カテゴリ:国東半島あれこれ( 133 )



初夏の晴天に恵まれてみ仏の里くにさきウオーキングが行われた。
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今回は国東市安岐町の六郷満山寺院瑠璃光寺からの周回コースだ。
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瑠璃光寺は本尊の薬師如来、両脇の阿弥陀如来、釈迦如来や地獄極楽の曼陀羅、樹齢600年の百日紅も素晴らしいが、何よりも住職の国東弁丸出し説法で有名だ。
その住職さんより出発前の地獄絵図による説法を聞く。
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実行委員会平野会長よりご挨拶。
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出発前のストレッチ。
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しゅっぱぁ~つ! 9時8分。
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朝来谷を下る。
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田植がすすむ密乗院の棚田。国東遺産。
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まもなく昼食タイム。
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昼食は掛樋の関大神社(関権現社)。
佐賀関大神が飛来してきた? 裏山に六所権現の岩屋跡もあるようだ。
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社殿に上がって昼食タイム。
気温も上がってきたが日陰は涼しい。
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午後は油原古道へ向かって出発。
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宇佐八幡の古いお験(薦枕のご神体)を3~5泊して奈多八幡宮へ巡幸した歴史の道。元和二年(1616年)を最後に途絶えた。
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14時までに皆さん無事にゴール。お疲れ様でした!
今回の完歩賞。
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by jinashi | 2017-05-22 14:28 | 国東半島あれこれ | Comments(2)

国東半島六郷満山仏教は、宇佐宮弥勒寺の僧達が修験道を極めるべく半島に聳え立つ岩峰に分け入って修行をしたのが始まりとされている。
山中には岩屋と言われる岩穴(岩窟)が多くあり、修行の場に相応しい場所であったのだろう。修行の場となった岩屋が満山寺院の起こりとなったことは想像に難くない。
4月21日には、満山会僧侶らにより「豊後豊前六郷山百八十三カ所霊場記」をもとにした半島内183の寺社や岩屋を巡る峯入り修行も、奈多八幡ですべてを終えたようだ。(開山1300年祭前年事業)

国東市国見町の千燈寺も平安末期には満山寺院中山本寺として一大修行霊場だったようだ。
江戸中期に禅僧により書かれた「豊鐘善鳴録」(豊前豊後の伝記)などの古文書にも一帯の岩屋が書き記されている。
東不動、西不動といわれるあたりには修行の場となった岩屋が多い。
これまでガイド学習会などで半島各地の岩屋を訪ねてきたが、東西不動には未訪の岩屋もある。

皆さんに岩屋探訪会の案内をしたところ6名が参加した。
(太郎天岩屋上からの展望)
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千燈寺を出発。
今日の先達(案内人)はこのあたりの岩屋を知り尽くしたH島さん。
H島さんはユースホステルマネージャー時代にマニアック?な(失礼)半島トレッキングを定期開催してきた。

妙見岩屋はあのあたり・・・
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杉林を登っていくと瓦屋根のお堂がある妙見岩屋が見えてきた。
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左の石燈籠は弘化2年(1845年)千灯寺法印豪昌が奉納している。
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木造の祠。
古代北極星信仰の北辰妙見菩薩が祀られているのか?
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岩に溝を彫って水場がつくられている・・最上級の岩屋か?
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厳しい登り。
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妙見岩屋の上からの展望。左に五辻岩屋、右は千灯岳。
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鷲巣岳へ向かって登っていく。
二つ目の林道へ上がる。櫛海からKI大不動岩屋へ続く舗装道。
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大岩の急登が続く。
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石垣が見えてきた・・その上にあるのが天疫神(てんやくじん)岩屋。
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天井の低い岩屋だ。
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祠の後にある石柱には「天疫神 流行神安鎮 疫鬼守護」の文字。
素戔嗚を祭神とする疫病避けの神様のようだ。
燈籠には「萬延元年」(1860年)と彫られている。
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疫病避けに・・岩屋前で記念のショット。
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ガレ場の急勾配を登る。
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鷲巣岳直下に着いて一休み。
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以前(2011年3月)に登ったところから鷲巣岳の尾根に上がる。
山頂にある祠。右から役行者、蔵王権現、不動明王。修験の神様たち。
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先端の見晴らし場で昼食。黒木山や西不動一帯が新緑の絶景だ。

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祠近くに戻って西方寺谷へと激下り。
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トラバースして鷲巣岳麓から阿弥陀越へ・・
途中の展望岩に上がって見る高岩~一望岩の稜線。
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阿弥陀越から太郎天岩屋へ向かう。
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右の岩壁下あたりが太郎天岩屋。
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太郎天岩屋の上に登ると素晴らしい展望が広がる。
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アップで見る大不動岩屋。観音菩薩の左目に見える?
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黒木山へと縦走できるようだ。
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太郎天岩屋へ到着。6年ぶりか?
現在千燈寺に安置されている太郎天が祀られていたところ。
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その太郎天像。不動明王の変身した御姿で修験者の守護神・・
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道なき道を激下って谷へ下りる。
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これが小不動岩屋か?
10mほどの高さにある横長岩屋だ。どうして登るのか?
15年ほど前に来たときには木梯子があったような?・・ほとんど記憶にない。

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祀られていた不動明王は現在千灯寺に安置されている。
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前にケルンもどきがあってこれが小不動岩屋の目印か?
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沢を上るようにしてK1コースの大不動岩屋の下へ出た。
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観音様の御目に近づく・・
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大不動岩屋の岩場にタツナミソウが咲いていた。
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尻付岩屋へ下りると、今回の百八十三箇所霊場峯入りの新しい「峯入修札」が奉納されていた。
来る30日には両子寺で結願護摩が焚かれる。
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一旦、千燈寺へ戻って車で旧千燈寺へ移動。駐車場から仁王のある護摩堂跡へむかう・・
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これまでのコースをたどるH島さん。
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仁王像「ん形」。この春に市文化財課よりひび割れたところを修復してくれた。
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護摩堂跡の後ろから山へ入る。左前方に普賢岩屋が見えてきた。
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こちらも15年?ぶりに訪れた。
かつて山王権現社祭典で練られた神輿。痛んではいるが意外としっかりしていた。
傍に板碑や五輪塔もある。
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普賢岩屋の上の岩場に上がる。新緑の千灯岳が聳える。
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H島さんの後に続いて本日最後の薬師岩屋に到着。
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龕(がん)に祀られていたご本尊は不明のようだ。日光月光菩薩や十二神将も祀られていたのだろう。
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妙見岩屋にあったような水場も作られていた。
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下から見た薬師岩屋。
西行戻しの上から左へ荒れた擬木階段を登ると右手に見える。
(下山時に振り返って見た)
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以上で本日の探検は終了!
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千燈寺不動霊場にある岩屋を訪ねるトレッキングは感動の連続だった。
奈良時代から始まり江戸後期まで続いた国東半島仏の里の信仰がしのばれた。

来年は六郷満山開基1300年を迎える。
千灯寺奥の院の御開帳とあわせて、岩屋探訪トレッキングツアーを開催できれば・・参加者の皆さんにはきっと満足してくれることだろう。


千灯寺9:03→9:25妙見岩屋→10:32天疫神岩屋→11:37鷲巣岳祠(展望所で昼食)12:10→13:09阿弥陀越→13:48太郎天岩屋→14:04小不動岩屋→14:25大不動岩屋→14:51尻付き岩屋→15:06千灯寺・・・(車)・・・旧千灯寺駐車場15:19→15:27仁王像(護摩堂跡)→15:36普賢岩屋→15:56薬師岩屋→16:18駐車場へ戻る
 
(GPSマップ)
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by jinashi | 2017-04-26 21:16 | 国東半島あれこれ | Comments(4)

仁聞菩薩(八幡大菩薩)が開基したという国東半島六郷満山寺院はいよいよ来年、1300年祭を迎える。
そのプレイベントとして・・・国東半島峯道トレイルクラブでは国東半島の標高ベスト3の両子山(721m)、文殊山(616m)、千灯岳(606m)の国東三山山開き登山会を行うことになった。国東市では三山の山頂から眺望を楽しめるように山頂部の樹木を伐採してくれることになった。
(文殊山の伐採は今回の山開きに間に合わなかった)


晴天に恵まれて第1弾の「千灯岳登山会」がおこなわれ、100名ほどのみなさんが参加してくれた。
参加賞の手ぬぐいと左下はパッチンのような絵紙の「散華(さんげ)」。
散華とは~
寺院で法要を巌修する時に、仏を供養するため花や葉を撒き散らす。法要に散華を行うのは、華の芳香によって悪い鬼神などを退却させ、道場を清めて仏を迎えるためとされる。(wikipedia)
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不動茶屋前で千灯寺今熊住職による安全登山祈願がおこなわれた。
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市長さん、市議会議長さんよりご挨拶をいただいてセレモニーを終え、登山口に集合。
ストレッチのあと、山頂で撒いてもらう「散華」をもらって出発!
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不動茶屋では下山後のお接待作りが始まった。トレイルクラブ事務局のSさんが孤軍奮闘して、豚汁&おにぎり作りで男料理の腕を振るった。
皆さんが下山してくる前においしく頂きました^^

  22日(土)には両子山登山会がおこなわれる。




この日は午後から大阪朝日旅行社トレッキングツアー「国東半島峯道ロングトレイルを歩く」のガイドを担当した。
今回が1泊2日のツアーシリーズの6回目となり、K2コースの来浦の大聖寺から葛原集落跡までを歩く。
ほとんどの参加者は3月25日に夷の妙見社から千灯尻付岩屋をじなしと一緒に歩いた第5回目のみなさんでした。

13時少し前にバスが大聖寺に到着。参加者は25名ほど。寺に参拝して出発。
長慶寺に着くとちょうど寺に居られた猪俣住職さんより寺の歴史や「ゆうれいの掛け軸」などの話を聞く。
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ガイデ橋近く・・
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山口池あたりから雨が落ちてきたので三十仏でしばし待機。雷鳴も聞こえたがその後は降ったり止んだり・・
ゴロタ平展望所から文殊耶馬や姫島の絶景を楽しむ。
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雨も上がって・・最後の探訪所、葛原集落跡の山神様を出発。
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予定通りの17時前に県道544水谷峠へ到着。バスに乗り込んだ皆さんとお別れした。

このところトレイルトレッキングツアーも増えてきて、国東半島の山や峯入り道を歩く人も多くなってきたようだ。
ちょうど今、「豊後豊前六郷山百八十三カ所霊場記」をもとに満山会では半島内の183の寺社や岩屋を1か月で巡る峯入り修行の最中だ。
4月30日には結願法要と採燈護摩供が両子寺で行われる。

(GPSマップ)
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by jinashi | 2017-04-17 14:46 | 国東半島あれこれ | Comments(8)

国東六郷満山寺院は養老2年(718年)に仁聞菩薩により開かれたといわれ、来年は開基1300年を迎える。

そのプレイベントとして本年、仁聞ゆかりの霊場を巡り歩く修行の「峯入り」が行なわれる。
今回は江戸時代までに行われたという峯入りの記録「豊後豊前六郷山百八十三カ所霊場記」をもとに半島内の183の寺社や岩屋を29日間で巡る。
※183カ所霊場については2013年2月に行入寺住職隈井修道さんと岩屋探しに同行させてもらった。

嘉永6年(1853)を最後に途絶えていた峯入りは、昭和33年に復興し、前回の平成22年までに9回行われている。今回は164年ぶりの183霊場巡りとなる。
前回(平成22年)行われた峯入りについてはこちらが詳しい→国東半島かぜ発信~平成22年峯入り

7年ぶりに行われる峯入りの出発儀式が宇佐神宮で行われたので見学に出かけた。
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神事のため本殿へ向かう峯入りの僧たち。
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本殿前でお祓いを受ける。
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玉串奉奠をして宇佐宮独特の二礼四拍手一礼の作法で参拝・・・
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神事を終えて神殿から移動。
先頭は今回大先達を務める富貴寺の河野英信住職。2列目右が文殊仙寺副住職秋吉文暢さん、左が行入寺住職の隈井修道さん。
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普段は閉められている西大門の中門を僧侶たちが通る。
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払所前に作られた採燈護摩場へ入場。
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宇佐神宮神職による修祓。 
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法螺貝が吹かれ、般若心経が唱えられるとピューと風が吹き雨が落ちてきた。
神風に仏雨か・・・龍神がやって来たような突然の雨嵐だ。
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法斧作法。護摩壇に用いられる壇木を切り出す様子を表す。
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結界の護摩場を清め、東西南北や天地より邪気を入り込ませないために、弓を射る法弓の儀や、法剣の儀などが行われる。
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いよいよ護摩壇に点火する。
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般若心経が唱えられる中、白い噴煙が立ち登る。
噴煙の中に「龍がいる」とも・・・
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神職や天台僧侶等が次々に護摩木を火に投げ入れる。
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神仏習合の神事や採燈護摩を終えたら宇佐神宮を出発して国東半島へ向かう。
今回の予想されるコースマップ。(青鬼さんHPより)
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修行僧たちは国東半島住民への加護と国家安泰を祈願しながら・・ほぼ1か月にわたって険しい峯道を歩き続ける。
開山1300年となる来年春には一般参加者も受け入れて峯入りが行われるようだ。




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by jinashi | 2017-04-04 16:51 | 国東半島あれこれ | Comments(2)

土曜日には国東半島峯道トレイルクラブ主催の「K1ミツマタトレッキング」が行われた。
大分市から参加したバスツアーの皆さま22名をご案内した。
コースは・・・
尻付岩屋~大不動岩屋~阿弥陀越~林道~地獄池~ミツマタ群生地~西方寺公民館(昼食)~清浄光寺~武多都社~竹田津改善センター(ゴール)


出発地点の国東市千灯の尻付岩屋に到着してバスを降りる。
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大不動岩屋からの絶景に感動。
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阿弥陀堂からのスリリングな急坂下りを楽しむ?
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西方寺林道一帯に群落するミツマタは今が4 ~5 分咲きか?
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ジンチョウゲ科の花木で一万円札原料・・
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樹皮が和紙の原料になる・・
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西方寺地区では数年前より林道沿いにミツマタの植樹をすすめるなどの保存活動を行っている。
区長さんに聞いたところ、和紙を漉いたことは聞かないが皮をはいで出荷していた記録が残っているという。
地区女性のみなさんから「ぜんざい」のお接待をいただきました。
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ミツマタ群生地の足元には「山藍(やまあい)」が群生している。
(先週みんなで歩いたときに信ちゃんから教えてもらった)
トウダイグサ科の多年草で、日本最古の染料植物である。アイと称するものの、インディカンが含まれていないために青色に染める事はできないが、摺り染めにより緑色に染める事ができる。東アジア各地に自生している。研究により、地下茎(乾燥させると青くなる)を乾燥させて細かくして水で抽出し、銅を媒染に用いることにより青色を定着させることに成功している。(wikipedia)
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日曜日には五辻不動尊春季大祭 がおこなわれた。
大分市や別府市からのさ吉くんバス「千燈寺の五辻不動尊春季大祭ミニトレッキング」ご一行33名を旧千灯寺と五辻岩屋不動堂へご案内した。
旧千灯寺を歩いて・・お腹をすかして不動茶屋に到着。
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山菜豆ごはんのお接待をいただきました。
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お代りもいただいて・・満足満足・・
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五辻不動堂へ上がると法螺貝の音が迎える。
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願いを書した護摩木を焚いて大般若経?による加持を受ける。
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護摩焚きやお接待で心もお腹も満足していただけたことでしょう(^^)



千灯寺前の龍神社に咲いていたオガタマノキ(招霊の木)の花。
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山開きのお知らせです!
 

4月15日(土)千灯岳 (9時までに五辻不動下駐車場に集合)
4月22日(土)両子山
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ご参加をお待ちしています! 参加賞(記念品)もありますよ。



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by jinashi | 2017-03-15 14:24 | 国東半島あれこれ | Comments(4)


夜中から降り出した雨は明けて小降りになったようだが・・今日は山はお休み。
新聞を見て、中津市北原(きたばる)の原田神社で奉納される人形芝居「万年願」(大分県無形民俗文化財)の見物に出かけた。 
今度で3回目。

「万年願」とは~
伝説では、鎌倉時代最明寺入道時頼が、諸国巡礼の途次、中津市大字湯屋に於いて、大熱の病にかかり生死が危ぶまれた時に、大貞薦神社の陰陽師で、北原に住む阿部大内蔵が加持祈祷に努め、北原の村人達もあれこれと心を傾けて看護に尽くしたため、時頼も程なく全快を見るに至った。そのお礼参りと祝賀の行事が、北原の大師堂でとり行われ、その余興に人形芝居が演じられた。時よりは、その演技を厚く賞賛し「北原は海にも添わず、山にもつかぬ土地柄故に、踊を業として渡世せよ」と云ったと伝えられている。これが、北原人形芝居の始まりとされている。遠く鎌倉時代に創始された芸能は。その後、歌舞伎と人形繰りに発展した。
 ・・・・・
万年願は、毎年旧正月(新暦二月)四日に、北原のお伊勢堂で行われた。昔、この村に疫病が流行した時、村人が永久にアヤツリを奉納することを誓って悪疫退散を祈願した、という故事にのっとって中絶することなく奉納されてきた。
 ・・・   (保存会資料)


時折小雨がぱらつく中、宇佐から中津市へ入りR213三保入口から案内板に従って原田神社へ着く。駐車場は一杯。
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主催者の挨拶などがあって・・開演は13時前。
最初の演目は「 翁渡」(おきなわたし)。
特別の目出度い時に演ぜられる三番叟の一形式。単なる演技ではなく、祈りをこめた精神的なもので、万年願には欠くことのできない開演の出し物。
(保存会資料)
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第二幕は「傾城阿波の鳴門巡礼歌の段」
地元の美保小学校「人形劇クラブ」の生徒により毎年奉納されている。昭和44年の結成だから・・もう半世紀ほど地元の子供たちによって継承されている。
毎年、翌朝の地元紙に写真入りで報じられる。
有名な~ 「シテその親達の名は何と云ふぞいの」「アイ父様の名は十郎兵衛・・・ 」
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第三幕「伊達娘恋緋鹿子八百屋お七」
火の見櫓に登り太鼓を叩いて、うその火災を報じた場面。
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第四幕「日高川安珍清姫道行の段」
人形は一体を三人で操る「三人遣い」がほとんどだが、この芸題では、一体の人形を一人で操る「はさみ遣い」(一人遣い)で演じる。(保存会資料)
足の指で人形のかかとを挟んでいる。
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ストーリーと役のセリフを切々と語るのが浄瑠璃。三味線の伴奏とあわせて人形に物語を演じさせる。
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「人形浄瑠璃」とは~
人形浄瑠璃とは浄瑠璃という節まわしの語りにあわせて演じる人形芝居のことです。古くは一つの人形を1人の人形遣いが操っていましたが、1734年に『芦屋道満大内鑑』で三人遣いが考案され、現在では3人で操るのが普通です。(今でも一人遣いの人形浄瑠璃が伝えられている地域があります)

「文楽」とは~
文楽は人形浄瑠璃の一派です。正確には大阪で発展した人形浄瑠璃の名前として用いらます。現在では人形浄瑠璃の代名詞的存在となっています。文楽は太夫の浄瑠璃(義太夫節)と三味線弾きが弾く三味線にあわせて演じられる三人遣いの人形芝居ですが、文楽の名前は明治末期に唯一の人形浄瑠璃専門の劇場だった「文楽座」がもとです。
 (wikipedia)



第五幕「日高川入相花王渡し場の段」
清姫は恋い慕う安珍の後を追って日高川まで来ますが、船頭が舟を出してくれません。どんなに頼んでも言うことを聞いてくれないので、清姫はとうとう泳いで行こうとします。嫉妬の気持ちが清姫を蛇の体に変え、日高川を渡るのです。(保存会資料)
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最後に第六幕「絵本太功記十段目尼ケ崎の段」
明智光秀の謀反から敗死までの物語。
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前回からほぼ10年ぶりの見物でしたが、同じ演題が同じように奉納されている。
伝統芸能は代々に伝えられて昔と変わらないのが良いのだろう。
近くの古要神社に伝わる「傀儡舞」とともにいつまでも残ってほしい中津の歴史遺産だ。
毎年二月の第一日曜日に奉納される。

 (原田神社の場所)


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by jinashi | 2017-02-06 16:07 | 国東半島あれこれ | Comments(2)


国東半島先端部の国東市国見町では、今でも大熊毛内迫地区と野田堀池組の2か所で庚申祭が行なわれいる。
(最近までは岐部地区や櫛海地区でも行われていた)
堀池組では4年に一度の旧暦うるう年正月に庚申祭が行われると聞いて、ガイドや文化財調査委員など5人で見学に出かけた。


庚申信仰とは~
道教の教えでは、人間の体内には三つの霊が宿っているとされる。それは、魂(コン)、魄(ハク)、三尸(さんし)。人が死ぬと、魂(コン)は天に昇り、魄(ハク)は地下に入る。三尸(さんし)は、宿主が死んだ後は自由の身になることから、宿主が死ぬのを待ち望んでいる。
旧暦で60日に一回巡ってくる庚申(かのえさる)の日に、三尸は宿主の体内を抜け出して、天に昇って天帝に宿主の日頃の行状を報告する役目を負っている。三尸の報告によって天帝は宿主の寿命を決めるとされる。
これをさせないために、庚申の日には、前日から大勢が集まって寝ずにいれば、三尸は体内から出られない。平安時代に貴族の間で広まった信仰だが、江戸中期には全国的に庶民にも広がり庚申の夜は講組が集まって酒食を供し夜明けまで楽しんだ。
この行為を3年18回続けた記念に建立したのが庚申塔で、村を見下ろす高台などに建てられた。


道教とは~ 
中国固有の宗教。儒・仏と並ぶ三教の一。不老長生をめざす神仙術と原始的な民間宗教が結合し、老荘思想と仏教を取り入れて形成されたもの。後漢末の五斗米道ごとべいどうに起源し、のち次第に宗教の形を整え、中国の民間習俗に強い影響力をもった。


今日は旧歴の元旦に当たる。

(旧暦の1年は平年約354日で、約3年に1(19年に7)の閏年は閏月が入って約384日になる)


今回の座元は郷司さん。8軒の講組で座元は4年おきに順に回ってくる。
郷司さん宅に朝早くから集まって餅を搗く。
お供えやかぶせ餅、お靴型などをつくる。
かぶせ餅は豊作を祈願するためのもので、お靴型をお供えするのは~庚申様は遠い国から歩いてやって来て信者の苦しみを救 ってくれる遊行神と信じられていたためのようだ。
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うるう年なので12個の餅を詰めたパックを13個つくる。(十三餅というらしい)
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お供えなどを準備して座元の家から庚申塔へ向かう。
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10分ほど歩いて堀池庚申塔へ着く。
石殿寄棟で高さは2.57m。国東半島で一番大きな庚申塔だ。上部はだいぶ風化が進んでいる。
正面金剛が彫られた仏式庚申塔なのだが神式で祭典を行なってきている。
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注連縄を張り、屋根宝珠の上に座元がもちを被せる。
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お供えをする。
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神主さんにより祝詞が奏上される。
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玉串を奉奠して祭りを終える。

次に、近くの山中にある山神様向かう。
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何も彫られていない自然石は山神様と伝えられているが・・ここでも餅を被せて同じように祭典をとり行う。
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座元の家に戻ったら屋敷荒神祭が行われる。
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床の間の掛け軸は「猿田彦」~神道の庚申様だ。
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この後直会が行われ、地域のつながりが深まっていく。

庚申待(祭)の形態は少しずつ変わってきたようだが、これからもぜひ続けてほしい国東の貴重な信仰行事だ。



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by jinashi | 2017-01-28 17:05 | 国東半島あれこれ | Comments(6)

おめでとうございます


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あけましておめでとうございます
じなしのブログも8年目となります。
昨年の北海道山旅は大自然や花々などにすばらしい感動を貰いました。
アルプスなど未訪の名山にも元気な内に行けたらいいなと思っていますが・・タイム&マネーが問題です(-_-;)
今年も季節の花追っかけとあわせて、あと僅かとなった国東半島の里山を制覇したいと思います。
 ご感想や突っ込み?をお待ちしています<(_ _)>
by jinashi | 2017-01-01 06:00 | 国東半島あれこれ | Comments(16)

合同新聞15日夕刊に「ふるさと、国東の山々」と題して豊嶺会会長赤嶺和樹さんの記事が出ていた。


おなじみの山々だが・・特に高岩(堂明)から一望岩への縦走コースは探検気分でルートを開拓?整備したときが懐かしい・・・
(拡大します)
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赤嶺先生、国東山々の魅力発信をありがとうございました。

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by jinashi | 2016-12-17 14:01 | 国東半島あれこれ | Comments(2)

雨となった日曜日だが・・武蔵町で第18回「み仏の里くにさきウオーキング」がおこなわれた。
じなしは足のとある部分が痛くなる持病(>_<)のため本部付スタッフとして受付や弁当配布などを担当した。

翌日は晴天となった。
その持病もだいぶ調子が良くなってきた^^ので・・お散歩がてらに紅葉巡りに出かけた。
大分県の紅葉を締めくくる国東半島(たぶん)では毎年12月初旬にクライマックスを迎えるのだ。

最初に千灯の大不動岩屋に上がる。国東半島峯道ロングトレイルK1コースの人気スポットだ。
国東半島は百万年以上前の両子山噴火により堆積してできた凝灰岩が長い年月の間に浸食され、山間部には筍状となった岩峰群が威圧的にそそりたっている。
大不動岩屋から見る岩峰群。今年は発色しないままに終了か?
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近くにあるチョックストーン。今度トレイルに方位標識を設置しよう。
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天念寺耶馬も色づきは冴えない。左に無明橋。
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長安寺の紅葉。多くのカメラマンで賑わっていた。
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これが長安寺の金明孟宗竹。
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並石ダム湖畔のもみじ。
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昔鬼が住んでいたという鬼城岩峰(きしろがんぽう)。麓の紅葉もまずまず・・
右下は2013年国東半島芸術祭で勅使河原三郎氏により創作された現代アート作品「月の木」。
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ダム下では銀杏が初冬の風と遊んでいた。
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宇佐市麻生から県664を登って対峙した仙岩山の岩峰。向こうは鬼落山か。
未踏の乙村山と牛岳の登山口を確認した。
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院内町から豊後富士(由布岳)を撮ろうと思ったが半分雲に隠れていた。

おしまいは宇佐市拝田の鷹栖観音Pから見る和尚山(かしょうざん)。
冬を迎える山容としては・・まずまずの景。
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国東半島の紅葉も今年はいまいちだったようだ。
1年が瞬く間に終わろうとしている。今年の出来事、出会いに感謝。

おっと・・・まだ早い!^^




by jinashi | 2016-12-06 20:41 | 国東半島あれこれ | Comments(5)