鬼神太夫

鍛名命社のお祭り 
国東市国見町鬼籠(きこ)の鬼神太夫(きしんだゆう)という所に「鍛名命社(かなみこしゃ)」がある。
ここは鎌倉時代の刀工、紀新太夫行平(きのしんだゆうゆきひら)の鍛冶場跡といわれるところだ。
行平は1144年相模国の生れといわれ、成人して修験者となり英彦山の僧定秀(じょうしゅう)を師匠(太夫)として刀工となる。平氏滅亡のあと関東へ流刑されるが頼朝の死後九州に下向となる。国東伊美郷に住し、後に大分市高田に居を定める。後鳥羽上皇の御番鍛冶24名に選ばれた豊後刀鍛冶の名工といわれている。

鍛名命社ではこの地区に8軒ある紀一族一統がいまでも祭祀をとりおこなっている。
以前は祭日が決まっていたようだが、今では7月下旬と12月初旬に行われているそうだ。今日7月26日が夏の例祭と聞き見学をさせてもらう。今年の座元は紀康光さん。
最初に各家の荒神様へ茅(冬は稲藁)の注連縄をはり、にがし竹に白い紙垂を挟んだ払具を奉じてお祭りをする。
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屋敷荒神のお祭りを終えた後11時ごろ鍛名命社へ集まる。石殿を開いて新たな払具を奉じて注連縄をはる。酒、水、塩、米、魚、野菜などをお供し神事が始まる。
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狭い境内に庚申塔があり、その横に仲良く並んだ五輪塔は紀新太夫と妻の墓といわれる。石殿祠のすぐとなりには燃える玉鋼を打った鍛冶場の跡ともいわれる鍛冶塚が。
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社の下にある井戸で刀に〈焼きを入れる〉ときに使う水を汲んだといわれる。
すこし前にはこの近くに水琴窟もあったそうだ。
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    こうして年2回の祭祀を続けながら紀一族が相和していく良き行事と感じられました。
                (鍛名命社の石垣に咲くベコニアの花)
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鬼籠(きこ)という地名については昔から伝わる民話がある。
・・・とてつもなく恐ろしい赤鬼が、耳まで裂けた大きな口を開け、牙と牙の間から真っ赤な火炎を吐きながら、鉄の塊を熔かし、その焼けた鉄を手でつかみながら、叩いて刀を鍛えている・・・
  (かつてTV「日本昔ばなし」で似たような民話「鬼のかたなかじ」が放送された・・)

鬼籠地区にこの春、空き家を改築した田舎暮らし体験交流施設「トンテンカンの家」がオープンした。地元NPOが運営する施設だが名称はここに伝わる紀行平伝説(玉鋼を打つ音)からつけられている。
by jinashi | 2010-07-26 17:42 | 国東半島あれこれ | Comments(0)

7月句会     兼題~腰   講師 河野輝暉
 石臼の乾くことなし送り梅雨       マイルド
 姫島を浮かして流れ青葉潮       きぬこ
 栗の花匂ひてゆらりゆらりかな     キヨ
 いやな奴刻んでも刻んでも鱧      じなし
 腰伸して一歩ずつ行く夏帽子      ひさえ
 背伸ばせば腰痛軽き梅雨の明け    タツ
 蠓(まくなぎ)の朝野に一人芝居かな  きよみ
 あじさいや来し方想う七変化       和子
 腰痛の目ざめて睨む天井板       常春
 餅搗きの合いどり役や腰拍子      ふじこ
 腰痛を五月の闇に放りたし        ふよこ
 春遍路讃岐うどんの腰にほれ      正水
 七夕や軍歌つぶやく父がいた      やっさん
                  
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                       〈三日三晩の土用干し〉
by jinashi | 2010-07-20 17:47 | くにみ句会 | Comments(0)

上鹿川登山口

鉾岳(ほこだけ・1277m)  宮崎県延岡市北方町  
    九州百名山~53座目

17日には九州地方(全国的にも)は梅雨明けしたようだ。天気予報も所により雷雨とはあるものの九州は全般に晴れて猛暑の予想だ。この時期には宮崎県北方町の鉾岳に希少植物ツチビノキが開花しているだろう。森の巨人たち100選の鬼の目杉も見てみたい。
前夜に車中泊した日之影町道の駅青雲橋では星が瞬いていたが、夜半から雨が落ちてきた。小雨の中早朝に青雲橋を出発。今は廃線となった旧高千穂鉄道槇峰駅より県道214号に入る。昨年ちょうどこの時期に登った比叡山登山口を過ぎ、さらに網の瀬川沿いの狭い道をくねくねと上鹿川(ししがわ)へと向かう。上鹿川の棚田が広がる盆地から見えるはずの鉾岳など回りの山々は雨雲に隠れている。
槇峰からほぼ1時間で鹿川キャンプ場駐車場に着く。長崎ナンバーのパジェロミニが1台のみ。
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時々青空もみえるものの小雨がぱらついておりしばらくは様子をみる。
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天気の回復を信じて雨具はズボンだけで出発。ここは標高725m、山頂まで550mほどの登りだ。チェーンソーアートのふくろう君に見送られてキャンプ場を右に見ながら入山。6時50分。
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舗装路からまもなく山道に取り付く。自然林を進むと右前方から沢音が大きくなってくる。大岩を過ぎて次第に尾根筋の急坂となり木の根や岩を掴みながら登って行く。
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指導標があって左へすこし上がると雌鉾(めんぼこ)南面の大スラブ(一枚岩)を見上げる基部へとでる。高さ250m、基部底辺は400mもあってロッククラーマー垂涎の的という。
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岩壁にこんな木製プレートが。どうもクライミングのコース名のようだ。
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第1渡渉点は雨で水量が多くなっているようだ。滑りやすい岩場をロープ伝いに慎重に渡る。
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分岐を滝見新道へと進む。切れ落ちた山腹の左を巻くようにフィックスドロープや岩や根っこをつかみながら足場の悪い厳しいコースを登って行く。まもなく左前方谷の向こうに落差100Mのナメ(水流のある滑らかな岩盤)大滝が見えてくる。このあたりであちこちにツチビノキの開花を見つける。
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ハシゴ場で本道と合流しナメ床の第2渡渉点を越えゆるやかに上がると突然林道へ出る。左へ向かい5分ほどで右へ急カーブするところから左の指導標を入る。
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ナメ沢(この下流が大滝のようだ)を渡り、2Mほどのうるさいスズタケを屈みぎみに登ると雄鉾(おんぼこ)山頂だ。9時43分。
雨が降り続き薄暗くなった山頂部にツチビノキの花が灯っている。
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好天ならば先端部で絶景を楽しめるはずだがこの雨ですぐに下山する。林道に戻って鬼の目杉へと思ったが沢の増水が気になり今回はパス。・・・なるほどこの辺りは杉の大木が多い。
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ここまでだれにも会わなかったのに長崎ナンバーの男性を始めに次々と登ってくる登山者に出会う。第1渡渉点の飛び石を無事クリアして一安心。すこし下って昼食とする。
ひと休みのあと一気に下って駐車場まで戻ると8台が駐車している。11時43分。
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景観や鬼の目杉を楽しめなかったのは残念だが、山頂を踏み、大スラブやツチビノキを見ることが出来た。何よりもこの悪天候の中、厳しい登山路を無事に下山できたことを満足としよう。
駐車料200円を投入して帰路につく。 後になってここ(南九州)は20日が梅雨明けと知る。

                 今日の花~ツチビノキ(土斐ノ木)
世界中でも鉾岳・鬼の目山辺りにしか自生していないという。絶滅危惧種IA類に指定されているジンチョウゲ科の植物。
淡いピンクの花びらのように見えるのはガクで花弁は退化しているそうだ。
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                        シャラの花
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帰路に2008年12月に廃線となった高千穂鉄道「日之影温泉駅」の湯で疲れを癒す。駅舎の2階が浴場となっている。入浴料500円也。
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旧ホームには足湯もあり、譲渡された車両が宿泊施設として利用されている。
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県境では口蹄疫の防疫のための消毒ポイントが設置され24時間体勢での警戒が続いている。こちらは宮崎県から大分県へ入ったところ。係員の誘導に従いスローでポイントを通過する。
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by jinashi | 2010-07-19 22:23 | 宮崎県の山歩き | Comments(0)

恩送り

恩送り
NHK朝の「ラジオビタミン・ときめきインタビュー」で女優の斉藤とも子さんと村上アナの対談を車中で聞いた。斉藤とも子さん(49歳)のことはほとんど知らなかった。両親や家族のことから芸能界入り、そして広島の被爆者支援に係わるまでのことなどを聞く。離婚後には子育てをしながら大検に合格。数年の浪人を経て東洋大学へ入学し社会福祉士に合格するほどのがんばりやだ。女優業やボランティアを通じて人生で人とどう係っていけばいいのかを自問自答している中で「恩送り」という言葉と出会いその意味を知ることで救われたと話す。

ウイキペディアに「恩送り」の説明がある。
 恩送り(おんおくり)とは、

誰かから受けた恩を、直接その人に返すのではなく(返そうにも亡くなっていたりして適切な方法が無い場合に)、別の人に送ること。「恩」とは、めぐみ、いつくしみのこと。誰かから受けた恩を、自分は別の人に送る。そしてその送られた人がさらに別の人に渡す。そうして「恩」が世の中をぐるぐる回って社会に正の連鎖を起こすこと。とある。

また、日本人に古くから定着している言葉で『情けは人の為ならず』というものがある。「情け(=親切)は、いずれは巡り巡って(他でもない)自分に良いことが返ってくる。(だから、ひとに親切にしておいた方が良い)」という意味で「恩送り」と同じような表現である。

 この日は朝からいい話を聞くことが出来た。

                         (ネムの花)
         象潟や雨に西施がねぶの花 (きさがたやあめにせいしがねぶのはな) 
                      ~ 芭蕉「奥の細道」
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by jinashi | 2010-07-12 19:06 | 生きる力 | Comments(0)

十二燈石と盃状穴

十二燈石(じゅうにとうせき)
国東市国見町井上の岡公民館前に「十二燈石」という高さ1m足らずの窪みだらけの石造物がある。猟師などが山に入るとき12箇所(閏年には13箇所)の窪みに油を入れて灯し山の神に祈ったという。
近くに住むYさんによるとこの十二燈石はかつて公民館裏の旧道にあったそうでその位置から南東方面にある竹田津社元宮立石と鬼籠のストーンサークル(環状列石)とラインが繋がっているとも言われているそうだ。
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同じような十二燈石が豊後高田市田染の真木大堂前にもある。十二支燈明石(別名~拝み石)といわれ地元ガイドの方も似たような説明をされている。
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盃状穴(はいじょうけつ)
盃状穴とは寺や神社の境内にある置き石や灯籠の台石などに灯明をあげるため彫られた盃状の小さな窪みのことで気をつけてみると(燈籠の基礎部などで)目にすることがある。
豊後高田市蕗の富貴寺大堂山門の石段にもこの盃状穴がある。かつて宇佐神宮宮司の祈願所としての阿弥陀堂だった時一般人は参拝が叶わなかったので夜間こっそりと石段に穴を彫り、油を入れて灯明としここからお参りしたといわれている。
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Yさんの屋敷にある一字一石供養塔。隣の道路拡張で移された際おびただしい数の経文が書かれた小石が出てきたそうだ。(すべて埋め戻された)
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この一字一石供養塔の横に秋葉社や恵比須社などが一緒に祭られている。そしてその前にたくさんの穴が彫られた角石が横一列に(4つ)並んでいる。
これらも灯明皿として彫られた盃状穴なのではないだろうか?
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盃状穴はほかにも
 「十二支と北斗七星をあらわし真言密教の占星術に使われたもの」という説や
 「単に子供たちが遊びで作った石のくぼみ」という説などがあるようだ。
by jinashi | 2010-07-05 22:56 | 国東半島あれこれ | Comments(0)

豊後高田市大力

十王岩屋
5月29日に峰入り初日コースを歩いた(後半は車で移動)が「堀岩屋(普賢洞)」の次の「十王岩屋」の場所がわからず宿題となっていた。ここは初日の目的地である長安寺への最終巡礼地だ。
田染池部のA先生宅へお伺いして峰入りのことなどいろいろと教えてもらう。十王岩屋のだいたいの場所を聞き、県道548号より大力へ出る。その先の県道29号で男性に聞くと携帯でその方のお母さんへ問い合わせて場所を教えてくれた。
十王岩屋へ入る所の日平川にかかる橋の横にある石殿作りの祠。何を祀っているのだろうか?
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日平川沿いのなだらかな坂道を山へと向かう。100mほど入ると左に十王橋がある。
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橋を渡ったところの左前方に鬱蒼とした岩屋があり、中央に十王様が列せられ、その周りに観音様や地蔵様?なども祭られているがだいぶ荒れている。ここが「十王岩屋」だ。
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そばには五輪塔などもあって六郷満山の余韻を感じる。
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宿題も済んで県道548の入口へ出る。そこから見た県道29号沿い都甲あたり。
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by jinashi | 2010-07-04 20:04 | 国東半島あれこれ | Comments(0)