武蔵町へウオーキングの下見に 2012 ・3・26

国東市武蔵町~西武蔵小学校

第9回み仏の里くにさきウオーキングは5月12日(土)~13日(日)の2日間に渡って開催される。
初日12日は国見町赤根温泉から豊後高田市夷にかけて峰入り道を歩くコースで、
翌13日(日)には武蔵町の吉弘城や吉弘神社など大友田原氏の武将吉弘氏の歴史を中心にしたコースを歩く。

今日は事務局長のY下さん、地元のY見さんとじなしの3人で下見に出かけた。
スタート&ゴールを武蔵町西小学校とし、当日のルートを決める。
武蔵西小学校→(市道丸小野線・峰入り道)→(柿園・子ども鬼会~説明のみ)→丸小野寺→Uターン→松ケ迫(山越え)→西光寺・天満宮(昼食)→吉弘城址→(戻る・武蔵町生まれの数学者~末綱恕一すえつなじょいち生家跡1898-1970)→永泰寺・吉弘氏7代墓(加藤家)→吉弘神社(楽庭八幡社~吉弘楽)→祇園社歌碑・生家跡(武蔵町生まれの歌人~滝口武士たきぐちたけし1904-1982)
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最初に吉弘氏家臣の子孫室利則さん宅へ。家宝の数々を見せていただきました。
戦後の供出を免れた戦国時代の槍。鎧を通るように細くつくられている。槍の柄は紫檀でできている。
数年前に研ぎに出したそうだ。
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吉弘氏最後の武将統幸(むねゆき)鎧姿画像。大友義統(よしむね~宗麟の長男)の家臣として石垣原合戦(1600年9月13日)に出陣する時の絵。37歳。槍の名手。大友四大名の一人。統幸は義統へ西軍(石田三成)につくことを反対したが受け入れられず、黒田軍と果敢に戦うも戦死する。 
朱の槍は太閤秀吉から授かったもの。戦後まで吉弘楽の際その赤い槍は閲覧することが出来ていたという。統幸は現在別府市の吉弘神社に祀られている。墓は神社の裏にある。
(統幸の墓は豊後高田市松行の金宗院跡にもあるようだ)
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勢場ケ原(杵築市山香町)の合戦で敗れた吉弘氏の武将の合同供養牌?
大村山(おおむれやま)山頂にある六名の家臣の供養碑が写されている。三河氏は現国東市長三河明史氏の祖先とも。
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(勢場ケ原の合戦~1534年4月6日)
予想外の背後から迫った大内氏に対して血気にはやった吉弘氏直(うじなお~統幸(むねゆき)の曽祖父?・当時19歳)は大村山から一気に馬で駆け下りて(何時しか雁行の陣となって)敵陣に突っ込んでいく。迎え撃つ大内氏は鶴翼の陣で待ち受ける。氏直の馬に矢が命中、氏直は最後に弓矢の総攻撃を受け討ち死にする ……。


室さんにもご同行していただき吉弘城址を訪れる。
説明板には「建武の頃(1334)吉弘氏初代又次郎正堅の築城。初代正堅は大友能直の子、田原泰広の孫直貞次男。以降2百年あまり続いた…」
周辺に掘割を巡らせた有事を想定した山城で建物はないそうだ。
少し下った麓には居城があったという。
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今は廻りに樹木が大きくなっているがほぼ全方位を見渡せる位置にあるようだ。
両子山方面。
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吉弘城の麓にある永泰寺は吉弘氏の菩提寺。累代の位牌が祀られている。
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吉弘氏7代の墓。無縫塔(むほうとう)は吉弘氏。五輪塔は妻の墓という。末裔加藤家の庭にある。
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吉弘神社(楽庭八幡神社)の仁王像。長~い間石灯篭を持っている。
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毎年7月の第4日曜日に「吉弘楽」(国指定無形文化財)が行われる。
「吉弘楽」は南北朝時代の頃、大友一族の初代領主吉弘正賢が戦勝と五穀豊穣を祈願して奉納したのが始まりといわれている。大友氏の改易により一時中断していたが、元禄年間に農作物の虫除けのため杵築藩主が再興する。楽打ち(吉弘楽の演奏)は、本頭(ほんがしら)、中頭(なかど)、末頭(すえ)の3組に大きく分けられ、各組は、音頭、鉦、笛、念仏申、端楽の役に分かれて、総勢49人で行われる。太鼓打ちは、立烏帽子・兜・陣笠をかぶり、旗差物を背中に差すなど中世の武士を思わせる出で立ちで、太鼓を打ち鳴らしながら荘重かつ勇壮に舞います。(市HPより)

当日の吉弘氏関係のガイドを吉弘氏家臣末裔の室利則さんにお願いした。
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その後、楽庭社から(仲西、柿園地区で毎年2月の第2日曜日に行われる)丸小野子ども鬼会の稲荷社、丸小野寺、西光寺、祇園社にある滝口武士歌碑を周回する。
武蔵郷にもすばらしい歴史遺産が多く残っていることを実感する。

ウオーキングのお問い合わせ&申し込みはこちらまで~
 090-4983-3286(山下まで) 当日申し込みもOKです。

by jinashi | 2012-03-30 12:57 | 国東半島あれこれ | Comments(0)