カテゴリ:国東半島あれこれ( 143 )

今日は長崎のblog友お宮さん&ノムさんと猪群山を登る予定だったが・・早朝の激しい雷雨で中止することになった。

昼前になって、辻本さんHPで見た宇佐光岡城址のタイサンボクの花を見に出かけた。

宇佐市赤尾あたりから見る(宇佐七山)連山。今が田植の真っ最中。
(拡大します)
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宇佐市長峰の光岡城址へ着く。
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宇佐市長峰には、16世紀に赤尾氏が戦の際に立てこもったとされる光岡城跡が今もなお史跡公園として残されています。
 光岡城跡は、高さ130mの山の上につくられた城跡で、その面積は南北140m、東西80mあり、発掘調査によると山の斜面を切り開いて平らな部分をつくり、見晴らしの良い北側に物見やぐらを含む6棟の建物が建てられていたとされています。また、当時この建物の周囲には柵などにより迷路のように入り組んだ通路がつくられており、外側は敵が攻めてくるのを防ぐため、高さ2m以上の土塁と深さ6mの堀があったことが分かっています。さらに、その外側にも土塁や石垣がつくられており、当時の戦いの激しさが想像されます。
 さて、赤尾氏とはどんな人物だったのでしょう。
 赤尾氏は、大内氏が宇佐地方を支配していた戦国時代頃に重要な仕事を任されていた人物であり、また豊前国が大友氏の支配となった1557年頃からは、四日市の渡辺氏や高家の中島氏などと共に有力な大友方だったと伝えられています。しかし、天正6年(1578)、大友氏が日向遠征で大敗した後、豊前国は大友方と反大友方に分裂し大友方であった赤尾統秀は、反大友方の軍勢から攻められ、「宅所(館)※1や切寄(光岡城)が攻撃された」という記録(佐田文書)も今に残されています。(宇佐市HPより)
公園となっている広場。
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アザミやニワゼキショウ、ネジバナなどが群れ咲いている。
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周囲を土塁や濠に囲まれている。
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舞台から見る宇佐市街地と周防灘。
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タイサンボクの木を見つける。
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花はほぼ終わり・・
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開花時期は、6/1~7/10頃。なんとなく梅雨空に似合う花♪北アメリカの東南部原産。明治初期に日本へ渡来。大きい白い「おわん」形の花。芳香あり。街路樹、公園樹としてときどき見かける。
背丈がかなり高くならないと花が咲かない。花、葉、樹形などが大きくて立派なことから賞賛してこう名づけられた。また、花の形を、大きな盃(さかずき)に見立てて「大盃木」、それがしだいに「泰山木」になった、とも。「大山木」とも書く。似ている花にコブシ、朴の木、大山蓮華など。(HP季節の花→http://www.hana300.com/より)



四日市の高台にある響山公園へ。
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3千本の紫陽花が植えられている。
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稲荷社のある高台広場。桜の季節にも市民でにぎわうようだ。
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帰路では青空も出てきた・・猪群山、登れたかな?
by jinashi | 2016-06-20 13:37 | 国東半島あれこれ | Comments(4)

花大好きご夫妻から頂いた月見草が咲いた。

夕方わずかな時間に白色で開花する。
撮影したのは夜の9時ごろ。
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翌朝の9時ごろには濃いピンク色となり萎み始める。
しぼみきった赤いものはその前日に咲いた花。
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(以下ネット検索で~)
ツキミソウ(月見草)とは、メキシコ原産で白花を咲かせるフトモモ目アカバナ科マツヨイグサ属ツキミソウ種の多年草です。 別名で、シロバナヨルザキツキミソウ(白花夜咲月見草)とも呼ばれます。 夕方から咲き始めて翌朝ピンクになって萎みます。
私達が、通常、ツキミソウ(月見草)と呼んでいる黄色い花は、マツヨイグサ(待宵草)のことで、月見草と同様に、夕方に一日花を咲かせる同属(アカバナ科マツヨイグサ属)の常緑一年草/多年草です。
一般名:ツキミソウ(月見草)
学名:Oenothera tetraptera(オノエラ)
別名:シロバナヨルザキツキミソウ(白花夜咲月見草)
分類名:植物界被子植物門双子葉植物綱フトモモ目アカバナ科マツヨイグサ属ツキミソウ種
原産地:メキシコ
草丈:cm 花色:白(開花時)→ピンク(翌朝) 
開花期:6~9月 開花時間:夕方~翌朝

「富士山には、月見草が良く似合う」~太宰治
これは黄色い花のオオマツヨイグサを見て「月見草」と間違えたのではないかと言われています。

花言葉=打ち明けられない恋、無言の恋、自由な心、美人、うつろな愛、移り気な人

日本月見草協会HP→http://www.boomup.co.jp/tsukimiso/
by jinashi | 2016-06-01 10:26 | 国東半島あれこれ | Comments(0)

天気が良ければミヤマ偵察第3弾に星生山~扇ケ鼻あたりへ・・と思っていたが朝から雨模様。

神仏習合発祥の地といわれる宇佐神宮には呉橋から続く西参道に神宮寺(弥勒寺)があった。いまでも基礎石が並ぶ薬師寺式伽藍の大寺だったようだ。また、その北側には附属の堂宇が甍を並べていたという。明治初年の神仏分離令によって弥勒寺等仏教にかかわるもののすべてが分離された。
その際に移されて今でも守られている仏さまがあると聞いていたので昼前に思いついて拝観に出かけた。

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最初は宇佐神宮仲見世通り入口の観光協会横にある金華山極楽寺へ。浄土真宗本願寺派のお寺。
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石に彫られた円額は宇佐神宮北参道(現在の絵馬堂あたり)に建っていた大弐堂にあったもの。神仏分離令で大弐堂は壊された。
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大弐堂に安置されていたというご本尊の本阿弥陀如来立像。
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本堂脇の弥勒堂に安置されている弥勒大仏。神宮寺(弥勒寺)講堂のご本尊だった。56億7千万年後にこの世に現れ、人々を救済してくれるという。
高さはお釈迦様の背丈といわれる1丈6尺(坐像=2.87m)。大きい・・・
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次に向かったのは、呉(くれ)橋からほど近い藻寄川沿いにある白龍山大善寺。
曹洞宗のお寺。
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本堂の左手にある薬師堂。
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廃仏毀釈の際、宇佐神宮弥勒寺金堂より移された薬師如来と日光月光菩薩。
如来像高2.8m。鎌倉時代後半の作と言われる。国指定文化財。
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大善寺前の藻寄川より見る宇佐神宮呉橋。
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 足を延ばして大分市美術館へ~

「片岡鶴太郎展」開催中。
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ものまねでお笑いの世界へ入り、ボクサーに挑戦するなど自在に生きる中、若き棟方志功を演じたことをきっかけに絵画や陶芸を始めたようだ。岡本太郎から評価されて自信を持ったという。
絵は左利きで描いている。
感性あふれる作品はやはり努力以前の美的才能を感じる。
最近では役者としてNHK黒田官兵衛で御着城主小寺政職をバカ殿風に演じていたことを思い出した。

寺巡り&美術館とシブい?一日でした・・
by jinashi | 2016-05-31 11:19 | 国東半島あれこれ | Comments(0)

国東市政10周年を記念して国見総合支所から安岐総合支所まで40Kmを歩くウオーキング大会が行われた。
み仏の里くにさきウオーキングの主催。

早朝6時に安岐総合支所で受付を済ませてバスで国見総合支所に到着。
この日は前夜の熊本~大分地震で皆さん睡眠不足ぎみ・・。

7時から開会式。
参加者60名ほど。地震の影響で不参加者もかなりいたようだ。
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国東市マスコットキャラクター「さ吉くん」に見送られて・・7時20分ちょうどに出発。
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まだ1.5Kmほどだが・・列が長くなってきた。B&G海洋センターをすぎたあたり。
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熊毛の給水ポイント。
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Yさん特製のシシ肉串揚げのお接待も・・
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某国主席領事とYさん。
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中間点のリンリンパークへちょうど3時間で到着。速い!
弁当配布所。
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ゴールの安岐総合支所へ笑顔で到着。14時16分。
7時間足らずで歩き終える。
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地元女性団体によるおにぎりとけんちん汁のお接待。
ケーブルテレビの取材もあり。
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最後の参加者も無事にゴールイン。16時46分。
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連日の緊急地震速報やアゲインストの強風が吹くなかでしたが・・
みなさん、お疲れ様でした!
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by jinashi | 2016-04-17 06:14 | 国東半島あれこれ | Comments(6)



NPO国東半島くにみ粋群主催の早春トレッキングが行われた。
県内各地より14名が参加した。
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朝の受付前に雨も上がり、天気は回復する予報だが・・大不動岩屋までは春雨に降られた。
旧千灯寺仁王像前で後藤ガイドの話を聞く。
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アントニーゴームリーさんの作品を鑑賞。
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五辻不動堂で護摩木に願いごとを書いて奉納・・。
千灯寺今熊和尚により護摩祈祷と大般若加持を受ける。
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参加者の皆さんは晴れやかな気持ちで山を下りていきました。
次回もぜひご参加ください。
by jinashi | 2016-03-21 10:05 | 国東半島あれこれ | Comments(2)

2月11日に行った「伊美地区歴史遺産ウオーキングコース」調査①の残こりのコースを歩いた。

13時にB&G海洋センターに集合、出発。
午後には小雨の予報も・・・
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上後野溜池(かみうしろのためいけ)の土手を歩いて櫛来金丸(くしくかなまる)地区の裏山を目指す。
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放水路の仮橋を恐る恐る渡る。
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すぐ上の尾根へ上がる。
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尾根に沿って現れたシシ垣。
櫛来地区の周囲山尾根に長さ12Kmにわたって築かれたシシ垣。古来より岩倉社(櫛来八幡社)の眷属である鹿を大切にしていたが農作物を荒らすので鹿を追い出すために築いたという。享和2年(1802年)に完成し、村人400人が山から海へと鹿を追い出したという。今でも櫛来の人は鹿を食べない。

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櫛来金丸へと下って行く途中から左へ入ったところにある不動堂。
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不動明王や役行者などが祀られている。
国東版禁教キリシタン洞窟礼拝堂だったかもしれない?
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不動堂から少し下ったところにある水路トンネルの入り口。櫛来地区から隣村の(下)後野溜池へと水を送っている。櫛来の古老・河野昭一さんに聞くと~昭和の初めに工事がおこなわれたそうだ。
当時は櫛来谷には水は満たされていたようだ。それでも隣村への援助は立派! 
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内部をフラッシュ撮影。何とか大人も通れる高さで、上後野溜池から東中水路トンネルに似ている。長さは300mほどか?
(出口は~前回調査①を参照ください)
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手前の水路。国東半島世界農業遺産にふさわしい遺構。
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金丸地区の人家裏の墓地にあるのはオメガ仏か?
黙示録22章13節「 わたしはアルファであり、オメガである(初めであり、終わりである)」による・・禁教キリシタン信仰遺物なのかもしれない。
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夫婦墓に集まる一族家臣の五輪塔か?・・・
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麓近くにある稲荷社と庚申塔。
稲荷=INRI? こちらも禁教キリシタンの礼拝場かも?
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櫛来の里へ下りてきた。
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調査委員会から「否定キリシタン」とされた遺跡「INRI祭壇石」。地元Yさんから「地域ん事を何も知らん人が言うことじゃ」と・・・
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INRI祭壇石からほど近いところにあるオメガ仏?こちらは3連。三位一体か?
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櫛来西浜にある薬師堂。
かなり昔にこちらへ移された。Yさん達が毎年春にお接待を出している。
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お堂の前にある手水石。真ん中にクルスのある聖水石か?
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お堂の中。
今回のルートには山中にこんなお堂がかなりある。オラショを唱えた所だったのかも知れない・・・。
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小雨に降られながらB&G海洋センターへ戻る。
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石造文化財や農業遺産、現代アートに隠れキリシタンと・・・本城、東中~櫛来ゾーンは 「奥に自慢」のコースとなりそうだ。

(GPSマップ)
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 B&G周回距離≒4.3Km  〃累積標高差≒200m
by jinashi | 2016-03-02 10:02 | 国東半島あれこれ | Comments(6)

国東半島峯道ロングトレイルは2013年11月オープンから2年が経過した。
トレッカーも少しずつ増えてきている中で、コースが不明で迷ったなどの声も出てきている。
順コースを前提に整備されているのだが、逆コースから歩くと確かにわかりにくい場所もある。
トレイルに入る前には国東半島峯道トレイルクラブHPでコース情報を確認したり、コースごとに用意されているマップ(200円)を利用してほしいものだ。

この日はトレイルクラブの仲間6名でK1コースの分岐個所などに指導標を整備した。
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途中で見つけた岩屋を探検。かつて修験僧が籠っていたのかもしれない・・そんな岩屋が西不動一帯には多くある。
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遠目に見えた白いのは石仏ではないようだ・・・(ズームアップ)
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岩屋上の尾根からの素晴らしい展望。
ピラミダルな鷲巣岳・・・
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阿弥陀越展望所あたり・・・
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昼食は夷谷温泉で「寒ざらしそば」をいただいた。
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トレイルクラブ理事でもある板井俊作さん達「mieデザイン会議」により3年前から始まった。
 →夷谷寒ざらしそば
本日解禁?のため多くのそばファンが詰めかけてきて大繁盛。待ち時間は50分ほど・・・
色白そばでのど越しもよく、お腹も空いていたのでおいしくいただきました。
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3月5日(土)にはクラブ主催の「ミツマタウオーキング」がおこなわれる。
この日のミツマタ開花情報は→mild web site
夷前田から高岩横の峠を越えて西方寺へ下りる古道を今回のウオーキングコースとするために下見に入る。かつての峠道の名残があるものの今は通る人も無いようで、倒れた木や竹、落石で荒れた山道をひととおり清掃する。
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西方寺の里へ下りる。
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ロングトレイル全10コースでは3月末までに指導標設置が進められる。
by jinashi | 2016-02-24 10:50 | 国東半島あれこれ | Comments(3)

NPO国東半島くにみ粋群では国見町内の魅所を歩くコース作りをしている。
①ペトロカスイ岐部神父記念公園をスタートしてキリシタンや石造文化財遺産、景色の良い海岸を歩く岐部・熊毛地区ウオーキングコース
②千灯寺をスタートして大不動岩屋、五辻不動尊を周回、現代アートも楽しむトレッキングコース
①②はどちらもすでにオープンし、ウオークイベントも実施されている。

今日は3番目のコースとなる伊美地区のコース調査で委員のみなさんと現地を歩いた。
予定コースには石造文化財や農業遺産、シシ垣や禁教キリシタン遺産など見所が多い。

午後1時にB&G海洋センターに集合、出発。
最初のポイントは本城公民館にある石造役行者。すぐ近くの山中にある行者堂が古くなったのでここへ移された。前鬼、後鬼も一緒。
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新たに建てられた本城十王堂。こちらも近くのお堂が古くなって最近ここに移された。 
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十王は地獄の裁判官。脱衣婆(だつえば=身剝婆)もいる。2段目の右から2番目。
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本城水口へ向かう。
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水路の出口へ。
山向こうの後野溜池から350mほどの素掘りトンネルで伊美の谷まで引いた用水路だ。
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手掘りで大変な作業だっただろう。それでも当時の土木技術はなかなかのもの・・・。
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東中にある「鹿嶋高一光義塔」。伊美地区は、農業用水不足のためにたびたび干害におそわれて困っていました。とくに、1872~1873年は、収穫がまったくない状態にまでなり、人々は飢餓に苦しみました。そこで、東中地区の鹿嶋高一さんは戸倉伝蔵さん、桐畑源蔵さんの2人に相談をして、ため池づくりの計画を立てました。1878年に工事は始まり、なんと26年もの歳月をかけてつくり上げたのです。その後、何度も台風に襲われましたが、1952年と1990年に2度の修復工事を行っただけで、今でもたくさんの水田がうるおされています。(「わたしたちの国東市」3.4年生副読本より)
解説する前東中区長の田中さん。
鹿嶋高一は上後野溜池(と水路)の新設や元伊美小学校(伊美浜中川原)や伊美村登記所などを建設している。
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少し上にある庚申塔。「ショケラ」と呼ばれる上半身裸の 女人像の頭髪をつかんでぶら下げている。
青面金剛庚申に注連縄がされているのが面白い。(神仏習合?)
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上後野溜池からは東中水口を出て3か所に水は流れているようだ。田中さん宅横に二番目の水路。
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一番上の水路は東中の最も上部に出て、サイホン方式でオレンジ道路を潜っている。少しでも灌漑面積を増やそうとした先人の知恵。
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東中水口へ向かう途中の阿弥陀堂。 
この近くには鬼籠の円浄寺があった辺りともいわれていて、国東塔など石造文化財も多い。
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東中水口。上後野溜池から400mほどのトンネルが掘られている。
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中をフラッシュ撮影で。
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昭和30~40年代、ミカン園の開拓パイロット事業に合わせてつくられた道を上がると峠に出る。当時は軽トラでも登られたようだが・・今は荒れている。
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峠から降りたところが秋本順子さんによるメタルアートギャラリー「アトリエジュン」。
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「アトリエジュン」の裏山を上がったところにある山神様「おひがし磐座」。一昔前には東中地区の人たちが旧正月行事「百手」の際に神事をしていたようだ。
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櫛来地区の周囲山尾根に長さ12Kmにわたって築かれたシシ垣。古来より岩倉社(櫛来八幡社)の眷属である鹿を大切にしていたが農作物を荒らすので鹿を追い出すために築いたという。享和2年(1802年)に完成し、村人400人が山から海へと鹿を追い出したという。今でも櫛来の人は鹿を食べない。
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近くから姫島の眺望が良い。
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アトリエジュンを少し下ったところの上後野溜池。
1904年(明治37)竣工、灌漑面積12町3反歩。貯水量2万8千トン。
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東中隧道水路の取水口。
毎年、田植前には水路の清掃がおこなわれる。
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後野池の上にある水路トンネル。櫛来地区の山腹からも水をもらっている。
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国見運動公園のすぐ上にある後野溜池。
1830年(文政13)起工。灌漑面積16町歩。貯水量3万2千トン。
伊美小学校時代に遠足に来たところ。
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後野溜池の本城隧道水路取水口。
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両池には隧道水路建設の石碑が建てられている。
こちらは上後野池のもの。(下の後野池石碑は風化が進んでいる)
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B&Gへ周回、予定時間もすぎたので今日はこれまで。櫛来地区の調査は次回に・・・
みなさんお疲れ様でした。
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本日の参加委員。 東中石殿前で。
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(本日のGPSマップ)
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距離≒8Km 累積標高差≒330m
by jinashi | 2016-02-15 12:51 | 国東半島あれこれ | Comments(4)

 
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                             (岐部猿田彦庚申)
  

じなしのブログも7年目となります。
今年も山歩きや国東半島のこと、そして日々のできごとなど徒然なるままに綴っていきたいと思います。
皆々様には思いつくままのご感想、ご意見など足跡を残していただければうれしいかぎりです。
今年もよろしくお願いします。 

by jinashi | 2016-01-01 08:41 | 国東半島あれこれ | Comments(10)

四国遍路では、遍路へ施すことをお接待といい、弘法大師(空海)への供養、報謝と同意義ととらえて今でも当たり前のように行われている。

国東半島は天台宗(最澄)の六郷満山仏教文化が花開いた地だが、家々の屋敷や仏間にはお大師様が祀られ、村々には八十八箇所巡礼地もひらかれるなど・・お大師信仰によるお接待は伝統行事として長く続けられている。
弘法大師の命日が旧暦3月21日ということから毎年春には(新暦の)4月20日か21日(または直近の日曜日)に、夏は8月20日か21日(または直近の日曜日)に地区公民館や個人宅で五穀豊穣や家内安全を祈願する供養祭として受け継がれている。
特に半島先端の香々地、国見地区では春は山菜ごはん、夏はうどんを出(接待)していたが最近では簡素化してスナック菓子などを出すところも多くなった。

香々地夷(えびす)に住む同級生のてるちゃんから「お接待に参りに出ちょいで!」といわれたので同級生男組3人で出かけた。
ここ西夷道園地区は今でも春の山菜ごはんと夏のうどんを続けている。
お接待場の西夷公民館へ・・。
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祭壇にお大師様(左)と観音様(右)が祀られている。
左隣りに鉦叩き係りのおばさんもいる。
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賽銭箱の下に敷かれたお米は御銭米というらしい。かつては経文を書いた赤いお札も奉納されたようだ。
100円を投げ入れて参拝する。
1円玉も見られるが最低10円、うどんやごはんを頂くときには(長く続けてほしいので)大人100円のお賽銭はマナーと思うのだが・・・
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今、正午前。11時30分ごろから始めたようだ。
運ばれてきたお接待うどん。
素朴でなつかしい味で・・ほんとに美味しい(^^)
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今夏ここ夷地区では6か所でお接待を出しているというので順に廻る。
赤い幟旗のお接待場。
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こちらもお大師様と観音様。
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スナック菓子をお接待頂きました。どれでもひとつどうぞ!
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こちらはお大師様のみ。隣に同じようなスナック菓子。
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お稲荷様でもお接待。
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こちらのお宅も立派なお大師様と観音様。
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霊場~六郷満山末山本寺・霊仙寺でもお接待が・・。
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霊仙寺山門横の蔵王権現。
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同じく毘沙門天。どちらもいい雰囲気の素晴らしい石造文化財。
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普段はあまり人影も見ないような山里だが、今日はお接待巡りの善人をたくさん見かけた。
最近はかなり遠方からも車でお参りに来ているようだ。

企業における得意先への接待もここからの語源なのだろう・・・。
by jinashi | 2015-08-21 18:42 | 国東半島あれこれ | Comments(4)