大分竹田キリシタン南蛮文化シンポジウム 2013・10・6(日)

長湯温泉で行われた「大分竹田キリシタン南蛮文化シンポジウム」に出かけた。
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会場は長湯歴史温泉伝承館「万象の湯」にある「ルカスホール」。元は米蔵倉庫だったところ。
(ルカス=竹田市朽網地域は日本の八大布教地に数えられ、ルカスの洗礼名を 持つ朽網氏によって教会が建てられたという)

最初にカテリーナ古楽器研究所による古楽器演奏会。
西洋音楽発祥の地にひかれて東京より大分に移転したファミリーで、古楽器の復元製作と演奏活動を行っている。秀吉が聞いたかもしれない…当時の古い西洋音楽の演奏もありました。
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首藤勝次竹田市長のごあいさつ。
竹田市では新竹田ルネッサンス活動のひとつとしてキリシタン遺物によるまちづくりを進めている。
その一環として、9月には大阪茨木市と「歴史文化交流パートナーシップ宣言」を行い、連携を強めながら文化的交流の協定締結をめざしている。
※天文11年(1542)茨木で生まれた中川家の太祖清秀公は、後に茨木城主となるが、賤ヶ岳の戦いで戦死、同市の梅林寺に葬られた。その後、播磨国三木城主となった清秀公の次子秀成公が、岡藩の初代藩主として文禄3年(1594)に入府した。(竹田市HPより)
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パネルディスカッションのテーマは「秘められた竹田キリシタンの可能性を探る」。
コーディネーターは竹田市副市長野田良輔さん。
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パネラーは左よりデル・カ・レンゾ神父さん(長崎日本二十六聖人記念館長)、三浦泰昌さん(「高麗の牡丹」著者)、甲山堅さん(「ザビエルコード」著者)の皆さん。
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三浦さん、甲山さんとも著作調査の先に見えた自説を展開する。「高麗の牡丹」、「ザビエルコード」を読んでから聞くべきだったでしょう。
弾圧されたキリシタン史のミステリーを竹田の魅力遺産として発信すべし…というまとめでした。
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お二人の著作を買い求めたら竹田市(中心部)へ移動する。
キリシタン遺物が展示されている竹田市総合社会福祉センターへ。
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聖ヤコブ石像。キャッチボールのボール探しで見つけられた。「サンチャゴの鐘」と共に弾圧が厳しくなった長崎から竹田へ移されたのかもしれない。「聖ヤコブ」はスペイン語で「サンチャゴ」。「サンチャゴの鐘」とも関係が深い。鼻、耳が欠けおり、首も折れている。重さ約30Kg。個人所有。
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T十字と謎の石像。
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山の神。両手を体の前で×印に交差。ザビエル肖像画に同じ。
鳥の形をした山の神はここ竹田だけという。
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長湯の日向塚にある折れた干十字。INRIは無い。
※長湯温泉朽網には完全な形で干十字が残っている。墓標としてINRI(ユダヤ人の王ナザレのイエス=十字架の上に付けられた罪状)が刻まれている。国内に4つ現存するうちのひとつ。
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十字の入った絵皿。岡藩の飛び地である三佐(大分市)の港にある岡藩屋敷にあった。
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竹田市内の骨董屋で見つかった和紙の踏み絵。福岡の黒田家が所有していたものか?
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センター玄関に置かれた「サンチャゴの鐘」(複製)。この日は自由に撞けました。
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大分学の辻野先生ご夫婦と木内(へんろみち大将)さんにご一緒させていただき、市内にある商家の地下礼拝場跡を訪れました。
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この家の斜め前にあった垂水屋では踏み絵の最中に床が抜けて地下礼拝堂が発覚するという事件があったらしい。
米穀店裏から地下へと小さな入口の階段を降りる。
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ここでひっそりとミサが続けられていたのだろうか?
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稲葉川沿いにある岡藩菩提寺の碧雲寺を訪ねる。
播磨三木から豊後岡城に入城した中川秀成が1600年に岡藩初代藩主になって以来、江戸時代末期の13代藩主まで中川家が治め、竹田の城下町としての繁栄が続いた。秀成が築いたお茶屋を2代藩主・久盛が秀成死去の1612年菩提寺として碧雲寺を開創している。現在は、歴代藩主の廟所と碧雲寺庭園が整備され、おたまや公園として一般に公開されている。
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おたまや公園。石橋の向うにある歴代藩主墓地。
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雨脚が強くなってきたので本日はこれにて撤退。
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いつも祖母山や高千穂方面の山登りで通過する竹田市だが…
この町にはまだまだ多くのキリシタンミステリーがあるようです。
木内さん、ご一緒させていただきありがとうございました。

Commented by へんろみち大将 at 2013-10-08 19:36 x
じなしさん、ほんとうにありがとうございました。

竹田は国見とならんで
魅力のあるキリシタン遺跡の宝庫ですね。
国見に触発されるようにここ一年ほど前から
キリシタン発信に尽力されています。

大分学でのツアーをきっかけに独自のキリシタンツアーを
始めています。九州各地から大勢来るようになったそうです。
国見(国東)もこれからますます楽しみだと思います。
今後とも何卒ご指導お願い申し上げます。
Commented by jinashi at 2013-10-08 20:10
竹田にはすばらしいキリシタン遺跡が残っていました。
国東半島から竹田まで南北に連なる豊後キリシタンベルトをさらに強め、そして深めて行かなければ…と感じました。
国東半島ミステリーの掘り起しにはへんろみち大将さんのお力添えが不可欠です。これからもよろしくお願いします。
Commented by yamanba-hita at 2013-10-08 22:11
岡城ばかりにめをやって何も知らないでいました。
豊後キリシタンベルト!これでまた一躍有名になりそうですね。
jinashi さんや、へんろみち大将さんのお力があればこそです。                          yokobaba でした
Commented by ichihime at 2013-10-09 05:28 x
おひさしぶりです。 私も竹田はお城ばかりでした。いろいろと有ったのですね。この地下室入り口はこんな風でしたか。。
踏み絵すごいですね、踏まないと獄門とかいてありますか、、もう踏むしかない、、踏むことができなかった人々、、やはりかわいそうです。 
でもここもいろいろなものが残っているのですね。。
Commented by jinashi at 2013-10-09 21:06
yokobabaさま
日田は商人の町、学問の町。竹田は武士(殿様)の町。国東は・・・信仰の村かナ? それぞれの歴史をたどって現在と線引きすれば先には未来が見えてきそうです
Commented by jinashi at 2013-10-09 21:10
ichihimeさま
こちらはまだまだ半袖短パンでウロウロしています。イングランドはそれなりに寒くなってきましたか?
竹田には知らない遺産がたくさんありました。
踏絵はこちらにも結構残っています。そんな世に生まれなくてよかったですね・・
Commented by トトロのとなり at 2013-10-10 00:08 x
竹田にはキリシタン礼拝堂があるのは知ってましたが、こんなにキリシタン遺跡、遺物があるとは。あんな山奥でも布教されてたんですね。そういえば中川氏の家紋がクルス紋でしたよね。紙製の踏み絵がすごいですね。いつも教科書で見慣れた踏み絵と全く異なりますね。
Commented by mozqman at 2013-10-10 06:31 x
わぁー、参加すればよかった。大分市と違ってキリシタン文化を象徴する『モノ』が竹田にはあります。北摂津からの入封だから中川家はキリシタンの可能性はあった。ずっと隠し通してきたのもすごい。甲山さんの著書は読みました。直接のお話を拝聴したかった。もっとアンテナをピンと張って置かないといけませんね。11月12日、垣野さんの窯を訪ねようと計画してます。お会いできますか。
Commented by jinashi at 2013-10-10 13:01
トトロさん~
中川クルス紋(中川久留子というようです)ですが…天下分け目の賤ヶ岳にある中川清秀の墓のある家紋は十字が突き出て4本クルス?となっているようです。竹田に入府してきた初代のころはまだ長崎ほどの弾圧は無かったのでしょうか? 追放令や禁教令がでたころ突き出た部分をとったのかも?
Commented by jinashi at 2013-10-10 13:03
Mozqmanさん~
こんど何かおもしろそうな情報が入った時には流しますね。
12日は「梅園ウオーク」のガイド人をします。竹田津地区を歩きます。鬼籠の鬼神台(刀匠紀行平新太夫鍛冶場跡)から大光寺~高島~竹田津港などを巡ります。
垣野さんは私たちのNPOが移住のお世話をさせてもらいました。若くていい青年です。奥様もワラちゃん(娘)もかわいいいいファミリーです。これからお引き立てください。
by jinashi | 2013-10-08 13:24 | ペトロ岐部とキリシタン史 | Comments(10)