カテゴリ:大分県の山歩き~その他の山( 19 )

御無沙汰しています(^^)

先日、大分市に出かけたついでに大分県一の低山・碇山を登って?きました。だいぶ経ちましたがその時のレポです。
大分の碇山については以前国土地理院HP で見つけていた。日本山名総覧という本にも掲載されているようだ。

 碇山(いかりやま・56m) 大分市津守にある山

碇山は9万年前の阿蘇山4度目の大爆発によって出来たといわれる。
神武天皇東征の折、この島で石の碇を降ろしともづなを結んだといわれることから碇島という。(昔はこの辺りは海であった)
この地へ配流された旧越前福井藩主・松平忠直(家康の孫・一伯公)縁の地でもある。

古国府から広瀬橋を渡り下郡バイパス手前から見える碇山。神社の森という感じ。
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JR豊肥本線滝尾駅そばの踏切をわたって熊野神社のPに停める。縦列で数台は止められそうだ。
ここの標高≒20m。入口にある大鳥居。
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駐車場所にある案内図。
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水仙を愛でながら参道を緩やかに登る。右下が駐車場所。
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途中にある石造鯖(さば)大師手引真像。
もとは四国霊場八坂寺(徳島県海陽町)に祀られている。
行基菩薩の右手は鯖を持っている。赤い布で隠されているが尻尾だけ見える。明治35年に地区の人により建立された。
この地では「腹がせく時には鯖大師を拝め」と言われている。
また、本家八坂寺では「鯖を3年食べないことにより子宝成就、病気平癒の願いごとがかなえられる」という。
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鯖大師と呼ばれる由縁~伝説に拠れば、平安時代初期の弘仁年間(810年 - 823年)に空海が八坂八浜を訪れた際に、行基手植えの松の下で野宿し行基の夢を見た。そこを塩鯖を馬に背負わせた馬子が通りがかった。空海が塩鯖を所望したところ、馬子は口汚くののしり断った。坂にさしかかったところで馬が急に苦しみ動かなくなった。慌てた馬子は先ほどの僧は巡錫中の空海に違いないと思い、空海に鯖を差し出し馬を治して欲しいと懇願した。空海が加持水を馬に与えたところ、馬はたちまち元気になった。また、空海が法生島(ほけじま)で先ほどの塩鯖に加持祈祷を行い、海に放ったところ塩鯖は生き返り泳いで行った。これに感服した馬子は空海の弟子となり、この地に小堂を建て行基の像を祀り「行基庵」と名付けた。また「鯖瀬庵」とも呼ばれた。空海が加持祈祷を行った海岸は鯖瀬(さばせ)と呼ばれている。(wikipedia)


折り返して登った先にある一伯公(松平忠直)廟所。通称六角堂。
松平忠直については→「HP北陸歴史の謎」で・・・
大分銘菓にもある「一伯」
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扉を開けてみた内部・・・。
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さらに折り返して上に登る。
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鎌倉時代の初め、大友能直(よしなお)が勧請したという熊野神社へ入る。
山門をくぐると社殿の屋根が目に入る。
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豊後瓦による凝った装飾を施している。鬼瓦の下には虎を従えた仙人。龍の紋は火災から守るための水を表す。神社だが仏教的色彩のある建築。
松平忠直は熊野権現社に、全長180メートルに及ぶ「熊野権現縁起絵巻」を奉納している。
総代の方が境内をきれいに清掃されていました。
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境内横の階段を山頂部へ上がっていく。
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先端部にある山頂標識。安武さん標識では新しい感じです。
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三角点ではなく、「大分市公共基準点」とある。
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公園のようになった山頂部。
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北~北西が見晴らせる。天気がよければ国東半島や由布鶴見、くじゅう連山までも一望できるようだ。
大分市中心部方向。すぐ下は滝尾駅。
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周辺には一字一石供養塔、庚申塔などの石造文化財も・・。
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山頂部先端から裏側(東)を望む。明野~高尾山方向。周りが海だったことが何となくうかがえる。
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見学気分でゆっくりと登って下って30分ほどでした。

ちなみに国東市の最低峰は国見の行蔵山(156m)、豊後高田市は草地の三笠山(91m)か?
年をとったら各市町村の最低峰巡りも楽しいかもしれないですね!

場所はここ~

by jinashi | 2015-02-01 22:41 | 大分県の山歩き~その他の山 | Comments(11)

今日はくじゅう山開きだ。
何年か前には「くじゅう連山に2万人の登山者で溢れた」と報道されていたが‥今年も天気に恵まれて大賑わいのことだろう。
1週前にくじゅう扇ヶ鼻でミヤマキリシマ開花状況を偵察してきた。南山腹ではそれなりに?開花していたのだが山頂部では遅れぎみで、一部虫害も見られた。

今年の二郷山友会・ミヤマキリシマ登山会は(先週山開きが行われたばかりの)玖珠町の万年山を登る…というよりピクニック^^
みなさんに声掛けしたところ17名が参加。
5時にみんなんかん集合出発。豊後高田でMさん、みっきーさんと合流。さらに玖珠町JA家畜市場で大分の姉夫婦と合流して登山口となる吉武台牧場の駐車場へ到着。

 万年山(はねやま・1140.3m) 九州百名山 ~4回目

富さんのリードで軽くストレッチ体操。初めての人もいて簡単に自己紹介をしてスタート。7時35分。
ここの標高≒940m。
ママの先導でゲート横から万年山牧場へ続く作業道を歩き始める。
今日は黄砂やPM2.5で霞んでおり紫外線も強そうだ。
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左前方に万年山が見えてきた。玖珠や耶馬渓地方に多いメーサ(卓上台地)の山だ。万年山は2段メーサといわれる。
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右上にまんじゅう石。昔のまんじゅう石が横割れして今はバーガー石?
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広々と気持ち良い牧場へ出て緩やかに登って行く。
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左手にお花畑が見えてきた。すこしピークを過ぎている?・・
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避難小屋やトイレがある休憩ポイント周辺に咲くミヤマキリシマ。
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アヤメも一株。
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山腹の手前で右の林道へ進む。3~4年前に出来た「南アルクス万年山コース」周回コースだ。グッドネーミング!
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途中に見える切株山。メーサの浸食がすすみビュートと呼ばれる地形となる。
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「豊後国風土記」によると、玖珠(くす)という地名は、かつてこの地にあった大きな楠に因むものであるという。そして、大楠の木陰となって日が当たらずに困った住民がこの大樹を切り倒した後の切株が伐株山であり、巨木が倒れる際にはね上げた土が山となったのが万年(はね)山であるという伝説がある。(wikipedia)
また、南の玖珠富士といわれる涌蓋山(わいたさん)は
民話では、背比べで負けた万年山(はねやま、標高1,140m)が腹を立ててこの山を跳ね飛ばし、涌いたようにこの場所に山ができたので、涌蓋山(わいたさん)と呼ばれるようになったと伝えられている。(wikipedia)

おしゃべり軍団も40分ほど林道を歩いてこの山一番のお花畑へ着く。
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全開のミヤマキリシマに ~ Wow! わぁすごい!
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三色グラデーション?
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記念写真 ~お花畑版
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ハナグリ岩分岐で休憩。そばに女性軍にはうれしい簡易トイレが置かれている。
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ハナグリ岩へ向かう。
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2度目のハナグリ岩潜り。
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潜ったところから振り返ると…「万年仏」の横顔が。
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この先の急坂を立木に掴って登ると登山路に出合う。
natsucocoさんに教えてもらったオシベが5つのヤマツツジ。さっそく知ったかぶって皆さんに教えてあげました^^
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分岐から展望所へ入り、見下ろす玖珠町山浦あたり。2年前にはうさぎ&かめの山楽校のタカちゃんから教えてもらってこの下から登った。
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日田市の登山家の慰霊レリーフがある見晴岩へ上がる元ガール組。
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ミヤマキリシマの花を愛でながらアップダウンの快適な尾根登山路を行く。
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ツクバネウツギ
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尾根コースを1時間ほど歩くと山頂が見えてきた。11時ちょうど。
涌蓋山やくじゅう連山は霞んでいる。
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記念写真 ~山頂版
みんなで「うしのはなぐりいわー、おー」と言っている。
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昼食タイム。熊本の九州脊梁山地ガイドのみなさんとご一緒になりました。国東半島ロングトレイルコースを歩いてみたいと言っていました。
山頂から左に切株山、右に万年山牧場。舗装された作業道を上ってきた。
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階段状の歩道を下って朝の林道分岐と出合う。
来た道を戻って駐車場に下山。12時25分。
物足りない人もいるようでしたが…無事の下山が一番です。
皆様お疲れ様でした。
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駐車場には2台のバスなど多くの車が溢れていた。
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下山後には湯布院「七色の風」でひと風呂浴びて帰路に・・。

(GPSマップ)
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夕方には学校を出て会社へ同期入社した友人S夫婦が訪ねて来てくれた。日立造船有明工場関連業務で定年を迎えしばらく嘱託勤務をしたが、いよいよ九州を撤退して姫路へ戻ることになったのだ。
夜遅くまで酒を酌んで40年ほど前の昔話に花を咲かせた。
by jinashi | 2014-06-03 22:14 | 大分県の山歩き~その他の山 | Comments(17)

昨日は宇佐神宮から豊後高田市小田原の白鳥神社まで、「奈多行幸会の道」16Kmを足を引きずりながら歩いた。この頃歩くと左膝に少し痛みを感じていたうえに、(車にトレッキング靴を積み忘れたので)サンダル靴?で無理してこのロングコースを歩いたのだ。 帰って足裏をみると水ぶくれが出来ていた。(涙)
 

今朝は沖船の汽笛が「ボー、ボー」っと何度も聞こえてきた。
起きて家の外を見ると周りは濃い朝霧に包まれている。国東半島海岸部がこうして深い霧に包まれるのはめずらしい。
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足の痛みや水ぶくれの跡(針で水を抜いたのです)も気になるが、家でゴロゴロするのももったいない…と昼前になって出かける。
昨秋に入口を確認していた山香町南部の里山「鳥屋岳」へ登ってみよう。
距離や標高もわずかなので何とかなるだろう…。

 (日指林道登山口)


 鳥屋岳(とりやだけ・590.1m) 大分かくれ名山

杵築市立石のR10を走ると外気温は18度。梅も開花を急いでいることだろう。
山香中心部から速見広域農道へ入り速見インター方向へ向かうと前方に経塚山の大きなアンテナが見えてくる。この辺りはかつて豊前街道の鹿鳴越(かなごえ)というところで、キリスト教を伝播したフランシスコ・ザビエルが大友宗麟に謁見する際、(宇佐から山香の地蔵峠~鹿鳴越峠経由で)豊岡の海岸まで歩いたといわれている。

経塚山への分岐を左に見るとすぐ先の右手に日指林道入り口がありここが鳥屋岳の入口だ。
割れたオレンジ色の標識板があるチェーンゲートから林道を歩き始める。
12時47分。ここの標高≒550m。
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このオレンジ色プラスチック板の標識は、大分市の穴井伸明さんにより大分県内のほとんどの登山口や山頂に取り付けられている。じなしもかつて大分百山登りではずいぶんこの標識に助けられたものだ。
穴井さんとは同年齢で5年ほど前からネットで繋がらせていただいて以来、何かと山歩きのサポートをしていただいた。去年7月、国東市国見町の「ペトロ・カスイ岐部神父殉教祭」で初めてお会いしたのだが・・なんと、その後に急逝されたことを知り言葉が無かった。
このオレンジ標識を見るたびに穴井さんを思い出します。心よりご冥福をお祈りします。

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あれれ?…緩やかに下りの道が続く。
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さらに下りは続きカーブミラーのある分岐へ出る。ここは左へ向かう。
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まもなく右前方に電波反射板がある鳥屋岳が見えてきた。
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その先で道はフラットになり、歩き始めて16分ほどで山頂への尾根すじにある送電線方向へと右へ入る。
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送電線鉄塔下へ出る。
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鉄塔奥の紅白ポールから入っていくと土塁にそって踏み跡が続く。
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切り倒されたカヤの上端を歩いて行く。桜が植林されているようだ。
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出っ張りを曲がると山頂部が見えてくる。
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さらに直進したところでGPSを見ると山頂部から少し先へ行きすぎたようだ。
左に踏み跡らしきを見つけてヤブ漕ぎに突入し山頂へ直登する。
すこし進むと汗だくとなりダウンジャケットを脱ぐ。
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カヤの中にイバラのトゲがあちこちにあり…傷だらけのローラ? いや天使?になって山頂のNTT電波反射板(鳥屋無線中継所)横へ上がりつく。
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イバラをかき分けて3等三角点を発見。 13時39分。
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山頂写真。
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北にはPM2.5で?霞む大村山(おおむれさん・418.6m)。
天文3年(1534年)春、大内氏家臣の陶興房(すえおきふさ)らに対して大友家臣の吉弘氏直(よしひろうじなお)らが北九州の覇権をかけて戦った「勢場ヶ原の合戦」で氏直が陣を張ったといわれる所だ。
結果は~戦術的に「引き分け」とされている。
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東のピークは唐木山(599.7m)。
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南東に大きなアンテナの経塚山(612m)。大分では一番早くミヤマキリシマが開花する。
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イバラをストックや登山靴でかき分けながら下山するも、さらに両腕は傷だらけの…。
車へ戻れば14時32分。 登って下って1時間45分。 
まさに春のような旧正月3日の出来事でした。
足元にフキノトウでも・・と欲張ってみましたが顔を見せてくれませんでした。
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そういえば昨夜は成仏寺修正鬼会だったのだが・・・両腕に引っかき傷を残していい山岳修行が出来たとしよう^^;  ひざも足裏もなんとかセーフのようだ(^_^)

帰路に近くの水の口湧水へ。相変わらずたくさんの水汲み人で賑わっていました。

(本日のGPS)~拡大します
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by jinashi | 2014-02-03 22:22 | 大分県の山歩き~その他の山 | Comments(9)

いよいよ今年もあと10日となった。
昨日は国東半島平地でも初雪となり、くじゅうなど高い山ではごっぽり雪が積もったようだ。

2012年2月に宇佐の高山山頂から見た八面山となりの里山「足嶽」に登ってみよう。
(その時の画像)
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今日が登り納めとなりそうだ…

 足嶽(あしたけ・552m)  大分かくれ名山

先月登った台山(だいやま)麓の宇佐市麻生を横目に県44を本耶馬渓町へ向かう。桜峠を越えて屋形簡易局先の枌(へぎ)橋を右折して集落へ入る。舗装林道をくねくね登っていくとトレラン練習中?のお兄さんと出合う。地元の人らしいが山の事は知らないようだ。見晴らしの良い峠に出るが・・行き過ぎたようでUターン。ゆっくり戻ると木に取り付けた穴井さんの山名オレンジプレートを発見。
ここの標高≒410m。9時5分。
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南西へ向かって山頂に続く尾根を登り始める。
登山道らしきは無い。テープを見つけながら上を目指す。
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すぐに急登となり、湿った落葉の山肌はズルズルと滑りやすい。獣が歩いたような跡を立木に掴って登っていく。
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肩に上がって一休み。振り返ると八面山の柱状節理が迫る。
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さらに急登を喘いで登ると雪が残るフラットなピークへ上がる。
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藪を進む。前方の盛り上がりが山頂だろう。
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ひと登りでまるい鈍頂に到着。登山口から30分ほど。けっこう汗も‥。
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樹間から高山、石井山、鬼落山などが見える。
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マイナーな山頂もこれまた楽しからずや・・
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往路を戻って下山。10時8分。
標高差140mほどを登って下って1時間の里山でした。
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しかし…足嶽(あしたけ)って山名、どうして付いたのだろう? 


               ジャノヒゲ
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               マユミ
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GPSマップ(拡大します)
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足嶽を下山し県44から本耶馬渓町樋田でR212を右折する。間もなくの渋見を右折して県697へ入り途中から狭くなった道を進むと八面山登山道路に出合う。
カーズを繰り返して登り、標識を見て箭山(ややま)神社へ向かう。日陰の雪道をそろりすすんで神社前の駐車場に着く。

 八面山(659.4m)  大分百山~3回目

2009年12月には修験の滝経由で箭山(ややま)神社へ上がり、小池から山頂を廻り、大池を巡って周回している。
今日は箭山神社周辺の北峰を巡り、(車で移動して)小池からショウケの鼻と言われる山頂を周回する。
箭山神社へ。10時53分。
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神殿横にあるご神体の磐座「鷹岩」。
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鷹岩横から巨石群へと遊歩道「天空の道」を行く。
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巨石群の上部は展望所となっている。
宇佐市や国東半島方向。
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あっという間の北峰探訪でした。テレビ中継塔の近くのベンチでランチタイム。

小池入口へ移動。山頂部を周回しよう! 11時58分。
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小池の土手を歩く。
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下の野外音楽堂から歩いて来たという地元(宇佐市)の男性と出合う。このコースはよく歩いているらしい。
第3展望所から宇佐市方向の山々を俯瞰する。すばらしい!
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丸木階段を登って八面山山頂に到着。12時28分。
この辺りを「ショウケの鼻」ともいうようだ。
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山頂先から先ほど登った足嶽を見下ろす。
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雪道のアップダウンを繰り返す。
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車道へ出るとまもなく車へ戻る。12時48分。
3度目となる(1時間足らずの)周回でした。

下山途中にある「和与石」へ立ち寄る。
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宇佐八幡大菩薩と法蓮上人の故事が伝わる立石。
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和与石そばの万両。いや十両?
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今年の山登りは何と言っても「九州百名山完登」を達成出来たことです。
来年も何か新しいものに挑戦しながら、「心と体の健康」のために山歩きを楽しみたいと思います。

 
来年も引き続いて「じなしブログ」へのご来訪をお待ちしています!<(_ _)>

by jinashi | 2013-12-23 22:01 | 大分県の山歩き~その他の山 | Comments(16)

万年山(はねやま・1140.3m) 下園鼻繰(はなぐり)岩コース  
  九州百名山・大分百山 ~3回目
 

大分市の「うさぎ&かめの山楽校」会長T子さんより教えていただいたお花畑を訪ねて万年山を登る。
5月27日に3年ぶり(一昨年は口蹄疫で、昨年は悪天候で中止)に山開きが行われたという万年山だが、その前日にお花畑を歩いたT子さんは満開のミヤマキリシマを楽しまれたようでした。
1週経ったがまだまだ楽しめるかもしれない…。教えていただいた下園鼻繰岩登山口から登ってみよう。2008年5月25日(第60回山開き)以来の万年山だ。

R210を玖珠から天ケ瀬へ進み、「慈恩の滝」から県704へ入る。玖珠町山浦の春日小学校そばの分岐に地区の案内板や「万年山山頂まで6.9Km」の標識が立っている。左折して小学校横を下園集落へ入る。前方に万年山を望む。吉武台牧場から見る柱状節理のあるメーサの山容とは違っている。
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平成名水百選「下園妙見様名水」から1.5Kmほど進んだところが下園登山口。右に数台駐車できる。
準備をしてスタート。7時50分。ここの標高≒630m。
丸木階段を上がって幼木の植林帯へ入る。
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作業道へ出合うと山頂まで4.4Kmの標識を見て左へ緩やかに登る。
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2度目のヘアピンカーブから少しずつ傾斜も増していき、終点から丸木階段を登って支尾根へと上がる。
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尾根伝いに高度を上げて行く。大岩を過ぎて植林帯へ入りトラバース気味に登っていく。
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植林帯を登り上がると緑のアーチとなった広い作業道へ出る。草も刈られている。
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林道に出合い右へ向かう。万年山(西)の肩を望む。
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お花畑へ向かう林道、万年山台地へ上がる丸木階段、そして鼻繰(はなぐり)岩へと「3つの分岐」に出る。ベンチもあって一休み。
「南アルクス万年山コース」の指導標識が設置されている。「歩く」と「玖珠」を合わせたシャレた名前で最近周回コースとして整備されたようだ。今話題のジオパークや周辺の棚田、名水も一緒に売り出そうとしているようだ。
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丸木階段を上がっていく。途中右に分岐を見て台地の肩に登り上がると縦走路?に出る。
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ここからはほぼフラットな気持ち良い台地歩きとなる。
しばらく歩いて登山口から見えていた岩峰部に着く。
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岩場を上がると前は絶壁!足元に杉林が広がっている。
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岩場に2つのレリーフが埋め込まれている。まだ若くしてこの世を去った登山家(この人は元日田山岳会会長さんらしい~HP「山のいで湯愛好会」より)のために古里を望むこの山へ取り付けられたようだ。
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ミヤマキリシマやヤマツツジの咲く空の道を歩く。まもなく西万年山。(万年山西三角点はわかりませんでした)
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先の展望岩からくじゅう連山を望む。山頂部は雲の中のようだ。今日は大船山で山開きが行われていることだろう。
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山頂に着く。10時8分。多くの登山者が休んでいる。
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山頂広場のベンチで昼食。前方に渡神岳、釈迦岳、御前岳の津江三山も見えている。
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一休みしたら吉武台牧場方面へとコンクリート階段を下っていく。こちらは牧場のコンクリート道を歩くファミリーコース。ちょうど今がラッシュアワー?10時30分。次々と登ってくる。
避難小屋手前まで下りてきたら周回コースの指導標に従って左の林道へ入る。朝の3か所分岐地点まで3.6Kmほどありそうだ。
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トラクター?の轍が残り、すこし荒れた林道を下りぎみに歩く。何か所か林道の分岐をやり過ごしてアップダウンすると左手杉林の向こうにミヤマキリシマの群落が見えてきた。
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少し先の林道は左へ大きく曲がり、その先にミヤマキリシマの大群落が現われてくる。ここがT子さんの「黙っておれないほど幸せな気分になるお花畑」なのだ。
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盛りを過ぎた株も多いが、今が全開の株もあちこちに見られる。
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お花畑を抜けるところから振り返ってみる。
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お花畑から25分ほどあるいて「3つの分岐」へ(周回して)戻ってきた。
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事前学習はしてこなかったが…「鼻繰岩コース」の標識を見て入っていく。少し下っていくと指導標があり左へと真新しい虎ロープを掴んで山腹を登っていく。
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前方に穴の開いた大岩が現われる。これが「鼻繰岩」なのだろうか?
山香の古戦場・勢場ケ原にあった「鼻ぐり石」も穴があったが…。
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下の指導標には「ハナグリ岩」の下に小さく「ウラに万年仏の横顔アリ」と書かれていた。穴を通り抜けてその大岩を振り返ると、なるほど仏の横顔らしきが…。
これがやはり鼻繰岩なのだろうか?
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帰ってネットで調べてみると~辻本さんHP「大分の山・登山記」2009・5・13やムツゴロ―さんブログ「オジン・オバンの山歩き」2009・5・24の画像とは違っているようだが‥? (ご存知の方、お教えください。)

「3つの分岐」へ戻り、林道から作業道へと往路を戻る。だいぶ日差しも強くなってきたようだ。
植林帯を下り作業道の途中で熟れたキイチゴを見つけながら(頂きました)も無事、登山口へと戻る。
13時5分。
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はじめて歩いたコースでしたが息を呑むようなお花畑や空の道が続く長い台地歩きなど、周囲の眺望も素晴らしいところでした。 T子さん、ありがとう!

本日のGPSマップ(拡大します)
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               キイチゴ(紅葉イチゴ)
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               キンギンカ
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                マタタビの葉
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            サンキライの青い実
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              バイカイカリソウ
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               ベニドウダン
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                グミの花
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                ナルコユリ
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                ヤマツツジ
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               ミヤマキリシマ
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by jinashi | 2012-06-04 19:32 | 大分県の山歩き~その他の山 | Comments(0)

中津市耶馬渓町川原口


耶馬渓町で行われた「第1回長岩城探訪ウオーク」にガイドの仲間を誘って出かけた。
2006年5月の「犬ケ岳シャクナゲ鑑賞登山会」に参加したとき、帰路に長岩城があることを知り一度訪ねてみたかった。
1か月ほど前に新聞で探訪ウオークの記事を見て数日後に申し込みをしたがそのあとすぐに定員(100名)になったようだ。山城などを研究する歴史好きの人も多いようだ。
R212の柿坂から県2号へ入り津民公民館へ車を止めてマイクロバスに乗る。
永岩小学校で受付を済ませて開会式場所(すぐ下)へ向かう。
本日、じなしと一緒に参加したO隊長、ありさん、とみさん。
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進行係をされている女性の方が昨秋、国東市の旧千灯寺を訪れていただいた耶馬渓アカデミアの会代表のYさん(緑のジャンパー)と知る。Yさんとは電話でガイドの打ち合わせをしている。(何と、その日の担当ガイドは本日同行のとみさん、ありさんでした)
スタートする前にご挨拶をさせていただきました。
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神事が執り行われ城址が昨年3月に大分県指定史跡となったことから記念碑の除幕が行われた。
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豊前守護職・宇都宮信房は弟重房に下毛郡野仲郷を分与する。重房は姓を野仲と改め1198年に長岩城(山城)を築城する。自然の地形を利用した長岩城の遺構は規模が大きく地方豪族の中世山城としては九州では最大規模で、特に銃眼のある石積櫓(いしづみやぐら~楕円形砲座)はわが国最古の城郭遺跡である。以後野仲氏は下毛郡の豪族として天正16年(1588年)黒田長政に攻め落とされ、廃城となるまで22代390年にわたって下毛郡を支配する。(保存会資料より)
長岩城が黒田長政に攻め落とされ、一族が城内で自決したとき、野仲氏家臣が密かにお姫様を連れだし竹田市の山奥に逃れていったという話ものこっているようだ。竹田市には今でも野仲姓が多いという…。
これから向かう長岩城址のある扇山。標高は531m。標高差200mほどを登る。
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約100名の参加者はA~Eグループ(各20人)へと順次出発する。
我々Cグループを先導する地元ボランティアの(楽しい)お二人。歩き始めてすぐに雨が降り出した。
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山に入ると早速石積の防塁が現われる。ここは「二之城戸」。雨も小降りとなる。
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長さは65mある「三之城戸」。石塁は山頂近くから運んだ鉄平石を強固に積み上げたもので石の大きさは最大で1mほど。
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谷の向こうに見えるのは砲座跡か?
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侍たちが気勢を上げ待機したという東之台から本丸へと列は続く。雨もあがったようだ。
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やっと本丸(山頂)に登りついた。途中渋滞もあり、登り始めから1時間ほど。
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耶馬渓歴史観光案内人による説明を聞く。礎石が残っており本丸として威厳を備えた建造物があったらしい。
(ここも一山。穴井さんオレンジ山名プレートがありました)
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一休みしたあとは西之台(出城跡)へ向かう。連なる石塁。
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背後が絶壁となっている西之台から水場を経由して往路と出会い、麓へ下りる。銃眼のある最古の城郭遺跡石積櫓へ行ってみたかったのだが…長い梯子もあり危険なので今回は行かないそうだ。

昼食会場の永岩小学校へ戻る。昭和にタイムスリップしたかのような懐かしい学校だ。
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講堂(このことばが残っているのが良い)で昼食をいただく。地元女性グループのおにぎりやお汁はほんとに美味しい。
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アトラクションは永岩小学校出身の高校生お姉さんたちによる息の合った鉦、笛、太鼓の囃子から始まる。
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そして中学生と高校生男子2人による神楽奉納。颯爽としていてみんな上手い!
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岩永小学校は男子5人(6年・5年各1人、4年が3人)だけの小規模校だ。昨年、学校の近くにある長岩城の歴史や今に残る石積みなどについて協力してまとめた研究テーマ「九州最大の山城 長岩城を辿って」が、「第10回小学生・中学生『城の自由研究コンテスト』」で文部科学大臣賞に次ぐ日本城郭協会賞を受賞した。1月に東京であった授賞式には5人全員で出席したそうだ。
5人の生徒がその研究発表をしてくれた。
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クイズや五七五を取り入れて聞く人を引き込んでいく。5人ともよく覚えており、次々と交代しながらハキハキと発表する態度は立派で大いに受けました。
こんな小規模校だが学校や地域が5人の子供たち(神楽の中高校生も)をいきいきと育てている。きっと素晴らしい大人へと成長していくことだろう。
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講堂に掲げてあった校歌。まさに3番を実践している。
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長岩城の歴史について案内人の女性により紙芝居も行われた。
本日の参加者には野仲氏や宇都宮氏、そして黒田氏もいて皆さんで握手しあって交流を楽しみました。
立っている人たちは宇都宮氏と野仲氏の末裔のみなさん。
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そして…Yさんより参加者の皆さんへ「第9回み仏の里くにさきウオーキング(5月13日(日)に同じ時代背景の武蔵町吉弘城の歴史を巡るウオーク)」について持参したダイジェスト予告チラシを配布し、紹介する機会を与えていただきました。
最後に保存会会長さんの挨拶。(後ろより)
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岩長林業の里交流会から記念樹(金柑の苗木)をいただいて帰路に就く。
Yさん、実行委員会の皆様、ありがとうございました。

この日は春一番の暖かい朝でした。 土筆が一つ顔を見せていた。
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by jinashi | 2012-03-20 10:32 | 大分県の山歩き~その他の山 | Comments(2)

中摩殿畑山(なかまどんのはたけやま・911.2m)
 大分百山~2回目
 (岩伏登山口)

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久々に好天の日曜日となりそうだ。この時期、くじゅうからふもとの山へとグングン紅葉が下りてくる頃だが…聞くところではこのところ高めの気温が続き各地の装いもイマイチのようだ。

山国の中摩殿畑山へ登ってみよう。5年前の10月には登頂直後に団体さんが上ってきて狭い山頂から追い出されるようにして下山したのだ。あの素晴らしい展望をもう一度楽しんでみたい。色づきも少しは楽しめるかもしれない。

道の駅「山国」のとなりの蕎麦(うどん・らーめん)屋さんから北へと県道646に入る。日本棚田百選の「羽高棚田」を横目に最奥の岩伏へ向かう。狭いところは拡幅工事中のようだが日曜日はお休みで通行可。ほぼ同時に福岡からのマイクロバスの団体と一緒に登山口に着いた。5年前も何だかこんな状況だったような?ほかに先客も1台あり。

団体さんが準備体操をはじめる。福岡のグループで月2回の山登りを楽しんでいるそうだ。
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お先に失礼して歩きはじめる。3週ぶりの山歩き、そしてこのところちょっぴり体調が思わしくなかったこともあって少し不安だ。
 9時17分。ここの標高≒500m。けっこう温かい。
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最奥の人家の横から新しい舗装林道が奥まで続いている。(前回はここから山道だった)
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舗装路は緩やかに登っていき左に立派な砂防ダムが現われてくる。
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右岸へと移り、次々と新しい砂防ダムを見ながら新しい舗装路を登っていく。
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一旦植林帯へ入る。(このあたりまで車で来られるようだ)
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短い植林帯を越えてすぐに舗装林道へ出会う。
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林道を横切ったところから右に最上部の砂防ダムを見ながら山へと入る。
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大岩を過ぎたあたりから植林帯の急坂となってくる。この山で一番厳しいところ。
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傾斜が緩やかとなり倒木を潜ると上の林道へ出る。左へと落ち葉の林道をすすむ。このあたりが色づいた木々が見られ初冬の趣を感じるところだ。
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10分ほど行くと右手に頂上への取り付きの標識が見える。夫婦連れが下りてきた。
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少しの急坂を登り上がる。左へ大きく回るようにすすんで尾根に上がるとブナやシャクナゲの木が目につくようになる。
曇り空ですこし霞んでいるが右に犬ケ岳方面の稜線がうっすら見えている。
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すぐに山頂の祠が見えてきた。10時57分。
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この山は別名竜王山とも言われ、雨乞いの神様である八大竜王が祀られている。後に3等三角点も。
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山頂写真。
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北西に英彦山、鷹巣山、岳滅鬼山、苅又山などがうっすらと並んでいる。クリアに見えないのが残念だ。
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先端部の切り開かれたところでお昼とする。風が渡ると少し寒さを感じる。
福岡グループもにぎやかに登ってきた。昼食を済ませてお先に下山。
山頂からは釣鐘山へと縦走コースもあるようだ。
下山時に樹間から見えたその釣鐘山?(もっと先かも…)。
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下の林道で北九州からの団体さんが休憩中。福岡の団体が下山する頃合いを見計らっているようだ。
芒の道を下る。
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少し下れば登山口。
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12時30分に下山。体調に少し不安を感じていたが気持ちよい登山ができて一安心。健康に感謝。



紅葉も間近?
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登山口に鈴生りの山梨?
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ムラサキシキブ
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ふもとの雪舟庭から見た京岩の景。手前が鷲岩。奥の高いのが京岩。
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民家に鏝絵。ちょうど今の季節の絵。
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道の駅山国周辺で開催されていた「山国案山子ワールド」。今年で5年目を迎えるようだが町内各地で1000体を越える案山子が表情豊かに迎えてくれる。年々盛り上がってきていることを感じる。
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「いらっしゃいませ!」
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大根を洗う。
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「かあちゃん、これ」
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川を覗きこむ。一人は人間か?…。
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帰路に立ち寄った耶馬溪町の雲八幡宮。千年杉の根くぐりをしてパワーを頂きました。
宮司の秋永勝彦さんには安産祈願の祭事中にもかかわらず親しくお話をしてくださいました。
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by jinashi | 2011-11-15 21:13 | 大分県の山歩き~その他の山 | Comments(0)

長崎の多良岳や背振山系の井原山などオオキツネノカミソリの群落で有名だが、じなしはその群落をまだ見たことがない。
5年前(2006年7月9日)に津江の御前岳(ごぜんだけ)でお会いした日田のご夫婦から田代コースを薦められたことを思い出した。7月末ごろからその登山路にオオキツネノカミソリが群れ咲くという。
明日はそのコースを登ってみようと思っていたら、なんと福岡のKさんから「明日はオオキツネノカミソリの井原山へ登る」とメールがあった。

日田のR210から田代へ向かう県道673の入口が分からず、大山から県道9で前津江から椿ケ鼻ハイランドに上がりつく。風力発電の風子、風太郎のプロペラが回る下から奥日田グリーンラインへ入り5Kmほど行って田代登山口に着いた。

前津江田代登山口

御前岳(1209m)~田代登山口で奇跡?の再会
 大分百山・2回目
ちょうど入山の準備をしていたJIMNYのご夫婦に山の様子を聞く。話をしていると…もしかして5年ほど前に山頂でお会いしたお二人かな?…と内心(お互いに?)思う。
お二人に「マムシが多いのでスパッツを着けると良い」と聞かされ、(その時にも山頂でまむしの話を聞いた…)準備をしてすこし遅れてスタートする。8時32分。ここの標高≒730m。
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登山口には湧水とシオジ原生林の説明板や登山口看板が立っているが、工事のため100mほど先から山へ取り付く。
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植林地をジグザグに登る。
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左下に砂防ダム工事現場を見ると本来の登山道に合流する。最初のオオキツネノカミソリが迎えてくれる。
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間もなくして今が盛りのみごとな群落が現われた。
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何回か沢を渉る。
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湧水源分岐からさらに高度を上げていく。
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自然研究路分岐(田代岩屋へ?)周辺に広がる群落。標高が高くなるとつぼみが多くなる。
花から花へと黒アゲハが忙しく舞う。
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花を楽しみながらゆっくりと進むと長く続いた群生地も終わり枯れ沢を登る。
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二本杉あたりから急登となってくる。
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釈迦岳~御前岳の縦走路に出会う。5年ぶりだ。
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登山口で出会った(下山途中の)お二人と山頂直下でしばらく立ち話をしていると5年前にお会いしたことを確信する。 
お二人で季節の花を求めて九州各地へせっせと山旅をされている。
2度登って2度とも同じお二人に出会うなんて奇跡に近い!?
日田市のUさんご夫婦。
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(帰宅して5年前の画像を開くと何と、山頂写真の後ろに奥様が写っていた!)
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山頂へ。ちょうど11時。2~3組がくつろいでいる。
景行天皇が九州に行幸した際にこの山を越えたと され、「景行天皇御遺跡」の石碑が立つ。(上の5年前の画像に)
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山頂写真。
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釈迦岳(手前右のピーク)、普賢岳(左奥のドーム塔)。
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八方ケ岳。手前に三国山。
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山頂でおにぎりを食べていると団体さんが上がってきた。狭い山頂がいっぱいになったのでそそくさと下山にかかる。グングン降りて下山はちょうど1時間。12時15分。久留米ナンバーのマイクロバスが2台とまっている。
帰路の林道から御前岳山頂部を望む。
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           木漏れ日を浴びたオオキツネノカミソリの花束。
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            ヤマホトトギス
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            青カラスウリ
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            オトギリソウ
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            ナツツバキ
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            ヤマブキショウマ?
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            山頂のキアゲハ
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帰路の日田・琴ひら温泉で汗を流す。
男湯は小さい露天が4つ。今日登った御前岳湧水源を源流とする高瀬川の向こうに道路がみえる。500円。
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日田といえばB級の焼きそば。大盛り800円。 
初めて入った隈の三隈飯店。午後2時をまわってもお客が多い。
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by jinashi | 2011-08-01 11:11 | 大分県の山歩き~その他の山 | Comments(2)

由布岳撤退す
ほぼ2ヶ月ぶりの山行きだ。早い春を見つけに由布に登ろう。
午後から下りの予報なので早めに出発して7時前に中央登山口に着く。車は5~6台。
久々の山歩きで足腰にすこし不安を感じながらすっぽりと雲に隠れた由布に向って歩き始める。
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ほとんど寒さを感じないほどの気温で樹林帯に入るとうっすらと汗もでてきて上着を脱ぐ。
合野越えに近づくとぱらっと雨が落ちてくる。新しいベンチで一休み。
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様子をうかがって先へと歩き始める。すこし歩くとまたパラパラとすこし大粒な雨が落ちてくる。ここでリタイヤを決めてUターン。標高1050mあたりか。久々なので無理はすまい。
登山口へ戻ると数組のパーティが準備中。 歩行距離≒3km?
ミツバツツジの蕾がすこし膨らんだ感じがしたものの春はもう少し先のようだ。
 さてこのあと何処へ行こうか?


大岩扇山(おおがんせんざん・691m)   
 玖珠町~大分100山 2回目   

ママの大分100山稼ぎに大岩扇山へ登ろう。
道の駅湯布院で一休みして水分峠からR210を玖珠へと向かう。九重町へ入るとすっかり晴天となってくる。
R210から望む大岩扇山。溶岩台地メーサの山で万年山や伐株山などこのあたりに多い。
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玖珠インター先を自衛隊道路へ入り先の分岐から狭い舗装路を上り詰めると影の木集落へ着く。広くなった道路脇へ駐車。立派に整備された指導標に沿って歩き始める。
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すこし歩くと八丁坂に出合う。
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森藩主が参勤交代で利用したといわれる石畳の坂道だ。この先の八丁越まで延びている。安心院から鹿鳴越えで豊岡へ出て海路で大阪へそして江戸へと向かったようだ。
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登りきった八丁越の峠を左へ入り(右に小岩扇山へと続く)くぬぎの幼木の道を緩やかに進む。
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TVの共同アンテナ?が見えてきて2006年12月以来2度目の山頂に着く。ママの大分100山は97座目となる。003.gif
豊前坊と刻まれた石碑がある。牛馬の守り神である英彦山高住神社と関係があるらしい。
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お湯を沸かしてカップめんを食べようとしていると一人の男性が登って来た。
こんなマイナーな(失礼)山へ登るのは大分100山登りに違いないと話しかけたところ・・・その通りでこの山で76座目?だそうだ。大分市のNさんで福岡より大分に転勤になり、休日にはせっせと100山ツブシを楽しんでおられるようです。記念にじなしと一緒に撮らせていただきました。Nさん、またどこかでお会いできれば良いですね。
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山頂からは全方位が見渡せる。
こちらはくじゅう連山、涌蓋山(わいたさん)方向。
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影の木集落に下山すると、となりのくぬぎ林に放された牛からじーっと見られる。
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角埋山(つのむれやま・576m)

大岩扇山から下りて森藩城下町へ入る。6~7年ほど前に「リメンバー山頭火ウオーキング」のイベントに参加してこの町をゆっくり歩いたことがある。
現在の森町を中心として栄えていた森藩は、豊後八つの藩のなかで最も小さく、一万四千石ほどでした。藩主久留島氏はもともと瀬戸内海の村上水軍の頭領で、関が原の戦いで西軍方について破れ、豊後森藩へ移封。その後初代康親から12代通靖までの約270年間、藩政がしかれていました。8代藩主通嘉公の時、末広神社の改築に着手。周辺には久留島庭園や清水御門、栖鳳楼など文化の薫る建造物が今もその姿をとどめています。小藩ながら雅な華を咲かせた森藩。町の一角には往時の面影が色濃く残っています。(玖珠町商工会HPより)
石畳に昔風の商家が並ぶ通りの中ほどにあるY薬局に立ち寄る。3週前にママが福岡のオイスターセミナーでご一緒となりその後電話を戴いたりしている。 ご主人Yさんにご挨拶。(奥様は不在でした)Yさんより角牟礼城(つのむれじょう)跡がのこる角埋山に登ってみるようにすすめられる。角牟礼城跡は〈おおいた遺産〉に認定されている。
車で5分ほど林道を登りあがると周りを石垣で囲まれた駐車場に着く。遊歩道をすすむと穴太(あのう)積みの立派な石垣が続く搦手(からめて)門の跡にでる。
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二の丸跡から大手門跡をすぎてひとのぼりで本丸のあった山頂部にあがり着く。丸く平らな山頂部から360度の景観が楽しめる。
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角牟礼城跡駐車場から見る森の町並み。むこう真ん中の丸い山は宝山。
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帆船海王丸
帰路の別府国際観光港に大きな帆船が停泊していたので立ち寄る。海の貴婦人といわれる「海王丸」だ。子ども達のための海洋教室がおこなわれているようだ。
昭和5年2月の進水以来商船学校の練習船として多くの若い船員を育ててきた。 全長97m、最高マスト海面高46m、総トン数2200トン。母港は富山県射水市。独立行政法人航海訓練所の所有。姉妹船にわが国最大の帆船「日本丸」がある。~ネット検索にて
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船首には横笛をもった金色の女神像が。
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by jinashi | 2011-02-28 12:12 | 大分県の山歩き~その他の山 | Comments(0)