祖母山(1756.4m)  日本百名山~6回目

23日に梅雨明けして今が一番暑さの厳しい頃合いだ。
ママは福岡行きで単独行となる。去年の正月に北谷から雪山を登って以来の祖母山だが…今日はあの黒金尾根から登ってみよう。ブナや栂、ヒメシャラなど自然林の森は深くすばらしいゾーンだ。
6年前に黒金尾根~障子岳~古祖母山~尾平越~尾平と周回したが、その手強さも体感している。
コースは標高差も距離もあるので早朝(深夜?)に自宅を発つ。朝地から県46で緒方へ向かう途中の大野川は先の豪雨災害で橋の欄干が流され1車線の交互通行となっている。河川横の山肌には水害の爪痕が残っていて痛々しい。

原尻の滝から県道7を延々と走ってやっと尾平へ着く。尾平のカーブには4台が停まっている。
準備をしてスタート。
6時12分。ここの標高≒600m。青空が見えているが午後から雷雨の予報も出ている。
尾平鉱山跡を歩き始める。正面に天狗岩や烏帽子岩などが連なる稜線を見上げる。何度見ても感動する景観だ。
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奥嶽川に架けられた最初の第1吊り橋は渡らずに下を潜って行く。下山はこの吊り橋から戻る。
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第2吊り橋をわたる。足場板は滑りやすく、ゆらゆら揺れる。
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道迷いをしないように登山口から2合目までに付けられたピンクのビニールテープに誘導される。
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津上橋を渡る。2003年に佐賀の皆さんがボランティアで完成させた。パイプ製で頑丈に出来ている。
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すこし増水気味の川を滑りこけないように渉ると自然林へ入る。
標高700m地点から川上渓谷への分岐を過ぎると黒金尾根の厳しい急勾配の登りがはじまる。
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800m地点は展望所となっている。川上渓谷の上部に見える稜線は少し雲がかかっている。
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急坂は続き頭から汗が噴き出してきて帽子の庇から絶え間なく垂れ落ちる。
水補給のチョイ休みを繰り返してやっと1200mの栂(ツガ)原生林ゾーンへ入る。
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スズタケをかき分けて休み休み登っていく。6年前よりずっとスローペース。この暑さで?いや、歳をとったからかナ…。
天狗の水場で冷たくておいしい水を頂く。タオルを湿らせ顔や体の汗を拭く。ひんやりと気持ち良い。
(白いのはタオルです)
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1500mを過ぎてゴロ石の急坂を登ると天狗岩の真下に出たようだ。道迷いをしたようだ。岩壁を右方向に回り込むようにして上部に上がりスズタケを泳ぐように進むと縦走路に出た。(一安心)標高差950mほどを登ってきた。
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祖母方向に50mほど行く(下る)と出てくる予定だった縦走路分岐点に着く。10時7分。
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全身(ポケットの携帯やカメラも)汗でびしょ濡れとなっていて、分岐先を少し祖母よりに行った右手の見晴岩でシャツやタオルを干して大休憩。向こうにみえるのが祖母山のピーク。
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縦走路に出て祖母山へ向かう。ここからは初めてのコース。
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ウラ谷手前で足が攣ったようになり常備の速効㊙漢方薬を飲んでいたら一人の男性が追いついてきた。本日はじめて出会う人間でなんとなくうれしくなります。福岡の掘さんでした。前日は超ハードコースの杉ケ越から傾山を往復したという健脚の方です。今日は北谷~黒岳~親父~障子~祖母と周回する途中でした。後を歩かせていただきました。
1600m標識を過ぎて最初のハシゴを登る。
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1700m標識をすぎると難所となり岩壁に2段ハシゴが現われる。
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緊張しながら登るとさらに上にもハシゴやロープ場が続き慎重にクリアする。
山頂直下の見晴岩へ上がり祖母山大岸壁を仰ぐ。
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トラバース岩場の横からはい上がるようにして山頂へ着く。
堀さんと一緒に記念の山頂写真。12時15分。
堀さんはいつもは単独登山で九州百名山は離島だけが残っているようで、じなしより多く登っているようです。
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山頂では鹿児島県からのご夫婦が一休みしている。
神武天皇の母・豊玉姫を祀る石祠がある山頂をとんぼが群れ飛ぶ。ナツアカネか?
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ガスが晴れて天狗岩が顔を出す。
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遠くで雷鳴が聞こえてきたので堀さん、鹿児島のご夫婦とお別れして下山開始。九合目小屋でおにぎりをパクついて宮原へ下っていく。鎖場をトラバースして馬の背の朽ちかけた丸木を渡る。(渡ったところから返り見る)
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前の背あたりで山頂方面を振りかえるとポツリと落ちてきたので雨具を着ける。
夕立雲は近い。
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その後は凄まじい雷雨となる。(ここからは写真もとれなくなる)
ストックを投げて岩壁に隠れるようにして何とか雨宿りをするが半身はずぶ濡れとなる。15分ほどたってすこし小雨になり下山を急ぐ。登山路は川となって泥水が流れている。
やっと宮原(1402m)へ着いた。1時50分ごろ。
ここから尾平へと降りて行く。2006年に尾平から大障子を縦走したときに登った宮原コースだ。雷鳴が近く、遠く、続いている。雨も強弱を繰り返す。雷さんにおびえながらも泥水の川となった登山路をグングン下っていく。
やっと小雨となって2合目まで下りてきた。標高は≒1000m。2時44分。
(濡れたカメラをティッシュで拭いて~動きました)
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この雨で少し増水した川をハラハラしながら渉る。
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もうだいぶ古くなった第1吊り橋を恐る恐る渡る。
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無事に車に戻って一安心。15時45分。
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歩数は25000歩。登った標高差は1200mぐらい、歩いた距離は11Kmほどか。    
車の中で着替えて人心地となり帰路につく。 山の雷は怖い!
帰路のカーラジオで今日の国見は35.8℃の猛暑だったようだ。

本日のGPS(拡大します)
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タマガワホトトギス? 
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コバギボウシ(ハシゴ場の難所に咲いていました)
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ヤマアジサイ
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by jinashi | 2012-07-30 19:01 | 大分県の山歩き~祖母・傾系 | Comments(4)

「田舎暮らし」の歌詞ができました
じなしの友人榎本充行氏は国東市国見町出身の幼馴染みで関西在住、現在作詞家として活躍している。
 代表作は「お母さんの詩」や「人生の花」など
    ↓    
お母さんの詩  

一昨年暮れに大阪で開催された「大分県移住(田舎暮らし)セミナー」にじなしは受入れ側として参加した。その夜久々に榎本さんと再会し、お酒の席で冗談半分に「田舎暮らし」の歌ができればいいなあ…とお願いしていた。
数年ぶりに帰省した榎本さんを囲んで同級生のかっちゃんとKさんとじなし(1年後輩)の4人で某所にて飲み会となる。

飲み会の前に、作ってくれたその歌詞をいただいたのです。(感激)
あとはどなたかが作曲していただけると歌になります。どなたかよろしくおねがいします!

 田舎暮らし       作詞 榎本充行

1.田舎暮らしを 始めませんか
  人と交わり 海と交わる
  笑いふれあい ふれあい笑う
  そんな仲間も 温泉(いでゆ)も待っている
  青い海 白い波 周防(すおう)の灘(うみ)に守られた
  国東半島 国見の里 歩幅(ほはば)を狭(せば)めて
  国見時間で暮らしませんか
  田舎暮らしを ヨーイドン
  国見の里でヨーイドン

2.田舎暮らしを 始めませんか
  土と交わり 森と交わる
  語りふれあい ふれあい語る
  そんな石仏(ほとけ)も 歴史も待っている
  青い空 白い雲 両子(ふたご)の山に守られた
  六郷(ろくごう)満山(まんざん) 国見の里 温(ぬく)もり伝わる
  国見(くにみ)言葉(ことば)を 覚えませんか
  田舎暮らしが 待っちょるで
  国見の里で 待っちょるで

  青い空 白い雲 両子(ふたご)の山に守られた
  六郷(ろくごう)満山(まんざん) 国見の里 温(ぬく)もり伝わる
  国見(くにみ)言葉(ことば)を 覚えませんか
  田舎暮らしが 待っちょるで
  国見の里で 待っちょるで



国東市国見町のNPO国東半島くにみ粋群では田舎暮らし体験交流ハウス「トンテンカンの家」を活用した移住受入れをすすめています。
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ホームページはこちらまで
   ↓
国東半島くにみ粋群



 曲を作ってくれる方  待っちょるで! 
by jinashi | 2012-07-28 13:43 | 国東半島あれこれ | Comments(0)

一ノ岳 (1124m)  ~2回目
求菩提山 (くぼてさん・782m)  ~九州百名山・2回目
早朝より一斉清掃(河川草刈り)があって家を出たのは7時30分を過ぎていた。梅雨明けの発表が待たれるところだが…今日も雷雨の予報もあって九州地方ははっきりしない天気となりそうだ。
どの山に行こうか決まらずに家を出る。豪雨被災地は(心が痛んで)通過したくない…豊前の一ノ岳から求菩提山を周回してみよう。オオキツネノカミソリやイワタバコにも会えるかもしれない。

豊前市千束のR10を左折、県道32へと入る。緩やかに左カーブすると現われてきた求菩提山。かつて英彦山、福智山とともに栄えた修験道の山で特徴のある山容をしている。
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求菩提山公共駐車場から歩き始める。9時28分。ここの標高≒360m。
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先の分岐は左へ橋を渡って犬ケ岳登山口方向へ向かう。左上はキャンプ場となっていて若い男性グループが川に飛び込んだりして水遊びを楽しんでいる。水量も多く水深もありそうだ。
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1kmほど行くと犬ケ岳登山口駐車場とトイレがある。左へすすめば笈吊峠から犬ケ岳へ登るウグイス谷コース。右へと岩岳川の小橋を渡って山女魚料理屋「ふきのとう」の横から林道へ入る。ここから大竿峠まで3.1km。
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最初の沢を渡る。これまでの雨で増水しているようだ。
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植林帯の荒れた石段を上る。
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オオキツネノカミソリの群落に出会うとママの足取りも軽やかになる。
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恐淵(おそろしぶち)へと入っていく。これより事故多発の看板あり。
木橋を渡る。
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鎖が掛けられた沢を渡る。
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鈴の中尾というところか?岩場を(下は見ないで)トラバースする。
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急坂となった丸木の階段を登って経読林道へ上がる。ここの標高≒950m。
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林道を右へ100mほど行って再度山へと入る。すぐに現われる大木。捻れているのでネジキか?
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ひと登りで大竿(おおさお)峠に着く。12時31分。登ってきた恐淵方向から追いかけるようにガスが湧いてくる。
左(東)へ向かえば二ノ岳から犬ケ岳(三ノ岳)へ続く。
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ベンチで昼食をとって一休みしたら丸木階段を登って一の岳へと向かう。
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雨が落ちてきて雨具をつける。登り上がったところから快適尾根歩きとなる。
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鞍部から望む一ノ岳山頂部。
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ひと登りで一ノ岳山頂。13時15分。天気が良ければ英彦山やくじゅう連山を望めるところだが…今日は雲の中。雨は止んでいる。
2010年11月以来、2度目の山頂写真。
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すぐに求菩提山方向へ向かう。ここからは初めてのコースで「求菩提山登山歩道」。
途中から左下に林道を見て一ノ岳から20分ほど下るとその林道を横切る。
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さらに築城方向への林道を平行気味の斜めに横切るとフラットで気持ちの良い尾根歩きとなる。
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山伏が秘法の行を伝授したという「杉の宿跡」を過ぎる。
造成中?の林道を横切ってどんどんと下っていく。少し上り返して山伏の行場跡の「虎ノ宿跡」に着く。一の岳から1時間30分ほど。標高は806m。
ここから一気の下りとなる。時に日も差してくる。
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下り終えた鞍部が見覚えのある「胎蔵界護摩所跡」。2009年3月に登ったときにここに出た。
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護摩場跡から400mほどの求菩提山山頂部へ向かう。
結界石のよこを通る。
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国玉神社上宮のある山頂へ着く。15時25分。社殿前の石段で山頂写真。
先週の「神武東征と一柱騰宮」では宇佐安心院地方を訪ねたが…何と!神武天皇御一行はその後ここ求菩提山上宮を訪れているのだ。後になって知ったのだが…何かがじなしをこの山へ登らせたのだろうか?
「国玉神社」の記録には~
「神武天皇東征ましまさんとして、先ず筑紫を平らげ給ふ時、この山にて天神地祇を祭り給ひし所にして、その地を人皇が嶽と号す。蓋し天皇の龍駕し奉る地なるが故御尊号を称し奉りたる可し。」と記録されている。
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鬼の石段を下っていく。(下ってきた石段を下から見上げる)
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中宮を過ぎて舗装路を下る。
ママを置いて座主坊園地Pから湾曲した車道をグングン下ると立派な県道32号に出る。さらに延々と下って朝の駐車場へ着いたのは16時45分。山中でだれにも会わない(そんな時間?)九州百名山でした。
車でママを拾いに座坊主園地へ戻る。
中宮下の分岐を阿弥陀窟へ向かい「行者帰りの道」から下りていれば…(反省)。
行動時間=7時間15分。歩数24500。久々によく歩きました。

本日のGPS(拡大します)
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畑冷泉(はたのれいせん)
帰路に求菩提温泉「卜仙の郷」で疲れをとる。
湯を出て白鵬・日馬富士の全勝対決を観戦。モンゴルの嫁さんが応援していた日馬富士が快勝。
受付のお嬢さんに近くで水汲みが出来る湧水場を聞く。
20分ほど走って着いた豊前市大字畑の「畑冷泉(はたのれいせん)」。
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かつて求菩提山修験者の禊ぎに使われていた神聖な湧き水で、樹齢830年ほどの大楠の根元から湧き出ている。「九州三名水」に数えられるという。
水神社にお参りしたあと100円を入れて汲ませていただきました。
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翌日23日には気象台により九州地方(北部・南部とも)の梅雨明けの発表がある。去年より半月も遅い今年の梅雨明けだ。

          オオキツネノカミソリ
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          これは「タマゴタケ」か?
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           「タマゴタケ3兄弟」
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        恐淵(おそろしぶち)の小滝群
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    期待したイワタバコはまだ早かったようです。
by jinashi | 2012-07-24 21:05 | 福岡県の山歩き | Comments(4)

神武東征と一柱騰宮(あしひとつあがりのみや)

活発な梅雨前線の影響で九州各地に豪雨災害(死者26人、不明6人/7月16日現在)が発生している。くじゅうや祖母、英彦山などの山々に降った大雨が日田や竹田、耶馬渓の川を氾濫させて洪水災害が起きている。
今日は朝から晴れ間も出てきたがなんとなく山へ登る意欲が起きない。

5月のNHK文化センター講座「宇佐神宮摂社(宇佐八ヶ社)巡り」で訪れた安心院の妻垣社で聞いた~宇佐地方に伝わる「神武東征と一柱(足一)騰宮」伝説を訪ねてみよう。

「神武東征」とは初代天皇の神武天皇が日向(ひむか)を発って大和へ向かい橿原(かしはら)宮で即位するまでの日本神話だ。
古事記では
 神倭伊波礼毘古命(カムヤマトイワレビコ=神武天皇)は、兄の五瀬命(イツセ)とともに、日向の高千穂でどこへ行けばもっと良く葦原中国を治められるだろうかと相談し、東へ行くことにした。舟軍を率いて日向を出発して筑紫へ向かい、豊国の宇沙(現 宇佐市)に着くと、宇沙都比古(ウサツヒコ)・宇沙都比売(ウサツヒメ)の二人が仮宮を作って食事を差し上げた。…
日本書紀では
神武天皇は、甲寅年十月、自ら皇子や舟師を率いて東征に発った。はじめ 早吸之門(ハヤスイノト)に至り一人の漁夫にあった。漁夫は 珍彦(ウズヒコ)という国神であると名乗り、天皇を導かんことを申し出た。天皇は彼に 椎根津彦(シイネツヒコ)の名を賜われた。これが 倭直(ヤマトノアタイ)部 らの祖であるという。その後天皇は筑紫国の 菟狭(ウサ)に至った。時に 菟狭国造 の祖である菟狭津彦 菟狭津媛が、菟狭の川上に 一柱騰宮(アシヒトツアガリノミヤ)を造り饗を奉った。天皇はこれに応え、菟狭津媛を侍臣 天種子命(アマノタネノミコト)に賜妻(あわ)せたという。…(wikipediaより)

今年は皇紀(神武天皇即位から)2672年となる。

柁鼻(かじばな)神社
最初に向かったのは宇佐市和気にある柁鼻神社。
いつも前のR10を通っていて何を祀っているのだろう?と思っていた。
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柁鼻とは舵の形をした突き出た岬を意味しているようで昔はここが海岸線。
神武天皇は佐賀関~国東~竹田津を経由してここから上陸したといわれる。

神功皇后(八幡神~応神天皇の母)が三韓征伐で軍艦を建造した地ともいわれている。
神社近くには孝謙天皇の命により派遣された和気清麻呂が宇佐八幡神のご神託を受けるために到着したとき舟を繋いだという「舟繋ぎ石」が祀られている。
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ご祭神は~
鵜草葺不尊(うがやふきあえずのみこと~神武天皇の父)
彦五瀬尊(ひこいつせのみこと~神武天皇の兄)
神日本磐余尊(かむやまといはれひこのみこと~神武天皇)
創建は不明。拝殿からみる神殿。境内はひっそりとしている。
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先の古事記、日本書紀にあるように、神武天皇一行は筑紫(豊の国)の国の菟狭(うさ宇佐)川上流で、菟狭国造(うさのくにのみやつこ)の祖の菟狭津彦(ウサツヒコ=宇沙都比古)、菟狭津媛(ウサツヒメ=宇沙都比売)の兄・妹により仮宮で大御饗(おおみあえ=大宴会)を受けたという。
その仮宮が一柱騰宮(あしひとつあがりのみや)と言われる。
一柱騰宮は、川の中に片側の柱を立て、もう一方を川岸にかけて建てられた宮というがはっきりしていないようだ。一柱騰宮があったと言われる場所は宇佐地方の三か所に伝えられている。

第1の伝説地、宇佐神宮へ
宇佐神宮の神橋(しんきょう)近くにある「神武天皇聖蹟菟狭顕彰碑」。
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碑の裏には「神武天皇甲寅年冬舟師ヲ帥ヰテ筑紫国菟狭ニ至リ給ヘリ聖蹟ハ此ノ地方ナリト推セラル」と書かれている。
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前にある説明板には「一柱騰宮跡は寄藻川に架かる呉橋の南側の高台と伝えられ、この一帯は騰隈(とうのくま)とよばれています」とある。

顕彰碑近くにある蒸気機関車「クラウス26号」。昭和23年に大分交通に譲渡されてから昭和40年の廃線まで軽便鉄道宇佐参宮線で活躍する。(明治27年製造、71年にわたって活躍)地元有志による寄付により車体を修復し展示している。
7月1日には製造したドイツ機械メーカー「クラウス・マッファイ社」の幹部の皆さんがこの地を訪れクラウス26号を見学する。九州で現存するのはこの1台のみ(日本全国で4台)といい、感慨深げに車体に触れたり、記念写真を撮ったりしたようだ。(大分合同新聞記事より)
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朱色の神橋を渡って一柱騰宮跡のある騰隈へ向かう。
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表参道よこの初沢の池に咲く古代ハス(大賀蓮)。
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表参道から社務所の先を右へ入ると弥勒寺跡がある。
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弥勒寺跡そばでかつて宇佐神宮相撲場があったところの奥の小高い地が一柱騰宮があった場所で、騰隈(とうのくま)といわれている。
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菟狭川は今の駅館(やっかん)川と云われ、横を流れる藻寄川は狭く一柱騰宮の場所としては無理があるかもしれない。

第2の伝説地、宇佐市拝田へ
ここは2009年3月に和尚山(かしょうざん・327m)に登った時に駐車したところだ。
駅館川沿いの鷹栖観音にも近く舟も寄り付きやすかったのかもしれない。
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ここでは「足一騰宮」と書かれている。
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隣にある石碑「神武天皇遥拝所」。向こうの山は和尚山(かしょうざん)。
法蓮上人ゆかりの山で天台宗では和尚(おしょう)が亡くなると和尚(かしょう)とよばれるようだ。
前の池は江戸時代に親子2代が15年にわたって作った花立池。
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第3の伝説地、安心院の妻垣(つまがけ)神社へ
県658を宇佐市西馬城から佐田へ入り安心院中心地から県50で妻垣神社へ到着する。5月19日のNHK講座宇佐八ヶ社巡りで訪ねたばかりだ。
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前回には行けなかった共鑰山(ともかぎやま=妻垣山)の磐座(いわくら)へ向かう。
神殿前から340m。標高差は80mほどか?
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風に打ち合う竹林の音を聞きながら進むと杉の木に注連縄が張られている。昭和の初めまでこのあたりに拝殿があったようだ。
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階段状に整備された急坂を登り上がると磐座へつく。玉垣に囲まれた大岩は苔むしている。神武天皇の御母玉依姫命が御降臨した霊地といわれ、宇佐神宮第二殿ともいわれる。
これが妻垣神社の足一騰宮で心霊の宿った磐座信仰のひとつと考えられているという。(妻垣神社HPより)
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磐座近くの木に赤テープが巻かれ上部へ続いているのでそこを辿ってみる。普段着の格好で滑りながらも標高差20mほどを登ると妻垣山山頂に着く。顔を汗がながれ落ちる。山頂標高は241m。
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神社にある由緒記には、「神武天皇御東征の砌、宇佐国造の祖・菟狭津彦がこの地に宮殿を建て奉饗せる旧蹟で、その時、天皇は天種子命(あめのたねこのみこと~後に菟狭津媛と結婚する)を以て神武天皇の母后・玉依媛命を祀らせ給う」とある。
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駅館川の上流をここ安心院まで登ってきて三女神社(安心院町下毛)で下船したという伝説もあるようだ。
一柱(足一)騰宮伝説で神武天皇の御母が関係するところはこの地だけのようだ。

神武東征~一柱騰宮マップ
赤~柁鼻神社 青~宇佐神宮一柱騰宮 緑~拝田足一騰宮 橙~妻垣社足一騰宮


佐田神社へ
帰路に佐田の佐田神社へ立ち寄る。
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ご祭神は素戔嗚男尊(すさのうのみこと)、大山祇命(おおやまずみのみこと~素戔嗚男尊の兄)、武内宿祢(たけのうちのすくね)。で佐田郷の総鎮守社。
武内宿祢は高良玉垂命(こうらたまたるひこのみこと)とも呼ばれ、景行、成務、仲哀、応神、仁徳の5代にわたって大臣として仕え国政を補佐したという伝説の人物。別名=善神王ともいう。

この地は豊前と豊後の境界のため大内、大友の抗争の舞台となっている。
両者による最大の合戦・勢場ヶ原の戦いでは佐田氏は大内氏に佐田越の奇襲作戦を進言している。佐田氏は鎌倉御家人の宇都宮系城井氏の分家。神社近くに佐田氏による中世の山城・青山城跡(309m)がある。

境内にある県指定の有形文化財。右の角塔婆(1333年)と三番目の板碑(1332年)が指定されている。
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幕末、この地の実業家賀来惟熊(かくこれたけ)は、海防強化のためオランダの図面により反射炉をつくり鉄を溶かして大砲を製造している。
社殿裏側にある反射炉で使われた耐火煉瓦の塀。
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by jinashi | 2012-07-16 17:54 | 国東半島あれこれ | Comments(5)

2008年11月には長崎市でローマ教皇(代理)をお迎えして日本初の列福式がとり行われ、ペトロ岐部と殉教者187名が(聖人に次ぐ位の)福者となる。
同月、出身地国東市国見町の「国見の歴史と文化を高める会」では列福にあわせて「ペトロカスイ岐部神父の列福を祝う集い」を開催している。
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本日、7月4日はペトロカスイ岐部が江戸で厳しい拷問を受けて殉教したといわれる日だ。
没後373年となるこの日に高める会主催の「ペトロカスイ岐部を聖人にする集い」が開催された。「祝う集い」に引き続いて岐部の功績を学び、地元住民による顕彰活動を継承し列聖をめざすためのものだ。
ペトロカスイ岐部についての詳細はこちらへ
       ↓
  ペトロカスイ岐部

会場は国東市国見町の生涯学習センターみんなんかんホール。
受付がはじまる。
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高める会事務局長の開会のことば
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国見の歴史と文化を高める会、土谷会長による主催者あいさつ
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国東市三河市長のご祝辞
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国東市議会清國議長のご祝辞
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大分県議会小野議員のご祝辞
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大分県東部振興局地域振興部横松部長ご祝辞 
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国東市山本教育長ご祝辞
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大分教区パウロ浜口司教ご祝辞
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講演はNPOおおいた豊後ルネッサンス理事長の日野直子先生。
日野直子先生は大分県出身で早稲田大学卒業。元NHKアナウンサー。
ふるさと大分が発祥といわれる西洋音楽など南蛮文化の紹介を通じて大分文化の発展を目指す活動をされています。
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演題は「ザビエルと宗麟~そしてペトロ岐部」。
偉大なるペトロ岐部の故郷住民としてもっと自信をもって発信すべしとのお言葉を頂きました。
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講演を聴く参加者のみなさん。
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地元国見ふれあいコーラスによる歌唱。
数年前まで秋に行われていた「ペトロカスイ岐部神父殉教際」には毎年出演していました。きれいな歌声を聞かせていただきました。
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4年前の「祝う集い」では記念講演をしていただいた鎌倉市の画家、村田佳代子先生より頂いたメッセージが披露される。

 村田佳代子先生 メッセージ(原文のまま)
  
   ペトロ岐部と187名の殉教者の列福の決定がバチカンから発表され
   たのは2007年2月のことでした。列福式を日本国内の何処で行うか
   調整に時間が掛かり、結局2008年11月24日長崎において雨の中
   列福式が開催されました。国見のふるさと史料館では11月1か月間
   ペトロ岐部の生涯を描いた私の作品を展示してくださいました。
   イベントにもうかがい、ペトロ岐部の生涯に対する思いを講演させ
   て頂きました。
   ペトロ岐部は単に宗教上の偉人としてだけでなく、勇気と実行力と
   強い責任感を持った国際人として、日本史のみならず世界史の上で
   も燦然と輝く人物です。国東市の皆様が今後ペトロ岐部の列聖を目
   標に活動をお続けになるとの事、大いに期待し応援させて頂きます。
   今回のイベントのご盛会を心よりお祈り申し上げます。
                7月4日 
                           村田 佳代子


国見中学校3年、丸小野翔君によりふるさとメッセージが読み上げられました。
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 ふるさとメッセージ
私たちの住む国見町には世界に誇る偉人がいます。その人はペトロカスイ岐部神父です。400年ほど前、日本人で初めてローマに行き司祭になった人です。死を覚悟してキリスト教を広めるために信念を貫きました。2008年には福者(ふくじゃ)に列せられました。
私たちは豊かな郷土づくりのためペトロカスイ岐部神父を誇りに思い、聖人に列せられるよう顕彰活動を続けていきたいと思います。

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高める会、矢野副会長より閉会の言葉。
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終了後、日野直子先生、三河市長を囲んで実行委員会スタッフの皆さんと記念のショット。
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前日には日田や耶馬渓で豪雨災害が発生するというほどの梅雨さ中にもかかわらず市内外から多くの皆様にご参加をしていただきました。
(画像提供~Y.Ikeda氏)
当日の配布資料
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じなしの町の偉人「ペトロカスイ岐部神父」~日出町の家老「加賀山半左衛門とデイエゴ」、「ザビエル鹿鳴越」の道~大分市殉教公園や大友宗麟にかかわる「府内の南蛮文化やキリシタン遺品」~野津の「下藤キリシタン墓地」~(津久見の大友宗麟墓地)~湯布院キリシタン墓群~長湯温泉の「ハルのキリシタン墓碑」~竹田の「洞窟礼拝堂」など大分県にはキリシタンの遺跡が(特に南北に)連なります。
これら歴史遺産を掘り起しストーリーのある「豊後キリシタン巡礼の道」さらには長崎までの「九州巡礼の道」を提案しゆっくりとコースを辿っていただくことで観光交流による地域の活性化に繋げていくことが出来るのではないかと思います。

by jinashi | 2012-07-12 13:04 | ペトロ岐部とキリシタン史 | Comments(2)

由布岳・西峰(1583.3m)   日本200名山 ~8回目(7回目は途中撤退)

久々に晴天の日曜日となる。O隊長とりっちゃんを誘ってヤマオダマキが咲きはじめた由布岳に登ろう。
ヤマオダマキは九州では由布岳周辺だけに咲くという。
塚原からエコーラインを通って正面(南)登山口に着くと、梅雨晴れ間の日曜日を待っていたかのように駐車場はほぼ満車。端っこにやっと一台停められる場所を確保する。
今日一日晴れの予報だが山頂部は雲に隠れている。これから少しずつ晴れていくことを期待しながら靴ひもを締める。

8時36分スタート。正面登山口の標高≒770m。山頂まで標高差810mほどの登り一辺倒の登山路だ。
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今日はママのWストックデビューの日。雑誌(グリーンウオーク)の記事(二の腕が細くなる?)を見てその気になったようだ。
Wストックを先頭に緑の草原を気持ちよく歩きはじめる。正面の小山は飯盛ケ城(いもりがじょう)。
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15分ほどで牧柵のあったところから森へ入る。
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野鳥の鳴き声を聞きながら森の登山路を進む。
U字となった登山路にあるベンチで一休み。先の合野越えでまた一休み。Wストックよりシェイプアップのほうが先のようだ。
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頭上近くでホトトギスが元気よく「特許許可局」と鳴く。いや「父ったん禿たか?」と聞こえるのはヒガミか。
ジグザグ登山道が樹林帯を抜けだすと高原の風がそよいできてヒンヤリと気持ちが良い。
雨乞三山(雨乞岳、城が岳、倉木山)を望む。
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山頂部を見上げるとまだガスが流れているようだ。
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マタエが近づくと急坂となってくる。小学生と中学生の山ガールから追い越される。「あと60年は登ってね」と声をかける。
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マタエ直下を登る。
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11時29分、スローペースでマタエに到着。昼食タイムとする。
今日は若い人も多く団体さん、家族連れ、外人さんとバラエティに富んでいる。
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西峰へ向かう登山者も多い。障子戸は交互通行で登り降り。
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昼食を済ませたら私たちも西峰へ登ることとする。りっちゃんは初めてだがこれまでの実績で大丈夫。
直下から見上げる障子戸。若い外人さんも緊張気味。
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上で待つ登山者が下りてきたら私たちの番となる。
じなしに続いてりっちゃんも鎖の握り場所と足場を確認しながら無事通過する。
障子戸の先に続く急坂も三点確保で登っていく。
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西峰山頂も多くの登山者で溢れている。
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1等三角点(油布山1533.3m)(辻本さんHP「大分の山登山記」より)を前に山頂写真。前回にはあった?山頂標柱はない。
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東峰(1582m?)がくっきりと姿を見せてきた。ここ西峰よりだいぶ高く見える。
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ガスが晴れて足元に湯布院の町並みを見下ろすと高度感を感じる。
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障子戸を緊張しながら降りる。
マタエにデポしていたザックを背負って下山とする。
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合野越えで一休みしてマタエから2時間ほどで登山口へ下りる。
すっかりガスも晴れてきて山容を現わした由布岳。
「豊後富士」と言われるだけあって大分県内各地から望むことができる。
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 本日のGPS(拡大します)
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          ヤマオダマキ  
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          ヤマアジサイ 
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           シモツケ  
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          ウツギ(♪卯の花のにおう垣根に♪・・・)
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          カメノコテントウムシ
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by jinashi | 2012-07-09 19:35 | 大分県の山歩き~由布・鶴見系 | Comments(2)

 赤~九重森林スキー場 青~タデ原湿原

猟師岳麓へ
連日の梅雨模様で潤いを摂り(通り)すぎてふやけそうなこの頃です。
家でジッとしていても幸せは転がってこない(^^ゞ と思い立って雨の中を2年前の森の白雪姫さんと再会に行く。

九重森林スキー場は2年前もこんな霧と雨で視界の悪い天候でした。
車をスキー場管理棟横に置かせてもらう。福岡、熊本、佐賀、久留米と6~7台の他県ナンバーが並んでいる。
ゲレンデ下から小雨交じりのガスの中を右の柵にそって緩やかに登っていく。
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初心者用ゲレンデ?横からしゃくなげ谷へ入る。
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分岐は「かめコース」へ入る。雨で増水した小さな沢を数か所跨いで舗装林道へ上がる。
ありました!今年も会えました。
森の白雪姫、森の貴婦人または天女の花ともいわれる気品ある花だ。初めて英彦山北岳で会った時には感動しました。 
蕾も数個ついているが…花は少なくほぼ終盤を迎えたようだ。
2年前に白雪姫の近くで一緒に歌っていたヤマボウシやネジキの花は見当たらない。花暦はじなしを置いて先へすすんでいる。
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「うさぎコース」からゲレンデに戻る。横殴りの雨の中スロープを下って車へ戻る。

タデ原湿原へ
長者原駐車場には十数台が駐車している。この雨の中、みなさん山へ入っていったのだろうか?
タデ原湿原は坊がつるとあわせて2005年にラムサール条約(湿地の保全に関する国際条約~日本では37カ所ある)に指定されている。九重の自然を守る会のみなさんが環境保全活動や自然観察会を開催している。
小雨の中をタデ原湿原へ。数組が雨具を着けてお花探しをしていました。
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                ノハナショウブ
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                イブキトラノオ
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                 シライトソウ
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                 オカトラノオ
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                  カキラン
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                   キスゲ
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by jinashi | 2012-07-03 08:00 | 大分県の山歩き~くじゅう山系 | Comments(0)