カテゴリ:ドライブ&トリップ etc( 22 )


今年も夏にはどこかに遠征したいな・・と思っていたら、福岡の長男から防府市で行われるディナーショーのチケットを寄贈(配給?)してくれた(感謝)ので、ついでに立山まで遠征することにした。

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夕刻に防府グランドホテルへ到着。おいしい料理と大笑いのひと時を楽しんだ(^^)!
(ショーは撮影禁止)

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ショーもハネて会場を出る。ここから富山まで久しぶりのロングドライブとなる。
防府東ICから山陽道に乗り→神戸北→吉川JCTから舞鶴若狭道へ入る。午前2時ごろ福井県小浜市の「加戸PA」に着いて仮眠をとる。
夜明けて敦賀から北陸道へ入り富山インターを出て市内へ入ったのは9時を過ぎていた。


天気が良ければ、この日に立山へ入り一の越山荘へ泊まって、翌朝から雄山~大汝山~富士ノ折立~別山を周回して室堂へ下山する計画を立てていたのだが・・・

 予定周回コースマップ(熊毛の住人さんHPより借用)

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①明日は天気が良くない、
②出発3日前よりじなし足の某所に(不摂生による)痛み発生、
③ママもややギックリ腰あり・・・
   などなどあって(-_-;) この日は観光に出かけた。


訪れたのは世界遺産「白川郷五箇山の合掌造り集落」の相倉合掌造り集落。
豪雪に耐えるための合掌造り。養蚕、塩硝(黒色火薬原料)、紙漉きの産業が発達した。

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利賀村「天竺温泉」の貸し切り露天風呂では気持ち良い涼風が顔を撫でてくれた。
 そのあとは立山へ向かった。


夕刻に富山地鉄立山駅前の駐車場へ着くと6~7割ほどが埋まっている。この時間に下山してくる登山者もいるが、ほとんどは山小屋(ホテル?)泊まりのようだ。
この日はここで車中泊。(他の車中泊組もチラホラ・・)
駐車場から夕焼けが見えるが、今夜と明日の天気予報はよろしくない。
足の痛みとギックリ腰もイマイチ・・・ どうなることやら(~_~;)

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         ②立山へつづく・・


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by jinashi | 2017-08-22 12:43 | ドライブ&トリップ etc | Comments(2)

 小鹿田焼唐臼祭へ

久しぶりに日田市小鹿田里、皿山へ出かけた。
GWには「唐臼祭」、10月には「民陶祭」が開催される。
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山からの沢水を利用して陶土をつく唐臼。日本の音風景百選。
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朝鮮系登り窯。
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10軒の窯元が代々伝統技法を受け継いでいる。
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トビカンナや櫛目模様が美しい小鹿田焼。我が家の食卓でも名脇役を務めている。
お皿や小鉢などを少しだけ買った。
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 日田どんの墓へ

皿山から山越えで大鶴へ向かう。
目的地は「日田どん(殿)の墓」。
大鶴の柳瀬地区から1kmほど入ると林道は行き止まりとなる。
相撲道の神様、大蔵永季最後の地。
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天喜四年(西暦1056年)時代は平安時代の末期。日田郡司大蔵家の嫡子として生まれる。成長と共に知力、体力ずばぬけて他を圧し、背丈六尺六寸(2メートル)米俵四俵(240㎏)を軽々と持ち上げる剛力は近国は言うに及ばず九州一円に知れわたった。永季が十六才のときその勇猛ぶりが後三条天皇の耳に達し延久三年(西暦1071年)に宮中で催される相撲の節会に召し出され、それまで天下無敵といわれる驚異的大怪力の出雲小冠者を倒し優勝。以来四十九歳に至るまで、十五度節会に召され総じて優勝。前後実に三十五年間にわたって日本一となる。青年軍司永季は相撲を通じ日田の政治、経済、文化の高揚につとめ、領民からは日田殿(ひたどん)と呼ばれて尊敬されました。長治元年(西暦1104年)の節会に召されての帰途、病魔に侵され、小倉から近路をとり香春峠、小石原峠を越え、故郷日田の山々を遠望して「我日田の地を踏まずは断じて死せじ」と高熱焼くが如き病苦を押し通して従者の止めるのも聞かず僅か一歩故郷日田の地に踏みこんで堂とばかりに巨大な腰をおろした。さすが剛力、気丈の日田殿大蔵鬼太夫永季も、あわれ四十九才の生涯をこの地で終わったのである。
(日田どん墓地公園管理委員会)

真っすぐに階段を登る。
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登りあがったところが日田どんの墓。
「日田鬼太夫永季」と彫られている。
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昭和25年に訪れた「羽黒山参拝記念碑」もある。
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傍にエビネランが咲いていた。
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 清渓文庫へ

日田市大肥にある「清渓文庫」を訪ねた。
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元大蔵大臣井上準之助の生家は清酒「角の井」で有名な(株)井上酒造。
遺品などを展示する文庫は平成3年に開設された。
店舗兼母屋は国の登録有形文化財に指定されている。
(館内は撮影禁止)
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井上準之助については以前「大分学試験」を受験した時に「大分県の偉人」本で少しだけ知ったような・・・
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展示品については奥さま(6代目社長さん?)から丁寧に説明していただいた。
準之助や重光葵など当時世界的に活躍した偉人を輩出したことは大分県の誇りだ。
by jinashi | 2017-05-06 14:40 | ドライブ&トリップ etc | Comments(0)

吉野山から1時間ほどのバス移動で高野山へ着く。
現地ガイドと奥の院へ向かう。
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皇室、公家、大名、有名人、個人、企業の墓地が続く。韓国人墓もある。
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最大は2代将軍徳川秀忠の正室、(3代家光の母)お江の墓(五輪塔)。
高さ6.6m。大杉のいちばん奥。
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一段高く、広い地所にある豊臣家墓所。
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加賀前田家墓所。
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芭蕉句碑。「ちゝはゝの しきりにこひし 雉の声」
1687年10月江戸を出発し、花の 吉野を経て高野山へ立ち寄った際に詠んだ句。
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御廟橋からは脱帽と撮影禁止。
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835年3月21日62歳で「入定」された弘法大師の御廟へ向かう。
灯篭堂と御廟は世界遺産に登録される。
灯篭堂には2万基ほどの灯篭が灯されているという。1基は50万円~?
灯篭堂地下の御廟に一番近いところで念珠と五鈷杵を触れ、肖像を見ながら参拝する。
 南無大師遍照金剛・・・
今でも御廟に空海は「禅定を続けて」生きているといわれ、一日2回、食事が届けられている。
厳かで不思議な空間でした。

英霊殿へ参拝。第二次世界大戦の戦死者供養のために建立された。
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高野山にある霊木の高野槙(まき)。花の代用として仏に供えられる。
宮崎県地蔵岳に登ったときに見た。
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真田家菩提寺の蓮華定院へ・・・。
真田昌幸と真田幸村が最初に高野山に幽閉された際に蟄居した寺院。
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上段の間は信繁(幸村)が滞在した部屋。遺品も多く公開されている。
飾られているのは高野山発祥の伝統の切り絵「吉祥宝来」。干支や宝船などがあり、注連縄の代わりに用いられる。
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奥に宿坊を兼ねていて、この日も団体さんが入るらしい。
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真田家家紋の六文銭と結び雁金。
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夕刻大阪南港へ戻って再度フェリーに乗船。
さよなら大阪・・
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船内ではジャズコンサートも行われた。
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翌朝、定刻に別府港に入港。楽しかったツアーを終える。
駆け足の名所めぐりだったが、再度じっくりと歩いてみたいところだと思った。

「さんふらわあ あいぼり」は往復ともに(ほぼ)満船で、おんせん県おおいたや別府市の観光宣伝、そしてフェリーの企業努力によるものと感じた。


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by jinashi | 2017-04-10 13:01 | ドライブ&トリップ etc | Comments(8)

トラピックスツアー「吉野千本桜と高野山3日間」へ出かけた。どちらも世界遺産の地。
3日間とはいえ別府と大阪を夕刻に出発して船中泊で往復する「弾丸(格安(^^)!)ツアー」だ。

別府港をフェリーさんふらわあ・あいぼりは定刻の18時45分に出発。
ツーリスト(昔の言い方では2等船室)は山小屋並みの混みよう・・。
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翌朝、小雨の大阪南港コスモフェリーターミナルへ到着。
船窓から若いころ勤務した会社の倉庫群が見えた。
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バス3台で一路吉野山へ出発。
西名阪道柏原ICから橿原経由で吉野到着は8時30分。雨もあがった。
吉野山観光駐車場は桜のシーズンには完全予約制で、大型バスの駐車料金は何と、1万円!(環境保全協力金なども含む。ピークは15000円とも・・)
今年は桜の開花が遅くまだ「チラホラ・・」と聞いていたが、駐車場周りはまずまずの開花を見せている。
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吉野山にはシロヤマザクラを中心に約200種3万本の桜が山を埋め尽くすといわれる。これほど桜が多いのは、桜が蔵王権現の神木であるとされたことによる。
下千本(しもせんぼん)中千本(なかせんぼん)上千本(かみせんぼん)奥千本(おくせんぼん)からは「一目に千本見える豪華さ」という意味で「一目千本」とも言われている。
七曲りあたりは下千本と言われ、一番早く開花するところだが・・・
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吉野山から大峰山へ修験道寺院の総門となる「黒門」を潜る。
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英彦山にもある「銅(かね)鳥居」。東大寺大仏建立の余銅をもって造立されたとも・・ 
俗界と浄域の結界となる。奥駆道修行者四門の第一門となるところで発心門と呼ばれ、修行の道へ入ることを決意するところ。
傍に役行者像あり。
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修復される国宝仁王門。
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国宝金峯山寺蔵王堂。安土桃山時代に再建された大伽藍。
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国宝仁王門修理勧進で秘仏のご本尊が特別御開帳されていたので拝観した。
拝観料は1000円。 
ご本尊は三体の「金剛蔵王大権現」。
向かって右より~現在(を表わす)千手観音菩薩、過去の釈迦如来、未来の阿弥陀如来。
渡辺真知子の「迷い道」にもこんなせりふがあった・・・
ご本尊の真下につくられた小さなスペースで特別懺悔?をさせてもらった。
高さ約7mの蔵王大権現に圧倒される! 中尊像内に天正18年(1591年)の銘あり。
修験道のご本尊「蔵王権現」や開祖「役行者」は国東半島にもあちこちで見る・・
(撮影禁止のためHPよりお借りしました)
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東南院あたりの桜もいい枝垂れっぷりだった。
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後醍醐天皇や義経、秀吉ゆかりの地~吉水神社へ・・
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途中から見る先の金峯山寺あたり・・
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吉水神社境内から見る「一目千本」。中千本あたりはまだ眠っている?
秀吉が5000人の家来とともに花見をした時の本陣があったところ。後醍醐天皇崩御の地でもある。
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吉野のおみやげは「本葛」や「陀羅尼助丸」(胃腸薬=医薬品)など・・
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一週先には見事な咲きっぷりを見せるであろう・・吉野の桜園地を返り見る。
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 2時間少々の散策で・・駐車場に戻るとたくさんのツアーバスで溢れていた。

 次は高野山へ向かう ~ その2 につづく・・・



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by jinashi | 2017-04-08 22:02 | ドライブ&トリップ etc | Comments(0)

平成26年8月以来2年ぶりとなる中学校同級会が広島で行われた。
富さん、さとっさん、じなしの3人は車で出発。
東九州道~九州道~山陽道~宮島SAで昼食をとって会場のKKRホテル広島には1時過ぎに到着。

近くの広島城へ見学に出かけた。
裏御門跡より入城。
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異邦人ツアー団体の中を縫って天守閣へ向かう。
広島城の元は戦国大名毛利輝元が太田川河口のデルタ地帯に築いた平城。
米軍の原子爆弾投下によって壊滅し、現在見られる城内の天守以下城郭建築はすべて戦後に再建されたもの。
天守閣は昭和33年広島復興大博覧会に際して五層の鉄筋コンクリート造りにより建てられた。
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シルバー割引^^(180円)で天守閣へ入る。
最上階から見る広島の街並み。
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周回して下りようとしていた時に突如・・携帯から「緊急地震警報」が鳴り響く。
身構えてすぐ、揺れ出した!「わぁ~~~~」 
少し落ち着いたので慌てて下へ降りる。
鳥取県中部の震源地は震度6強。広島は震度4でしたが天守閣最上階はそれ以上の体感でかなりの揺れでした。(これも貴重な体験)

関ケ原合戦後に毛利家が退去したあと入城した福島正則により修復された石垣跡をみる。
徳川幕府に無断で修復したことにより正則も改易されている。
(右が毛利による築城石垣、左が福島正則により修復された・・)
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ホテルに戻って受付を済ませる。
6時に開会。今回は25名が参加した。
まずは広島大会実行委員長荒巻くんの歓迎あいさつ。
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最も遠い千葉から参加したまりちゃんの乾杯!で宴に入る。
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それぞれが現況報告などをする。
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同級会恒例?毎度のてるちゃん踊り。
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最後に「炭坑節」の輪ができてお開きとなる。
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2次会は広島のナイトスポット流川へ・・・

2年ぶりに懐かしい顔がそろった楽しいひと時でした。
この1年間、あれこれ入念に準備してくれた荒巻くんのおかげです。
お世話になりました。
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by jinashi | 2016-10-24 15:57 | ドライブ&トリップ etc | Comments(4)

修学旅行以来という姉夫婦と去年から計画してきた奈良旅行に出かけた。

熊本大分地震で前日までJR日豊本線ソニックは全面運休。
中止もやむなしと思っていたら・・宇佐駅発10時50分のソニック22号から再開すると聞いて出かけることにした。(予定では早朝に出かけて11時から法隆寺観光のはずだった・・)
大分始発のソニックは徐行運転のため宇佐駅に1時間ほど遅れて到着。電車内で姉夫婦と合流しようにも通路いっぱいの乗客で移動できないまま小倉駅に到着。
通常運転の山陽新幹線で新大阪へ。大阪から関西本線で奈良のホテルに着いたのは18時前。この日は移動のみとなった。ふぅ~
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翌日、姉夫婦は定番の奈良公園~東大寺~正倉院~手向山八幡宮~春日大社などを散策。昼過ぎに近鉄橿原神宮前駅で(大和三山を歩いた)じなし組と合流する。
一緒に昼食。
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はき清められた橿原神宮参道。
この4月3日には2600年祭で天皇皇后両陛下もご参拝されている。
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外拝殿より参拝。神宮の例祭は2月11日の建国記念日。
カムヤマトイワレビコが日向を発ち、大和を征服して「畝火の白檮原(かしはら)の宮」で神武天皇として即位したのは、紀元前660年1月1日とされている。
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橿原神宮で記念に買い求めた「八咫烏鎮子」
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近鉄吉野線で飛鳥へ。
飛鳥駅前からタクシーで飛鳥観光へ。事前学習した希望の行先を告げると順に連れて行ってもらえた。
最初に特別史跡・高松塚古墳へ。
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1972年に発見されたた石室壁画は現在近くの施設でカビ被害などを修復中。
極彩色壁画は1974年に国宝に指定されている。
高松塚古墳は天武天皇の王子説などはっきりしていない。
壁画は壁画館で模写再現されている。
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天武持統天皇陵へ・・
第41代持統天皇は天武天皇の皇后であり天智天皇の娘。
天武天皇の死後、藤原京を造営してあたらしい都とした。
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亀石へ・・ 
花崗岩の巨大な自然石に亀に似た彫刻がほどこされている。長さ約4m、幅約2m、高さ約2m、重さはl0トンを越すと言われる。
何のために作られたかは・・・謎のようです。
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聖徳太子が建立した七大寺の一つ「橘寺」へ・・
付近には聖徳太子が誕生したとされる場所があるという。天台宗寺院だがご本尊は聖徳太子。
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太子愛馬の黒駒像。
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石舞台古墳へ・・
蘇我馬子を葬した横穴式石室が露出したもの言われている。 
30数個の岩の総重量は約2300トン、特に天井石は約77トン・・・
5年前に中学校同級会で訪れた。
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酒船石へ・・
酒を造る道具、もしくは薬などを造るための道具と言われているが定かではない。長さは5.5m、幅2.3m、厚さ1mの花崗岩。
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飛鳥寺へ・・
蘇我入鹿が創立した日本最初の寺院。
日本最古の仏さま「釈迦如来坐像」(飛鳥大仏)。飛鳥時代(7世紀)の作。
銅製。像高275㎝。
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やや駆け足だったが・・2時間ほどの飛鳥観光に満足。
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翌日は朝一で法隆寺観光へ・・
JR奈良駅から法隆寺駅下車。8時の開門までまだ時間があるので歩いていくことにした。
駅から法隆寺まで約1.5Km、20分ほどで到着。
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まずは西院伽藍へ・・
飛鳥時代に聖徳太子が創立した大伽藍は世界最古の木造建築物。
金堂には釈迦三尊像など飛鳥時代の仏像が安置されている。
わが国最古の五重塔には釈尊の遺骨が納められている。
中門は修復工事中。
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大宝蔵院では百済観音像や玉虫厨子など教科書で見たようなたくさんの宝物を拝観する。
東院伽藍へ向かう。
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聖徳太子の遺徳を偲んで建てられた八角の夢殿。救世観音像が安置されている。
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夢殿隣の中宮寺では国宝・如意輪観世音菩薩を拝観。
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斑鳩の里をのんびり20分ほど歩いて法輪寺へ。
聖徳太子の御子山背大兄王が太子の病気平癒を祈って建立した。
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斑鳩三塔と言われる国宝三重塔は昭和19年落雷で消失。昭和50年再建。
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最後の斑鳩三塔は法輪寺から15分ほど歩いた法起寺にある。
聖徳太子別宮の跡と伝えられ、国宝三重塔は慶雲3年(706)に完成した現存する日本最古で最大のもの。
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半日ゆっくりと法隆寺界隈を散策したら大阪天王寺へ向かう。
向かったのは日本一の超高層ビル「あべのハルカス」。
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エレベーターで16階から60階の天井回廊(展望台)へは45秒ほどで到着。
地上300mの高さに足がすくむ。(展望台の高さはスカイツリーが450m)
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帰路は予定通りの移動で・・無事に帰着。
熊本大分では相変わらずの余震が続いている。
早い終息と被災地の復興をお祈りします。
by jinashi | 2016-04-23 10:50 | ドライブ&トリップ etc | Comments(0)

娘に初めての赤ちゃんが生まれたので早速ご対面に出かけた。
産院から退院してきたばかり。出生体重2978g。
9年ぶりの3号孫です。なぜか女の子ばかり・・・
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Uターンして夕刻に姫路へ着く。
会社勤め時代の同期友人Sと久々の再会の宴。
翌日はS夫婦と但馬地方へドライブに出かけた。行先リクエストは竹田城跡と出石の蕎麦。

播但(ばんたん)連絡道路(有料)で朝来市(あさごし)へ。
朝来SAを過ぎると前方に見えてきた竹田城址。
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和田山ICを出て標識に従い竹田小学校横から「山城の郷」へ着く。
ここから山城下まで連絡バスが運行されているのだが、2月末までは運休(通行止め)となっていた。
展望台まで上がってみる。
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そこから南東に見る竹田城址をズームショット。
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「山城の郷」の人に城址がよく見える場所を聞いて移動。
R312の竹田を左折して山へ入り、但馬吉野と言われる桜の名所の立雲峡へ。
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少し上の高台から竹田の町越しに竹田城址がよく見える。秋から冬にかけて朝霧に浮かぶ山上の城址は幻想的で、多くの人々が訪れているようだ。
先の「山城の郷」のほぼ反対側になる。
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「日本のマチュピチュ」という言葉を使ったGoogleのCMにはじまり、高倉健主演映画「あなたへ」やNHK大河ドラマ「黒田官兵衛」のロケ地になったことで有名になったようだ。 
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日本100名城。虎が臥せているように見えることから虎臥城(とらふすじょう)とも呼ばれている。
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くわしくは→竹田城で・・
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豊岡市出石へ着くころには雨が降り出した。
出石町本町の皿そば「近又(きんまた)」へ着くとすでに傘の行列が・・・
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20分ほどで入店。
つゆと薬味、とろろと卵がきました。
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5皿で1人前。
最初はつゆにおろし大根、ネギ、ワサビで頂きます。その後とろろと生卵で食べるのが良いようです。
石臼挽きの手打ちそばらしく、コシもあって喉越しもよく美味しい。
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一人前ずつ追加する。
ふつう10皿までは食べられるでしょう。大人20皿、子供15皿を食べると皿蕎麦の証(そば通手形?)をもらえるようだ。
1人前(5皿)で780円。追加(1人前)550円。
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最後にいただいた蕎麦湯もおいしい。
店員さんもみな若くて元気が良い。

これまで最高に食べた男性は ~
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女性は ~
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そば屋を出て城下町出石のシンボル「辰鼓楼」へ。
高さ13m。明治4年の建立。辰の時間に太鼓が鳴らされて時を告げていたが、明治14年に地元の医師が大時計を寄贈してからは時計台となった。
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雨の播但連絡道路を戻って姫路駅でS夫婦とお別れする。
駅前から見る世界遺産「姫路城」。まぶしいほどの白さ。
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この日、中国地方では春一番が吹いたようだ。
by jinashi | 2016-02-18 09:39 | ドライブ&トリップ etc | Comments(6)

孫の発表会観賞ついでに福岡まち歩きを楽しんだ。

最初に訪ねたのは中央区天神にある「QUATTRO YOCCHI」(クワトロヨッチ)。国東市、姫島村、豊後高田市、杵築市による広域連携アンテナショップで、国東半島の特産品や観光などの地域情報を発信する。今年7月にオープンした。
→ 「QUATTRO YOCCHI」

「クワトロQUATTRO =数字の4(4つの自治体)」と国東半島の方言「よっち YOCCHI=集まる」の造語。
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イタリアンジェラート専門店「 ViTO」が運営パートナーとなっている。
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国東キウイミルクをいただきました。
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ショップ前の昭和通りの向こうは日銀福岡支店。
築64年(1951年3月完工)と全国32支店のなかでもっとも古く、2017年には建て替えのため取り壊されるらしい?
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ネットで見た「天神まち歩き定時ツアー」へ参加するために福岡市役所ロビーの受付へ。
なんと今日が本年最終日。そして・・参加者は我々2名のみ・・・
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市役所前から2階建てオープンバスによる市内観光ツアーも行われている。
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午後2時に福岡市観光案内ボランティアガイドの谷口さんと市役所を出発。
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市役所前の天神中央公園とアクロス福岡はもと福岡県庁のあったところ。(県庁は1981年に博多区東公園へ移転)
公園には当時の石柱など旧県庁舎の遺物がそのまま残されている。
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アクロス福岡の段状ステップガーデンは歩いて登れる都心の里山?
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最初の市役所の跡。福岡市役所は3度ほど移転しているようだ。
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菅原道真を祭る水鏡(すいきょう)天満宮へ。
建ち並ぶオフィスビルの谷間にひっそりと建つ水鏡天満宮は、 天神様こと学問の神様・菅原道真を祀っている。 大宰府に左遷された菅原道真が、 憔悴した自分の姿を川面に映したことからこの名がついたと言われている。 当初は今泉にあったものを、江戸時代初期に初代福岡藩主・黒田長政が、 福岡城の鬼門にあたる現在地に東の鎮守として移した。九州最大の繁華街「天神」の地名は、天神様を祀るこの神社に由来する。(よかなびwebより)

額の揮毫は第32代内閣総理大臣広田弘毅によるもの。
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拝殿横の牛は広田弘毅の石工の祖父により彫られている。(角が欠けている)
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神社正面鳥居額は黒田家13代目当主長成による揮毫。(父は筑前福岡藩の最後の藩主黒田長知)
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鳥居の隣にある古い建物は旧日本生命九州支店で現在は福岡市文学館(福岡市赤煉瓦文化館)。東京駅や日本銀行本店を設計した辰野金吾によるもので1909年(明治42年)竣工した。
昭和44年(1969)3月に国重文に指定されている。
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福岡市文学館のすぐ近くの西中島橋にある「福岡市道路元標」。道路元標とは道路の起点・終点や主な経過点を表示する標識。東京日本橋は日本道路元標の起点。
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横の西中洲公園には元標からの距離を示す。
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西中洲公園は那賀川を境にかつて商人の町博多と城下町福岡の境界となるあたりで、高さ10mの石垣と桝形門があったという。
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天神の昭和通りから見える伊藤ビルの赤煉瓦塀。大正時代に伊藤伝右衛門が柳原白蓮のために建てたという赤銅御殿の一部が残されている。(白蓮は住むことはなかった)
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りそな銀行などが入る福岡天神センタービル。
ここは黒田官兵衛の側近「二十四騎」でとりわけ武勇を誇った「黒田八虎」の母里太兵衛の屋敷跡。
(黒田節の槍「日本号」は福岡市博物館に所蔵されている)
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すぐ近くの福岡銀行本店。黒川紀章による設計。
なんともったいない。8階建て?のビル1棟が建つスペースが・・・
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1時間ほどの天神まち歩きでした。
谷口さん、わかりやすいガイドをありがとうございました。
博多明太は「食べんとわからん・・」 まち歩きは「聞かんとわからん・・」


孫の発表会がある博多座へ。
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博多座の中は・・1階座席より・・
公演は写真撮影禁止。
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歳末に生のオーケストラとバレエ劇を楽しむことができました。
孫の成長ぶりを見ることが出来てうれしい一日でした。
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by jinashi | 2015-12-28 16:48 | ドライブ&トリップ etc | Comments(4)

今日は山友会紅葉登山会で津江の酒呑童子山を予定していたが、気象庁の雨予報のため前日午後に中止を決めた。
朝起きると(以外に)天気も良さそうなのでどこかへ山歩きとも思ったが・・ママの用事にくっ付いてソニックで博多へ行く。

ゆっくり歩いて見たかった大宰府歴史ゾーンを訪ねてみよう。
大宰府観光協会HPにある「だざいふ史跡探訪Dコース」を参照にしてひとり歩きです。

博多駅からは(初めての)鹿児島本線に乗り水城駅で下車。12時13分。
駅のすぐ近くにある「水城跡」へ。大野城と大宰府の市境あたり。国特別史跡。
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白村江の戦いで大敗した天智天皇が、天智3年(664年)、唐、新羅の攻撃に備えて大宰府の防衛線として築造した全長1.2Kmほどの土塁・水濠。
北東方向へ土塁(左)が続く。
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上部に上がれるところがあった。土塁上部から・・ ちょっとした森となっている。
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下大利駅から西鉄天神大牟田線を越え、団地よこを御笠川沿いに歩く。
御笠川は近くの九州道、西鉄線とともに水城の真ん中あたりを突きぬけるように通っている。
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橋を渡り県道112へ出る。
午後1時も近い。昼食はうどんやへ。
流行ってそうなラーメン屋も何店かあったが・・・このところうどん屋へ入ることが多くなった。
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生姜が効いていておいしく頂きました。
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県道112は旧日田街道。大宰府方向へ歩くと水城跡の北東にある東門へ着く。
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「水城土塁には門が2か所つくられ、吉松丘陵裾に西門、国分丘陵裾に東門がつくられました。」(説明板)
東門の礎石(とみられる)が残る。
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高台の東屋から水城を見下ろす。
水城を横切る九州自動車道は景観に配慮し、高架の高さを水城跡より低くして(地面すれすれに)建設されている。(説明板より)
水城のむこうは雲がかかった背振山あたり。
今日の天気予報は大外れ!朝からいい天気が続く。
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脇道へ入り国分寺跡へ向かう。
途中にある「姿見井」。
菅原道真がこの付近で衣服を着替えたと伝えられていて、その時この井戸に自分の姿を映したといわれている。この付近の小字を衣掛(きぬがけ)といい、菅原道真にまつわる伝説が多い。(説明板より)
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すこし道迷いをしながら筑前国分寺へ着く。
現在は高野山真言宗の寺院。
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隣地が「筑前国分寺跡」で国指定史跡となっている。
奈良時代、聖武天皇により日本各地に建立された国分寺のひとつ。
仏に守られた豊かな国家を目指した。
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寺の前にある八角灯篭。東大寺大仏殿前にある銅製八角灯篭をモデルとする。
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大宰府政庁跡へ向かう。
政庁通り。またの名を「さいふまいりのみち」(太宰府天満宮参拝道)という。
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何度か来たことがある政庁跡。
奈良・平安時代を通して九州を納め、我が国の西の守り(防衛)や外国との交渉の窓口となった役所(大宰府)が置かれていた跡。その規模は平城京、平安京に次ぐ大きなものだったという。(大宰府観光協会HPより)
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戒壇院へ向かう途中から見る宝満山。今年正月に雪山を登った。
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戒壇院へ。
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奈良東大寺と下野薬師寺とあわせて「三大戒壇」と呼ばれる。
本尊の毘廬舎那仏(びるしゃなぶつ)座像は国指定。
戒壇とは中央部に石で築いてある壇のことで、出家する者に対して、僧侶として守るべき戒律を授けるための儀式が行われる場所である。我が国の戒律は聖武天皇の招請によって唐から来た鑑真和上によって伝えられたが、鑑真和上が奈良に到着した天平勝宝6年(754年)東大寺に戒壇が設けられ、天皇はじめ多くの人に授戒したという。
江戸時代に観世音寺から独立して現在では博多聖福寺の末寺となっている。
(大宰府観光協会HPより)
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すぐ隣にある観世音寺へ。
大宰府政庁域の東に創建されていた「府大寺」とも呼ばれた勅願寺。
(勅願寺=時の天皇・上皇の発願により国家鎮護・皇室繁栄などを祈願して創建された祈願寺のこと)
『源氏物語』にも登場する観世音寺は、天智天皇が、母君斉明天皇の冥福を祈るために発願されたもので、80年後の聖武天皇の天平18年(746年)に完成した。古くは九州の寺院の中心的存在で、たくさんのお堂が立ちならんでいたが、現在は江戸時代初めに黒田藩主により再建された講堂と金堂(県指定文化財)の二堂があるのみである。
本堂には聖観音立像が安置されている。
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こちらは金堂。不動明王坐像が安置されている。
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この寺の梵鐘は日本最古。京都妙心寺の鐘楼と兄弟と言われている。
(以上~大宰府観光協会HPより)
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もうコスモスも終わりとなった畦道を歩く。
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大宰府参道は相変わらず大勢の参拝客で賑わう。
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真っすぐ通り抜けて九州国立博物館へ。
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開館10周年記念特別展「美の国日本」が開催されている。
(館内は携帯やカメラの使用禁止)
縄文から鎌倉時代までの日本を代表する国宝・重文の美術品がたくさん展示されている。見たことがあるものも何点か・・・。
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時間も下がってきて・・ゴールとなる太宰府天満宮へ参拝する。 16時22分。
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そうだ、今日から大相撲九州場所が行われるのだ。
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参道で梅枝餅を買う。焼きあがるのを並んで待つ間に流れ作業を見学する。
西鉄線で二日市から博多駅へ戻る。

一日いい天気で紅葉登山会もできたようだが・・まち歩きとなってしまったこんな日もそれはそれで?良いものでした。
古代の歴史舞台は歩くと見えるものが多くありました。


JR水城駅スタート→水城東門礎石→国分寺跡→大宰府政庁跡→戒壇院→観世音寺→九州国立博物館→太宰府天満宮
 時間≒4時間 距離≒10.5Km

(GPSマップ)
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by jinashi | 2015-11-09 18:14 | ドライブ&トリップ etc | Comments(10)

名古屋に暮らす娘に会いに出かけた。

初日 ~

大分空港からIBEX便リージョナルジェット70人乗りに歩いて乗り込む。行きも帰りもいい運動をさせてくれました(+_+)
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機窓から見る四国山地の山。石鎚山系?
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1時間ほどで中部国際(セントレア)空港へ到着。
名鉄ミュースカイは全指定席。
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21分で神宮前に到着。娘が出迎えてくれる。

熱田神宮へ。御祭神は熱田大神。
熱田大神とは草薙御剣(くさなぎのみつるぎ)を御霊代とされる天照大神。天孫降臨の際、瓊瓊杵尊が天照大神から授けられたという三種の神器は熱田神宮の草薙御剣と伊勢神宮の八咫鏡(やたのかがみ)、そして皇居にあるという八坂瓊曲玉(やさかにのまがたま)をいい、天皇が皇位の璽 (しるし) として代々伝えられている。
多くの参拝者で賑わう本宮前。
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先月、娘が安産祈願をした神楽殿。今日は七五三詣りが祈願の列をなす。
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境内にある名古屋最古の橋「二十五丁橋」前で身重の娘と・・・。
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嫁ぎ先ご両親より昼食はひつまぶしの超有名店「あつた蓬莱軒本店」へ招待していただく。
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この夏、NHKBS新日本風土記「名古屋めし」で放映されたのを見て娘にリクエストしたのだ。ハレの日にはひつまぶし~だったような・・・ 
(しゃもじがじゃまでした)
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駐車場では他県ナンバーの車をたくさん見かけた。

午後からママと娘のショッピングに同行して名古屋駅のデパートへ。
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人ごみの中へ入ると田舎もんは疲れます。


2日目 ~

朝起きて、リクエストはモーニングサービス。
娘のアパートから歩いて近いコメダ珈琲店へ。名古屋の町のあちこちにあるフランチャイズチェーン店。
コーヒーにパンとゆで卵付きで420円。小倉あん(110円)をのせて頂きました。
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今日は娘と一緒に犬山城へ出かける。
名古屋から名鉄犬山線で犬山駅下車(急行で30分ほど)、歩いて犬山城へ向かう。
城下町の町屋が残る本町通りを進むと国宝犬山城が見えてくる。
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石畳の坂を登り、再建された本丸門から入る。
明治維新の際に天守を除いて門や櫓の大部分は取り壊されたようだ。
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本丸に入って見上げる天守。
織田信長の叔父織田信康が天文6年(1537)に木之下城を移して築城した現存する日本最古の城だ。昭和27年、国宝に指定されている。
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全国に現存する天守は12城。そのうち国宝は犬山城と松本城、彦根城、姫路城、松江城の5城。
※姫路城は世界遺産。松江城は今年7月に国宝となる。
他の7城(弘前、丸岡、備中松山、丸亀、松山、高知、宇和島)は国重文。

急な階段を手摺りに掴って登るとギイギイと床が鳴る音が城内に響いている。
全方位が絶景の天守閣回廊に上がると高所恐怖症には足がすくむ。
ライン大橋を見下ろす。
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木曽川の向うは各務原市鵜沼あたり。このあたりで鵜飼が行われているようだ。
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日曜日なので本町通り界隈では多くのイベントが行われていた。
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犬山祭で曳かれる山車。1層はお囃子所で3層にからくりがあり、2層 でからくりを操作する構造になっている。
辻で方向転換することを「どんでん」というらしい。
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近くにある航空自衛隊岐阜基地では航空祭が行われていて自衛隊機が低空を編成飛行していた。

夜は娘の婿殿も一緒に名古屋駅周辺の居酒屋有名店「世界の山ちゃん」へ。
こちらも名古屋めしの「手羽先から揚げ」。胡椒が効いてパリッと揚がっていてビールに合う。
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3日目 ~

宿泊した名古屋駅近くの「ヴィアイン」は清潔でコンパクトなビジネスホテル。無料の朝食も美味しく頂きました。

最終日はママと二人でお城巡りをする。
山崎の戦で明智光秀を討った秀吉が信長の後継者として台頭したといわれる清州会議が行われた清州城へ。
名鉄岐阜線に乗って新清州駅を降りる。
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五条川沿いに15分ほど歩いて行くとお城が見えてくる。近くを新幹線が通っている。
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現在の天守は、平成元年(1989年)に旧・清洲町の町制100周年を記念して、清洲城跡に隣接する清須市清洲地域文化広場内にRC造によって建設された模擬天守である。創建当時の絵図が残っていないため、その規模も不明である。そのため、外観や規模は、実在した当時を想像して建てられた。建造された天守は、桃山時代の城を再現するデザインで、江戸時代の漆喰塗廻の白い城とは異なる、装飾に富んだ姿となっている。(wikipedia)

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元治元年(1555)織田信長が入城。永禄3年(1560)桶狭間の戦いに勝利して天下統一へ踏み出した。
内部では展示品やビデオ映像により戦国時代と清州城下の様子をわかりやすく知ることができる。
天守閣から名古屋中心地方向。
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五条川を挟んで反対側の清州公園にある信長公像。
本来の城址はこちら側にあったようだ。
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慶長15年家康により(石垣や建物は)名古屋城へ移されて廃城になる。
残された石垣の一部が五条川沿いで発見され再現されている。
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名古屋駅へ戻って・・昼食は名古屋めし代表格の山本屋味噌煮込みうどん(1296円)。
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昼の時間帯でお客が途切れることがない。


地下鉄で名古屋城へ。
市役所前で降り、地上に出て東門から二の丸へ入る。
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石垣普請を担当した・・清正公石曳きの像
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表二ノ門から入り一部公開されている本丸御殿の玄関と表書院を見学。
熊本城本丸御殿もこんな感じだった・・
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玄関、表書院に続く御殿は残された多くの資料を基に復元建築中。2017年度(平成29年度)工事完了予定。

名古屋のシンボル金の鯱(しゃちほこ)。
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家康が九男義直のために築城したといわれる名古屋城だが、本丸御殿と共に先の大戦で米軍による焼夷弾で焼失した。戦後すぐに復元された大天守を仰ぎ見る。
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天守閣から名古屋の街並。
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石垣の曲線がすばらしい。
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北西隅櫓へ。
(午前中に訪ねた)清州城天守を移築したと伝えられ、清州櫓とも称された。屋根三層・内部三階で全国最大規模の隅櫓。
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やはり正門近くから見る城姿が良い。
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菊花展が行われていた。
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城の前に河村市長のいる?名古屋市役所。歴史ありそう・・
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名古屋駅から空港線に乗ったつもりが半田市方向へ。あちゃ~・・乗り返したりして名古屋空港へ。
名鉄線で気に入ったJRAのポスター。
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帰路のIBEX機は定刻に離陸する。
中部国際空港セントレアの夜景。
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いろいろな名古屋の魅力を楽しむことが出来た3日間だった。
あとは元気な3号孫の誕生を祈るばかり・・・
by jinashi | 2015-10-28 18:31 | ドライブ&トリップ etc | Comments(6)