台風5号は東シナ海を北上し、大分県南部地方には大雨洪水警報が発令されているようだ。これで4週連続の荒れた天気となり山歩人にはため息の出る日曜日となる。
思いついて湧水汲みに出かける。
その前に6月初めに宇佐神宮の菱形池周辺を廻ったときに残した歴史舞台を散策してみよう。

舟繋ぎ石 ~宇佐市和気

宇佐のR10号を通るときに見かけていた(なんとなく和気清麻呂伝説とは聞いてはいた)のだが、「舟繋ぎ石」へは初めて訪れた。
JR宇佐駅から宇佐神宮へ向かいダイハツ販社先の右手にある中華料理店「せぐち亭」のとなりに看板がありその舟繋ぎ石が祀られている和気神社がある。
孝謙天皇の命により派遣された和気清麻呂が宇佐八幡神のご神託を受けるために到着したとき舟を繋いだという場所だ。ここの地名は「和気」。古くは寄藻川左岸の船着き場だったようだが・・・少しの説明書きが欲しいところだ。
  舟繋ぎ石
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宇佐八幡宮は日本史にもしばしば登場するが、なんと言っても道鏡事件が最も知られているだろう。
 道鏡事件とは~
怪僧弓削道鏡は女帝孝謙天皇(後には称徳天皇となる)に取り入って情を交わし宇佐八幡のご託宣があったとして天皇の座を狙う。しかしながら、和気清麻呂は道鏡を天皇にせよとの宇佐八幡の信託は偽ものであり、宇佐八幡からは「未だ臣は君にはならず」との託宣があったとして道鏡の失脚を画策する。(769年)その後、和気清麻呂は孝謙天皇・道鏡により左遷、改名させられた後大隅国に流されるが、白壁王(後の光仁天皇)の時代になって召し返され、それとともに道鏡は失脚流罪となる。

全国には和気清麻呂そして弓削道鏡を祀る神社や寺は多くあるようだ。
和気清麻呂を祀る神社では~道鏡から恨みを受けて足の筋を切られた和気公は宇佐に逃げたのだが、その時に数百頭のイノシシから助けられたといわれることから足腰の病気・怪我回復にご利益があるという。
また道鏡を祀る社寺では~道鏡の巨根伝説か?男根を奉るところが多いようで、病気平癒や夫婦和合のご利益があるという。

大尾山(おおやま)護皇(ごおう)神社大尾(おお)神社

宇佐神宮へ向かう。
ボーイズリーグの試合がおこなわれている宇佐神宮野球場Pに車をとめる。
舗装路を少し南へ歩くと右手に大鳥居からまっすぐの参道がこちらに続いている。舗装路を越えて左の大きな対の石灯篭からは上部に鳥居と石段が続いている。
    大鳥居方面
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    橋を挟んで・・大尾山方面
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標高差30mほどの石段を登りきると正面に高さ5Mほどの大きな「和気公之碑」が。
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その右手にあるのが護皇(ごおう)神社
この山上で和気公は八幡大神による御神託を受けたという。皇統が守護されたことで和気公を守護神とする護皇神社が祀られている。
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碑の前に戻り緩やかにカーブして登ると大尾(おお)神社へと着く。二つの宮のあるところは宇佐神宮の元宮である御許山支尾根の麓であり、ここの標高は50mほどか。下からボーイズリーグ戦のウグイス嬢アナウンスが聞こえる。
説明板には~
八幡大神は奈良の都の大仏開眼式に臨まれ、宇佐へご帰還ののち、天平神護元年(765年)この大尾山にしばしの間鎮座するとの御宣託により山上に本殿を造営、十五年間お鎮まりになった。この間、神護景雲三年(769年)七月十一日 和気公は「宇佐使」として当地に参向、皇統を守護する宣託を受けられた。大神が本宮へ還御されたのち神勅拝受の聖地として八幡大神の御分霊を祀り、大尾神社と称された。
  大尾神社の鳥居。神殿は左手にある。
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古代蓮
参集殿・宝物館の前にある初沢池(はつさわのいけ)に古代蓮が咲いているのでは…と行ってみるとまだ蕾だった。7月中旬ごろからが見ごろとなりそうだ。
この古代蓮は昭和26年、縄文時代の古代ハスの種を開花させることに成功した博士の名前から大賀ハスと言われている。早朝、つぼみが開くときには「ポン」という音を聞くことができるそうだが…(ほんとかな?)。
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ポカラカレー

お昼は安心院町との境にあるカレーの店「ポカラ」へ。3~4度目かな?
県道658号を安心院に向かい熊正覚寺公民館先を御許山登山口へと左折するとすぐのところ。(まっすぐ行って峠を下ると米神山(こめかみやま)立石(りっせき=メンヒル)へ)
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マサラチキンカレーのセットを注文(1100円)。
まずはチャパティーをちぎり、カレーをのせて頂きます。最後にラッシー(インド風ヨーグルト~後でもってきてくれます)を飲むとさっぱりします。
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マスターは隣の棚田状の水田で無農薬のコメ作りをしている。広さは1反ほど。5~6俵ほどとれるそうだ。
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水の口湧水
そして最後は水汲みへ。山香の水の口湧水はいつも大盛況です。
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by jinashi | 2011-06-28 14:47 | 国東半島あれこれ | Comments(1)

6月句会
 兼題~トンネル  講師~河野輝暉
人生にトンネル幾つ青嵐        きぬこ
あじさいが七変化してきれいです   タツ
家朽ちて紫陽花にある往時かな   やっさん
春眠やMRIと云うトンネルに      ふじこ
柿若葉ヨチヨチ歩く赤い靴       ふよこ
トンネルは黄泉の入口ツバメ来る   清和
蛍の逃げる掌辺野古はV        じなし
トンネルを抜けて一気に今年竹    ひさえ
万緑や高速ドライブ眼も走る      和子
散歩道三文得し初音聞く        キヨ

                    紫陽花
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by jinashi | 2011-06-22 14:28 | くにみ句会 | Comments(0)

平尾台茶ケ床園地~  水晶山~

 平尾台~梅雨のさがし
 3週連続して雨の日曜日となる。
今日は皆さんとくじゅうミヤマキリシマ登山会を予定していたのだがこの天気ではと前日に中止を決める。
天気予報をよく見ると梅雨前線は九州南部に下がりぎみで、もしかすると北部の方は雨が落ちてこないのではないか・・・と勝手な解釈をして行橋から平尾台へと向かう。すこし小雨がぱらついてきた県道28号をクネクネ上って行くと霧が立ちこめたカルスト台地へ上がり着く。茶ケ床園地につくと2台の車が入山の準備をしている。好きな人もいるものだ。057.gif ・・・雨具をつけて先客に続く。

登山口から舗装散策路を歩き始める。10時30分。
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熟れたサクランボのトンネルを潜りぬけると飛び込んでくるはずの羊の群れ(カルスト羊群原)は霧の中だ。
中峠からまっすぐに進むのははじめてのコースとなる。霧が切れて少しの間右下に広谷湿原が広がる。左右の草むらに梅雨の花を探して歩いていく。広谷台への取り付きを過ぎてNTTの大きな鉄塔よこからやっと山道らしくなる。
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貫山と水晶山の分岐へ上がりつく。右に水晶山方向の鞍部へと下っていくと雨が一段と強くなってきた。傘を持ってこなかったのでカメラも濡れてきた。ここで撤退を決める。
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往路を歩いて茶ケ床園地へ戻る。12時10分。歩数≒8000歩。


                   ソクシンラン(束心蘭)                   
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                  オカトラノオ(丘虎の尾)
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                   ウツボクサ(靫草)
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                   カキラン(柿蘭)
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                    シラン(紫蘭)
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                 アソノコギリソウ(阿蘇鋸草)
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                  ヤマツツジ(山躑躅)
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                   野ぐるみの実 
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        象にみえませんか?(本当の象岩は別の所にあるらしい)
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by jinashi | 2011-06-21 17:27 | 福岡県の山歩き | Comments(0)

 ママの大分百山完登おめでとう!
5月15日には大障子岩で大分100山の完登を果たしたママだが・・・。
この日、二郷山友会をはじめ22人の皆さんが集い湯の里渓泉で祝う会を開催していただきました。


進行係をしていただいた(気持ちは)最年少のYさん。
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最初に二郷山友会のO会長さんよりママへのお褒めの言葉。O会長さんには100山目の大障子岩にご一緒していただきました。
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続いてKスーパーのO会長さんよりお祝いの言葉をいただきました。
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皆さんの拍手。
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謝辞をのべるママ。頂いたブーケはO会長夫人の本子さん手作りでした。
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全員の皆さんからお祝いのスピーチをいただきました。その後は宴もたけなわとなります。
こうして生れて初めての主役となったママの嬉しい一夜でした。

じなしと健康のため一緒に始めた山歩きですが、ついでに目標とした大分百山を楽しみながら登って来ました。山歩きを通じ多くの皆さんと知り合いになれたことが一番の喜びと思っています。
今日は皆さんにはこのようなお祝いをしていただきほんとにありがとうございました。   ~ママ


 ちなみに・・じなしは2008年7月、宇目の桑原山で完登しました(^^)
by jinashi | 2011-06-19 20:32 | うれしいこと | Comments(2)


初詣ではいつも本殿を往復するばかりだが・・・今日は菱形池周辺を散策してみよう。
まずは頓宮(御旅所?)へ向かう。夏越神幸祭ではここまで神輿が巡幸し3日2夜の間ご滞在になる。
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菱形池を巡る。
「菱形池の泉の湧く処に、鍛冶の翁や八つの頭を持つ龍が現れ、この姿を見た者は忽ち病気になったり死んだりした。この神の祟りを収めようとして、大神比義なる老人が3年余り断食して修行すると、欽明天皇32年(571)2月初卯の日、泉の傍らの笹の葉の上に光り輝く3歳の童子が顕れ、『吾は誉田の天皇・広幡の八幡麿なり』と告げ、忽ち黄金の鷹となって駅館川東岸の松の木の上に留まったという。八幡さまが、この世に顕れた第一の記録である。この鷹の留まったところに、和銅元年(708)鷹居社をつくり八幡さまを祀り、のち霊亀2年(716)小山田の地に移られ、ここに小山田社を造営、神亀2年(725)に現在の社地・亀山(菱形山とも小椋山ともいう)に移られて一之御殿八幡大神が鎮座されたのが、宇佐神宮の創立である」
(宇佐神宮刊由緒記より)
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スイレン科の水草、コウホネ(河骨)の黄色い花が背伸びをしている。
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水分神社~水を司る五神を祀る神社
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菱形池にかかる橋
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御霊水~三つの霊泉がある。八幡大神が御現れになったところといわれている。
大神が神馬に召され、天翔けられたと伝えられる馬蹄の跡があるという・・・(気がつかなかった)。
また社僧が三個の井戸を掘り、この水で八幡大神の神威を頂いて刀を鍛えたという。これが社宝となっている「神息の刀」と伝えられている。
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御霊水を覗いてみた。きれいな水のようだ。祭典には必ずお供えされるそうだ。自由に汲んでよいようだが出来れば神棚へのお供えに使っていただきたい・・・と書かれている。
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亀山神社、西大門(本殿)へ続く鳥居。
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能舞台へつづく橋
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表参道横にある絵馬殿。
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馬上金山で財を成した成清博愛が奉納した絵馬や能奉納記録などが掲げられている。
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木匠祖神社。宮大工、寺大工、桧皮師、塗師など職人達の守護神。
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2006年1月に死去した宮司到津公斉氏の家。野球場からの参道脇にある。
後任には中津の薦神社宮司だった池永公比古氏が就いたのだが、それは到津公斉氏の長女で権宮司の克子(よしこ)氏が十分な経験をつむまでのつなぎ役と見られていた。ところが2008年8月に池永公比古氏が急逝したことで神社本庁は、克子氏ではまだ経験が浅いとして玖珠町の穴井伸久氏を後任宮司に決めた。これに対して克子氏側が反発し今まだ係争中となっている。
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黒男神社。表参道大鳥居外にある。武内宿祢(たけのうちのすくね)を祀る。
景行天皇から仁徳天皇まで5代にわたって240余年もの間大臣として仕えた。
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呉橋の内部。
昔呉の国の人が架けたともいわれる。10年に一度皇室から迎える勅使はこの橋を渡る。
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呉橋から見る西参道。昭和の初めまではこちらが表参道だった。
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裏参道脇のテイカカズラ(定家葛)。鎌倉時代の歌人藤原定家の墓所に生えていたことに由来するという。
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 頓宮裏の大尾山(おおやま)にある大尾神社(おおじんじゃ)や護皇神社(ごおうじんじゃ)などの歴史舞台にはまたの機会に訪れてみよう・・・。
by jinashi | 2011-06-08 21:52 | 国東半島あれこれ | Comments(0)

来縄登山口

応利山(おうりさん・298m)  大分かくれ名山
         豊後高田市美和の花いろ温泉より
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遅ればせながら九州北部地方の梅雨入りが発表されたのだが、午後から雨も上がる。先日の人間ドッグで測った腹囲の数値を思い出して・・・ひと山登ろう! ママはお出かけのため単独行。
豊後高田市来縄の割掛(わりかけ)遺跡史跡公園そばから「応利山登山口」の案内板に従って脇道へ入る。溜池を過ぎると行き止まりとなり登山口の駐車場がある。

階段入口に地元S建設の御偉さんが揮毫した石碑が立っている。
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ここから長~い階段登りが始まる。13時45分。
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連続する石段をひたすら登る。それぞれの段数は9の倍数あるようだ。亀石、相撲場跡を過ぎると一対の仁王像が迎えてくれる。1729年(享保14年)の作とある。足元に禁杯石(これより先へ酒臭い息をした者は入るべからず)が寝転がっている。
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横に入った展望広場から豊後高田市中心地が見下ろせる。
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やっと階段を登りきったところの左手に古びた報恩寺がある。六郷満山本山本寺八ケ寺の一つ。御本尊は千手観音菩薩。仁聞菩薩の開基と養老2年(718年)は六郷満山のどこも同じ。地蔵菩薩や鐘楼門跡もある。今は無住となり、寺は来縄地区住宅地に下りている。国東六郷満山霊場三十三ヶ所巡礼の一番札所であり、住職の応利さんは昨春の峰入りで71歳の満願を果たした。
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ここまでは今まで2度ほどお参りしたことがあったのだが・・・今日は山頂を目指す。
左へぐるりとカーブして進むとワイヤーが張られた広場となり、石祠のそばに「応利山報恩寺本堂跡」と書かれた古い案内板がある。近くに宝筺印塔や一字一石供養塔などもあり苔むした石が散らばっている。
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左へ古い石段を上って行くと正面に風の神「風徐大権現」の石祠があり神仏習合を感じる。
祠の横から山へと入る。
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ここからはフラットな自然林の中を小さなケルンや赤テープをたよりに進む。
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竹やぶを過ぎると鬱蒼とした樹木で囲まれた山頂に着く。14時24分。石柱は3等三角点かな?
応利山はここ報恩寺の山号大折山(おおおれさん)から転じたといわれる。
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山頂そばに別の下山コースがあるようだ。「石段下駐車場へ25分 悪路」とあるので・・・往路を戻る。
途中から日も射してきて最後の石段を下りる。14時59分。登って下って1時間15分。
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by jinashi | 2011-06-07 14:58 | 国東半島・宇佐の山歩き | Comments(0)

5月句会
 兼題~春の山菜  講師~河野輝暉
すかんぽやあの日明るき夫の声   ふよこ
燕来し日の焼酎のちょっと濃い目   じなし
将来を夢見し豆のすじを取る     清和
土筆野や一人住まいのふゆる村   ふじこ
軒下に5匹の金魚慈雨注ぐ      キヨ
青山河独活の根っ子の肌白く     やっさん
古墳への道早蕨の拳かな       きぬこ
筍をたぐりてみれば家族連れ     和子
なつかしきおこわらびかなお接待   タツ
独りごと言い十代の酸葉かな     ひさえ

                      ホタルブクロ(蛍袋)
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by jinashi | 2011-06-06 21:21 | くにみ句会 | Comments(2)

還暦後2度目の同級会が奈良で開かれた。
奈良に住む公則君が幹事役としてこの日のために周到に準備をすすめてくれたのだ。(感謝)

地元組9人は宇佐からソニックで小倉へ。小倉から新幹線N700系のぞみに乗り込めば15歳の修学旅行気分となる。この時期には早すぎる台風2号に追いかけられるようにして京都から近鉄奈良駅へ定刻に到着し会場の宝蓮町「春日野荘」へ向かう。


初日~同級会

さっそく受付を済ませ宴会場に25名の全員が集まる。卒業以来となる健蔵君、保春君、成子ちゃんの3名がうれしい初参加となりなつかしい顔が揃う。
まずは集合写真から。
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最初に幹事の公則君が歓迎のあいさつ。
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初参加の健蔵君の乾杯の音頭でさっそく開宴となる。
お酒がすすみあちこちで昔話に花が咲く。病気と年金の話はご法度とは言うもののつい・・・。
各人の近況報告が済むと、てるちゃんと節ちゃんの創作踊り?「麦畑」に全員爆笑。
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あっという間に時間が過ぎ最後はちょるちょる音頭の輪が出来る。
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2次会はカラオケハウスへ移動。懐かしのヒットパレードが続き夜も更けていく。

2日目~飛鳥観光
翌朝、ホテルから見る東大寺と若草山。 
夜来の雨が少し残ってはいるが天気は回復に向かっているようだ。
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奈良交通貸し切りバスで飛鳥観光へ出発。奈良市からR169を一路南に向かう。桜井市に入ると前方後円墳の景行天皇陵などが現れてきて、いにしえの歴史ゾーンへ入ったことを実感する。
県道37をくねくね登って最初の目的地談山(たんざん)神社へ着く。
ここは「大化の改新」で中大兄皇子(後の天智天皇)とともに蘇我入鹿を暗殺した中臣鎌足(後の藤原鎌足)を祀る神社だ。蹴鞠会で出会った二人がここの本殿裏山で藤の花の下、極秘の談合をしたという。
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県道155を明日香村へ入る。今を去る1400年ほど前、蘇我馬子により創建された日本最初の寺という飛鳥寺に着く。本尊の飛鳥大仏は銅製金箔づくり、高さ3mほどの日本最古の仏像で平安・鎌倉時代に大火で罹災しているが飛鳥彫刻らしい身姿を残している。
(ここは撮影OK)
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寺の近くにある蘇我入鹿の首塚(墓)といわれる五輪塔。600m離れた所から切り殺された首が飛んできたという。
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明日香村では歴史的風土保全地区に指定された所での建築物や地目変更などで細かい制限がされていて現状を変えることは出来ないようだ。
狭い明日香村中心地の道路を通って石舞台古墳公園へ。覆われていた墳丘の土が失われて横穴式の石室が露出している。総重量2300トンという石室古墳は蘇我馬子の墓といわれているが異説もあるようだ。
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石舞台古墳そばの「レストラン・あすか野」で昼食。
一休みしてバスに乗り込み、橿原市から大和郡山市へと北上し薬師寺へ向かう。
薬師寺は白鳳時代に天武天皇が皇后の病気平癒を祈願して建立を始めたという。近年、高田好胤管主により写経勧進をもって各伽藍を復興させた。平成10年よりユネスコ世界遺産に登録されている。
  国宝の東塔を見て
    「行く秋の大和の国の薬師寺の塔の上なる一ひらの雲」 (佐佐木信綱)を思い出した。
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金堂には国宝・薬師三尊像が御座している。
真ん中に座す薬師如来は苦しみを救ってくれるドクターの仏様。右の立像日光菩薩は日勤のナース。左月光菩薩は夜勤のナースという。(バスガイドさんの説明)
倫ちゃんが行方不明となる間に平山郁夫画伯が30年かけて完成したすばらしい大唐西域壁画(シルクロードの絵)をじっくり鑑賞させてもらいました。
玄奘三蔵のご頂骨(頭の骨)が安置されているという玄奘塔。
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最後の目的地である唐招提寺は薬師寺から北へすぐ近くだ。
唐の高僧である鑑真和上は日本からの招きに応じたが唐から5度の渡航に失敗、6度目にして(10年の歳月を経て)仏舎利を携えて来日を果たすがその時には67歳の盲目となっていた。唐招提寺を創建して76歳で入寂。井上靖「天平の甍」で広く知られるようになる。
 国宝・金堂の前。
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国宝・鑑真和上像が安置される御影堂には和上に捧げるために東山魁夷が10年の歳月をかけて書いた障壁画「黄山暁雲」他68面が収められている。ただし毎年6月の特別拝観の時だけしか見ることができない。
宝篋印塔の立つ鑑真の墓所に中国揚州から贈られた瓊花(ケイカ)が可憐に咲いていた。
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奈良市内に戻ると奈良交通のバスガイドさん(運転手さん)の計らいで平城京跡を周回して車中より見物。
夕刻、大和西大寺駅でみなさんとお別れとなる。
飛鳥観光はじなしが行ってみたくて公則君へリクエストしたのだが・・・皆さん初めてだったようで喜んでくれて一安心でした。

近鉄線で京都へ移動。ネットで予約したホテルへチェックイン。夜はさとっさん、ようちゃん、勝ちゃん、利くんとじなしの男5人、そしてまりちゃん、恵子ちゃんと居酒屋へ入り連夜のカンパーイ!

3日目~京都観光
翌朝、浄土真宗門徒の4人は世界文化遺産登録の西本願寺(竜谷山本願寺)へ参拝に出かけた。4年前に旅立ちした亡母のお骨も納められている。
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本年4月から修行されている親鸞聖人750回大遠忌法要のため、平成の大修復により完成した御影堂。
早朝のため人も少ない。
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一旦ホテルに戻って全員で京都観光へ向かう。駅前から市バスにのってまずは銀閣寺へ。
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哲学の道を歩いて途中から真如堂へと向かう。道を尋ねながらも結構長く歩いて辿り着いた。
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真如堂は天台宗のお寺で桜と紅葉の名所であり、特に女性を救うお寺として人気を集めている。そして財閥三井家・三井グループの菩提寺でもある。安倍清明持念仏である千手観音菩薩も祀られる本堂や、三井家隋縁の庭、四季殿の襖絵、そして比叡山・大文字山・東山を借景とした涅槃の庭園では書院の係りの方が優しく説明をしてくれました。
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都タクシー運転手のお奨めで京阪4条駅から程近い寿司屋で昼食をとる。
1800円の昼定食を美味しくいただきました。板前さんは九州人・長崎県愛野町出身の方でした。
すし屋さん前の京都ゑびす神社鳥居の熊手に一発で100円玉のお賽銭が入った!
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時間も下り、最後に浄土宗総本山の知恩院へ参拝する。
こちらは法然上人800年大遠忌がこの10月に予定されている。親鸞聖人より50年経っているのだ。
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せっかくの一日フリー券を使わなくてはと市営バスで京都駅へ向かう。
駅の売店でおみやげを求めて予定より少し早めの「のぞみ」で帰路につく。
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宇佐駅まで送迎をしてくれた英樹君、ありがとう!
京都の町歩きも歩数計ではほぼ10000歩。2日間とも長く歩いた所もあり、健康を回復したばかりの人には少し心配でしたが・・・皆楽しい想い出を胸に無事に帰ることが出来て何よりでした。
そして、富さんがお母さんのご不幸により参加できなかったことは残念でした。

by jinashi | 2011-06-03 09:27 | ドライブ&トリップ etc | Comments(7)