カテゴリ:大分県の山歩き~その他の山( 24 )

中津市耶馬渓町川原口


耶馬渓町で行われた「第1回長岩城探訪ウオーク」にガイドの仲間を誘って出かけた。
2006年5月の「犬ケ岳シャクナゲ鑑賞登山会」に参加したとき、帰路に長岩城があることを知り一度訪ねてみたかった。
1か月ほど前に新聞で探訪ウオークの記事を見て数日後に申し込みをしたがそのあとすぐに定員(100名)になったようだ。山城などを研究する歴史好きの人も多いようだ。
R212の柿坂から県2号へ入り津民公民館へ車を止めてマイクロバスに乗る。
永岩小学校で受付を済ませて開会式場所(すぐ下)へ向かう。
本日、じなしと一緒に参加したO隊長、ありさん、とみさん。
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進行係をされている女性の方が昨秋、国東市の旧千灯寺を訪れていただいた耶馬渓アカデミアの会代表のYさん(緑のジャンパー)と知る。Yさんとは電話でガイドの打ち合わせをしている。(何と、その日の担当ガイドは本日同行のとみさん、ありさんでした)
スタートする前にご挨拶をさせていただきました。
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神事が執り行われ城址が昨年3月に大分県指定史跡となったことから記念碑の除幕が行われた。
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豊前守護職・宇都宮信房は弟重房に下毛郡野仲郷を分与する。重房は姓を野仲と改め1198年に長岩城(山城)を築城する。自然の地形を利用した長岩城の遺構は規模が大きく地方豪族の中世山城としては九州では最大規模で、特に銃眼のある石積櫓(いしづみやぐら~楕円形砲座)はわが国最古の城郭遺跡である。以後野仲氏は下毛郡の豪族として天正16年(1588年)黒田長政に攻め落とされ、廃城となるまで22代390年にわたって下毛郡を支配する。(保存会資料より)
長岩城が黒田長政に攻め落とされ、一族が城内で自決したとき、野仲氏家臣が密かにお姫様を連れだし竹田市の山奥に逃れていったという話ものこっているようだ。竹田市には今でも野仲姓が多いという…。
これから向かう長岩城址のある扇山。標高は531m。標高差200mほどを登る。
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約100名の参加者はA~Eグループ(各20人)へと順次出発する。
我々Cグループを先導する地元ボランティアの(楽しい)お二人。歩き始めてすぐに雨が降り出した。
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山に入ると早速石積の防塁が現われる。ここは「二之城戸」。雨も小降りとなる。
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長さは65mある「三之城戸」。石塁は山頂近くから運んだ鉄平石を強固に積み上げたもので石の大きさは最大で1mほど。
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谷の向こうに見えるのは砲座跡か?
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侍たちが気勢を上げ待機したという東之台から本丸へと列は続く。雨もあがったようだ。
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やっと本丸(山頂)に登りついた。途中渋滞もあり、登り始めから1時間ほど。
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耶馬渓歴史観光案内人による説明を聞く。礎石が残っており本丸として威厳を備えた建造物があったらしい。
(ここも一山。穴井さんオレンジ山名プレートがありました)
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一休みしたあとは西之台(出城跡)へ向かう。連なる石塁。
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背後が絶壁となっている西之台から水場を経由して往路と出会い、麓へ下りる。銃眼のある最古の城郭遺跡石積櫓へ行ってみたかったのだが…長い梯子もあり危険なので今回は行かないそうだ。

昼食会場の永岩小学校へ戻る。昭和にタイムスリップしたかのような懐かしい学校だ。
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講堂(このことばが残っているのが良い)で昼食をいただく。地元女性グループのおにぎりやお汁はほんとに美味しい。
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アトラクションは永岩小学校出身の高校生お姉さんたちによる息の合った鉦、笛、太鼓の囃子から始まる。
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そして中学生と高校生男子2人による神楽奉納。颯爽としていてみんな上手い!
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岩永小学校は男子5人(6年・5年各1人、4年が3人)だけの小規模校だ。昨年、学校の近くにある長岩城の歴史や今に残る石積みなどについて協力してまとめた研究テーマ「九州最大の山城 長岩城を辿って」が、「第10回小学生・中学生『城の自由研究コンテスト』」で文部科学大臣賞に次ぐ日本城郭協会賞を受賞した。1月に東京であった授賞式には5人全員で出席したそうだ。
5人の生徒がその研究発表をしてくれた。
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クイズや五七五を取り入れて聞く人を引き込んでいく。5人ともよく覚えており、次々と交代しながらハキハキと発表する態度は立派で大いに受けました。
こんな小規模校だが学校や地域が5人の子供たち(神楽の中高校生も)をいきいきと育てている。きっと素晴らしい大人へと成長していくことだろう。
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講堂に掲げてあった校歌。まさに3番を実践している。
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長岩城の歴史について案内人の女性により紙芝居も行われた。
本日の参加者には野仲氏や宇都宮氏、そして黒田氏もいて皆さんで握手しあって交流を楽しみました。
立っている人たちは宇都宮氏と野仲氏の末裔のみなさん。
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そして…Yさんより参加者の皆さんへ「第9回み仏の里くにさきウオーキング(5月13日(日)に同じ時代背景の武蔵町吉弘城の歴史を巡るウオーク)」について持参したダイジェスト予告チラシを配布し、紹介する機会を与えていただきました。
最後に保存会会長さんの挨拶。(後ろより)
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岩長林業の里交流会から記念樹(金柑の苗木)をいただいて帰路に就く。
Yさん、実行委員会の皆様、ありがとうございました。

この日は春一番の暖かい朝でした。 土筆が一つ顔を見せていた。
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by jinashi | 2012-03-20 10:32 | 大分県の山歩き~その他の山 | Comments(2)

中摩殿畑山(なかまどんのはたけやま・911.2m)
 大分百山~2回目
 (岩伏登山口)

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久々に好天の日曜日となりそうだ。この時期、くじゅうからふもとの山へとグングン紅葉が下りてくる頃だが…聞くところではこのところ高めの気温が続き各地の装いもイマイチのようだ。

山国の中摩殿畑山へ登ってみよう。5年前の10月には登頂直後に団体さんが上ってきて狭い山頂から追い出されるようにして下山したのだ。あの素晴らしい展望をもう一度楽しんでみたい。色づきも少しは楽しめるかもしれない。

道の駅「山国」のとなりの蕎麦(うどん・らーめん)屋さんから北へと県道646に入る。日本棚田百選の「羽高棚田」を横目に最奥の岩伏へ向かう。狭いところは拡幅工事中のようだが日曜日はお休みで通行可。ほぼ同時に福岡からのマイクロバスの団体と一緒に登山口に着いた。5年前も何だかこんな状況だったような?ほかに先客も1台あり。

団体さんが準備体操をはじめる。福岡のグループで月2回の山登りを楽しんでいるそうだ。
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お先に失礼して歩きはじめる。3週ぶりの山歩き、そしてこのところちょっぴり体調が思わしくなかったこともあって少し不安だ。
 9時17分。ここの標高≒500m。けっこう温かい。
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最奥の人家の横から新しい舗装林道が奥まで続いている。(前回はここから山道だった)
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舗装路は緩やかに登っていき左に立派な砂防ダムが現われてくる。
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右岸へと移り、次々と新しい砂防ダムを見ながら新しい舗装路を登っていく。
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一旦植林帯へ入る。(このあたりまで車で来られるようだ)
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短い植林帯を越えてすぐに舗装林道へ出会う。
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林道を横切ったところから右に最上部の砂防ダムを見ながら山へと入る。
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大岩を過ぎたあたりから植林帯の急坂となってくる。この山で一番厳しいところ。
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傾斜が緩やかとなり倒木を潜ると上の林道へ出る。左へと落ち葉の林道をすすむ。このあたりが色づいた木々が見られ初冬の趣を感じるところだ。
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10分ほど行くと右手に頂上への取り付きの標識が見える。夫婦連れが下りてきた。
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少しの急坂を登り上がる。左へ大きく回るようにすすんで尾根に上がるとブナやシャクナゲの木が目につくようになる。
曇り空ですこし霞んでいるが右に犬ケ岳方面の稜線がうっすら見えている。
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すぐに山頂の祠が見えてきた。10時57分。
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この山は別名竜王山とも言われ、雨乞いの神様である八大竜王が祀られている。後に3等三角点も。
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山頂写真。
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北西に英彦山、鷹巣山、岳滅鬼山、苅又山などがうっすらと並んでいる。クリアに見えないのが残念だ。
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先端部の切り開かれたところでお昼とする。風が渡ると少し寒さを感じる。
福岡グループもにぎやかに登ってきた。昼食を済ませてお先に下山。
山頂からは釣鐘山へと縦走コースもあるようだ。
下山時に樹間から見えたその釣鐘山?(もっと先かも…)。
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下の林道で北九州からの団体さんが休憩中。福岡の団体が下山する頃合いを見計らっているようだ。
芒の道を下る。
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少し下れば登山口。
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12時30分に下山。体調に少し不安を感じていたが気持ちよい登山ができて一安心。健康に感謝。



紅葉も間近?
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登山口に鈴生りの山梨?
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ムラサキシキブ
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ふもとの雪舟庭から見た京岩の景。手前が鷲岩。奥の高いのが京岩。
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民家に鏝絵。ちょうど今の季節の絵。
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道の駅山国周辺で開催されていた「山国案山子ワールド」。今年で5年目を迎えるようだが町内各地で1000体を越える案山子が表情豊かに迎えてくれる。年々盛り上がってきていることを感じる。
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「いらっしゃいませ!」
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大根を洗う。
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「かあちゃん、これ」
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川を覗きこむ。一人は人間か?…。
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帰路に立ち寄った耶馬溪町の雲八幡宮。千年杉の根くぐりをしてパワーを頂きました。
宮司の秋永勝彦さんには安産祈願の祭事中にもかかわらず親しくお話をしてくださいました。
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by jinashi | 2011-11-15 21:13 | 大分県の山歩き~その他の山 | Comments(0)

長崎の多良岳や背振山系の井原山などオオキツネノカミソリの群落で有名だが、じなしはその群落をまだ見たことがない。
5年前(2006年7月9日)に津江の御前岳(ごぜんだけ)でお会いした日田のご夫婦から田代コースを薦められたことを思い出した。7月末ごろからその登山路にオオキツネノカミソリが群れ咲くという。
明日はそのコースを登ってみようと思っていたら、なんと福岡のKさんから「明日はオオキツネノカミソリの井原山へ登る」とメールがあった。

日田のR210から田代へ向かう県道673の入口が分からず、大山から県道9で前津江から椿ケ鼻ハイランドに上がりつく。風力発電の風子、風太郎のプロペラが回る下から奥日田グリーンラインへ入り5Kmほど行って田代登山口に着いた。

前津江田代登山口

御前岳(1209m)~田代登山口で奇跡?の再会
 大分百山・2回目
ちょうど入山の準備をしていたJIMNYのご夫婦に山の様子を聞く。話をしていると…もしかして5年ほど前に山頂でお会いしたお二人かな?…と内心(お互いに?)思う。
お二人に「マムシが多いのでスパッツを着けると良い」と聞かされ、(その時にも山頂でまむしの話を聞いた…)準備をしてすこし遅れてスタートする。8時32分。ここの標高≒730m。
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登山口には湧水とシオジ原生林の説明板や登山口看板が立っているが、工事のため100mほど先から山へ取り付く。
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植林地をジグザグに登る。
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左下に砂防ダム工事現場を見ると本来の登山道に合流する。最初のオオキツネノカミソリが迎えてくれる。
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間もなくして今が盛りのみごとな群落が現われた。
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何回か沢を渉る。
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湧水源分岐からさらに高度を上げていく。
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自然研究路分岐(田代岩屋へ?)周辺に広がる群落。標高が高くなるとつぼみが多くなる。
花から花へと黒アゲハが忙しく舞う。
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花を楽しみながらゆっくりと進むと長く続いた群生地も終わり枯れ沢を登る。
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二本杉あたりから急登となってくる。
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釈迦岳~御前岳の縦走路に出会う。5年ぶりだ。
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登山口で出会った(下山途中の)お二人と山頂直下でしばらく立ち話をしていると5年前にお会いしたことを確信する。 
お二人で季節の花を求めて九州各地へせっせと山旅をされている。
2度登って2度とも同じお二人に出会うなんて奇跡に近い!?
日田市のUさんご夫婦。
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(帰宅して5年前の画像を開くと何と、山頂写真の後ろに奥様が写っていた!)
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山頂へ。ちょうど11時。2~3組がくつろいでいる。
景行天皇が九州に行幸した際にこの山を越えたと され、「景行天皇御遺跡」の石碑が立つ。(上の5年前の画像に)
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山頂写真。
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釈迦岳(手前右のピーク)、普賢岳(左奥のドーム塔)。
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八方ケ岳。手前に三国山。
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山頂でおにぎりを食べていると団体さんが上がってきた。狭い山頂がいっぱいになったのでそそくさと下山にかかる。グングン降りて下山はちょうど1時間。12時15分。久留米ナンバーのマイクロバスが2台とまっている。
帰路の林道から御前岳山頂部を望む。
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           木漏れ日を浴びたオオキツネノカミソリの花束。
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            ヤマホトトギス
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            青カラスウリ
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            オトギリソウ
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            ナツツバキ
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            ヤマブキショウマ?
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            山頂のキアゲハ
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帰路の日田・琴ひら温泉で汗を流す。
男湯は小さい露天が4つ。今日登った御前岳湧水源を源流とする高瀬川の向こうに道路がみえる。500円。
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日田といえばB級の焼きそば。大盛り800円。 
初めて入った隈の三隈飯店。午後2時をまわってもお客が多い。
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by jinashi | 2011-08-01 11:11 | 大分県の山歩き~その他の山 | Comments(2)

由布岳撤退す
ほぼ2ヶ月ぶりの山行きだ。早い春を見つけに由布に登ろう。
午後から下りの予報なので早めに出発して7時前に中央登山口に着く。車は5~6台。
久々の山歩きで足腰にすこし不安を感じながらすっぽりと雲に隠れた由布に向って歩き始める。
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ほとんど寒さを感じないほどの気温で樹林帯に入るとうっすらと汗もでてきて上着を脱ぐ。
合野越えに近づくとぱらっと雨が落ちてくる。新しいベンチで一休み。
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様子をうかがって先へと歩き始める。すこし歩くとまたパラパラとすこし大粒な雨が落ちてくる。ここでリタイヤを決めてUターン。標高1050mあたりか。久々なので無理はすまい。
登山口へ戻ると数組のパーティが準備中。 歩行距離≒3km?
ミツバツツジの蕾がすこし膨らんだ感じがしたものの春はもう少し先のようだ。
 さてこのあと何処へ行こうか?


大岩扇山(おおがんせんざん・691m)   
 玖珠町~大分100山 2回目   

ママの大分100山稼ぎに大岩扇山へ登ろう。
道の駅湯布院で一休みして水分峠からR210を玖珠へと向かう。九重町へ入るとすっかり晴天となってくる。
R210から望む大岩扇山。溶岩台地メーサの山で万年山や伐株山などこのあたりに多い。
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玖珠インター先を自衛隊道路へ入り先の分岐から狭い舗装路を上り詰めると影の木集落へ着く。広くなった道路脇へ駐車。立派に整備された指導標に沿って歩き始める。
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すこし歩くと八丁坂に出合う。
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森藩主が参勤交代で利用したといわれる石畳の坂道だ。この先の八丁越まで延びている。安心院から鹿鳴越えで豊岡へ出て海路で大阪へそして江戸へと向かったようだ。
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登りきった八丁越の峠を左へ入り(右に小岩扇山へと続く)くぬぎの幼木の道を緩やかに進む。
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TVの共同アンテナ?が見えてきて2006年12月以来2度目の山頂に着く。ママの大分100山は97座目となる。003.gif
豊前坊と刻まれた石碑がある。牛馬の守り神である英彦山高住神社と関係があるらしい。
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お湯を沸かしてカップめんを食べようとしていると一人の男性が登って来た。
こんなマイナーな(失礼)山へ登るのは大分100山登りに違いないと話しかけたところ・・・その通りでこの山で76座目?だそうだ。大分市のNさんで福岡より大分に転勤になり、休日にはせっせと100山ツブシを楽しんでおられるようです。記念にじなしと一緒に撮らせていただきました。Nさん、またどこかでお会いできれば良いですね。
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山頂からは全方位が見渡せる。
こちらはくじゅう連山、涌蓋山(わいたさん)方向。
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影の木集落に下山すると、となりのくぬぎ林に放された牛からじーっと見られる。
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角埋山(つのむれやま・576m)

大岩扇山から下りて森藩城下町へ入る。6~7年ほど前に「リメンバー山頭火ウオーキング」のイベントに参加してこの町をゆっくり歩いたことがある。
現在の森町を中心として栄えていた森藩は、豊後八つの藩のなかで最も小さく、一万四千石ほどでした。藩主久留島氏はもともと瀬戸内海の村上水軍の頭領で、関が原の戦いで西軍方について破れ、豊後森藩へ移封。その後初代康親から12代通靖までの約270年間、藩政がしかれていました。8代藩主通嘉公の時、末広神社の改築に着手。周辺には久留島庭園や清水御門、栖鳳楼など文化の薫る建造物が今もその姿をとどめています。小藩ながら雅な華を咲かせた森藩。町の一角には往時の面影が色濃く残っています。(玖珠町商工会HPより)
石畳に昔風の商家が並ぶ通りの中ほどにあるY薬局に立ち寄る。3週前にママが福岡のオイスターセミナーでご一緒となりその後電話を戴いたりしている。 ご主人Yさんにご挨拶。(奥様は不在でした)Yさんより角牟礼城(つのむれじょう)跡がのこる角埋山に登ってみるようにすすめられる。角牟礼城跡は〈おおいた遺産〉に認定されている。
車で5分ほど林道を登りあがると周りを石垣で囲まれた駐車場に着く。遊歩道をすすむと穴太(あのう)積みの立派な石垣が続く搦手(からめて)門の跡にでる。
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二の丸跡から大手門跡をすぎてひとのぼりで本丸のあった山頂部にあがり着く。丸く平らな山頂部から360度の景観が楽しめる。
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角牟礼城跡駐車場から見る森の町並み。むこう真ん中の丸い山は宝山。
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帆船海王丸
帰路の別府国際観光港に大きな帆船が停泊していたので立ち寄る。海の貴婦人といわれる「海王丸」だ。子ども達のための海洋教室がおこなわれているようだ。
昭和5年2月の進水以来商船学校の練習船として多くの若い船員を育ててきた。 全長97m、最高マスト海面高46m、総トン数2200トン。母港は富山県射水市。独立行政法人航海訓練所の所有。姉妹船にわが国最大の帆船「日本丸」がある。~ネット検索にて
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船首には横笛をもった金色の女神像が。
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by jinashi | 2011-02-28 12:12 | 大分県の山歩き~その他の山 | Comments(0)