赤石キャンプ場そば登山口



 矢筈岳(やはずだけ・266.6m)   大分百山〜2回目 

国東半島の北に浮かぶ姫島は歴史とロマンの島だ。
古事記の「国産み」においてはイザナギとイザナミが最初に8つの島(大八洲)を産んだ後、続けて6島を産んだとされる。この6島のうち4番目に産んだのが女島(天一根)、すなわち現在の姫島とされる。(wikipediaより) 
昭和30年に島のス鼻というところで発見された10万年前のものといわれるナウマン象の化石や縄文時代の石器に利用された黒曜石の露出断崖などの自然遺産がある。子供達のキツネ踊りやアヤ踊りなど8月14〜15日の盆踊りには多くの観光客が訪れる。ほかにも姫島七不思議めぐりなどが楽しめる漁業と観光の村だ。現在の人口は2189人(H22国調)

午前中に地区の集会があったので、今日は近場でママの大分100山未登の姫島・矢筈岳へ登る。矢筈岳には2008年5月に香々地のFさんと登ったのだが、登山前にはスナビキソウに群がる数千匹ものアサギマダラの乱舞を楽しんだ。

伊美港から12時10分発のフェリーに乗船。お客は私達ほか5〜6名。
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フェリーより見る矢筈岳。別名姫島富士。・・・いつも対岸から見ている。
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春潮の海峡を横切ると20分ほどで到着。
フェリー乗り場前から見る矢筈岳。・・・なるほど矢筈(矢の一端で弦にかけるところ)のかたちになっている。
ここから登山開始となる。標高≒0m。
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運動公園前の海岸道路からまっすぐ細い裏道へと入る。
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魚網がかぶせられた(鳥避け)畑を見ながら500mほど進むと指導標があり山へと入る。
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畑跡らしき古い石垣が続きジグザグに登っていく。
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勾配がゆるみ草が刈られて清掃された登山路を気持ちよく進む。分岐を左へ向かう。
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擬木の階段をすこし上がると山頂部が見えてくる。13時20分。登山口から約30分。
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山頂の一等三角点傍にある天測点(柱)。
天測点とは天文測量を実施するために設けられた基準点です。天測点自体は測量機器の重量に耐えうる単なるコンクリート製の観測台で、4角柱や8角柱などさまざまな形をしています。ただし、どの点にも台上部に指標鋲、側面に銘板「第何号 天測点 地理調査所」が取り付けられています。 天文測量を実施した目的は、三角測量で求められた位置座標を規正するためでした。昭和29年から5年間、天測点を利用した天文測量が一等三角点の傍で実施されています。全国48箇所で設置・観測がなされましたが、その後は機器の軽量化により天測点を設置することはなくなりました。(〜HP一等三角点探訪より)
九州ではここ矢筈岳と佐伯市の元越山、そして宮崎県の牛の峠など6箇所にだけ有る遺産だ。
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山頂には住吉権現社(海の神である住吉三神を祀る)があり、中はきれいに清掃されてお供えも新しくお世話をする方がしのばれる。
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山頂から見る国東半島。すこし霞んでいるが・・・中央の三角が千灯岳。左に高く広がるのが両子山。
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山頂写真。 
ママの大分100山は98座目となる。(残りは宇目の夏木山と祖母系の大障子の2座)
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反対方向へ下山する。むこうに見えるのは稲積の姫島灯台。
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大海(おおみ)集落へ下りる。ここの住民のほぼ全員(の姓)が大海(だいかい)さん。
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ブルーラインを歩いてフェリー乗り場へ戻る。
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途中にある断層。近くには褶曲した地層も見える。
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きれいに整備された海水浴場よこを歩く。離島であっても施設などはどこも立派。
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フェリー乗り場へ着く。15時ちょうど。次の伊美港行きフェリーは15時20分。
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               登山道に多く咲いていたタチツボスミレ。
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                          キランソウ
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                         ヤブ椿の蕾
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           ヒサカキ〜今頃山道でにおっている・・・あまりよいニオイではない。
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                 山頂の桜のつぼみ。今年は開花が遅い。
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                海水浴場近くの岩にのる海鵜(うみう)?たぶん
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                        現代版恵比寿様
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by jinashi | 2011-03-28 19:03 | 国東半島・宇佐の山歩き | Comments(0)

秋葉社春祭 3月23日

国見町伊美の秋葉社で春祭が行われた。
氏子は伊美地区36戸?とずいぶん少なくなった。今年はじなしの1班が当番となり奉仕をする。少年時代にはここの屋根に(昔はもっと社殿が大きかった)上がって蜘蛛の巣で蝉を捕ったものだ。仁王像が守る秋葉社。祭神は火之迦具土大神(ひのかぐつちのかみ)。火伏(防火)の神様だ。
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午後より社殿と境内を清掃し、2時より祭祀をおこなう。祝詞を奏上するK神官は今年92歳。
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奥の秋葉社脇には右に稲荷社と左に十一面観音菩薩(諸神)が祀られる神仏習合で、玉串奉典に際してはその3箇所を向いてかしわ手をする。祭祀を終えてお神酒開き。
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総代の2人も入って狭い神前で集合写真。社殿周りの桜の蕾も僅かにピンクに色に・・・。
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夕方5時前より氏子の皆さんが集まって直会をする。祭典費は前もって各戸1250円を徴収。お神酒もまわる人にはまわる。
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最後に当番の7戸でごはんをいただき、片付けのあと解散。
・・・続いてほしい伝統行事だ。
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by jinashi | 2011-03-23 20:18 | 国東半島あれこれ | Comments(0)

3月句会
 兼題~冬晴れ・寒晴れ   講師~河野輝暉

 
 冬晴れや花嫁さんの帯高く      ふよこ
 気立てよき里の子育つ桃の花    ふじこ
 三月というのに憂さの消えやらず   タツ
 おしゃべりは鬱の妙薬冬晴れ間   清和
 古稀の日の俺を見つめて内裏雛   やっさん
 精米の温みの落ちる冬日和     じなし
 冬晴れや娘に誘われて海や山    和子
 大空を掃き竹林の春一番       きぬこ
 雛顔の世とは無縁に和みおり    マイルド
 冬晴れの物干竿にパンツ咲く     ひさえ 

            マンサクの花 (九重長者原レストハウス前)
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by jinashi | 2011-03-17 09:51 | くにみ句会 | Comments(0)

久住山赤川登山口(赤) 南登山道合流(青)

久住山(くじゅうさん・1787m)
九州100名山・大分100山~9回目 ※日本100名山は九重山(くじゅう連山の総称)
11日に発生した東日本大震災の津波による未曾有の被災をおもうと、山歩きをすることを後ろめたくも思う。災害はいつどこで起きるかわからない・・・ふつうに暮らせることに感謝。 
春の晴天に恵まれて久々にくじゅうのロングコースを歩こう。
赤川温泉周辺にマンサクも咲いていることだろう。
やまなみ瀬の本からR442(旧小国街道)に入り久住高原荘先を左へ入ると夜明けのくじゅうの山並が見えてくる。
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3度目の赤川登山口だが駐車場には本日一番乗りのようだ。
準備をして7時5分にスタート。今日は初めてのコースなので大分の山登山記・辻本さんの2010年10月16日コースを参照にする。今回は山を背にして歩き始める。ここの標高≒1050m。
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50mほど下って左のゲート横から舗装林道へと入る。
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大きく左へカーブした所から山へと入る。「南登山道へ」の案内板もある。
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荒れた竹林を抜けると南登山道に出合う。ここまで40分ほど。
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すぐにコンクリートが新しい林道へ上がる。
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林道を越えると猪鹿狼寺(いからじ)本堂跡へ着く。
最澄が唐から帰国後の平安時代に開基したという。鎌倉時代には久住山麓でおこなわれた巻狩で獲物となった鹿や猪の御霊を鎮めるため、久住山猪鹿狼寺となったと伝えられる。今でも久住小学校近くに天台宗寺院として現存している。
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この辺りから「七曲り」となる。ジグザグに何度も(とても7回ではすまない)折り返しながら高度を上げていく。
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勾配が緩やかとなり台地状となったところへ上がる。前方に久住山が大きい。
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振り返ると阿蘇涅槃が浮かぶ。
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ノリウツギの潅木帯をくねくね登ると左手に久住の山体が迫る。
恐る恐る雪渓をトラバースする。右前方は稲星山。
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神明水から(久住山と稲星山の)鞍部へと上がり着く。これでくじゅう連山のほとんどの登山路を歩いたかな?右前方に九州本土最高峰の中岳(1791m)。まっすぐ池の小屋へと向かう。
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池の小屋へから遭難碑のある1748mピークへと向かう。小さく碑が見える。
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昨年8月にじなしも参列した80回忌法要以来の遭難慰霊碑に参拝する。80回忌の時には雨で周りが見えなかったが・・・ここからは見晴らしが良くくじゅう連山のほとんどの山容を望むことが出来る。
裏側で早めのお昼。まだ10時30分。
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遭難碑から北へ少し下ったところから氷結した御池(みいけ)を見下ろす。
風も弱くだいぶ気温も上がっているようだが・・・氷の上を歩いている人もいる。向こうに中岳。
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空池横からはきつい久住山への登り。ママの隣を下っていく青いザックの男性はなんと77歳。
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山頂では20人ほどが昼食タイム。温度計がなくなり標柱の位置が少し西へ移動したのか? 
9回目の山頂写真。11時45分。
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小休憩のあと下山開始。下方に今朝登って来た南登山道の高台が見える。今日は野焼き日和で久住阿蘇高原のあちこちで煙が上がっている。
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岩場やガレ場の急坂や霜が溶けて滑りやすくなった路面に気をつけながらもグングン下れば小一時間で見晴らしの良い台地へ下りる。一休みして肥前ヶ城山腹の柱状節理を望む。
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少し下ると大分大学工学部的場研究室が取り組む「登山道浸食防止技術開発実験場所」を通る。昨年8月にここを通ったあと新聞報道でもこの取り組みを見た。この年度末までの事業のようだが・・・特にこの赤川コースは浸食がひどくその成果を期待したいものだ。
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木橋をわたると赤川登山口は近い。13時55分に駐車場へと下山。
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初めて登った南登山道は標高差はあるものの(赤川コースに比べても)特に厳しく危険な所も無く、静かで景観も良いコースです。近年、牧の戸や長者原コースの登山者が多いようですが、こちらのコースからの久住山、中岳、稲星山、白口岳の周回もおすすめです!

赤川温泉の廻りに多い「まんさくの花」。「春になってまんずさく」や「豊年満作の願いをこめて」などから名づけられたようだ。青空に映えて今が見頃。
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この冬は特に雪が多かった。「雪が溶けかけては氷る」を繰り返して出来たのか? 氷のオブジェ。駐車場そばにある。
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by jinashi | 2011-03-14 17:32 | 大分県の山歩き~くじゅう山系 | Comments(0)

登山口~西方寺林道大藤岩屋入口

阿弥陀越から登る鷲巣岳(わしのすだけ・437m)  大分100山~5回目
二郷山友会O会長より鷲巣岳を阿弥陀越より直登するコースへと誘われる。大分市の山女3人組のみなさんも「国東六郷満山三十三ヶ所霊場巡り」と「大日向本子さん人形展鑑賞」がてらに登るという。
あの断崖の先端部をどうして登るのか・・・少し不安もあるが大いに興味もある。
M夫婦にいっちゃん、ありさんも急遽参加となり総員9名がにぎやかに西方寺に集合する。会長より初対面の人には紹介があって登山口の大藤岩屋へと向かう。
西方寺林道を進んで峰入り道の大藤岩屋入口に着く。準備をして入山。
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阿弥陀堂のある大藤岩屋へと木の根を利用したハシゴを上がっていく。
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阿弥陀越を左へと入る。(まっすぐは大不動岩屋から尻付岩屋へ続く峰入り道、右へは太郎天岩屋方向)
すこし先の高台から要塞のような山容が見えてくる。
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自然林から植林帯へと入り急坂を上って行く。
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山頂直下へと辿り着く。直登コース(昔登ったそうだ)を探すが・・・見つからないようだ。
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山頂部の左を巻いて東へ廻ると古いテープがあってここから大岩を登るコースに出会う。
O会長は以前ここからも登ったことがあるそうで身軽に上部を目指したが・・・。今回は(ザイルの装備もなく)危険なのでと途中から降りて来た。先端部の橙の木へ上がり着くようだ。
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すこし先へ行って上がれそうな所を見つける。浮石に気をつけながら立ち木に摑まって登る。
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20mほどの高さを登ると見慣れた山頂尾根へと飛び出す。
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右へと役行者、蔵王権現、不動明王の並ぶ祠に向かう。
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2等三角点の前で山頂写真。後に離れてひとりポーズをとる人が・・・。
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そばに去年秋の地元教育委員会主催子ども会登山会「わくわく体験・・」記念プレートが
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先端部から南西方向を見る。
手前に並ぶ岩尾根は後野越の稜線。その向こうの岩尾根が中山仙境(高城316.9m)。左後方の山がハジカミ山(570m)。その後が尻付山(587m)。
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西方向。後野越から岩尾根が連なる。真ん中のピークは1週間前に夷から登った高岩(353m)。左向こうの丸い山は猪群山(458.2m)。
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下山途中で往路が不明となるが植林帯を目視で大藤岩屋方向へ進めばほぼ登山口近くの谷へと下りる。
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by jinashi | 2011-03-09 18:26 | 国東半島・宇佐の山歩き | Comments(0)

豊後高田市黒土三畑登山口

伊美山(いみやま・497m) ~国東市と豊後高田市境の里山
予報どおり今日は朝から小雨が落ちてきた。2月20日に大分市のうさぎ&かめの山楽校のみなさんが登った赤根の伊美山に登ろう。近くの山なのにまだ縁がなかったが・・・小一時間もあれば登れるだろう。水とキャラメルだけもって(おっとビニール傘も)赤根に向かう。
地蔵峠トンネルを出て100mほど下り右の狭い舗装路へと入る。人家が見えてきて防火用水そばの空き地に車を停める。ここにもしっかり穴井標識がある。
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3軒ほどの三畑(みはた)集落で、住んでいるのは1軒のみか?
民家の間の舗装路を歩き始める。9時5分。標高≒350m。小雨が降り続いている。
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この先は日本テレコム(株)所有の山林と表示がある。チェーンゲートを越えて進む。
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カーブの広場から並石耶馬に続くきれいなピーク(≒450m)が見える。
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崩壊地横のカーブミラーのあるところから山に取り付く。
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杉林の急坂を登る。
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尾根へと上がる。
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右へとすすむとすぐに516mの伊美山最高点につく。(反対側のすぐ西には530mピークがあるが・・・)
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その先で右に見えた黄色テープに誘われて急坂を下る。(まっすぐを下るのが正解) つい最近間伐がされたようで切り倒された幼木が散らばって進路がわからなくなる。地蔵峠トンネル方向への(下る)ルートに入ったようだ。元に戻ればよいのに、右往左往しながら強引に山頂部をめざして左の尾根へと上がると赤テープをみつけて一安心。20分ほどロスして尾根道を歩く。
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すぐに丸く切り開かれた山頂に着く。10時5分。
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標高497.6m。先のピークより低いものの3等三角点がある。新しい山頂プレートは山楽校のみなさんが取り付けたようだ。
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山頂から見える屋山。長安寺のある山。
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雨足も少し強くなったようでまっすぐに往路をもどって下山。10時33分。
ゆっくり登って40分、下りで30分というところか。
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山頂の松の木から出ている松脂。
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by jinashi | 2011-03-08 14:14 | 国東半島・宇佐の山歩き | Comments(0)

岩に彫られた古代の文字や絵のことをペトログラフという。そして日本では漢字が伝わる前の文字を神代文字という。
この神代文字が彫られた大岩が国東半島にあるということは5年ほど前に地元紙で報道されたことをおぼえている。
数年前に国東郷土史研究家の邦前文吾(くにさきぶんご・ペンネーム)さんにこの岩のことをいろいろとお聞きしたことがある。今回、国見観光ガイドの現地学習会として文吾さんに講師をお願いし、現地へ案内していただくこととなった。
まずは事前学習会で「国東半島こそが古事記の舞台である」という文吾さんの研究の一端を聞く。
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神代文字を彫った岩は下関彦島や飛騨高山、青森・北海道などにあり、弥生中期の遺跡や秦の始皇帝が不老長寿の薬を探させた徐福の伝説がある地に多いらしい。
8名の参加者は2台の車に分乗して国東町成仏の現地へと向かう。
近くの道路わきに車を止めて山道へと入る。しいたけのほだ場を通りぬけて尾根筋にあがると小高いところにその大岩が見えてきた。この辺りでは明見石(みょうけんいわ)、または八乙(やおつ)の磐座(いわくら)といわれているようだ。
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この岩を発見(こどもの頃から知っていた)したのは近くの溝辺安司さん(故人)。7~8年ほど前じなしが赤根で種田山頭火について調べていたとき、紀行平刀鍛冶について調べていた溝部さんと出会い成仏の自宅を訪れたことがあった。戦後、家宝の刀剣を警察に没収されたことなどを聞いた。
こちら(北)に向かった岩の上面に彫られた神代文字。
「トミアキタラシナカオキテンノウ」と書かれているらしい。万葉仮名の漢字で表現すると「富金足長息天皇」となるらしい。25代天皇のことのようだ。(神武天皇は73代)
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大岩の大きさは約3.5m角、厚さ約1.5mで軟質花崗岩の日本一(いや世界一かも?)の大きさのペトログラフ石だそうだ。
南面にも神代文字の列が。
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木漏れ日の中に浮き出るペトログラフのアップ写真。
ソコヲヤキ     其処を焼き
ヨキチホレ     良き地掘れ  
シモワトク     下は疾く   
ヒワノカミノリヨ  日輪の神宣りよ
シフキアエス    子不起あえず 
ネツキヨタス    根付き代足す 
テムダ       日神子(ヒミコ)   
  ~と書かれているらしい
写真をとると雲が湧いたように白く映ることもあるそうだが・・・じなしは霊感がないので普通にうつっていた。
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戦後まもなくどこからかやって来た人が、風化がすすんでいた文字を彫り直したともいわれている。
南の後方に本体から分割された岩が立てられており
  〇(日輪)  富山   山陵   
と刻まれており、越中(富山)の神通川上流にあったという皇祖皇太神宮と関係しているという。
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全体が丸く盛り上がった感じで、文吾さんは前方後円墳の円墳部分ではないかと言われる。
文字からもヒミコの墓を連想する。
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文字岩への途中には似たような大岩があり、水をつかって祭祀をしたものか?人為的な帯状の溝が掘られている。
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麓の住居あと(溝部さん旧宅)には古い石塔などが多く、廻りにタタラ製鉄で出来た金クソ(使えない製鉄カス)が転がっている。
5~6センチ径の穴が沢山掘られた盃状穴のある大石もある。
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はじめて見るペトログラフ文字だったが・・・こんなモノがこの国東半島にあるのだ。文吾さんの言われるようにここはほんとうに古事記の舞台となったところなのかも知れない。


次に立ち寄った富来の八坂社(富来神社)。祭神はスサノウ。お参りすれば宝くじが当たるといい「富くじ(来路)当せん参り」で売り出してきた。
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神殿横から入ってすぐにあるオスの唐獅子。3体の子どもを守っている。
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神殿にむかって左に雌の唐獅子。「運玉唐じし」と命名されている。大きな玉は子どもを孕んでいるという意味もあるようで、この玉に宝くじや手をさするとご利益があり願いがかなうそうだ。
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ちょうど観光客の皆さんを案内されていたガイドの河野洋一郎さん。富来ようなれ会の会長さんでじなしとはこれまでいっしょに「み仏の里くにさきウオーキング」の委員をやってきた。
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by jinashi | 2011-03-07 19:57 | 国東半島あれこれ | Comments(5)

2月のはじめ、HP「大分の山と町」の小関さんより豊後高田市夷の中山仙境の北に連なる岩峰にひときわ聳える353mピークについてルートの問合わせがありました。小関さんHPの掲示板に福岡の方から問合わせの書き込みがあったようです。
地元「二郷山友会」会長のOさんとルート探索に出かけてきました。
 青~登山口  赤~山頂

高岩(たかいわ・353m~豊後高田市夷)
国土地理院マップに夷谷から北の西方寺へと越える道が点線で示されおり、353mピークのそばを通っているのでこのコースを辿ってみることとする。
夷の上り口(楽庭神社よこ)でおばさんに聞いたところご主人が出てきて「てるちゃん(この近くに住むじなしの同級生)から聞いちょるで」といわれる。先日てるちゃんに会ったときに昔の西方寺へ越える道を聞いていたのだ。ご主人は地元の建設会社に勤めていたIさんで若いときは40分ほどで西方寺まで越えたという。Iさんよりそのピークは「高岩」だと教えてくれる。

夷の楽庭神社横の広場に駐車して坂道を歩きはじめる。
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上り口にある案内板
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左奥へと舗装路が(西方寺方面に)続いているようだが・・・右の山道へと入る。
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左手にお地蔵様などが並んでいる。(峠越えの安全祈願の)道祖神のようだがかなり荒れている。
後になって青鬼さんより「石板が倒れているがこれは六地蔵のようだ」と教えていただきました。地元の大力さんから聞いたそうです。
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15分ほど登ると左に石灯籠?があって奥へと苔むした石段が続いている。奥には(入口案内板にあった祇舎谷不動といわれる)不動様が祀られているようだ。
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この先で道が分かりにくくなり何度か間違える。30分ほどのロスで西方寺へと越える峠尾根に着く。ナラの木が立っている峠を「高岩越」と名づけることにする。
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左へ向かうと樹間から高岩のピークが見えてくる。大崩山系鹿納坊主に似ている。
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高岩越から10分ほどで手前の大岩を巻いて直下に辿りつく。ここから急勾配を登る。
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三点確保で潅木や岩に摑まって登りきれば高岩に上がる。全方位絶景の岩場だ。西風強く少し寒い。
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南には中山仙境の山塊が。かつて左の最高地点高城(316.9m)からこの高岩を何度か望んでいる。後にハジカミ山、尻付山。
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峰入りのときに夷から西方寺へと越える「後野越」は南東部方向。途中から岩峰のひとつで「一望岩」というところがあり、写真家のF先生から「はしごを持って登れば上がれるで」と先日教えていただいた。奥は黒木山。黒木山手前三角の岩峰が322.4mピークか。
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東には西方寺奥の集落越に鷲巣岳が横たわる。その右手奥には凸形の五辻不動が望める。(ズーム)
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山頂写真。
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4等三角点がある。そばに紅白ポールが朽ちている。
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赤テープを持ってこなかったので、Oさんがナタで雑木を切って印をつけながら下山する。
途中にある猪のぬた場。おふろです。
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下りは45分ほど。間違わずにまっすぐ登れば1時間ほどか・・・。現在工事中の林道が完成すれば西方寺から入れば楽に登れるようになりそうだ。
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北尾根筋に周回コースが出来れば(見つければ)中山仙境に劣らぬすばらしいコースとなるだろう。

途中に咲くやぶ椿。
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Iさん方のまるまる太った大きな(アメリカンショートヘア?)猫・・・なんと名前は「チビ」003.gif
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by jinashi | 2011-03-02 17:25 | 国東半島・宇佐の山歩き | Comments(4)