紀新太夫行平と鍛名命社の祭祀  2010・7・26

鬼神太夫

鍛名命社のお祭り 
国東市国見町鬼籠(きこ)の鬼神太夫(きしんだゆう)という所に「鍛名命社(かなみこしゃ)」がある。
ここは鎌倉時代の刀工、紀新太夫行平(きのしんだゆうゆきひら)の鍛冶場跡といわれるところだ。
行平は1144年相模国の生れといわれ、成人して修験者となり英彦山の僧定秀(じょうしゅう)を師匠(太夫)として刀工となる。平氏滅亡のあと関東へ流刑されるが頼朝の死後九州に下向となる。国東伊美郷に住し、後に大分市高田に居を定める。後鳥羽上皇の御番鍛冶24名に選ばれた豊後刀鍛冶の名工といわれている。

鍛名命社ではこの地区に8軒ある紀一族一統がいまでも祭祀をとりおこなっている。
以前は祭日が決まっていたようだが、今では7月下旬と12月初旬に行われているそうだ。今日7月26日が夏の例祭と聞き見学をさせてもらう。今年の座元は紀康光さん。
最初に各家の荒神様へ茅(冬は稲藁)の注連縄をはり、にがし竹に白い紙垂を挟んだ払具を奉じてお祭りをする。
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屋敷荒神のお祭りを終えた後11時ごろ鍛名命社へ集まる。石殿を開いて新たな払具を奉じて注連縄をはる。酒、水、塩、米、魚、野菜などをお供し神事が始まる。
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狭い境内に庚申塔があり、その横に仲良く並んだ五輪塔は紀新太夫と妻の墓といわれる。石殿祠のすぐとなりには燃える玉鋼を打った鍛冶場の跡ともいわれる鍛冶塚が。
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社の下にある井戸で刀に〈焼きを入れる〉ときに使う水を汲んだといわれる。
すこし前にはこの近くに水琴窟もあったそうだ。
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    こうして年2回の祭祀を続けながら紀一族が相和していく良き行事と感じられました。
                (鍛名命社の石垣に咲くベコニアの花)
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鬼籠(きこ)という地名については昔から伝わる民話がある。
・・・とてつもなく恐ろしい赤鬼が、耳まで裂けた大きな口を開け、牙と牙の間から真っ赤な火炎を吐きながら、鉄の塊を熔かし、その焼けた鉄を手でつかみながら、叩いて刀を鍛えている・・・
  (かつてTV「日本昔ばなし」で似たような民話「鬼のかたなかじ」が放送された・・)

鬼籠地区にこの春、空き家を改築した田舎暮らし体験交流施設「トンテンカンの家」がオープンした。地元NPOが運営する施設だが名称はここに伝わる紀行平伝説(玉鋼を打つ音)からつけられている。
by jinashi | 2010-07-26 17:42 | 国東半島あれこれ | Comments(0)