作礼山登山口

作礼山(さくれいざん・887m)    
 佐賀県唐津市厳木町の山  九州百名山~55座目
お盆やお接待などで久々の山行。連日の厳しい残暑だが天気も良いので佐賀方面へ100名山稼ぎの遠征をする。前夜から道の駅厳木(きゅうらぎ)で車中泊をするが熱帯夜で寝付かれない。
延岡の鉾岳、南阿蘇の俵山とこのところ天気に恵まれなかったが今朝は晴れて視界も良い。
道の駅から見た作礼山。
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厳木の町中を通り抜けて県道を北に進み平之集落を左折して舗装路をくねくねと登ると終点の広場が登山口。ここはもう9合目。車両進入禁止の登山口を入りゆっくり歩き始める。7時6分。
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すぐに右手にみどり池が見えてくる。その先にも池が2つ見えてくる。分岐にある説明版を見て中の池の土手を横切る。
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中の池とじゅんさい池の横からキャンプ場の古びたバンガローの間を抜ける。
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遊具の長い滑り台を少し登るともう山頂(西峰)へ上がり着く。7時27分。
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登り始めてからまだ20分余り。2等三角点がある。まずは山頂写真。
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南西方面にはこれから登る黒髪山やアンテナが林立する八幡岳、さらに先には虚空蔵(こくぞう)山が。南には多良岳・経ヶ岳、その先の雲仙普賢岳や有明海も望める。
 そして北西には唐津の町並みや唐津湾が間近だ。
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下山でジュンサイ池のほとりを歩く。池がブツブツとつぶやくような音がしている。
「楕円形の葉を浮かべて群生するジュンサイは茎先端部に寒天質のぬめりがあり淡白な味とツルンとした舌触りが初夏の味覚として珍重されている・・・」 らしいがまだ食べたことがない。
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糸トンボが足元に飛んできて停まる。つくつくほうしの鳴き声が響き、蝶や虫も多く自然が豊かに残っている。
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中の池を周回して駐車場へと下山する。まだ8時4分。1時間もたっていない。
  いままでで一番楽な九州100名山かナ?!
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黒髪山乳待坊登山口

黒髪山(くろかみざん・516m) 
  佐賀県武雄市山内町の山  九州百名山~56座目
相知(おうち)町の日本滝百選「見返りの滝」を見てナビに任せて1時間ほど走ると武雄市山内町へはいる。前方に黒髪山が見えてくる。
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乳待坊(ちまちぼう)登山口の駐車場に着く。佐世保ナンバーが1台のみ。
山名の由来は「全山が神秘的な形をなし、黒髪のような樹木が鬱蒼と茂り、古来山岳信仰の対象として知られた・・・」といわれているが・・・。最近頓に増えてきたじなしの白髪がこの山に登ってすこしでも黒くなってくれればとも思う。人吉に白髪岳があるがさらに増えそうでまだ登っていない。(黒髪山と白髪岳は姉妹山らしい)
登る前に平成16年新装の乳待坊展望台から黒髪山や青螺山(せいらさん)を見上げる。そそり立つ夫婦岩など険しい岩壁は噴出した溶岩流で安山岩質が浸食されて出来た姿だそうだ。
右が雄岳、左雌岳、左上が山頂部。
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駐車場を9時53分スタート。道横の岩屋に観音様などの石仏が祀られている。
まもなく指導標があって山へ取り付く。ここから山頂までは1Kmとある。
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階段状の自然石を踏みしめながら急坂の谷を登って行く。丸木階段を上がると見返峠で青螺山や竜門ダム方面へと連なる。
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左手へ向かうと間もなく左が開けた展望ポイントだ。左に雄岩、右に雌岩の夫婦岩を望みその間を登って来たことが分かる。大きいほうが雄岩、小さいほうが雌岩で形がどうこうというのではなさそうだ。
先の分岐を雌岩に向かう。先端部が高くなっている岩にはお大師さんと観音菩薩が安置されており山香の津波戸山と同じ修験道の山だ。犬を連れた男性が一人話しかけてきた。先端から覗き込むと絶壁となっており雌岩本体へは渡れない。
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登山路へと戻り西光蜜寺分岐を山頂へと向かう。ここから山頂までの距離260mが厳しいコースだ。急坂を手足を使って登って行き天童岩直下から連続する鎖やハシゴにしがみついて登る。
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上がり着くと左へすぐに山頂だ。11時6分。さすが陶器の町らしく有田焼の方位版が岩に埋め込まれている。
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まずは山頂写真を。
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そして天童岩のテッペンへと上がる。足元がすくむが360度の大絶景だ。多良山系や雲仙普賢岳そして虚空蔵山などが間近に見えている。大村湾や有明海も近い。
足元には龍門ダムや先の乳待坊展望台も小さく見える。
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天童岩で万歳!(後は青螺山)
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ハシゴ場やクサリ場を慎重に下りると帽子のひさしから汗がボタボタ落ちてくる。今日もとても蒸し暑い。
往路を戻り無事駐車場へと下山。ちょうどお昼。
  低山ながら緊張感と景観を充分に楽しめる山だ。さすが九州100名山、登山者も多い。
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                               キンミズヒキ?
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 日本滝100選の「見返りの滝」 男滝と女滝(左の水量の少ない滝)が・・・。
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 黒髪山登山の定番。帰りにはココという・・・井手ちゃんぽん店。

 ~超有名で店頭には20人ほどの行列が出来ている。今、12時45分。
 並んでいたら前に黒髪のきれいな女性が・・・これも縁。
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 そしてこれがちゃんぽん。650円也。  (となりのおじさんのカツ丼もおいしいそうだ)
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by jinashi | 2010-08-30 22:45 | 佐賀県の山歩き | Comments(0)

8月句会 兼題~原爆忌、終戦日   講師 河野輝暉
 人大地潰れ原爆の都市生まれ   ふよこ
 ビニールの手袋流れ原爆忌    ふじこ
 妻と子を外地に捨てて沙羅の花   正水
 今耳にグラマン過ぎし終戦日     和子
 グラマンをのがれ橋下秋野草    キヨ
 あとで征くと言うし別れや終戦日   常春
 向日葵の一茎一花微動だに     マイルド
 無防備に子らは眠りて原爆忌    やっさん
 梅雨はげしスーパー昼の燈を灯し  きぬこ
 鐘の音世界に響き長崎忌       タツ
 終戦日背中を越えてやってくる    じなし
 対岸の連夜空焼く遠い夏       清和
 打ち水を夫の仕事にプラスする   ひさえ
       
                         ほていあおいの花
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by jinashi | 2010-08-24 08:47 | くにみ句会 | Comments(0)

豊の国の名水

杵築市山香町

水の口湧水
速見インター近くに「水の口湧水」がある。鹿鳴越山系湧水のひとつで杵築市守江へと流れる八坂川の源流となる。九州の名水100選、豊の国名水15選で豊富な湧水を誇る。湧き水公園として整備されていて駐車は4~5台、蛇口は5ヶ所あり土日には水汲みの人が絶えない。
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猛暑続きで雨の少ないこの頃ですが冷たい水が豊富に湧き出ていました。
我が家では山登りの帰りなどに汲んできてご飯炊きや味噌汁、お茶などに使っています。
by jinashi | 2010-08-23 11:20 | 国東半島あれこれ | Comments(0)

空海とうどん

豊後高田市夷谷~夏のお接待
国東半島でも先端部の国見や香々地では今でもお接待行事が地道に伝承されている。新暦4月と8月の21日の縁日(ごろ)には地区や個人で盛んに行われる。(弘法大師=空海が入寂されたのは835(承和2年)年3月21日)
お大師さんが広く恵みを与えたという風習によるものだが、昔は夏のお接待にはもっぱら「うどん」が出されていた。(今ではほとんどがお菓子やジュースなどを出している)

うどんは唐から空海が持ち帰った「唐菓子」が源流だそうだ。

「唐菓子」は、小麦粉にアンコを入れて煮たもので「混沌(こんとん)」といわれていました。
それが「検飩(けんとん)」となり、煮て熱いうちに食べるものだから「温飩(おんとん)」となり、それが転じて「饂飩(うんとん)」となり現在の「うどん」になったと言われています。 (山野明男「うどん伝来の一考察」より)


夷に住む同級生のてるちゃんから「お接待に出ちょいで~!」といわれ富さんといっしょに出かけた。
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なつかしいお接待のうどん。当番地区の皆さんが朝早くより準備をしたそうで冷たいうどんがおいしい。お替りもいただきました。043.gif
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                          昔も今も同級生の3ショット!
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               明日22日(日)はじなしも地区のお接待当番です。お菓子を出します。
by jinashi | 2010-08-21 14:27 | 国東半島あれこれ | Comments(0)

宇佐市安楽院と宇佐公通

宇佐市森山の安楽院

宇佐八幡大宮司宇佐公通(きんみち) 
国東半島の歴史と大きく関係する宇佐神宮。1400年以上に及ぶ歴史の中で大きな力を持ったのが大宮司宇佐公通(うさきんみち)だ。源平合戦の時代、平清盛の娘を妻に迎え平家とつながることで九州一円にあった宇佐八幡(や弥勒寺)荘園の守護を図る。神官の身でありながら豊前の国司をつとめるなど大きな権力を持った。また救民事業として駅館川に(大分県最古といわれる)平田井堰を築いており、現在でも安楽院の横を灌漑用水が流れる。

安楽院は宇佐平野を東西へ走る農免道路(県道629)のそばにあり現在は曹洞宗寺院となっている。かつては公通の館としての平城「森山城」であり、平家や安徳天皇の都落ちには受入れ先となったといわれる。
山門を左へ向かうと大きな(高さ2mぐらい?の)五輪塔がある。公通の墓(供養塔)で江戸初期の建立。
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境内の少し先にある十三重塔は安徳天皇の供養塔といわれる。
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おごる平家は久しからず・・・。平氏に反旗を翻した緒方三郎惟義(おがたさぶろうこれよし・宇佐宮緒方庄の荘官)らによって宇佐神宮、弥勒寺は焼き討ちにあう。
その後平家滅亡により宇佐公通は危機に瀕するも源頼朝より贖罪のための代償として八幡宮や弥勒寺金堂の造営を課される。
by jinashi | 2010-08-16 14:27 | 国東半島あれこれ | Comments(0)

田染荘小崎の農村景観

田染荘小崎シンポジウム  8月7日(土)~ホテル清照
豊後高田市の「田染荘小崎(たしぶのそうおさき)の農村景観」がこのたび国重要文化的景観に選定された。
大分県では「日田市小鹿田焼の里」についで2番目となる。
田染荘小崎地区は奈良時代から開発がはじまり、鎌倉時代には宇佐神宮権大宮司永弘家の次男栄重(ひでしげ)が荘官として尾崎屋敷に入り尾崎氏の娘と結婚し私領を増やす。永弘文書にはその当時から現在まで時空を越えてほぼ完全なかたちで圃場や集落の遺構が残っており、現在では国内に4000ほどあったという荘園ではここだけだ。
高度成長期に圃場整備の話を機に実態調査を始める。以降住民の皆さんと粘り強く話し合いをすすめる。
この度の国選定に合わせて市、市教育委員会主催のシンポジウムが開催された。
午前中に行われた現地説明会に参加する。

「ほたるの館」で地元郷土史研究者の河野さんのお話を聞く。
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集落へと歩いて移動する。前の岩屋は鬼が住んでいたという魔所の間戸岩屋。
今日も朝から暑い。
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永弘文書にある為延屋敷の説明を聞く参加者。
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市内の「ホテル清照」へ移動してシンポジウムに参加する。
小崎の保全に当初から係ってきた別府大学教授の飯沼賢司先生の講演(基調報告)を聞く。
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小崎では景観保全や都市住民との交流のため2000年より荘園領主(水田オーナー)を募集している。現在120人が領主となっており御田植祭や収穫祭などの交流イベントに参加している。
by jinashi | 2010-08-12 09:24 | 国東半島あれこれ | Comments(0)

赤川登山口

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くじゅう遭難慰霊碑復元と80回忌法要
 久住山(1787m・8回目) 扇ケ鼻(1698m・4回目)
6月17日の大分合同新聞東西南北にくじゅう遭難慰霊碑のことが書かれ80年前の遭難のことを知る。昭和5年8月11日、沢水(そうみ)本道登山口より登った当時21歳の若者2名が猛烈な嵐に出会い寒さと飢えで遭難死した。1年後に旧友や縁者たちによりその場所に慰霊碑が建立される。この新聞記事をきっかけに台座から脱落倒壊した慰霊碑を見つけ出した大分市の「山のいで湯愛好会」の山男たちがパイプや角材、ジャッキなどの重い機材機具を運び上げ700kgほどの石板碑を人力にて台座に戻す。
そのことを再度東西南北で知り加藤会長さんや挾間さん、高瀬さんなど愛好会の皆さんの男らしさとやさしさと結束力行動力に感激する。さらに愛好会が現地にて80回忌法要を執り行うことを知り参加させていただくこととする。遭難したのは筑前木屋瀬(現北九州市八幡西区)の人で九大医学部学生だった廣崎秀雄氏と友人渡邊邦彦氏。九州で初の山岳遭難死、それも真夏とあって当時話題になったようだ。

吉兆か!?・・・朝の虹。(やまなみハイウエイ飯田高原あたりから)
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今日は赤川登山口から入山する。すこし厳しいが静かで良いコースだ。2006年7月16日以来4年ぶり2度目のコースで前回と逆周りで久住山への直登コースに入る。7時26分。
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大分大学工学部の登山道浸食防止開発の実験地となっている登山道。
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久住山の岩場を見上げる台地へ出る。山頂まであと一時間ぐらいかな? ここからは大石の多い急坂を両手をフルに使って登って行く。
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山頂に上がると高校生の団体が賑やかだ。山頂温度計は16℃。久住町方面からガスが湧いてくる。
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稲星方向へ進み南登山道の神明水を左折して池の小屋方面に進む。ガスで方向感覚がなくなり後から来たおじさんについていって池の小屋へ上がる。そこから新聞にあった方向(西方に240mほどの標高1748mピーク)へ進むと小雨交じりのガスの中に人だかりがあり法要の準備をされているようだ。
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碑の大きさは縦130cm、横200cm、厚さ15cm。石板上部に梵字のキリーク(阿弥陀如来)が刻まれている。阿弥陀様により浄土へとお導きいただくために刻んだものであろう。 前で記念写真。
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開式時間の11時前になって雨脚が強くなり法要は池の小屋の中で行うこととなる。小屋の中には50名ぐらいが参列。先ずは主催者「山のいで湯愛好会」の加藤会長さんがあいさつと経過報告。
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白水寺法華院第二十六代院主弘藏岳久氏(法華院山荘主人)が読経と全員が焼香。碑文の説明があり、最後に現存する渡邊氏の弟さん(81歳)から3日前に届いたという手紙が挾間さんにより朗読されて閉式となる。
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池の小屋を後にして星生崎下非難小屋で昼食をしていると夕立が通り抜ける。初秋の花々が咲き群れる扇ケ鼻に上がる頃には晴天となってくる。山頂から一気に下って無事赤川に下山する。14時50分。
(下山途中で左扇ケ鼻、右肥前ヶ城を振り返る)
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この法要は多くの山を愛する仲間が集いこのくじゅう連山の大自然に対して畏敬の念を感じながら今後も安全な山登りを楽しむことを再確認するためでもあった。
ちょうど11時の開式時刻に降った雨は廣崎、渡邊両氏の魂の涙だったのかもしれない。
参加した皆さんはきっと満ち足りたそして暖かい気持ちとなって下山されたことだろう。
下山したあとはすっきりと快晴の夏空となった。
「山のいで湯愛好会」のみなさん、ありがとうございました。

                           ママコナ
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                          イヨフウロ
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                          シモツケソウ
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                          マツムシソウ
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                          イブキトラノオ
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                           ノギラン
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by jinashi | 2010-08-08 21:23 | 大分県の山歩き~くじゅう山系 | Comments(2)

 「神社の格式について」  講演 ~ 宇佐神宮権禰宜 丸山信一氏
豊後高田市田染文化財教室の平成22年度ふるさと学校公開講座があると聞いて田染公民館へと出かけた。60人ほどの受講者が熱心に耳を傾けた。
現在、全国には8万の神社があり、その中で旧官國弊社は224社あるそうだ。
分類すると官幣大社が65社、国幣大社が6社、官幣中社23社、国幣中社47社、官幣小社5社、国幣小社50社、それに別格官幣社といわれる28社だ。官幣社は天皇が勅使を派遣する皇室尊崇で天皇家との関係の深い神を祭る神社。国幣社は国が祭事を執り行う神社で国造りに功績のあった神や偉人を祀っている。
あくまでも戦前の神社格付けだがいまでも〈旧〉をつけてよく使われているようだ。
その官幣大社65社の29番目に宇佐神宮がある。豊前国一の宮で全国4万4千社と称する八幡社総本宮だ。10年に一度皇室から勅使を迎える臨時奉幣祭が執り行われる。次回は平成27年。その日にちは天皇が決めるそうだ。
また延喜式の式内社における大分県の神社には宇佐神宮のほかに大分の西寒多(ささむた)神社、柞原(ゆすはら)八幡宮、佐賀関の早吸日女(はやすいひめ)神社、竹田の健男霜凝日子(たけおしもごりひこ)神社、湯布院の宇奈岐日女(うなぎひめ)神社、別府の火男火売(ほのおほのめ)神社があり歴史ある社格を持っているといえる。
各地の神社にお参りするときにはその格式を知ることも歴史学習の視点となるだろう。ちなみに先日お参りした阿蘇一の宮の阿蘇神社も旧官幣大社だった。また伊美別宮社は近代社格制度における旧県社だ。
全国の旧官國弊社を巡っている人も多いようだ。
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        権禰宜の奥様はここ田染の人だそうだ。
by jinashi | 2010-08-06 15:14 | 国東半島あれこれ | Comments(0)

俵山峠

俵山(たわらやま・1095m)  熊本県南阿蘇村
  九州百名山 ~54座目
おんばれ祭りも終り今が一番暑さの厳しい時だ。この季節になると世界一のカルデラ火山阿蘇の大景観を見たくなってくる。未登の俵山や五岳の烏帽子岳、杵島岳を目指そう。
小国辺りからは雲の多い空模様だ。立野の阿蘇大橋を渡ってR325から県道28の旧道へ入りクネクネ登ると俵山峠駐車場に着く。7時15分。まだだれも居ない。西風も強く霧で視界が悪いので車中で天候の回復を待つ。風力発電のプロペラの風きり音らしきが聞こえる。
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2時間ほど朝寝?をして待ってみたが天気も変わらないので登山靴をはき始める。前回の延岡の鉾岳もこんな天気でこのところお日様から見放されている。舗装路を歩き始めると風力発電のプロペラが力強く大きく回っている。すこし肌寒い。9時5分。
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3基目プロペラの先から山へと入る。
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急坂の樹林帯を25分ほど登ると天が明るくなってフラットになり展望所からの道と合流する。晴天ならばここからは阿蘇連山が望めるはずの所だ。霧の中を山野草の花を楽しみながら進む。
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荒れた丸木階段の急坂を登る。きつい登りを上がると再度ゆるやかなアップダウンの路となる。
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左に崩壊地を見てまもなく足元に石がゴロゴロしだすと山頂部へ高度差100mほどの急坂が始る。相変わらずの西よりの風とガスで視界が狭いうえに雨がぱらつきだした。
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喘ぎながら上りきると左に護王峠からの道と出会う。右直角に僅かにくだり気味に行くと広々とした3等三角点の山頂に着く。11時3分。本来ならば絶景が楽しめるところだがガスで視界はない。
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山頂写真のあとすぐに下山する。
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団体さんなど数組とすれ違う。丸木階段コースを避けてらくらくコースを下り樹林帯コース分岐はまっすぐ進む頃にはすこしガスが晴れてきて見通しがよくなってくる。
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滑りやすい急坂を慎重に下れば前方に南阿蘇の町並みが見えてくる。振り返れば山腹も見え出した。
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展望所へと下りるとなんとたくさんの風力発電プロペラが連なり回っている。その数なんと10基!
12時28分、駐車場へ下山。
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下山後麓より見た俵山。まだ山頂部はガスがかかっているようだ。
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10年ほど前に行った「一心行大桜」へ立ち寄る。周りはパークゴルフ場となっており入場料をとるようになっている。
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白水村から阿蘇パノラマラインを登り阿蘇五岳の烏帽子岳を目ざすも草千里一帯はガスで視界が無く登山は中止とする。
阿蘇駅前坊中の「夢の湯」に浸かってすこし昼寝。400円也。
阿蘇神社にお参りして帰路に着く。素晴らしい楼門だ。
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                         コオニユリ
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                        オトギリソウ
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                       アソノコギリソウ
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                         シモツケ
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                        ホタルブクロ
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                        オカトラノオ
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                       カワラナデシコ
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                       サイヨウシャジン
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                       ホソバシュロソウ
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by jinashi | 2010-08-03 22:55 | 熊本県の山歩き | Comments(0)

別宮社夏季大祭

おんばれ(大祓)祭
7月31日には伊美別宮社夏越の祓祭が行われた。昨年より引き続いて浜中区が祭り当場を務める。
大祭前日の30日には役員、組長などで社殿一帯や伊美崎社、神幸所の清掃、注連縄(しめなわ)の張替えと拝殿への提灯掛け、幕張りなどを行う。竹切りのあと先ずは一の鳥居の大注連縄を張る。
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40箇所ほどの注連縄張りを終えて一段落した所で16時より注連縄下祭が、夕刻19時より宵宮祭を執り行いその直会(なおらい)も終わって本日は終了。
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当日は朝祭から始まる。今日も引き続いて猛暑だ。いよいよ16時からの本社大祭がはじまる。一番多い11台の御神饌(ごしんせん)を神殿へ供える。
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撤饌のあと3基の神輿を神殿へといれて御神体を納める。
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露払いを先頭に浜殿へと巡幸する。
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浜殿では御神幸祭が執り行われ神楽や巫女舞が奉納される。
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神輿が本殿へ還幸したあと「当場渡しの儀」が執り行われ、浜中区から野田区の神事奉行と区長へと祭典次第書が引き継がれる。
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直会も果て籠り家を片付ける。昨年より続いた一連の祭り行事のすべてを終える。
浜中区役員の皆様お疲れ様でした。

巫女さんの草履。よく見るとそれぞれに小さな目印がついている。
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伊美別宮社の祭神は応神天皇、神宮皇后、仲哀天皇。859年に京都岩清水八幡より御分霊を迎える。秋の大祭で奉納される「流鏑馬」行事は大分県選択無形民俗文化財。また4年に一度山口県祝島へと巡幸する「神舞」行事は山口県指定重要無形民俗文化財で1000年以上の歴史がある。
by jinashi | 2010-08-02 21:11 | 国東半島あれこれ | Comments(0)