祠(墓?)「熊の社」とのご対面だ。先の親父山の親父は熊の事らしい。この山系にはまだ熊が生息しているかもしれない。
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引き返そうかとも思ったが…天気も回復してきそうなので、祖母山を目指す。
山頂脇に(新たに?~3年前にはなかった)設置された鹿除け鉄柵を抜けると祖母傾縦走路に出る。
前方にミヤマ公園と天狗岩が見えてきた。
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ひと登りでミヤマ公園に上がりつく。
ガスも取れてきて祖母山が現われてきた。
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天狗岩分岐、黒金尾根分岐を過ぎると苦しい登りが続く。
標高1700mを過ぎて山頂直下の2連ハシゴを緊張しながら登る。右下は絶壁…。
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さらにハシゴや鎖場と続く。展望岩へ上がって歩いて来た天狗岩や烏帽子岩、障子岳を振り返る。
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トラバース岩壁左の直登コースを登り上がると風穴コースに近い山頂へ着いた。
ホッ…。13時48分。  
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ここまで同じコースを歩いてきた宮崎のF本さんご夫妻?とも一緒に山頂写真。
とても感じのよい若いお二人でした。これからも仲良く山歩きを続けてくださいね。
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時間も下がったのですぐに下山開始。下山路は遠回りになるが安心コースの国観峠へ下りる。
国観峠ではお地蔵様にご挨拶。
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三県境から千間平を通り杉林を下ってやっと北谷登山口へ戻ることが出来た。16時27分。
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累積標高差≒1330mほどあり、10時間越えの長く厳しいコースでした。
★★★★☆ぐらいか?
アクシデントあり、雨にも降られた厳しい祖母山系でしたが…何とも魅力的なお山です。


今日のGPS(拡大します)
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          イワタバコ(もう終盤)
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by jinashi | 2013-08-20 10:21 | 大分県の山歩き~祖母・傾系 | Comments(12)

8月3日(土)には豊後高田市田染の歴史や文化財について学ぶ「ふるさと学級公開講座」にエコツアーガイドの仲間3人で出席した。
会場の田染公民館には50人ほどの聴講者が集まる。
演題は「黒田官兵衛を語る」。講師は中津市教育委員会文化財課の三谷紘平氏。
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官兵衛の半生や宿敵宇都宮一族についてあれこれと学んだ。
2014年 にはNHK大河ドラマ「黒田官兵衛」が放映される。


今日も猛暑の一日となりそうだが、午前中に奈良原へ墓掃除に出かける。周辺の雑草に手こずり汗びっしょりとなる。
シャワーを浴びて…昼前から中津に出かける。
中津市内各所に立つ「黒田官兵衛孝高」のぼりを見て3日の講演会で聞いた「黒田官兵衛×宇都宮鎮房(しげふさ)」を思い出し、急遽中津城へ向かう。
城石垣廻りにある駐車場はほぼ満車。今や人気上昇中の官兵衛を知ろうと見学者も増えているのだろう。
昭和39年に奥平家(黒田→細川→小笠原のあと1717年丹後宮津藩より入封~幕末まで)の子孫により観光のため建てられた天守閣や二重櫓。
(現在、建造物は埼玉県の福祉会社が、土地は奥平家が所有)
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官兵衛が豊前六郡を拝領し中津へ入国した後、豊前一揆が起きて宇都宮(城井)鎮房との戦が始まる。
※鎮房は大友義鎮(宗麟)に服従し妹を嫁に迎える。その際「鎮」の一字を拝領している。
官兵衛に降伏(和睦)した鎮房は中津城に招かれ酒宴の席で後藤又兵衛により暗殺される。享年52歳?。(鎮房の嫡男朝房(ともふさ)も肥後国で加藤清正らに殺害される。享年17歳?)
鎮房の死後、中津城に鎮房の亡霊が出没し、長政(官兵衛の嫡男)はその亡霊に恐れおののいた。孝高は戦国の世とはいえ、勇将であった鎮房を謀略で殺害したことを悔い、中津城内に城井神社を創建し、その霊を祀っている。後に黒田氏の居城となった福岡城にも創建されている。(wikipedia)
天守閣の山国川寄りにある城井神社。
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鎮房の家臣も城近くの合元寺(ごうがんじ)で討ち死にする。(家臣ら45柱は城井神社横の扇城神社に祀られている)
合元寺の壁は血痕が残り、どんなに洗っても鮮血の色が落ちることがなかったため壁は現在でも赤色に塗られている。(wikipedia)
寺町にある合元寺。別名を赤壁寺。庫裏の大黒柱に刃痕が点々と残されているという。
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ここまで来たので・・・ 宇都宮(城井)氏の里、築上町城井谷まで足を延ばしてみよう。
築上町マップ 
赤~天徳寺 青~本庄大楠 緑~旧蔵内邸 紫~畑冷泉 黒~城井ノ上城跡


県240の広域農道へ入り深野交差点を左折、県237を求菩提山方向へ走る。
城井谷の要所では官兵衛とともに宇都宮一族を売り出そうとのぼりや新たな標識が立っている。
中津城から40分ほどで宇都宮氏菩提寺の天徳寺へ着く。
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宇都宮(城井)氏墓地。宝篋印塔は家臣の供養塔か。
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梵字が刻まれた3代の墓。
真ん中が鎮房の墓。左に父長甫(ながふさ)、右に嫡男朝房(ともふさ)の墓。
父長甫は黒田軍により鎮房の妻子とともに、中津城近くの広津河原で磔とされた。享年84歳。
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墓地入口にある宇都宮氏の末裔が詠んだ句碑。
「草笛や城址に残る悲話いくつ」
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勝者黒田が見た戦国史、敗者宇都宮が見た戦国史。
その差は何か? 歴史を作るのは勝者か? どちらにも正義はある…。

城井ノ上城(きいのこじょう)跡には次回にまた訪れることとし、県237を下っていく。この県道は数年前に英彦山登山の帰路に通っている。

国指定天然記念物「本庄の大楠」に立ち寄る。
樹高23m、胸高周囲21m、推定樹齢1900年という。
かつて宇佐神宮御神殿建て替えの際、用材を切り出す前にこの地で「杣始祭」が行われたようだ。
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深野交差点近くにある旧蔵内(くらうち)邸。
明治から昭和初期の炭鉱王蔵内一族によって建てられた邸宅だ。
蔵内一族は宇都宮の家臣の子孫という。
築上町によって買い取られ整備されて今年の4月より一般公開されている。
玄関には神殿のような屋根。家紋は宇佐神宮の左三つ巴に同じ。
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職員の方から細部について詳しく説明をしていただく。
庭園からみる茶室と大広間。
贅を尽くした建築物や庭園から当時の筑豊炭鉱の勢いと大工棟梁の技能の高さがうかがえる。
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豊前市の畑冷泉へ立ち寄る。
水汲みの協力金は一人100円。
夏休みで多くのファミリーが遊びに来ていました。
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by jinashi | 2013-08-14 16:56 | 国東半島あれこれ | Comments(12)

 くじゅう中岳(1791m)  11回目

くじゅう中岳下にある「池の小屋」の西1748mピークに倒れていた遭難慰霊碑が再建され、80回忌法要が行われたのは2010年の夏だった。
新聞で大分市の「山のいで湯愛好会」の皆さんによる再建慰霊活動を知り、その慰霊祭に参加させていただいたのだ。その時のじなしblog~くじゅう慰霊登山

今年5月の由布岳山開きの日、日向岳で東九州山岳会(山のいで湯愛好会)会長の加藤英彦さんと偶然出会い、今年も8月4日に慰霊祭を行うことを聞く。

第4回となる慰霊祭には連日の猛暑続きの避暑を兼ねて前夜から出かけることにした。
玖珠町では花火大会の真っ最中。
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その夜の長者原レストハウス横の駐車場はほぼ満車。キャンピングカーも多い。
気温は22℃ほど。気持ち良く車中泊…と言いたいところだが夜半の雷雨で数度目覚める。
朝もゆっくりと牧ノ戸へ移動。今日の天気予報は「曇り時々雨」。
雨具を着けてガスが出てきた登山口をスタート。7時41分。標高≒1330m。
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西千里ヶ浜あたりで雨が降り出した。
避難小屋に到着して一休み。9時35分。
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中岳方向へ向かう途中、インターハイ登山競技の審判員?の方たちに出合う。雨の中ご苦労様です。(この日は悪天候で女子のコースが一部変更されたようだ)
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御池のかかりから右手の高まりへ向かう。前方に慰霊碑が見えてきた。
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梵字・キリーク(阿弥陀如来)がきれいに彫られた慰霊碑に黙祷。
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池の小屋からすこし中岳寄りに離れたところに観音菩薩を4~5体見つける。お顔の削られた観音様も…。稲星山山頂や鍋割峠にも観音様は祀られており、天台宗山岳密教が偲ばれる。
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少し早かったが池の小屋へ入って一休み。法華院主弘蔵岳久さんはすでに待機されていた。
いつも久住で出会うH田さんも入ってきた。実は牧ノ戸PでH田さんの車を見かけていたのだ。
開式時間の11時前になって加藤さんたち「上野丘12期登山愛好会」の皆さんも到着した。
加藤さんによると第1回から今回の4回までずーっと雨模様のようだ。昨年はすがもり越に会場を移したが雨と風で法華院に移動したらしい。

加藤会長さん(帽子の方)のご挨拶。(左は法華院主弘蔵岳久さん、その左は東九州山岳会副会長興田さん)
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4回目となる慰霊祭は、これまでくじゅうで亡くなられた人たちの霊よ安らかにという意味をこめて「九重慰霊の日~山の安全を祈る集い」と名付けられた。
弘蔵さんの読経、皆さんが焼香をして慰霊祭はしめやかなうちに終了。

せっかくここまで登って来たので‥・ここは中岳ピークハントへ。
原田さんと一緒にガス&強風の中、九州本土最高峰の中岳へ登頂。11時34分。
去年の暮以来、11度目の山頂でした。
(ママ撮影の山頂写真)
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天狗ヶ城へ向かうH田さんとお別れして下山。
水量の増した御池を過ぎる。
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扇ケ鼻分岐あたりから雷雨が強くなり、追われるようにして下山する。
牧ノ戸登山口へ下山して一安心。13時40分。 雷は恐いです!
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本日のGPSマップ(拡大します)
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4年続けて悪天候の慰霊祭だったのですが・・・
加藤会長さんのご挨拶に「続けて行けば必ず天気の良い時が来る」とありました。そうして安全登山祈願祭として定着してくれることを祈念するものです。
インターハイも晴天のくじゅう連山で行えたら素晴らしかったことでしょう。


          サイヨウシャジン
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          イヨフウロ
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          シモツケソウ
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          ベニバナニシキウツギ
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          ノリウツギ
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          ワレモコウ
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          ネバリノギラン
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          ホクチアザミ
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          シモツケソウ(バラ科)お花畑
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by jinashi | 2013-08-06 21:54 | 大分県の山歩き~くじゅう山系 | Comments(6)

博報堂とJTBは今年から著名人・文化人と一緒に旅し、日本各地のアートやカルチャーに直に触れる体験型のツアー「cultra(カルトラ)」を企画、催行している。
第3弾となる今回は登山家で写真家の石川直樹さんと一緒に国東半島の魅力を楽しむ2泊3日のツアーだ。(第1弾は石川直樹さん、植島啓司さんと行く熊野ツアー。第2弾は写真家のハービー・山口さんと行く滋賀ツアー)
石川直樹さんは昨年度開催された国東半島アートプロジェクトで「異人(まれびと)」をテーマに国東半島にはたびたび訪れている。祭りや自然、風土、暮らしなどの写真を撮りため、2月には豊後高田市香々地で「石川直樹写真展」を行っている。
※まれびと=来訪神?

初日は大分空港に到着後、宇佐神宮から熊野磨崖仏、天念寺などを廻る。
今回じなしがナビゲーター役を仰せつかり皆様をご案内した。

11時すぎに宇佐神宮表参道駐車場で御一行の皆様と合流ご対面。
ちょうどこの日は夕刻より宇佐神宮最大の祭典「夏越(御神幸)祭」が行われる。夏越祭りは半年間に触れたであろう自らの罪穢(つみけがれ)を祓(はら)い清める行事だ。
さっそく表参道の春宮(とうぐう)神社前につくられた「茅の輪」をくぐる石川直樹さん。
作法にのっとり左、右、左と3回潜って罪穢を祓う。
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西大門を入ると御神幸の神輿が出されていた。本殿工事中のためのようだ。
鳳凰の乗る赤い布の神輿が1番神輿で八幡神が乗る。
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本殿に参拝したあと参道の「かくまさ」でお昼をいただく。
バスはR10を別府方面へ向かい、杵築市中山香から県655へ入り熊野磨崖仏へ。
鬼が一夜で築いた石段を登っていく。この日大分の最高気温は36度の猛暑日でみなさん汗びっしょりでした。
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磨崖仏のガイドは田染小崎の河野英樹さんにお願いした。河野さんは1か月ほど前にはTV番組「遠くに行きたい」取材で歌手の八代亜紀さんを小崎荘園地区に案内されている。(8月4日よみうりテレビ系放映)
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富貴寺(車窓案内)を経由して天念寺へ。
六郷満山中山本寺で山岳修行の寺。後に無明橋がかかる天念寺耶馬が聳える。
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ここで石川直樹さんにサプライズを!
今年3月2日にBS朝日で放映された「夢の食卓~写真家石川直樹の食卓」取材で石川さんが訪れた国東半島の漁師と再会してもらったのだ。
実は漁師のいっちゃんはじなしと同じ国東半島エコツアーガイドの仲間なのだ。
石川直樹さんからいっちゃんを紹介していただきました。
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ここで皆さんとお別れでした。(このあと一行は文殊仙寺に向かい、夜はホテルで石川直樹さんのトークがあるようです。)
今回の参加者の皆さんと。
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暑い中お疲れ様でした。
by jinashi | 2013-08-05 17:55 | 国東半島あれこれ | Comments(1)