カテゴリ:ドライブ&トリップ etc( 21 )

♪雨がしとしと日曜日・・・(学生時代のジュリーの歌)
山行をあきらめてママのセミナーについて博多へ行く。

今日は博多櫛田神社の山笠追い山ならしの日。
15時59分からはじまる追い山ならしまでまち歩きをする。
中学生の時、父に連れられて行った箱崎宮まで歩いてみよう。

博多駅出発は11時56分。
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祇園から辻の堂通りへ。予備校の祝幟端。
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妙見通りへ入りJR吉塚駅前を通過。12時34分。
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筥崎宮の森が見えてきた。
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鳥居のある正面に着く。12時50分。
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半世紀以上も前に来た時のことは・・・記憶にない。
祭神は応神天皇、神功皇后、玉依姫命。
日本三大八幡。
本殿、拝殿、楼門は国重文。
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楼門の「敵國降伏」は~ 
「武力で相手を降伏させる(覇道)ではなく、徳の力をもって導き、相手が自ら靡(なび)き降伏するという王道である我が国の在り方を説いています。」(説明板より)
安保法案審議中の先生方にも知ってもらいたいです。

境内の鳩はなんとなく記憶がある・・・。
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暑さにたまらず地下鉄「筥崎宮前」へ逃げ込んでベンチで一休み。
中洲川端へ移動。

「福博であい橋」を渡れば旧福岡県公会堂貴賓館(重文)。
隣りの那珂川には遊覧船も出ている。
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飾り山笠。14か所で公開されている。
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毎年7月12日は山笠追い山ならし。本番前のリハーサル。
出陣?にそなえた締め込みの舁き手(かきて)たち・・
リハーサルとはいえ本番(追い山笠)と変わらぬ真剣勝負で行われるタイムレースだ。
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混雑する南神門から櫛田神社へ入る。
右のやきもち屋さんは最近テレビで見た。
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拝殿前にあふれる参拝者の行列。
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櫛田神社は博多の氏神・総鎮守。
祭神は大幡大神(櫛田大神)、天照皇大神、素盞嗚大神(祇園大神)の三神。

楼門を出ると櫛田入りを前に舁き山七流(しちながれ)の順列が出来ている。 15時ごろの博多通り。
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観客でごった返す楼門前。
いよいよ15時59分、大太鼓の音で1番大黒流が境内清道に駆け入る。山の重さは約1トン。
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境内で「祝いめでた」を唄う。この時間がプラス1分ぶん。
このあと5分おきにほかの流もスタート。実況放送も聞こえる。

大博通りの旧西町筋入口へ移動して見物。
子ども達からはじまり舁き山が続く。
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ひとつの流(ながれ)に1000人ほどの男たちが参加しているという。
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「勢い水」を浴びる西流。
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距離は本番(追い山)より1Km短い4Kmのコースを25分ほどで廻り止めへゴールする。

最後を締めくくる走る飾り山「上川端通」。
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博多祇園山笠はテレビで見たことはあるが良くは知らなかった。
リハーサルとはいえ本番と変わらぬ追い山ならしを楽しむことができた。
本番の追い山は15日朝4時59分に一番山笠が櫛田入りする。

詳しくは→博多山笠ポータルサイトで!
by jinashi | 2015-07-14 16:32 | ドライブ&トリップ etc | Comments(6)

小・中学校同級生と北海道忘年旅行に出かけた。
福岡空港では新千歳空港除雪作業のためしばし待機。現地の状況次第では羽田へJターン?もあり…という条件で1時間ほど遅れて満席のANAボーイング777-200は離陸する。新千歳上空での待機も短い時間ですみ、雪の滑走路へ無事に着陸。
その夜のニュースではこの日は100便以上が欠航したらしい。ラッキー!

除雪車が活躍中の新千歳空港。
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道の駅「あしょろ銀河ホール21」へトイレ休憩。(国鉄)池北線当時の足寄駅舎を模した建物も。
足寄の有名人は松山千春と鈴木宗男。
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結局、予定時間より2時間遅れて阿寒湖温泉のホテルに到着。
すぐに夕食。カンパ~イは夜も更けた21時15分。
ホテル前のメインストリート?
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翌朝、阿寒湖湖畔をひとり散策。意外にも道東は雪が少ないという。
7時15分の気温は氷点下10℃。むこうのお山は雄阿寒岳。
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今日はピーカンの快晴!
霧のない摩周湖へ。
小島はカムイッシュ、アイヌ語で「神のような老婆」。右のお山はカムイヌプリ(摩周岳・857m)、「神の山」と言う意味のようだ。カムイヌブリの左奥の雪山は日本百名山の斜里岳か?
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はなたれ小僧も今は前期高齢者。
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バスの中でも周りのお山につい目が行ってしまう(^^; 
向うに見えるのは右に(今朝見た)雄阿寒岳。左の雪山が日本百名山の雌阿寒岳か?
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屈斜路湖は白鳥の湖。湖畔を掘ると砂湯が出るらしい。
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バスの運転手がキタキツネを発見して(やさしく?)急停車。
日向ぼっこの背伸ばしを見せてくれる。
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網走海鮮市場で毛がにつき昼食に満足。
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2月には流氷が接岸するというオホーツク海。右のむこうは斜里岳か?
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網走番外地で有名な現在の網走刑務所。バスの中より。
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そのテーマパーク「網走監獄」へ。
移築された登録有形文化財の「五翼放射状平屋舎房」。5棟が放射状に広がる舎房で、木造行刑建築物としては世界最古で最大の規模という。
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この日は早めの夕刻に層雲峡のホテルへ到着。カニ食べ放題のバイキングディナーに鼓腹。

翌朝も極寒…
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近くの「銀河の滝」と「流星の滝」へ。
うぉ~寒っ…すぐにバスへ撤退。
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層雲峡から旭川へ、バスは雪のR39を行く。
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3Dアニメ「アナと雪の女王」でこちらも最近人気という「雪の博物館」へ。
いろんな形の雪の結晶を見学。
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最終日の行程も終え、予定時刻より少し早目に新千歳空港に到着。
帰路のJAL便は2時間30分ほどのフライトで宝満山もお迎えする福岡空港へ着陸態勢。
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全員無事にあったか我が家へ帰着。
大きい北海道、寒~い北海道、おいしい北海道のトラピックス「新いくばい!北海道3日間」の楽しい忘年旅行でした。
by jinashi | 2014-12-10 17:41 | ドライブ&トリップ etc | Comments(12)

5年ぶり?に小鹿田焼(おんたやき)民陶祭に出かけた。

日田市三和のR212から県107を10kmほど入った皿山地区へ着くと、係員の指示で最上部の特設駐車場へ誘導される。
駐車場下から見る小鹿田焼の里。
現在窯元は10軒。国の重要文化的景観に指定されている。
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52回目となる民陶祭のポスター。
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朝鮮系登り窯。
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水の重みで陶土を突く「唐臼」。「日本の音風景100選」に選ばれている。
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水槽に沈殿させてゴミを取り除いたあと乾燥する陶土。
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飛び鉋、刷毛目、櫛描きなどの道具を用いて刻まれた幾何学的紋様を特徴とする。トビカンナ(飛鉋)は、宋時代の修式窯飛白文壺との類似が見られる。また、釉薬の使い方には打ち掛け、流し掛けなどといった技法が用いられ、原料によってセイジ(緑)、アメ(飴)、クロ(黒)が主である。その陶芸技法が1995年(平成7年)に国の重要無形文化財に指定されている。(wikipedia)

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大型台風19号が近づいて小雨がぱらつく中にもかかわらず、多くの観光客が訪れていた。
飛び鉋の徳利とぐい飲み、取り皿などを買い求めました。
by jinashi | 2014-10-15 11:08 | ドライブ&トリップ etc | Comments(5)

北九州市小倉の西日本総合展示場で催されたR社健康フェアへ出かけた。
昼前にはフリーとなったので、ママのリクエストで仙崎の金子みすゞ記念館を訪ねる。

(マップ~みすゞ記念館)


長門市仙崎の生家跡に建てられたみすゞ記念館。前の通りをみすゞ通りという。
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生家の本屋が復元されている。
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ご存知~童謡詩人金子みすゞのポートレイト。26歳の短い生涯でした。
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代表的な「私と小鳥と鈴と」
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大正末期~昭和初期の良き?時代の出版物。
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再現されたみすゞの部屋。
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当時の蓄音機。レコードプレーヤーという言葉も今や死語?
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裏庭の井戸。みすゞが20歳まで過ごした生家を復元した際、元の場所に残っていた。
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そこで詠んだ「井戸端で」
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みすゞの弟・上山雅輔作詞の「お使いは自転車に乗って」は昭和18年、轟夕起子が歌って大ヒットした。昭和24年には劇団若草を主宰し、石橋蓮司、桃井かおり等を輩出した演劇人でもあった。
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「蝉のおべべ」
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「橙の花」
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記念館となりの店は昔乾物屋だった。
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「角の乾物屋」
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本館は撮影禁止でした。

帰路に秋芳洞と秋吉台に立ち寄る。
Pから長い門前?通りを歩く。(歩かされるという感じ)
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正面入り口。入洞料は1200円。
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洞窟入口。
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百枚皿
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富士
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すぼ柿
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大黒柱
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傘づくし
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圧巻はこれ!黄金柱。
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洞内の気温は年中17℃。
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秋芳洞から出て、少し車で登った秋吉台の展望台へ上がる。
昨日野焼きが終わったばかりで、見渡すかぎりのカルスト台地に末黒野(すぐろの)が広がる。
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半月もすれば末黒野一面に黄スミレが花咲くことだろう。
~石州瓦が春日に光る穏やかな長門の半日でした。
by jinashi | 2013-02-25 15:09 | ドライブ&トリップ etc | Comments(2)

今日は昼ごろから雨模様の予報なのでお山をお休みして耶馬渓へドライブに出かけた。
山国川に沿って212号線を走ると、2012年7月に2度にわたって発生した集中豪雨の爪痕があちこちに残っていた。

豪雨災害以降初めて訪れる耶馬渓だ。青の洞門周辺が甚大な被害を受けた様子をTVニュースで見たが…今ではほぼ以前の状態に戻っているようだ。
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復興をアピールする横幕も。
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西谷地区R500から2012年2月に完成した中津日田道路の本耶馬渓耶馬渓道路(約5Km)を走る。車も少なく新しい路面は快適で気持ちよい。災害後にはR212の迂回道路として利用されたようで、深耶馬渓方面へは時間が短縮されて便利が良さそうだ。高規格道路で無料。

雲八幡宮マップ(赤~雲八幡、青~朝吹家跡)


中津市耶馬渓町宮園の雲八幡宮へ到着。
本殿前に聳えていた樹齢1300年の御神木は、2004年の台風で途中から折れて腐食がすすんできたので2010年8月に伐採された。
その後、御神木の根は4mほど掘られて取り出される。皮や汚れを取り除いて安置されたこの大根(おおね)を潜ると御利益があるという。
昨年暮れにはこの御神木の根に扁額が掛けられた。「書の甲子園」と呼ばれる国際高校生選抜書展で2年前に団体優勝した中津北高校書道部前部長の幸野真子さん(3年)が揮毫している。
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神殿にお参りすると宮司の秋永勝彦さんがおられました。帰郷されてからは神社行事の活性化や地域づくりに邁進されている。昨年5月には境内で 雲の森コンサート「宇崎竜童引き語りLIVE」 を開催している。
交通安全のお守りを求め、暫しお話をさせていただきました。今年大台に乗られるそうですが…お若いです。
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八坂社、稲荷社三神へお参りしたら近くの「ギャラリー雲の森」へ。
古い民家を改修してギャラリー&喫茶室となっている。
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羽子板展が開催されていました。
東京浅草橋「吉徳大光」が毎年皇室に献上されている羽子板で、芝居で実際に役者が身に着けている着物と生地やデザインが同じ物をまとった歌舞伎の主人公たちだ。
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歌舞伎解説本。
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だれ(管理者)もいないギャラリーを勝手に見学しましたが、お茶やケーキ、そして雅楽演奏も楽しめるようです。
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ギャラリー近くの道路沿いに「朝吹英二翁生家跡」の案内標識を見る。向うの杜が雲八幡宮。
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朝吹英二(1849年~1918年)はこの地の大庄屋の次男として生まれる。広瀬淡窓らに学び、20歳で上京して福沢諭吉の門下生となる。諭吉の「学問のススメ」を出版し慶應義塾の財政に貢献するなどが認められて諭吉の姪と結婚。その後、三井財閥・鐘紡・三越・王子製紙などの経営に関わるなど明治の産業界リーダーとして活躍する。
英二の息子朝吹常吉も実業家。孫の朝吹三吉はフランス文学者、朝吹登水子は翻訳家。三吉の義父は衆議院議長の石井光次郎。曽孫の朝吹亮二は詩人で仏文学者。亮二の子(英二の玄孫)の朝吹真理子は第144回芥川賞作家と名門一族だ。
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その朝吹真理子さんは、昨年秋に行われた「国東半島アートプロジェクト2012」では2カ月ほど国見町伊美の民家でスタッフの皆さんと合宿をされている。
「国東×異人(まれびと)」のテーマで演出家の飴屋法水さんと共にアートバスツアー「いりくちでくち」を仕掛け、参加者やパフォーマンスの行われた国東半島各地にいまだ余韻を残している。


広い敷地跡。
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帰路の柿坂近くでは、サイクリングロードとなっていた軽便鉄道旧耶馬溪線の鋼板橋桁や橋脚が流されており、被害の甚大さを実感する。

          春を待つ辛夷?の蕾 
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          蝋梅
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by jinashi | 2013-01-17 13:02 | ドライブ&トリップ etc | Comments(0)

南九州山旅遠征の帰路に日向市美々津地区に立ち寄る。



耳川河口の美々津港は江戸時代は高鍋藩の上方交易港、明治・大正時代は入郷地帯を後背圏とする物資の移出入港となり美々津はその港町として栄えた。 当時の建物、敷地割が残り、瀬戸内船運の西端にあたり、上方風の商家、操船・水運業者の家、漁家が連なり、国の重要伝統的建造物群保存地区として選定される。(wikipedia)

耳川河口港に車を停めて町並みを歩く。
江戸時代には上町と言われた豊後街道のメインストリート。
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幕府や藩が民衆に直接伝達する手段として用いられた高礼場跡が復元されている。現在は観光案内板。
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共同の井戸。
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中町通り
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廻船問屋河内屋跡。(現在は歴史民俗資料館)
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ここでは生活の気配があまりしない。高齢化もあるのだろうが保存地区となったことで暮らしにくくなったのだろう。

耳川河口の神武天皇東征お船出の地。よって日本海軍発祥の地となっている。
紀元前、神武天皇が宮崎の皇宮屋(こぐや)で東征の軍議を決定されて大和へ向け出発、船出の港に選ばれたのがここ美々津であったと伝えられている。
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神武天皇を祭神とする立磐神社。
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立磐神社参道にあるお腰掛け岩。東征のおり神武天皇が座ったとされる。 
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1.2km沖にある七ツバエ(竜神バエ)に神武東征2600年に建てられた美々津灯台。
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その左にある小島が一ツ神。
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日向を旅立ちした神武天皇は佐賀関から国東半島へむかう。
古事記では
 神倭伊波礼毘古命(カムヤマトイワレビコ=神武天皇)は、兄の五瀬命(イツセ)とともに、日向の高千穂でどこへ行けばもっと良く葦原中国を治められるだろうかと相談し、東へ行くことにした。舟軍を率いて日向を出発して筑紫へ向かい、豊国の宇沙(現 宇佐市)に着くと、宇沙都比古(ウサツヒコ)・宇沙都比売(ウサツヒメ)の二人が仮宮を作って食事を差し上げた… (wikipedia)


じなしブログ「神武東征と宇佐の一柱騰宮(あしひとつあがりのみや)を訪ねる 2012・7・15」                 ↓
神武東征と一柱騰宮

道の駅日向から入った「日向サンパーク温泉・お船出の湯」でリフレッシュして帰路につく。
by jinashi | 2012-12-04 16:49 | ドライブ&トリップ etc | Comments(2)

南九州遠征初日の金峰山を下山して薩摩川内市の冠岳へ向かう途中、祭の幟と多くの人出を見る。
看板から流鏑馬が奉納されるようだ。じなしの町にも大分県で唯一の流鏑馬がおこなわれており、時間もありそうなので立ち寄ってみる。

ここは鹿児島県日置市吹上町中原。


大汝牟遅(おおなむち)神社の秋の大祭は毎年11月23日に斎行され、流鏑馬は神社前の馬場でおこなわれる。
記録によると、ときの領主島津忠良は加世田城攻めの戦勝を祈って天文7年(1538年)流鏑馬を奉納したことから今に伝わっているという。475年もの歴史ある伝統行事なのだ。

当日早朝吹上浜で塩浜入りして清めの禊ぎをした2名の射手役が神前に向かう。
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神社前で「あげ馬」という神事が行われる。
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祝詞を上げ、馬上から流鏑馬の法や魔除けの法の九字を切る一連の所作を行う。
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神社前の馬場は、直線で約200m、普段は生活道路として使われる舗装路だ。
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その間に的が3本置かれる。
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的は平木板9枚を組合わせて作られる。
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試走の馬駆け前には「別当」役の2人の男の子(5~6年生ぐらい)が駆け足で塩をまいて馬場を清める。
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最初は馬の様子をみるための試走。馬はアラブ系?早からず、遅からずのスピードか。
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本番の馬駆け前には「別当」役はその都度駆け足で手綱を回して馬場を清める。
1人の別当は試走と合わせて4回×200m=800mを駆けることになる。
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いよいよ本番となり手綱を解かれた馬が駆けてくる。
射手が的をめがけて矢を放つとその都度観客から歓声があがる。
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一射ごとに回収される矢は二股の鉄の矢尻で出来た本格的なものでした。
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二人の射手が各3回、計6回走る。当たっても当たらなくても一射毎に新しい的に変えられる。
的に当たったのは半分ほどだったようだ。
終了後には的の平木は魔除けとして観客が競って持ち帰る。じなしもいただきました。
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かつて射手役は世襲で継承されていたが、現在では「流鏑馬保存会」により伝承されている。
(以上は頂いた保存会パンフレットより抜粋しました)

鹿児島県には他にも2か所で流鏑馬が奉納されている。
肝属郡肝属町の四十九所神社の流鏑馬(10月第3日曜日に開催)では中学2年生が射手になって奉納される。同時に「高山やぶさめ祭り」も開催され、多くの観客で賑わうようだ。 

国東市国見町の伊美別宮社には大分県下で唯一残った流鏑馬神事が奉納されている。
伝統ある歴史遺産を大切に守っていかなければならないと感じた。

by jinashi | 2012-12-03 18:13 | ドライブ&トリップ etc | Comments(2)

湯の町別府ではこの秋「現代芸術フェスティバル~混浴温泉世界」と併せて「別府アートマンス」が開催されている。「別府のまちじゅうが文化祭~町を歩けばいろいろなアートが楽しめる」ということなのだ。

別府駅に開設された別府プロジェクト(主催者)のインフォメーションでガイドブックを頂き、開催中のプログラムから「佐藤渓美術館」を訪ねてみることとする。
駅から歩いて15分ほどで青山町のべっぷアリーナ近くにある「聴潮閣高橋記念館」へ着く。

聴潮閣高橋記念館


ここは明治から大正にかけて活躍した政治家で実業家の高橋欽哉氏によって住居兼迎賓館として建てられた当時はモダンでハイカラな近代和風建築だ。昭和4年に朝見川河口に建てられた聴潮閣だが、築60年ほどとなる平成元年バブル時代に国道10号線拡張と高級マンション建設によりこの地へ移築されたそうだ。
現在は閉館となった湯布院美術館に収蔵されていた佐藤渓の作品をここに展示しているので佐藤渓美術館となっている。
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聴潮閣高橋記念館は高橋欽哉の孫(の嫁?)となる高橋鴿子(はとこ)さんにより管理運営されている。
温泉町別府は大正から昭和初期にかけては頻繁に客船が入港し、多くの入湯客が訪れる国際的な観光都市だったようだ。さらに昭和の戦火を免れたため市内には大正ロマンを感じさせるレトロな煉瓦造りの洋館や、和洋折衷の建物が多く残っていたのだが、老朽化が進み今ではほとんど残っていないという。

聴潮閣別館は現在佐藤渓の常設展示場になっている。
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別館2階では写真展が。
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本館は文化庁による「登録有形文化財」に指定されている。
アートマンス期間中の入館料は600円。
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玻璃(昔のガラス)を通して見る庭。斜めに見るとすこし歪に見える。(〇のあたり)
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風呂に取り付けられたステンドグラス。小川三知(東京芸大卒)の作品。
東京の鳩山邸にも彼の作品があるようです。大正時代の作。
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応接間。
移築した当時は喫茶室となっており、タバコも自由で置かれている灰皿も実際使われたようだ。今は立ち入り禁止となっている。

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和室の天井板と照明。2階も同じ。
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さて、佐藤渓ですが…
1918年広島に生まれる。1928年に東京の小学校に転入。1933年川端画学校卒業。戦争では入営し1945年召集解除され翌年両親の住む島根県出雲市に落ち着き詩作にふける。「溪」というのはそのころのペンネーム。
1948年30歳の時自由美術家協会展に初入選。翌年推薦により会員に推挙。1950年京都の大本教に居候し機関誌の表紙を描く。1954年埼玉県川口市に住む。翌年から東京以西の長期の旅にでる。1956年東京荒川区に住む。1960年旅先の沼津で脳卒中のため倒れる。両親のいる大分県湯布院に帰るが12月30日永眠。享年42歳。
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国内放浪の地図
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教祖様
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佐藤渓詩集
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そのなかの詩「貧乏神」
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高橋鴿子さんの想いにふれた聴潮館を後にする。
すこし先には紅葉も見ごろになりそうでした。
by jinashi | 2012-11-16 21:42 | ドライブ&トリップ etc | Comments(5)

還暦後2度目の同級会が奈良で開かれた。
奈良に住む公則君が幹事役としてこの日のために周到に準備をすすめてくれたのだ。(感謝)

地元組9人は宇佐からソニックで小倉へ。小倉から新幹線N700系のぞみに乗り込めば15歳の修学旅行気分となる。この時期には早すぎる台風2号に追いかけられるようにして京都から近鉄奈良駅へ定刻に到着し会場の宝蓮町「春日野荘」へ向かう。


初日~同級会

さっそく受付を済ませ宴会場に25名の全員が集まる。卒業以来となる健蔵君、保春君、成子ちゃんの3名がうれしい初参加となりなつかしい顔が揃う。
まずは集合写真から。
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最初に幹事の公則君が歓迎のあいさつ。
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初参加の健蔵君の乾杯の音頭でさっそく開宴となる。
お酒がすすみあちこちで昔話に花が咲く。病気と年金の話はご法度とは言うもののつい・・・。
各人の近況報告が済むと、てるちゃんと節ちゃんの創作踊り?「麦畑」に全員爆笑。
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あっという間に時間が過ぎ最後はちょるちょる音頭の輪が出来る。
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2次会はカラオケハウスへ移動。懐かしのヒットパレードが続き夜も更けていく。

2日目~飛鳥観光
翌朝、ホテルから見る東大寺と若草山。 
夜来の雨が少し残ってはいるが天気は回復に向かっているようだ。
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奈良交通貸し切りバスで飛鳥観光へ出発。奈良市からR169を一路南に向かう。桜井市に入ると前方後円墳の景行天皇陵などが現れてきて、いにしえの歴史ゾーンへ入ったことを実感する。
県道37をくねくね登って最初の目的地談山(たんざん)神社へ着く。
ここは「大化の改新」で中大兄皇子(後の天智天皇)とともに蘇我入鹿を暗殺した中臣鎌足(後の藤原鎌足)を祀る神社だ。蹴鞠会で出会った二人がここの本殿裏山で藤の花の下、極秘の談合をしたという。
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県道155を明日香村へ入る。今を去る1400年ほど前、蘇我馬子により創建された日本最初の寺という飛鳥寺に着く。本尊の飛鳥大仏は銅製金箔づくり、高さ3mほどの日本最古の仏像で平安・鎌倉時代に大火で罹災しているが飛鳥彫刻らしい身姿を残している。
(ここは撮影OK)
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寺の近くにある蘇我入鹿の首塚(墓)といわれる五輪塔。600m離れた所から切り殺された首が飛んできたという。
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明日香村では歴史的風土保全地区に指定された所での建築物や地目変更などで細かい制限がされていて現状を変えることは出来ないようだ。
狭い明日香村中心地の道路を通って石舞台古墳公園へ。覆われていた墳丘の土が失われて横穴式の石室が露出している。総重量2300トンという石室古墳は蘇我馬子の墓といわれているが異説もあるようだ。
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石舞台古墳そばの「レストラン・あすか野」で昼食。
一休みしてバスに乗り込み、橿原市から大和郡山市へと北上し薬師寺へ向かう。
薬師寺は白鳳時代に天武天皇が皇后の病気平癒を祈願して建立を始めたという。近年、高田好胤管主により写経勧進をもって各伽藍を復興させた。平成10年よりユネスコ世界遺産に登録されている。
  国宝の東塔を見て
    「行く秋の大和の国の薬師寺の塔の上なる一ひらの雲」 (佐佐木信綱)を思い出した。
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金堂には国宝・薬師三尊像が御座している。
真ん中に座す薬師如来は苦しみを救ってくれるドクターの仏様。右の立像日光菩薩は日勤のナース。左月光菩薩は夜勤のナースという。(バスガイドさんの説明)
倫ちゃんが行方不明となる間に平山郁夫画伯が30年かけて完成したすばらしい大唐西域壁画(シルクロードの絵)をじっくり鑑賞させてもらいました。
玄奘三蔵のご頂骨(頭の骨)が安置されているという玄奘塔。
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最後の目的地である唐招提寺は薬師寺から北へすぐ近くだ。
唐の高僧である鑑真和上は日本からの招きに応じたが唐から5度の渡航に失敗、6度目にして(10年の歳月を経て)仏舎利を携えて来日を果たすがその時には67歳の盲目となっていた。唐招提寺を創建して76歳で入寂。井上靖「天平の甍」で広く知られるようになる。
 国宝・金堂の前。
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国宝・鑑真和上像が安置される御影堂には和上に捧げるために東山魁夷が10年の歳月をかけて書いた障壁画「黄山暁雲」他68面が収められている。ただし毎年6月の特別拝観の時だけしか見ることができない。
宝篋印塔の立つ鑑真の墓所に中国揚州から贈られた瓊花(ケイカ)が可憐に咲いていた。
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奈良市内に戻ると奈良交通のバスガイドさん(運転手さん)の計らいで平城京跡を周回して車中より見物。
夕刻、大和西大寺駅でみなさんとお別れとなる。
飛鳥観光はじなしが行ってみたくて公則君へリクエストしたのだが・・・皆さん初めてだったようで喜んでくれて一安心でした。

近鉄線で京都へ移動。ネットで予約したホテルへチェックイン。夜はさとっさん、ようちゃん、勝ちゃん、利くんとじなしの男5人、そしてまりちゃん、恵子ちゃんと居酒屋へ入り連夜のカンパーイ!

3日目~京都観光
翌朝、浄土真宗門徒の4人は世界文化遺産登録の西本願寺(竜谷山本願寺)へ参拝に出かけた。4年前に旅立ちした亡母のお骨も納められている。
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本年4月から修行されている親鸞聖人750回大遠忌法要のため、平成の大修復により完成した御影堂。
早朝のため人も少ない。
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一旦ホテルに戻って全員で京都観光へ向かう。駅前から市バスにのってまずは銀閣寺へ。
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哲学の道を歩いて途中から真如堂へと向かう。道を尋ねながらも結構長く歩いて辿り着いた。
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真如堂は天台宗のお寺で桜と紅葉の名所であり、特に女性を救うお寺として人気を集めている。そして財閥三井家・三井グループの菩提寺でもある。安倍清明持念仏である千手観音菩薩も祀られる本堂や、三井家隋縁の庭、四季殿の襖絵、そして比叡山・大文字山・東山を借景とした涅槃の庭園では書院の係りの方が優しく説明をしてくれました。
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都タクシー運転手のお奨めで京阪4条駅から程近い寿司屋で昼食をとる。
1800円の昼定食を美味しくいただきました。板前さんは九州人・長崎県愛野町出身の方でした。
すし屋さん前の京都ゑびす神社鳥居の熊手に一発で100円玉のお賽銭が入った!
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時間も下り、最後に浄土宗総本山の知恩院へ参拝する。
こちらは法然上人800年大遠忌がこの10月に予定されている。親鸞聖人より50年経っているのだ。
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せっかくの一日フリー券を使わなくてはと市営バスで京都駅へ向かう。
駅の売店でおみやげを求めて予定より少し早めの「のぞみ」で帰路につく。
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宇佐駅まで送迎をしてくれた英樹君、ありがとう!
京都の町歩きも歩数計ではほぼ10000歩。2日間とも長く歩いた所もあり、健康を回復したばかりの人には少し心配でしたが・・・皆楽しい想い出を胸に無事に帰ることが出来て何よりでした。
そして、富さんがお母さんのご不幸により参加できなかったことは残念でした。

by jinashi | 2011-06-03 09:27 | ドライブ&トリップ etc | Comments(7)

とみさん、さとっさんの同級生を誘って花見ドライブに出かけた。
おもな目的は2つ。
①宇佐の歴史博物館「館蔵優品展」に紀新太夫行平の刀剣を見に行くこと。
②耶馬溪にそばを食べに行くこと。

宇佐の歴史博物館への途中、豊後高田市の桂橋が開通したそうなので見学に立ち寄る。
以前の橋は昭和16年の水害で架け替えられて70年が経過していた。3月31日に開通したばかりの新桂橋は全長80mのコンクリート作りで街灯(LED)や欄干は昭和30年代風のデザインとなっている。
むこうの赤レンガのとなりには昭和4年11月に俳人種田山頭火が立ち寄ったといわれる呉服屋「瓦屋」さんがある。
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昭和の町のシンボル「オシックラの像」。
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中ほどの広くなったところにある「けんけんぱ」?
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宇佐の県立歴史博物館で開催中の「館蔵優品展」に紀行平の太刀が出品されている。
行平は鎌倉時代には国東半島や大分市で多くの刀剣を作っており、後鳥羽上皇の御番鍛冶24名に選ばれた豊後刀鍛冶の名工といわれている。 
大太刀はすらりと細身であり、大小どちらの太刀にも不動明王の変化身である倶利迦羅竜が彫られている。他に国重文「宇佐神宮神輿障子絵」など多くのお宝が展示されている。~5月8日まで。入館料300円。
 (写真撮影禁止のため画像なし)

院内から県道27で深耶馬溪へと入る。新緑や紅葉のときには見事なアーチとなるもみじを潜り先の公共駐車場に車を停める。川を渡って元祖深瀬屋本家へ。
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すこし肌寒かったので山かけそばをたのむ。800円なり。
サービスの椎茸芥子漬につい手が出る。
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深耶馬から柿坂に降りてR212を中津へと向かう。途中で以前ネットで見たのを思い出して中津南高耶馬溪校前の橋を渡ってすぐ右折、すこし先で発見した。
廃校となった小学校職員室をそのまま利用した喫茶店だ。
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ずいぶん前から営業しているそうだ。ママさんに聞くと「最初にここに入ったときに木の精を感じたので名付けた」そうだ。
名前は「木精座」。
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中には廊下で靴を脱いで上がる。薪ストーブが暖かい。
タイムスリップした感でゆっくりコーヒーをいただいた。500円なり。
話をしていると・・・何と!ママさんのお母さんはじなしの家のすぐ近くの出身だそうでお互いびっくり005.gif
中はこんな感じです。
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となりの城井八幡社前の桜は早くも見頃を迎えている。
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by jinashi | 2011-04-04 17:12 | ドライブ&トリップ etc | Comments(0)