三俣山(みまたやま・1746m)   九州百名山・大分百山~5回目
(大曲登山口)

二郷山友会の紅葉登山会に参加する。
前日になって数人がキャンセルとなったが、初登山の人もいて車2台に11人で早朝出発する。
ネット情報では大船や三俣の紅葉は先週16日(日)あたりがピークのようだが…長者原も大曲も紅葉を愛でる登山者の車で溢れている。
くじゅうへの紅葉登山は去年も一昨年も雨模様で嫌われている。
今日は前線を伴う低気圧も去って「曇り時々晴れ」の予報だが…湯布院を過ぎたやまなみハイウエイで夜明けを迎えると雨が降り出した。あること3回!う~ん…今年も雨だ。

大曲下の車列にスペースを見つけて路肩に駐車する。別府からの2人と合流して小雨の中、雨具を着ける。
後半の天気回復を祈って霧雨の中を山へ入る。7時12分。ここの標高≒1220m。
登山口先の沢を渡る
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鉱山道路を行く。
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すがもり越で一休み。朝駆けのH田さんと合流。
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三俣西峰の斜面に取り付く。
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急坂を登って西峰肩に上がる。
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四峰分岐あたり。
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本峰へ到着。9時28分。山頂温度計は10℃。雨はあがっているが少し寒い。
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北岳や大鍋などの紅葉が望めるところだが…残念ながら霧の中。
山頂写真。
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南峰に上がる。風の当たらないベランダ?へ移動してお昼とする。
正面の大船山や足元の坊がつるは雲の中。
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天気の回復も遅れているようなので下山開始。下山路でも次々と団体さんが上ってくる。
すがもり越まで下山するとガスが晴れてきて北千里ケ浜が見えてきた。
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現れてきた硫黄山の噴煙をバックに。
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鉱山道路を分かれて大曲へぬかるんだ道を下山する。
むこうに黒岩山山腹を彩る紅葉を見ながら全員無事に下山となる。13時19分。
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本格的な?山に初めて登った人は~
 ①また山へ登ってみたい ②もう山登りなんか行かない   が半々だそうですが…。
今回初めて(こんな天気の中を)くじゅうに登った3人はどうだったでしょうか?

 また、ご一緒しましょう!何度か通っているうちに天はすばらしい御褒美をくれますよ001.gif 

     終盤となった~竜胆(リンドウ)
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     おなじく~フクオウソウ
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by jinashi | 2011-10-26 18:36 | 大分県の山歩き~くじゅう山系 | Comments(2)

 稲積山(いなづみやま・406m) 大分かくれ名山~初登山
 宇佐市木の内登山口

金、土とツアーイベントのサポーターで疲れも出た。今日の朝はゆっくりして近くのかくれ名山に登ろう。
法鏡寺から山本のいいちこ本社工場前を通って、末の交差点を左折し県道44号を耶馬渓方向へ向かうと前方に形の良い三角形の稲積山が見えてくる。別名宇佐富士ともいわれる。
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末から1kmほどの「木の内バス停」が登山口。すこし先の広くなったところに駐車。準備をして「稲積山妙楽寺」の石柱から舗装路を山へ向かう。
10時16分。ここの標高≒50m。
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宇佐八幡弥勒寺建立縁起によると
 ~「7世紀には豊前秦王国の辛嶋氏が宇佐に達し、宇佐川左岸(西岸)に住んで「辛国」とした。「宇佐郡辛国宇豆高島」の島とは陸の島すなわち山であって、辛国では稲積山にあたる。ここに御大神が降臨した」とあり、これが原始的なヤハタの神であったとされている。
つまり、この稲積山に古代、八幡神が天から下りてきたのだ。
手書きの案内板にはこの妙楽寺も八幡神と辛島氏にかかわる古い由来があるようだ。
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オレンジ案内板を見て舗装路から分岐を直進する。
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害獣対策の電柵が通行止めをしているが「昼間は通電していないので山に登る方は跨いで行ってください」と書かれている。
その先に標柱があって右へと山へ入る。
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荒れた感じの竹林を緩やかに進む。
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植林帯となる。まもなく急坂となり尾根に登り上がる。
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あと30分の指導標があって大岩の横を行く。きつい登りとなってくる。
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自然林の急坂を登ると右が開けて宇佐市四日市方面が見える。
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さらに岩場やロープ場の急坂が続く。
しばらくして勾配が緩やかになって樹木の上が明るくなってきたのだが…なかなか山頂までは遠い。
あと30分の標識どおりの時間で山頂へ着いた。11時40分。
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山頂にある石柱。古い木簡も出土しているらしく由緒のあるものだろう。
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山頂から南に鬼落山(左・おにおてやま・576m)、石井山(真ん中)そして高山(右)が。左の樹間から石山が。
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そして山頂先端の真下はなんと…絶壁で石切り場だ!この山の後(?)半分は削られているのだ。(秦氏の八幡神降臨の香春岳一ノ岳も削られているのは・・・なしか?)
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(鬼落山登山口から見た削られた後ろの画像がありました。~2006年12月)
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山頂写真 (上の画像のてっぺんに居る)
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八幡神が降臨した磐座でおやつを頂いて一休み。
稲積山は宇佐山遊協会・山塾のプレートによると宇佐百山の10座目のようだ。
来た道を戻って下山。グングン下って40分ほどで里に下りた。(いつも下りは速い)
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里道に咲いていた(金平糖のような)ミゾソバ。
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帰路に立ち寄った宇佐市山本(和田酒店となり)の虚空蔵寺跡の塔跡。この寺も秦氏系の辛島氏が創建したといわれる。
虚空蔵寺跡は、白鳳時代(700年頃)創建の寺院跡である。堂塔の配置が法隆寺と同じ形式(法隆寺式伽藍配置)で虚空蔵寺のものを1.2倍すると法隆寺と重なること、軒先瓦の文様が同じことなど畿内との密接な関わりを示している。(宇佐両院観光連絡協議会HPより)
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寺跡の公園に咲く酔芙蓉。
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ここにも行ってみました。
宇佐市宮熊の沖合 約1.3Kmにあるこのコンクリート製の標的。太平洋戦争当時、宇佐航空隊の飛行機が上空から急降下しながら、爆弾をうまくこの的に落とせるように練習したところだ。
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by jinashi | 2011-10-19 22:02 | 国東半島・宇佐の山歩き | Comments(0)

NPO国東半島くにみ粋群が企画した「くにさきの旅・秋だ!祭りだ!国見だ!」が行われ、じなしもサポーターとして参加した。
初日は岐部のふるさと展示館(旧有永屋敷和室)で昼食。午後から千灯の五辻岩屋(不動山・352m)に登る。
  不動山

 五辻不動で健康加持祈祷
小雨のなか全員が馬の背をあがって五辻不動尊のお堂へはいる。
千灯寺今熊住職により不動明王の真言が唱えられ般若心経の勤行が行われる。
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受付時に参加者の皆さんより願い事を書いてもらった護摩木を燃やし、ひとりひとり名前を読み上げて護摩焚きの祈祷が行われる。
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分厚い経本を頭の前でバラバラと開閉する。
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最後に経本で背中を叩かれて加持を受ける。
じなしも初めて加持を受けたがズンズンと背中をけっこう強く叩かれる。
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五辻岩屋からは天気が良ければ四国の三崎まで見えるのだが…今日はすぐ先の姫島も見えない。
加持を受けたみなさんはすっきりした気持ちになって仁聞お気に入りの岩屋を後にした。


 岩倉社のケべス祭り
夕刻になってケべス祭りの見学があり、ツアー参加者のサポーターとして会場へ出かけた。
この日は雨模様でいつもの年より暗くなるのが早い。古江港の先端で素っ裸になって海に浸かり宵宮祭り前の精進潔斎(潮かきという)をする当場地区の男たち。
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拝殿で神事が執り行われている間、境内でアマチュアカメラマンのみなさんへ「国見の秋見つけた~フォトコンテスト」のパンフレットを配布する。

不気味な面をつけたケべスが登場してきた。笛太鼓に合わせて練樂がはじまる。ほとんど雨も止んでいる。
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ケべスが燃える火をめがけて突っ込んでくるとトウバがこれを防ぐ。
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3×3=9回ほど繰り返すと最後にケべスが火に飛び込んで掻き回す。
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この後トウバは燃えるシダをサスマタに刺して一斉に参拝者に火を撥ねてまわる。境内では逃げ惑う参拝者の声が響き渡る。
(昔はトンネルを抜けて隣の村まで火を打ちに出て行ったらしい)
また少し雨脚が強くなってきた。


 峰入り道トレッキング夷~尻付岩屋コース 
 (赤・夷スタート 青・尻付ゴール)

2日目の15日は峰入り道トレッキングが行われ、緊急時の待機係を担当する。
朝8時30分に香々地夷の六所神社前に集合する。今日は薄曇りで雨の心配はなさそうだ。
隣の実相院の青山映信先生(前国東六郷満山会会長)より峰入り行についてお話をしていただきました。
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青鬼さん、きよさん、Sさんのサポーター3名と8名の参加者は少し上の峰入り道へと出発する。

一山越えた西方寺最上部で待機していると皆さん元気そうに後野越から下りてきた。何と4人はあの一望岩へ上がったそうだ。
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一休みして阿弥陀越へと向かう。
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13時ちょうどの予定時刻に千灯の尻付岩屋へ全員無事に下山。バスに乗り込んで渓泉の温泉へと向かいました。
みなさんには歴史あるこのコースを十分楽しんでいただけたようでした。

尻付岩屋近くに生っていたアケビの実。
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by jinashi | 2011-10-18 18:01 | 国東半島あれこれ | Comments(3)

  磯間嶽(いそまだけ・363m) 九州百名山(地図帳)~67座目

磯間嶽北登山口


前日は開聞岳下山後に知覧特攻平和会館を訪れた。母や恋人、家族への遺書は訪れる人々の涙を誘い、遺品の数々に圧倒される。昨日登った開聞岳は66年前(昭和20年)には沖縄決戦へ向かう多くの特攻機の最後を見送ったのだろう。

道の駅「川辺やすらぎの郷」を早朝発ってナビにより磯間嶽登山口へ向かう。南九州市加世田津貫のR270から見た磯間嶽。岩稜の山頂部が見えている。(海岸部から見る山容は鋭く天を突いているようだ)
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磯間嶽はこの4月に発刊された「九州百名山地図帳」に新登場した山だが、低山ながら南九州には数少ない岩稜を縦走できる山のようだ。
県271からソバ畑前に登山口への標識を見て一安心。
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県270へ入り杉林を縫ってくねくねと進むと右手に登山口(北口)がある。その先左の路肩に2台ほどの駐車場所がある。
準備をしてスタート。7時28分。ここの標高≒240m。
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自然林の急坂を上がっていく。
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分岐をまっすぐ進み、大岩の脇をひと登りすると右手に人面に似た岩が現われた。「人形岩」というらしい。高さは3~4mで見る方角から人の横顔に見える。
 (岩稜縦走コースを行けば「大坊主岩」や「小坊主岩」などの奇岩もあるようだ)
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大岩の間を抜ける。
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すぐに目の前に鎖の下がった大岩が立ち塞がる。「これかあ、岩壁30m登りは…」
事前学習をしてきたものの最初の垂直部分は4~5mはありそうで少々ビビる。
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ママから先に鎖に掴まって登る。下から足場を指示する。登り上がるあたりで少しまごつくが何とか第一ステップをクリア。じなしも緊張しながらあとに続く。登り上がってフッと一息。その先の急斜面も鎖を頼りに這うように登る。後ろは見ない。
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最後にトラバース気味に登り上がると標識の立つ山頂へ着いた。7時58分。
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むこう側は垂直に切れ落ちた絶壁のようだ。
山頂部の先にも展望岩が続いているが、ここまでにしとこう。
(先は東シナ海に面する海岸?)
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山頂写真。
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南に岩稜コースの中岳方向。
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東にTV中継塔のある蔵多山?
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そして北西にはこれから登る野間岳がいい姿を見せている。
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再び鎖につかまって緊張しながら下山する。30mの岩場を降り着いてまずは一安心。
往路を戻って無事下山。8時32分。ショートコースの往復でした。
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低山だがスリリングな岩稜の縦走を楽しめることで新たに九州百名山として登場したのだろう。
国東半島の田原山や中山仙境に少し似ているかも。


 野間岳(のまだけ・591m)
 九州百名山(地図帳)~68座目 旧九州百名山~74座目 

磯間嶽野間神社登山口

磯間嶽を下山後ナビに従い野間半島へ向かう。旧笠沙町椎木で登山口の標識を見て山道へ入りくねくね登って野間神社に着いた。前に10台ほど停められる駐車場があるが1台もいない。
神社脇の指導標識から入る。9時23分。ここの標高≒350m。
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説明板によるとこの野間神社は元は山頂にあって、航海の守護神で漁業関係者の信仰を集めているという。
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神殿のよこから山へと入る。
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自然林の中、コンクリート舗装の道を緩やかに登っていく。
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左に現れた第一展望所は柵を乗り越えた岩の上から足元に東シナ海が見える。
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擬木の階段登りから平坦になったところに出る。周辺自治体の植樹園となっているようだ。ゆずが数個実をつけている。
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鎖も現われて急坂が続く。
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右の第2展望所からは開聞岳などが望めるようだが今日は霞んでいる。
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さらに擬木階段の急坂が続く。上が明るくなって登り上がったところが1等三角点のある山頂だ。
石碑があって樹木に囲まれている。10時10分。
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一段上に元宮の祠があってその先に並んだ大岩の上から海岸部の景観を楽しめる。
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西には東シナ海に突き出た野間半島。
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南には映画「007は二度死ぬ」のロケ地となった坊津の沖秋目島が見える。
 (1967年~ショーンコネリー、丹波哲郎、浜美枝)
この坊津というところは唐招提寺をおこした鑑真和上が10年の歳月を経て6度目にやっと来日を果たした地だ。(753年に揚州より。その時には67歳の盲目となっていた) 
さらにこの坊津は、国東半島で生まれ聖地エルサレムまで歩き、ローマで司祭となったペトロカスイ岐部神父が弾圧の続く日本で布教をするため、16年ぶりに祖国にたどり着いた地でもある。(1630年にマニラから)
そして…そのペトロ岐部が受洗したのも日本に来たFザビエルが布教したからで、何と!そのザビエルもここ坊津から上陸したという。(1549年にインド・ゴアから中国経由で)
ここは日本への異国宗教上陸地なのだ。
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昭和47年の鹿児島国体ではここで採火をしたようだ。
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この山には山頂(名)標識がないようだ。三角点の前で登頂写真を撮ろうとしていたらひとりの男性が上がってきた。
九州百名山の磯間嶽も野間岳も貸切かと思っていたので…人と会うと何だかほっとする。
地元霧島市のHさん。仕事も一段落してこれからせっせと九州の山登りをするそうだ。
Hさんに撮ってもらった山頂写真。
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記念にHさんといっしょに山頂写真を撮らせていただきました。
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Hさんとしばらく山話しをしてお別れする。下山は「片浦」へと擬木階段を下りる。
間もなく大岩が小岩を挟んでできた「笠沙石門」を潜る。
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擬木階段をぐんぐんと下りると樹林帯を抜ける。山頂部を振り返る。こんなに下りてきた…。
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舗装路に降りて野間神社へ戻る。
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20分ほど歩くと周回して野間神社前の駐車場へ戻る。11時27分。
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帰路の昼食に立ち寄った日置市日吉町の「お食事処正ちゃん」。地元で人気の食堂のようだ。
おすすめのマグロカツ定食はボリュームがありました。
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南さつま市のシンボル、金峰山。この山も九州百名山。まだ未登です。
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一時市政が混乱していた阿久根市。海沿いにある道の駅。
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この日はじなしの「ん歳」の誕生日で思い出の薩摩登山となった。
この薩摩半島は広くて山も多くまだ登山にいい山もけっこうありそうだ。
天気はよかったが山頂からの視界は霞んでいてすこし残念でした。

R226→R270→R3をゆっくりドライブして八代から九州道に乗る。
帰着したのは夜の9時を過ぎていた。



   
by jinashi | 2011-10-17 19:26 | 鹿児島県の山歩き | Comments(2)

かいもん山麓ふれあい公園駐車場

 開聞岳(かいもんだけ・924m) 日本百名山 
 九州百名山(地図帳)~66座目(前九州百名山~73座目)

薩摩半島南端の海にはみ出て聳える開聞岳は薩摩富士ともいわれ、みごとな円錐形の秀麗な山で、日本百名山に選定されている。
深田久弥が日本百名山を選定したときの基準に「品格・歴史・個性」を兼ね備え、かつ原則として標高1500m以上の山としているが、この開聞岳は例外で「高さこそ劣れ、ユニークな点では、この山 のようなものは他にないだろう。これほど完璧な円錐形もなければ、全身を海中に 乗りだした、これほど卓抜な構造もあるまい。名山としてあげるのに私は躊躇しない」  といっている。その深田は12月に登っている。

開聞岳に登るときは晴天の日にと決めていた。この連休は晴天が続くようだ。9日10日の2日間で薩摩半島の三山を登ろうと、急遽思い立って8日の夕方に家を出る。
30代には薩南諸島(宇治群島や湯瀬など)の磯釣りに数度枕崎へ遠征したことがあるのだが、薩摩半島への道のりは遠く、ナビで開聞岳登山口の公園駐車場に着いたのは深夜0時を過ぎていた。天気は良さそうだが月夜にうっすらと煙霧がかかったようで明日の山頂からの見晴らしがすこし気になる。

朝、目が覚めて駐車場から開聞岳の山体を望む。やはりすこし霞みがかっているようだ。準備をしてスタート。6時36分。ここの標高≒110m。
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管理棟前から階段を下りるときれいに刈り込まれた芝の広場へ出る。
芝の広場からの山容はコニーデ(成層火山)の上にトロイデ(鐘状火山)が乗る2重式休火山だということが見てとれる。
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草スキー場横の桜並木の舗装路がつき当るところが開聞岳への取り付き口。そしてここはすでに2合目で山頂まで3.5Km。このコース以外の登山路はないようだ。
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U字にえぐれた登山路に松の根が露出している。しばらくは松などの鬱蒼とした自然林の緩やかなU字の登山路を行く。
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4合目を過ぎると左が明るくなって下方に長崎鼻が見えてくる。木の根で滑らないように気を付けて登っていく。また深い自然林の森となり緩やかに登っていく。
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6合目を過ぎるころから登山路にゴロ石が多くなってくる
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7合目(あと1km)、8合目あたりからは朝露に濡れた大石を伝って滑らないように気を付けながら登って行く。
仙人洞は山伏たちが修行した洞窟。ここまで使ってきた杖をここに投げ入れ今後の安全を祈願するのだそうだ。
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8合目を過ぎたところで展望所から枕崎市方向にみごとな曲線の海岸が現われてくる。
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9合目を過ぎて急坂に取り付けた階段を登る。登山口からは右回りにほぼ一周したようだ。
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山頂まで52mの標識が見えるとあとは山頂直下に大石の急坂を手足をフルに使って登る。
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左から巻くようにして山頂に着いた。「やったー万歳!」
ん…誰もいない。途中何人か下山していったのだが…まさかこの名山の山頂を独り占めするとは思はなかった。9時42分。
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天気はよいのだが、うっすらと春霞のような煙霧がかかって遠くまでの展望は望めない。霧島連山、桜島、大隅半島の山々、そして屋久島などの展望を期待していたが…海岸線は長崎鼻あたりまで、そして足元に池田湖がうっすら見えている。
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山頂写真。
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皇太子さまが昭和63年に登った時の記念碑が置かれている。
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早い昼ごはんを食べていたらおじさんが一人上がってきた。
それからは若い男性グループをはじめに次々と登山者が上がってきた。山頂部に人が溢れてきて2等三角点にタッチを済ませてそそくさと下山を始める。
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下山では次々と登山者とすれ違う。30組ぐらいまで数えたがやめた。
百数十人?は登っているだろう。若い団体さんの登山者が多い。外人さんも何人か。子供連れファミリーも。さすが日本百名山。そのあとも次々と…。

3合目まで下ったときにレスキュー隊の若い男性2名が早足で登って行った。何か遭難(事故)があったようだ。
2時間足らずで2合目登山口に下山。桜並木を下り芝生の広場で山容を振り返る。
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早朝閉まっていた管理棟に着く。12時20分。100円で登山証明書をもらいました。
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        ツワブキ
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        ホトトギス
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        ダイモンジソウ
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        センブリ
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        ツルニンジン
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下山後、「レジャーセンターかいもん・温泉保養館」前から見た開聞岳
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by jinashi | 2011-10-15 22:13 | 鹿児島県の山歩き | Comments(0)

 古要神社

中津市伊藤田の古要神社に伝わる古要舞(傀儡子(くぐつ=木で作った人形)による舞)と神相撲(傀儡子による相撲)が奉納された。
3年に一度(10月12日に)執り行われるこの神事は1983年、国の重要無形民俗文化財に指定されている。
観光ボランティアガイドのありさんときよさんを誘って見学に出かけた。じなしは3度目の見学となる。

奈良時代に朝廷の命により隼人の反乱の平定に向かった豊前国の軍が、戦場で傀儡の舞を演じて隼人の気を引き、その隙に乗じて隼人の軍を攻めたことに由来するという。その後「隼人の霊を慰めるために放生会(ほうじょうえ)をすべし」との八幡神のお告げにより蜷(にな)や貝を海に放つ「放生会」の祭典を執り行うようになった。
毎年秋の宇佐神宮仲秋祭で行われている放生会には、かつては藻寄川河口に傀儡船が出て舞が奉納されていたようだ。

傀儡子の集団は操り人形による人形劇を行いながら諸国を旅してまわったことから人形浄瑠璃や能楽さらには歌舞伎などの旅芸人のルーツともいわれている。

古要神社に向かう途中、宇佐神宮ちかくにある「凶首塚」に立ち寄る。隼人から持ち帰った100人の首を葬ったといわれるところだ。
6世紀末の横穴式古墳で言い伝えとは時代が違うともいわれるが、一種異様な雰囲気がある。
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そして宇佐神宮西参道沿いに隼人の霊を祀る百太夫殿が造立された。向こうは呉橋前の西参道大鳥居。
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現在の「百体神社」(宇佐神宮の末社の一つ)。
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百体神社から300mほどの所にある化粧井戸。放生会に参加する傀儡を洗ったという。
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化粧井戸から車で30分ほどで中津市伊藤田の古要神社に着く。
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境内や拝殿は多くの見学者や報道関係者であふれかえっている。ありさんと報道関係者の足元に入り込んで場所を確保する。
市長さんも到着してさっそく笛、太鼓、手打ち鐘の神起こしが鳴り響き傀儡の舞が始まる。間もなく18時。
まずは御祓神が登場。
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獅子頭と小豆童子が出てきて舞台の東西に控える。
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このあと次々と神人形が登場する。三三七拍子に似た囃子にあわせて体を左右上下に振る。
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磯良神。
笛太鼓が止んで舞台の奥から傀儡子の祝詞が聞こえる。
神功皇后が海を渡るとき、海の道を熟知する海人・安曇の磯良を呼び出すと、磯良は長く海中にいたため牡蠣殻がこびりついた顔を恥じて白布で顔を隠してあらわれた。という故事にちなんだのが「細男舞」と言われている。
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細男神。
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50分ほどで神事の舞が終了するといよいよ傀儡による神相撲が始まる。
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次第に人形の数が増えてきて体も大きくなってくる。
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カチカチと傀儡がぶつかる音が響く。
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最前列に並んだ小学生の声援が飛びます。
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勝った祇園さまのガッツポーズ。
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いよいよ住吉さまの登場。色は黒く体は小さいがダントツの強さ。
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30分間ほどの神相撲の熱戦?も住吉さまのガッツポーズで終了。
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隼人の兵が油断するほどの神相撲の面白さもあるが、厳かな神事に始まり長い伝統を感じる。大人の太鼓と手打ち鐘に合わせて少年が吹く笛の音色はすばらしかった。
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同じような言い伝えと傀儡の神事をつづけているのが吉富町の古表神社。
こちらの傀儡舞は4年に一度おこなわれる。
by jinashi | 2011-10-13 13:33 | 国東半島あれこれ | Comments(0)

 尾平トンネル南登山口

 本谷山(ほんたにやま・1643m)    大分百山~2回目
彼岸も過ぎるとすこしずつ気温も下がってきて山粧う季節となってきた。
一足早く紅葉の気配を求めて祖母傾山系の本谷山に登ろう。

原尻の滝からうんざりするほど長くて狭い県道7号を奥岳川沿いに行く。人家の横に大きな金木犀が満開で迎えてくれる。尾平トンネルを抜けると宮崎県に入る。(まっすぐ先へ下りると高千穂町)
昨秋はここから快晴の古祖母山、障子岳を楽しんだが今日は反対方向の本谷山に登る。
本谷山には4年前に九折越から笠松山とセットでピストンしているのだが、尾平からのこの区間はまだ歩いたことがない。

駐車場には同じころ着いた大分ナンバーの男性の車と2台のみ。車から降りるとひんやりとした「やや寒」を感じる。天気は高曇りでたぶん雨はないだろう。
準備をしてスタート。7時45分。ここの標高≒960m。
駐車場に新しい指導標が。
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本谷山登山口にある句碑。 …ちょうど今の季節を詠んでいる。
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最初はトンネル上部の植林帯を登る。支尾根に上がるとジグザグのはっきりとした登山路となる。
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30分ほどで上が明るくなって右へ稜線沿いに進むと縦走路に出会う。
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右手南には二つ岳方面が見えているが北側からはガスが流れて祖母や天狗そして障子岳の山頂部は雲の中だ。
県境の気持ちの良い尾根の縦走路を歩く。
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ブナの木が多くなってきて「ブナ広場」と言われるところに着く。水場に降りるところに(テント泊した人の?)ゴミが散乱していて残念。
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傾斜が増してきて前方に丸く盛り上がったピークを目指す。登り上がったところから最高地点へ進んで丸山三角点を見つける。
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次々と現れるブナの大木の間を進む。
ナナカマドの赤い実が落ちた縦走路には紅葉を始めた樹木もちらほらと目につく
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クマ笹やスズ竹の登山路を進む。急坂となって前方に大岩が現われるとその先が三国岩という展望所だ。帰路に立ち寄ることにして山頂へ向かう。
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追い越して行った大分の男性が下山してきた。あと5分の標識をすぎて急坂をひと登りで狭い山頂に到着した。2度目の山頂。まわりは樹木で展望はない。10時28分。
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山頂写真をとって一休み。
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下山で三国岩に上がる。祖母山から障子岳、古祖母山のパノラマが楽しめるらしいのだが今日はガスの中。サッポロ一番がおいしい季節となってきた。
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帰路の縦走路にも大分県側からガスが流れてきた。
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縦走路を完歩するため往路の本谷山登山口へ下りずに真っすぐ尾平越に向かう。
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すぐに祠が現われる。何の神様を祀っているのだろう?
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本谷山登山口分岐から尾平越までは荒れた感じの縦走路で思った以上に距離があった。急坂のピークを越えると見たことがある尾平越へ着く。
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ここからは昨秋に歩いた尾平トンネル南口へのコースを下りる。
尾平越から30分で無事に下山する。13時30分。
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出会った登山者は単独男性2名のみ。このコースは祖母傾の縦走路なのだが、ややマイナーなのか登山者も少ないようだ。
祖母~傾~大崩の縦走路で未踏の区間もあとすこしとなった。


本日一番のブナの大木。
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はじまった紅葉。
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ヤマボウシの実(食べられる?)
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未だ咲いていたシコクママコナ(四国飯子菜)
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by jinashi | 2011-10-04 20:39 | 大分県の山歩き~祖母・傾系 | Comments(2)