カテゴリ:ドライブ&トリップ etc( 22 )

とみさん、さとっさんの同級生を誘って花見ドライブに出かけた。
おもな目的は2つ。
①宇佐の歴史博物館「館蔵優品展」に紀新太夫行平の刀剣を見に行くこと。
②耶馬溪にそばを食べに行くこと。

宇佐の歴史博物館への途中、豊後高田市の桂橋が開通したそうなので見学に立ち寄る。
以前の橋は昭和16年の水害で架け替えられて70年が経過していた。3月31日に開通したばかりの新桂橋は全長80mのコンクリート作りで街灯(LED)や欄干は昭和30年代風のデザインとなっている。
むこうの赤レンガのとなりには昭和4年11月に俳人種田山頭火が立ち寄ったといわれる呉服屋「瓦屋」さんがある。
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昭和の町のシンボル「オシックラの像」。
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中ほどの広くなったところにある「けんけんぱ」?
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宇佐の県立歴史博物館で開催中の「館蔵優品展」に紀行平の太刀が出品されている。
行平は鎌倉時代には国東半島や大分市で多くの刀剣を作っており、後鳥羽上皇の御番鍛冶24名に選ばれた豊後刀鍛冶の名工といわれている。 
大太刀はすらりと細身であり、大小どちらの太刀にも不動明王の変化身である倶利迦羅竜が彫られている。他に国重文「宇佐神宮神輿障子絵」など多くのお宝が展示されている。~5月8日まで。入館料300円。
 (写真撮影禁止のため画像なし)

院内から県道27で深耶馬溪へと入る。新緑や紅葉のときには見事なアーチとなるもみじを潜り先の公共駐車場に車を停める。川を渡って元祖深瀬屋本家へ。
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すこし肌寒かったので山かけそばをたのむ。800円なり。
サービスの椎茸芥子漬につい手が出る。
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深耶馬から柿坂に降りてR212を中津へと向かう。途中で以前ネットで見たのを思い出して中津南高耶馬溪校前の橋を渡ってすぐ右折、すこし先で発見した。
廃校となった小学校職員室をそのまま利用した喫茶店だ。
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ずいぶん前から営業しているそうだ。ママさんに聞くと「最初にここに入ったときに木の精を感じたので名付けた」そうだ。
名前は「木精座」。
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中には廊下で靴を脱いで上がる。薪ストーブが暖かい。
タイムスリップした感でゆっくりコーヒーをいただいた。500円なり。
話をしていると・・・何と!ママさんのお母さんはじなしの家のすぐ近くの出身だそうでお互いびっくり005.gif
中はこんな感じです。
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となりの城井八幡社前の桜は早くも見頃を迎えている。
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by jinashi | 2011-04-04 17:12 | ドライブ&トリップ etc | Comments(0)

京都府八幡市


いつかはお参りを~岩清水八幡宮
山城(京都)の岩清水八幡宮は貞観元年(859年)、宇佐八幡宮に籠もり修行をしていた大和(奈良)大安寺の行教という僧が、八幡大神から「吾、都の近くにある岩清水男山の峯に移座して国家を鎮護せん」と御宣託を受け、これを朝廷へ奏上したのが起源といわれている。

さらに仁和2年(886年)、その岩清水八幡宮からご分霊を勧請し御祀されたのが国東市国見町にある伊美別宮社だ。当時の伊美郷は宇佐八幡宮弥勒寺の荘園とされ、その荘園が岩清水八幡宮へ寄進されたことで分祀されたようだ。
伊美別宮社は平たく言えば岩清水八幡宮の「子」であり、宇佐八幡宮の「孫」ということになる。
僧行教は新羅系紀氏の出身であり、この繋がりにより紀氏は大和から国東の地に進出し、櫛来氏、岐部氏などとして今に続いているといわれている。

所用があって土曜日の朝、大阪に出張、夕方には終えて梅田のホテルに入る。
翌朝、午後の伊丹発の帰路便まで時間があるので岩清水八幡宮へ参拝に向かう。
地下鉄御堂筋線で淀屋橋へ出て京阪電車へ乗り換える。特急から途中で準急に乗り換え八幡市駅でおりる。
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改札口を出ると男山ケーブル「八幡市駅」は目の前だ。
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別府の楽天地ケーブルカーを思い出す。15分おきに出発し料金は往復400円。
この便の乗客は5~6人。まだ朝の9時15分。
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上り下りがスライドする中間点はトンネルとなっている。
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「男山山上駅」に着く。駅前から西参道が伸びている。
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野鳥の声がにぎやかな杜をすすむと最初にあるのが三女神社。宗像三女神を祀る小さな社だが、すこし外れた感じのところにある。本殿に祀る比咩(ひめ)大神との関係はどうなっているのだろう。
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その先は広場となっており、不似合いな感じの「湧峯塔」といわれるモニュメントがそびえている。
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休憩所の横から階段を進むと表参道に出る。左手に南総門、その奥に本殿を見る。
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右手の向こうに三の鳥居が見える。そこから本殿へと一直線に長い参道が続いている。
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右の揚板に「平成22年4月御鎮座1150年」とある。
「南総門」をくぐる。三代将軍徳川家光により建造寄進されたといわれる。
楼門の屋根には格式が高く天皇家に関わりのある神社に許されるという菊のご紋章が・・・。
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社殿へと向かう。
祭神は中御前に応神天皇、左の西御前(補修工事中)に比咩大神、右に東御前の神功皇后が祀られている。
社殿は昨年塗り替えが行われたようで朱塗りは鮮明でツヤがある。
社殿後方には若宮社や住吉社などが祭祀されている。
南総門から社殿へと向かう石畳の参道は角度が付けられており、参拝者が振り返って帰るときに祭神に対してまっすぐ尻が向かないように配慮しているためといわれる。
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南総門を出て先の参道にもどる。参道両側にずらりと石灯籠が並んでいる。大きさや形は一定しておらず不揃いだ。
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三の鳥居まで歩いていく。昭和37年の台風で倒壊したが、翌年に建て替えられた際、銘文の部位は最利用されている。
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三の鳥居前には「神馬舎(じんめしゃ)」がある。以前に奉納された白い神馬は近年に天寿をおえたようだ。
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エジソンが電球をつくった時に使用した竹製フィラメントはここ男山の竹が使われたそうだ。
広場の横に「エジソン記念碑」がある。
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おばあちゃんに抱っこされたお宮参りに出会う。
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東参道からケーブル駅へむかう途中の展望所から見る京都の町とその先比叡山の稜線。
今日は霞んでいる。
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伊美別宮社の大祭には若かりし頃から何度か奉仕をさせていただいたのだが・・・その元宮に参拝することができてすっきりとした気分となった。

兼好法師の徒然草にもでてくる岩清水八幡宮。もう一度読んでみよう。

徒然草 第五十二段
 仁和寺にある法師、年寄るまで岩清水を拝まざりければ、心うく覚えて、ある時思ひ立ちて、ただひとり、徒歩より詣でけり。極楽寺・高良などを拝みて、かばかりかと心得て帰りにけり。
 さて、かたへの人にあひて、「年比思ひつること、果たし侍りぬ。聞きしに過ぎて尊くこそおはしけれ。そも、参りたる人ごとに山へ登りしは、何事かありけん、ゆかしかりしかど、神へ参るこそ本意なれと思ひて、山までは見ず」とぞ言ひける。
 少しのことにも、先達はあらまほしき事なり。

<意訳>
 仁和寺のある坊主。年寄りになるまで岩清水を拝まなかったのを、なんとなく寂しく思っていた。
 ある日、この坊主は思い立って、たった一人、徒歩でとほとほ岩清水を詣でた。山のふもとにある極楽寺や高良神社を拝むと、こんなものかと心得て寺に帰った。
 さて、寺に戻り知り合いに会うと坊主は言った。
「いやいや、長年思っていた事をついに果たしました。岩清水をお参りしてきたのです。聞きしにまさる尊いお姿で御座いましたぞ♡それにしても、参拝に来た人達がみな山の上に向かっていたけれども、興味もありましたが、岩清水を拝むのが本意と心得て山には登りませんでした!」
 山の上こそ、岩清水そのものであるのだが。ささいな事でも、先達の案内は必要である。

       protozoaの日記 より
by jinashi | 2010-12-21 19:58 | ドライブ&トリップ etc | Comments(4)