カテゴリ:国東半島あれこれ( 143 )


秋晴れの下、千灯地区の歴史遺産を巡るトレッキングのガイドを務めた。

集合場所へ向かう途中で出会ったお馬さんの朝散歩。
小ネギ農家Hさんの趣味は乗馬。貿易会社を経営していたが晴耕雨読の暮らしをしたいと国東半島へ移住してきて10年になる。
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最初に向かったのが大不動岩屋。色づき始めた岩峰群・・
国東半島に住んでいてこんな素晴らしい場所があることを知らない人は多い。
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旧千灯寺を散策して不動茶屋へ・・
地元の奥様達から石垣モチや柿のお接待を頂いた。

五辻不動尊では千灯寺今熊住職より護摩供を受けた。
清々しい気持になっていただいたようです。
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千灯寺へ無事にゴールイン。みなさま、お疲れ様でした。
あと半月もすれば半島の山々は錦のパッチワークを見せることでしょう・・・



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by jinashi | 2017-11-08 14:02 | 国東半島あれこれ | Comments(0)



国東六郷満山寺院は来年、開基1300年を迎える。
そのプレ事業としてこの春、満山会僧侶により江戸時代まで行われていた183霊場をめぐる峯入り行がおこなわれた。
大先達の富貴寺河野英信住職をコース調査や行程づくりでサポートしたのが先達を務めた行入寺の隈井修道住職。


宇佐市の大分県立歴史博物館では開山1300年記念展「聖なる山~六郷満山と仁聞」と合わせて隈井修道さんの講演会が行われたので聴講に出かけた。

演題は「峯入りを終えて」。
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修道さんは「豊前豊後六郷山百八十三カ所霊場記」等をもとに国東半島の仁聞修行場の岩屋を調査してきた。
じなしも
2013.2.27には豊後高田市田染小崎空木地区での調査に修道さんに同行させてもらった。

今年4月2日の
峯入り初日には御許山大元神社に参拝の後、宇佐神宮で採燈護摩が焚かれていよいよ20日間の峯入り行が始まった。
一日中寒い雨に降られたり、たどり着けなかった岩屋もあったようだ。
(今回のコースマップ)
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20日間の峯入り行では地域の人たちによる手厚いお接待もあったようだ。
峯入りでは自分自身の修行「自利行」と合わせて他者を助ける「利他行」が混在しているという。
宗教をめぐっては様々な社会的逸脱による不信感も耳にする今日だが・・満山会による真の「利他行」がおこなわれることで国東半島のステイタス(価値)はさらに高まっていくことだろう。
 (大分合同新聞・2017年10月31日夕刊 ~拡大します)
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by jinashi | 2017-11-03 20:40 | 国東半島あれこれ | Comments(0)

毎週末の台風襲来で・・この秋は色付くお山に縁が無い。
今日はママのセミナー大分行きアッシー君(セピア語)をしたあとはひとり映画を見に行った。

初めて「アミュプラザおおいた」のシティ屋上ひろば(8F)に上がった。
雨は上がったようだがまだ風が強い。
この日の「大分車いすマラソン」は台風22号の接近で中止になったようだ。

屋上に神社があった。「鉄道神社」とある。
明治44年の大分駅開業当時、柞原八幡宮より植えられたクスノキは昭和39年に伐採された。そのクスノキを利用して昭和40年に社殿が建立され、当時の大分駅舎屋上に祀られていたようだ。
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社殿の前に(奈良せんとくんを作った)薮内佐斗司さん作品「電車ごっこ」があった。
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新大分駅にはいろんな薮内さん作品が設置されている。
 →
新大分駅のにわとり



アミュプラザおおいたのシネコンには初めて来た。
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観たのは「ナミヤ雑貨店の奇跡」
(豊後高田市HPより)
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観客は子供からシルバーまで幅広い感じだ。
ストーリーは・・・1980年と2012年に生きる登場人物が、不思議な手紙を通して通じ合う奇跡の 一夜を描いている。

この映画を見たのは
トトロのとなりさんブログ を見たことから・・

そして何よりもこの映画は豊後高田市がロケ地になっているのだ。
市内のあちこちが舞台となっている。市長さんや副市長さんもエキストラとなって登場している。
豊後高田市フィルムコミッションでは映画などのロケ誘致を行なっていて、2018年3月10日には豊後高田市で撮影(一部)された映画「坂道のアポロン」も公開される。



映画の帰りに豊後高田市宮町のロケ地へ寄ってみた。
ナミヤ雑貨店のあるところは(元の)駐車場?になっていた。
(後日の画像)
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あれは仮設のセットだったのだ・・・
(豊後高田市HPより)
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by jinashi | 2017-10-30 16:37 | 国東半島あれこれ | Comments(6)

国東半島宇佐地域は、クヌギ林とため池によって、持続的に維持されている原木しいたけ生産をはじめとする循環型の農林水産業の営みや、七島イ栽培など伝統的な農林水産業システムが認められ、2013年5月には世界農業遺産に登録された。

世界農業遺産(Giahs)とは、伝統的な農業や林業・漁業と農林漁業によって育まれ、維持されてきた土地利用(農地やため池・水利施設などの灌漑)、技術、文化風習などを一体的に認定し、次世代への継承を図る目的に2002年に国連食糧農業機関(FAO)が創設した。そしてそれを取り巻く生物多様性の保全を目的に、世界的に重要な地域を認定するもので、持続可能な農業の実践地域となる。
現在、17か国37地区(日本では8地区)が認定されている。


国見中学校では1年生により国東半島の世界農業遺産について地域学習が行われている。
NPO国東半島くにみ粋群による伊美地区歴史遺産ウオーキングコースづくりが縁で今年も学校より要請があったので案内役をつとめてきた。
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今年の中学校1年生は23人。クラス担任のA先生、M先生(旧姓)と溜池と水路トンネルをつくった鹿島高一顕彰碑前に集合する。

東中地区につながる3か所の水口を確認したら山へ入って水路トンネルの出口を学習する。溜池や水路を守っている田中さんより詳しい説明を聞く。
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素掘りトンネルの内部をライトで照らして見る。
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そこからは楽しい?山登り・・
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 余談ですが・・峠からすぐのところに4等三角点があった。
(前日下見に行ったときに登って?来たのだ^^;)
 前日の峠の様子。
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 前日の4等三角点「東中・131.9m」 一座登頂^^
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大分県でもめずらしいシシ垣を学習したら・・東中後野溜池の斜樋(取水口)を見学。
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2年目だが・・今年の1年生は特に熱心に聞いてメモを取っていた。
このあと、学習の発表会もあるようだ。
地域の先人の苦労により現在の豊穣があることを知ってくれたことだろう。

(伊美地区歴史遺産ウオーキングコースマップ)
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by jinashi | 2017-10-29 09:00 | 国東半島あれこれ | Comments(0)




トンギリ・黒峰登山からの帰路に種田山頭火が句会を開いたという阿蘇内牧の塘下(ともした)旅館に立ち寄った。


漂白の俳人・種田山頭火は昭和4年(1929年)11月3日に阿蘇内牧で師匠荻原井泉水を迎えて句会を催した後、亡母の供養を思い立ち九州西国三十三観音巡礼の旅へ出た。
まず阿蘇山に登り、一番札所の英彦山霊泉寺に参り、山国川を下り二番札所三光の長谷寺、三番宇佐の清水寺、四番大楽寺へと歩き、11月24日には宇佐神宮に参拝している。
26日には天念寺から両子寺へ向かう途中で国東市国見町の赤根温泉にわらじを脱ぎ、3つの句を残している。
 
「ぬれてしぐれのすゝきわけのぼる」
 「いただきのしぐれにたたずむ」
 「こんな山水でまいまいがまうてゐる」
彼は「層雲」という俳句結社の同人でその句は五七五の定型にこだわらない自由律俳句だ。
それらは平成15年11月に地元の「国見の歴史と文化を高める会」により3基の句碑として国東市赤根温泉に建立されている。
当時じなしは会の事務局を担当した。

赤根温泉・湯の里渓泉玄関前の句碑
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ともした旅館は内牧温泉はずれの田んぼの中にあった。
ちょうど外へ出てきた女性に「ここが山頭火が句会を開いたともした旅館ですか?」と聞くと・・
いろいろと丁寧に教えていただいた。

現在旅館は休業中。温泉は先の熊本地震で壊れて湯量も減ったらしい。途中の道路も陥没していた。
玄関にある山頭火パネル(板絵)。
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ともした旅館にはかつて文人などがよく逗留されたようで、徳富蘇峰(猪一郎)はここで「烟霞勝遊記」に阿蘇外輪山の遠目ケ鼻を「大観峰」と名付けている。
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ちょうど今地元紙に連載中でした・・
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山頭火と当時の女将さんが談笑したという桜の縁側が畳の下に残されていた。
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玄関脇にある山頭火句碑。昭和58年10月2日建立
 「コスモス寒く阿蘇は暮れずある空」
 「すすきのひかりさえぎるものなし」
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当時の女将の孫にあたる森本加子(ますこ)さんと記念のツーショット。
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加子さんが描かれた阿蘇山・・
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 赤根温泉山頭火句碑建立からもう14年になる・・・




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by jinashi | 2017-10-04 17:57 | 国東半島あれこれ | Comments(0)



皆さん、(まだ通過中ですが・・)台風18号、大丈夫でしたか? 
天気ならくじゅうブラ歩きと思っていたが、今日は一日家でカウチポテト(古い^^)状態だった。
午後には国東市にも防災無線やアラートで全市に避難勧告が出た。初めての発令だったが21時には解除になった。
14時ごろからかなり激しい風雨だったが、夕刻にはおとなしくなって西山には青空も見えた。(21時現在は少し吹き戻しがあり・・)

実は我が家(間もなく築30年)にも被害があったのだ^^;
ポタッ、ポタッ、子どもの頃の昭和のアルミ製?洗面器が懐かしい ^^
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本題です。
今年の春、環境省の方からじなしblogの画像を使わせてもらえないか・・というメールをいただいた。
何のことだろう?と思っていたら、長崎雲仙普賢岳の遠景画像を使わせてほしい」という話だった。
どの画像だろう・・と思っていたら、2015年12月にUさんに誘われて久留米の明星山~高良山へ登った時のものだった。

じなしの「簡単オートフォーカス画像で良ければお使いください」と返信したところ、こんな感じで「環境省九州地方環境事務所」のHPに載せていただいた。
 → 
九州地方環境事務所「雲仙岳百景」 (③の久留米市をクリックしてください)

これも何かの縁・・・



追伸:NHK「ブラタモリ」では2週続きで「高野山丁石道」が放送された。今年6月に歩いたばかりだったので参詣道があれこれよみがえった。
放送日には
じなし高野山へのアクセスもかなりあった。

これも何かの縁・・・


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by jinashi | 2017-09-17 22:20 | 国東半島あれこれ | Comments(8)



大分県国東市は平成の大合併により誕生してから11年が経過した。
合併4町のうち、特に衰退が危惧される北部の国見町では・・元気な町づくりを目指して
NPO法人国東半島くにみ粋群が設立された。
町づくり団体として県より認可されてからちょうど10年を迎えて記念式典と講演会がおこなわれた。

講演会の演題は「古道を行く 光の丘へ」。
これからの国東半島、国見のまちづくりについて提言していただいた。
①国東半島の歴史文化や伝統を生かそうとする(行政区を越えた)団体による地域アライアンス
②大分空港から先端部へ、時短を図る交通網の整備
③クラウドファンディングによる刀匠・紀行平新太夫の刀剣再生プロジェクトや砂鉄たたらによる鉄製品の製造販売  
   等々
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講師を務めてくれたのは高校同級生の貞松秀幸君。
九州大学経済学部卒業後、(株)商船三井に入社。
23年に及ぶ海外勤務(アメリカ、香港)で現地法人社長を歴任し国際流通に貢献してきた。

国東半島を気に入ってくれ、東京から大分へ帰った際に足を運んでくれるようになって3~4年になる。
田舎に長く住んでいると目線が低くなりマンネリに陥ってくる。貞さん、これからもいろいろと刺激をくださいね!


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by jinashi | 2017-09-02 12:47 | 国東半島あれこれ | Comments(2)

今年も豊後高田市の綾部先生より田染文化財教室夏の公開講座のご案内をいただいた。
2010年8月より毎年聴講させていただいている。

講師は元県立高田高校長大畑雅英先生。現在は都甲の栄法寺住職を務める傍ら、地元の郷土史を研究されている。
演題は「鞍掛城の戦いと田原氏の滅亡」。
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田原氏最後の拠点となった鞍掛城のある 佐野鞍掛城山には2016年2月に登った。
鞍掛城山は河内小学校の北東、引瀬神社のすぐ上にある標高110mほどの小山で、南寄りの山頂部には本丸と一段下の二の丸からなる石垣群が見られ、小規模ながら山城の遺構が残っている。

河内小学校から南に入った奥畑にも鞍掛城があり(あったといわれ?)、こちらは佐野鞍掛城よりさらに一時代前(南北朝ごろ?)の田原氏の山城と言われている。
2015年5月には奥畑にあったといわれる六郷満山本山本寺「鞍掛山神宮寺」の遺構を求めて
奥畑鞍掛山へ登った。山頂部から華岳や西叡山などの見晴らしが良い山であったが六郷満山の信仰遺産や山城の遺構は見当たらなかった。

こちらは大畑先生によりグーグルで再現した(吉弘氏の)屋山城。麓(真ん中少し下あたり)にあるのがかつて六郷満山惣寺の長安寺。
2015年3月に
屋山へ登った時に見た竪堀横堀の遺構を思い出した。
7代吉弘親信あるいは8代氏直の時に屋山城を築き、武蔵より居城を移したといわれる。
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さて、国東の田原氏だが・・・
初代泰広は、鎌倉時代に頼朝の命により建久7年(1196年)相模国から豊前豊後守護兼鎮西奉行として入国した大友能直(よしなお)の12男と言われる。母は歌舞の遊女であったらしい。
5代田原氏能(うじよし・生年不詳 - 明徳4年(1393年))の時代には大友庶氏の中で特に力をつけ、本家大友氏と対立するほどの強力な勢力になっていたようだ。
大友宗麟の時代となり、天正8年(1580年)、11代田原親宏(ちかひろ)の跡を巡る家督争いで大友宗麟は次男親家(ちかいえ)に田原家を継がせようと画策した。これに対して養子となっていた田原親貫(ちかつら)は毛利氏に援軍を求めて大友氏と戦っており、このとき鞍懸城は田原氏最後の拠点となったが落城している。親貫享年19歳(逃亡とも?)。
詳しくは → 
戦国武将列伝Ω


田原氏が大きな力を持っていた頃、同じ国東半島で田原氏分家筋にあたる大友家臣の吉弘氏もチャンスをうかがっていた。
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勢場ケ原の戦いで戦死した氏直の嫡男8代吉弘鑑理(あきただ)は大友宗麟の側近として活躍し、臼杵鑑速や吉岡長増らと共に豊後の「三老」に列せられた。
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吉弘氏の屋山城近くで起きた鞍掛城の戦いでは、鑑理(あきただ)の孫にあたる10代統幸が大友の搦め手(後方)を攻めて大いに活躍した。
その統幸も慶長5年(1600年)9月に豊後国速見郡石垣原(大分県別府市)で行なわれた黒田如水(孝高)軍×大友義統(吉統)軍の合戦で黒田軍井上九郎右衛門に討たれ、大友氏と共に吉弘氏は滅びた。

国東半島は戦国時代までの大友氏による支配や破壊の歴史が多く残っている。
当時には、大友氏と共に滅亡した武将を弔うために、半島各地で新たな寺院が創設されたようだ。




  お知らせです 

8月26日(土)には国東町のアストホールにてコンサート「オードリーヘップバーン」が行われます。
企画演出は画家の村田佳代子さん、歌は長女でソプラノ歌手の村田望さんの親子共作となる。
村田佳代子先生には 2008年秋のペトロカスイ岐部神父列福の際、地元ホールにて先生が描かれた「ペトロ岐部の生涯」作品展(大分県先哲史料館所有)を行なった。
2013年8月には
「ペトロ岐部フォーラム」にも参加していただいた。
お時間のある方はぜひご来場ください。
(入場無料ですが入定整理券が必要です)
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by jinashi | 2017-08-08 15:31 | 国東半島あれこれ | Comments(2)


関西クラブツーリズム「国東半島峯道ロングトレイルツアー」のガイドを務めた。
先月17日のK1コースに続いて今回はK2コースを歩く。

早朝、別府港で「さんふらわあ」を下船してバスで出発地点の岩戸寺に到着。
参加者は前回とほぼ同じ顔ぶれの懐かしい?みなさんでした。
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大聖寺から長慶寺に向かう途中の木に見たことがない花が咲いていた。
調べてみるとフェイジョアという名前の花のようだ。
フトモモ科の常緑低木。南米産。果物として食用に栽培される他、庭木や生垣用としても評価が高い・・・日本では1980年代にキウィフルーツに続く新果樹として注目されたこともあったが、現在まであまり普及していない(wikipedia)
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こちらは北米中南部原産のタイサンボク(泰山木)
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長慶寺で准胝(じゅんてい)観世音菩薩を参拝。
7千万の仏の母で、酒肉でけがれた衆生をも救ってくれる情け深い仏様だ。
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葛原へ入ると咲き始めたハンカイソウの大群落が迎えてくれる。まだ2~3分咲きか?
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金毘羅遥拝所やゴロタ平の景から来浦耶馬の絶景を楽しむ。
この日はすぐ前の姫島やその向こうの山口県が良く見えていた。
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三十仏に参拝。125段ある?長い階段を登る。
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ゴールの文殊仙寺をご案内してお別れした。
先月に引き続き・・この日も晴天に恵まれた。

次回7月はK3コースを歩くようです。
皆さん、お疲れ様でした。


沿面距離≒17Km
累積標高≒820m
所要時間≒7時間18分(休憩含む)
(GPSマップ~拡大します)
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by jinashi | 2017-06-15 13:48 | 国東半島あれこれ | Comments(8)



国見町西方寺に住むI永さんから「近くの山中で崖に穴が開いたすばらしいビューポイントを見つけた!」と教えてくれた。
早速、半島中心部の山々に詳しいH島さんと2人で探検に出かけた。I永さんから聞いた情報を頼りに山へ入ったが・・それらしき場所を探し出せなかった。(5月27日のこと)
その後、I永さんより画像やマップで聞き取りをして場所をほぼ確定したのでH島さんと一緒に再度探検に入った。

西方寺の京来下(きょうらげ)バス停に車を停めてスタート。
この地区の小野さん、山口さんの御先祖は京から下ってきたという言い伝えもあり、今でも一族で先祖供養をしているようだ。
バス停の東には(ロングトレイルK1コースの)大不動岩屋にあった不動明王を祀る中谷不動堂もある。
(5月27日の画像)
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2週続きで上西方寺集落を通って山へ向かう。
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最後の人家を過ぎて昔の峠道をゆるやかに登ると左に手入れがされたクヌギ林が広がる。
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左に椎茸榾木の伏せ場があるところの右手に古い道標がある。
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「左えびすみち、右やまのかみみち」と彫られているようだ。江戸時代のものだろうか?
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やまのかみ(山の神=香々地見目の最奥の集落)方向へ入る。
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すぐの右に炭焼釜跡あり。この先左手にも2か所ほどある。
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杉林を通る。谷に沿って道らしき雰囲気もあるが・・倒木などで荒れている。
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クヌギ林となる。
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シュロの木が1本あるところから再び杉林となる。
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右手に(前回行ってみた)倒木で露出した崖が見える。
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少し急な登りを上がると尾根(峠)にあがる。(京来下から)歩き始めて23分ほど。
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尾根から前方(山の神方向?)はクヌギ林で緩やかに下っている。
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右の盛り上がった方へ進む。ここまでは前回と同じコース。
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一旦小ピークに上がったら左へ下りて行く。(前回は真っすぐ尾根を進んだ)
前に大きなヌタ場(猪の風呂)が見えてきた。
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そのヌタ場から右を見ると・・・「わぁー・・あったぁぁ~~~」
これが地元の人が「窓の迫」というところかぁ~
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これはすごい! 
ブリッジの長さは15m、幅は5mほどか・・真下からブリッジまでの高さは20mほどありそうだ。
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樹木で見えないが窓の先(東)は鷲巣岳方向だろう。
窓の向こう側の両脇は岩屋となっている。
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ブリッジ下から入って来た(ヌタ場のある)方向を見る。
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下からブリッジを見上げる。
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ブリッジになっているところは、前回、下にこんな窓があるとは気が付かないで歩いている。そのとき(5月27日)の画像。
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崖沿いを進んで見る。
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回り込むと(前回も上がってみた)倒木で露出した崖へ出た。予想通り・・・
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先の「やまのかみみち」へ戻って往路を下る。
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田の神様か? 田植えの真っ最中・・
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京来下バス停に戻るとこの地区のYさんがおられたので・・道標のことを聞くと、やはり「右やまのかみみち」と彫られているようだ。

少年の気分になって2週続きでドキドキ楽しい探検でした。
突然前に現れた絶景の窓岩を見つけ出して感動した。
来年春のミツマタが咲くころにはトレッキングツアーのコースに組み入れたら面白そうだ。

国東半島中心部は、100万年以上前の両子山噴火により生成した溶結凝灰岩~凝灰角礫岩が浸食された岩峰群が聳え立っている。
まだまだ知らない絶景ゾーンがありそうだ。

(GPSマップ)
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by jinashi | 2017-06-03 15:26 | 国東半島あれこれ | Comments(8)