カテゴリ:大和三山( 1 )

神武天皇御陵
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姉夫婦と奈良旅行に出かけた。
半日別行動で大和三山を巡り、古の歴史ゾーン・大和路をウオーキングで周遊した。

大和盆地の南部によく目立つ耳成山、天香久山、畝傍山は大和三山と呼ばれ、古代の都藤原京を囲んで三角形に並んでいる。藤原宮造営の際には、大和三山の位置が重要な立地条件になったと言われている。
中大兄皇子(天智天皇)は「香具山は畝傍雄々し(愛し)と耳成と相争ひき神代よりかくにあるらし」(万葉集巻一)と恋争いの歌を詠っている。
「香具山(男性)は畝傍山(女性)が愛おしいと耳成山(男性)と互いに争った。神代からこうであるらしい。昔もこのようであったからこそ現世でも一人の女性を二人で争うらしい・・」
他にも多くの和歌に詠まれた大和三山は平成17年7月に国の名勝に指定されている。

 耳成山(みみなしやま・139.7m) 
 天香久山(あまのかぐやま・152.4m)
 畝傍山うねびやま・199.2m)

近鉄橿原線大和八木駅前を7時35分にスタート。ちょうど月曜日の通勤タイム。
歩き始めてすぐの近鉄百貨店前あたり。
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脇道に入ると前方に耳成山が見えてきた。
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御百度参りの耳成井戸から耳成山へ入る。ここの標高≒50m。
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登山道というよりは散策路という感じ。
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途中から見える畝傍山。コースの最後に登る山。
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ゆるやかに登って・・間もなく山頂。登り始めて15分ほど。
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地元の常連さんらしき男性が2人。展望はなし。
三山では一番低い円錐形の死火山で、人の顔にたとえれば耳がないような山なので耳無山→耳成山と呼ばれるようになった(説明板)
本日第1座目の三等三角点前で。
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山頂下の耳成山山口神社に参拝。石灯篭の並ぶ参道を下山する。
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古池から耳成山を振り返る。
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大和地方の庭木や街路樹によく見るハナミズキがちょうど見ごろだ。
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武家社会となってこの地方の百姓たちが自衛のため村落に作ったという環濠が残り、あちこちに手入れが行き届いた大きな古家を見かける。
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特別史跡の藤原宮跡へ出る。広~い!
藤原宮は、今から約1300年前、持統・文武・元明の三代の天皇が治めた都、藤原京(西暦694~710)にあった宮です。藤原宮は藤原京のほぼ中心に位置し、北を二条大路、南を六条大路、東と西を、それぞれ東二坊、西二坊大路によって囲まれ、その規模は、東西925.4m、南北906.8m、面積は約84haにもおよびます。藤原宮の内部は大きく中央・東・西区の3つの区画に分かれています。中央区には、大極殿(だいごくでん)や朝堂院(ちょうどういん)、朝集殿院(ちょうしゅうでんいん)といった、政治の中枢となる施設のほか、天皇や皇后の住まいである内裏(だいり)がおかれています。また、東・西区には行政の実務をおこなう、官衙(かんが。今の役所)がおかれています。つまり藤原宮は、今の皇居と国会議事堂、霞ヶ関(かすみがせき)の官庁街を1つにしたような場所で、まさに政治の中心地といえます。(橿原市HP)

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藤原宮跡を後にして・・天香久山へ向かう。
右手前のなだらかな小山が「天香久山」だ。持統天皇の百人一首の歌は良く知られている。
「春過ぎて夏来にけらし白妙の衣ほすてふ天の香具山」

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集落を通って天香山神社へ向かう。振り返って見る耳成山。円錐形の整った山容をしている。
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「月の誕生石」と書かれた標識を見る。畑作業のおばあさんに聞いて山道へ入る。
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大きな石に注連縄が張られている。
月が赤ちゃんを産んだというロマンチックな伝説(民話)の石でした。
「花崗岩で高さ1.5m、幅は6.5m、奥行きは3.5mあり。遠景黒色の斑点は月が使った産湯の跡と、小さな斑点は月の足跡と伝えられて古代より信仰する人多し」(説明板)
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山道へ入って分岐から急坂を下ると天香山神社へ出る。 古くから朝廷より尊崇された神を祀る古社のようだ。
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天香久山山頂へ向かう。登山口の天香山神社の標高≒100m。
椎の実?の落ちた丸木階段を登っていく。
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フラットな山頂部へ上がる。
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三山で唯一「天」の字を冠する最も神聖な山のようだ。
山頂には国常立(くにとこたち)神社がある。国土形成の神と雨乞いの神が祀られている古社。
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天香久山が恋した畝傍山が見える。
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三角点は無いので小さな山頂標識の前で・・ 
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まっすぐ先へ下って麓の天岩戸神社へ向かう。
宮崎の高千穂にも天岩戸神社や天香久山(と天香山)があるのはなぜ?
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山腹の伊弉冉神社を過ぎて集落に下りる。少し道迷いして天岩戸神社へ着く。
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拝殿のみで裏に4個の巨石があり岩穴がご神体。玉垣内では毎年7本の真竹が生え変わる・・(説明板より)
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先へ向かう集落から返り見る天香久山。大和三山の中では最もよく知られているが山容は目立たない。 
ポツリと小雨が降り始めた。
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本薬師寺のあったあたり。
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奈良市西の京にある薬師寺の前身にあたる寺なので本(元)薬師寺と呼ばれる。
金堂の礎石。
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近鉄線踏切を渡って畝傍御陵前駅を過ぎると畝傍山が近づく。
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畝傍山の麓を歩いて神武天皇御陵へ。
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熊野から八咫烏に先導されてこの地で即位したといわれる。
神武東征神話は宇佐地方にも「一柱騰宮(あしひとつあがりのみや)」伝説など多く残している。
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三山最後の畝傍山へ。
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下山してきたおじさんに登山口を尋ねて、若桜友苑の殉国の碑がある「急登コース」から山へ入る。
登山口標高≒80m。
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岩場もあってかなりの急登だ。
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山頂までもう少し・・
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畝傍山山頂に到着。
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山頂から最初に登った耳成山が見える。
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こちらは天香久山。今でも両山は畝傍山へラブコールをしているのか?
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三等三角点近くには畝傍山口神社社殿跡の標識がある。
大和三山を制覇?したぞ!
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下山は「ゆるやかコース」で・・・
東大谷日女命神社へ下りる。神武天皇の后・姫蹈鞴五十鈴媛命(ひめたたらいすずひめのみこと)を祭神として祀る。
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「ようこそ、日本のはじまりへ。」や「春の神武祭」の幟旗が立ち並ぶ橿原神宮前へ着く。
先の4月3日には神武天皇(崩御)二千六百年大祭が行われ、天皇皇后両陛下もご参拝された。
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小雨が降り続くなか、橿原神宮前駅へゴールイン。
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ネットやガイドブックを参考にしてコース作りをした。
コースのあちこちから見える三山も思った以上に距離があったが、ほぼ迷うこともなく予定通りに歩くことが出来た。
古代大和の歴史散策は見所も多くもっと下調べをしてくれば良かったとも思う。
こんな山登りの楽しみ方も良いものだ。
 
・歩行距離≒14Km ・時間≒5時間 ・累積標高≒500m

近鉄大和八木駅7:35→7:58耳成山登山口(耳成井戸)→8:12耳成山→8:58藤原宮跡→
9:29月の誕生石→9:41天香山神社(登山口)→9:52天香久山→10:13天岩戸神社→10:44本薬師寺跡→
11:03畝傍御陵前駅→11:14神武天皇御陵→11:29畝傍山登山口→11:48畝傍山→12:11東大谷日女命神社→12:29橿原神宮前駅

(GPSマップ)
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by jinashi | 2016-04-21 11:58 | 大和三山 | Comments(4)