神舞(かんまい)出御祭~伊美別宮社 2012・8・16(木)

ロンドンオリンピックの熱い感動冷めやらぬ中、こちらでも4年ぶりの「神舞」行事が始まった。

神舞(かんまい)神事とは~
伝承によれば、仁和二年(886年)八月、豊後国伊美郷の人々が、山城国石清水八幡宮の分霊を奉持し、海路下向中嵐に遭い、祝島三浦湾に漂着した時に始まります。
 当時この地には三軒の民家があり、住民は厳しい自然環境の中、苦しい生活でしたが一行を心からもてなしました。それを機縁に荒神を敬い、大歳御歳の神を祭り農耕を始めたことにより島の生活は大きく向上しました。それからは、そのお礼にと伊美別宮社に「お種戻し」と称し毎年参拝するようになりました。そして四年に一度別宮社から二十余名の神職、里楽師を迎え祝島を斎場に神恩感謝の合同祭事を行うようになり今日に至っています。
 この祭りは、山口県と大分県との海上49キロを三隻の神様船が往復し、大漁旗で飾った奉迎船や櫂伝馬船が織りなす勇壮な海上絵巻の入船出船神事があり、新調の苫で覆われた仮神殿で、伝統にのっとり古式豊かに神楽が奉納されます。(山口県上関町・祝島神舞奉賛会HPより)


祝島を早朝出発した3隻の御座船が、時化のため予定時間を少し遅れて国東半島突端の伊美港へ到着する。8時前。
港外で右回りに3回廻って入港する。
じなしが子供のころには化粧した少年が舳で踊る櫂伝馬舟(かいてんません)も伊美港まで来ていて学校から見学に来ていた。
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伊美別宮社で出御祭が行われる。別宮社の小深田二大宮司は(宮司として)神舞初デビュー。
(吉武猛権禰宜も神舞初デビューです)
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ご神体とともに行列をなしてすぐ裏の港へ向かう。先導の潮振役や長持役は祝島の人がつとめているようだ。
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御座船に乗り込みます。
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御座船に乗る祝島神舞奉賛会の法被姿。
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こちらは神舞Tシャツ。櫂伝馬が描かれています。
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伊美港からも漁船がお迎え(お見送り)に出ます。
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船酔い薬飲んで…祝島まで行ってきます!
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「祝島の神舞神事」は山口県無形民俗文化財となっています。~昭和51年11月指定
(別宮社神舞行事と別宮社神楽は大分県無形民俗文化財~昭和48年3月指定)

祝島では中国電力が建設しようとする上関原発への反対運動が長く続き、昭和59年と63年には神舞行事が中止となっている。
じなしも4年前には最終日の出船行事の見学に行ってきました。
今年も最終日の20日には伊美港から見学のフェリーが出航します。チケットはすでに完売のようです。

1100年以上前から伝わる神舞行事はこれからもぜひ継続してほしいすばらしい歴史遺産です。

このあと御座船が祝島に着くと島では5日間の神舞行事がはじまります。
 「神舞」について詳しいことはこちらへ
  ↓
祝島神舞神事
Commented by kunimiyh at 2012-08-16 22:42 x
じなしさん、こんばんは。
巫女舞をとっても楽しみにしていたのですが
今回は無しと言うことで残念でした~。

ところで、きらり九州に出演されるんですね!
15日、楽しみにしています!

↓の由布岳、すごくキレイですね!!!
ほおんとにキレイ!!!
Commented by jinashi at 2012-08-17 17:12
伝統行事には感動するものがありますね。

さて、東葛原庚申塔ですがその隣の長田平庚申塔と峯の清正公さま庚申塔は作者が同じでしょう。どうしてキリシタン遺跡(かも?)は伊美も櫛来も西山沿いにあるのでしょうか?

15日はどっかに脱出です^^;,
Commented by yamanba-hita at 2012-08-21 22:38
1957年から3年間、まだ舗装されていない国道213号線を、自転車で12㎞通学しました。
その時にはるか遠くに見える島が祝島だと知ったのでした。
あの島が見えると「がんばれよう~」って言われているような気がしたものです。
Commented by jinashi at 2012-08-22 08:49
R213奈良原あたりからクリアに見える日がありますね。
その昔大和~九州の海路だったといいます。祝島方向から見た半島が国の崎→国東となったのでしょう。陸の孤島も古には交通の要だったのかも?
by jinashi | 2012-08-16 20:39 | 国東半島あれこれ | Comments(4)