峰入り道初日コースを歩く  2010・5・29

スタート~熊野磨崖仏(赤)  ゴール~堀岩屋(青)

峰入り道初日コースを歩く
熊野磨崖仏・胎蔵寺下駐車場→真木大堂(伝乗寺)→穴井戸観音(間戸寺)→朝日・夕日観音→田染荘小崎の里→岩脇寺→本宮八幡宮(磨崖仏)→蕗・岩飛石→(富貴寺)→白鳥神社→塔ノ御堂→智恩寺→妙覚寺→堀岩屋(普賢洞) ここで解散  
→十王岩屋~どこにあるのか?→(長安寺)

み仏の里くにさきウオーキングで検討している「峰入り道ウオーク」について初日のコースを歩いてみることとした。
ウオーキング委員からはMさん、Yさん、Hさんが。ガイドの会よりいっちゃんと有永さん。先の峰入りで満願成就を果たした大日向さんと香々地ツーリズムのFさん。峰入りコースはお任せのHPかぜ発信の青鬼さん、そしてじなしの計9名が熊野磨崖仏駐車場で顔合わせをする。

胎蔵寺下の旧道を下ると熊野大権現の鳥居ちかくにホラガ岩がある。右足を掛けて法螺を吹くところだ。足の短い人は無理。以外やFさんは届いた。岩はすこしグラグラしている。峰入りコースには数箇所にホラガ岩があるようだ。
鳥居の横には国東半島最古(寛永元年・1624年)の庚申塔(文字庚申)も。
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真木大堂では藤原時代(もう少し前の平安時代かも?)の秀作で国重文の阿弥陀如来、不動明王、大威徳明王の仏像や伝乗寺(でんじょうじ)の歴史についてボランティアガイドの綾部栄徳先生の説明を聞く。この日は神戸からの団体を迎えてお忙しい中私たちのために時間をとっていただいた。
※藤原時代~「遣唐使廃止」の894年から「平家滅亡」の1185 年をいう。 これは、天平時代(聖武天皇の奈良時代)官営工房の仏師であったのが、藤原時代は自営工房の職業的な仏師となったことも一因といわれる。
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伝乗寺のお堂には昭和54年峰入り墨書(修札)が掲げられており左下には瀬戸内寂聴さんのお名前もある。
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伝乗寺の裏から昔の山道へと入り小山を越えて間戸寺(まどじ)へと向かう。
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苔むした石段をあがると穴井戸観音だ。ここは間戸寺そのものか?それとも間戸寺の奥の院なのかは不明のようだ。洞窟は30mほどの奥行きがあり天井から水が滴り落ちて祀られた観音様の御身をぬらしているので濡れ観音という。仁聞の霊水と言われ日照りのときでも水が絶えないという。飲むとうまい。
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地元間戸(まど)地区の人達が整備した菖蒲アジサイ園。一輪だけ早咲きの菖蒲。
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菖蒲アジサイ園から山道に入りすこし登った岩山を左へ向かうと崖上にある朝日観音。先の峰入りで取材のNHKは左右の岩峰にワイヤーを張りそこにぶら下がって撮影をしたと青鬼さんから聞く。
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岩山の反対側にある夕日観音。そこから田染荘小崎(たしぶのそうおさき)の里の全景を見下ろす。かつて宇佐神宮が支配した荘園で奈良時代から鎌倉時代にかけて開いた水田や集落がそのままの姿で残る。
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小崎の里を通りぬけ川沿いを岩脇寺(いわきじ)へ向かう。
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今は無住の岩脇寺。六郷満山本山末寺(伝乗寺の末寺)。背後の崖に続く道へ入ると六所権現の鳥居があり、峰入りでは奥の院先の開けたところから下に向かってシキミの葉を撒く「散華」という行をする。これは峰入り行の間の安全を祈願する儀式だ。(遭うかも知れぬ危険な災いにたいして身代わりとなって防いでもらう)
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本宮八幡宮まで歩いてきて遅い昼食。13時。
ここからは車で移動しながら要所を巡る。最初に蕗の岩飛石へ着く。高さは2mほどだが・・・峰入りでは応利(おうり)さん(応利山報恩寺住職)は71歳で飛んだ。65歳のFさんが岩飛びに挑戦し無事着地する。それを見たじなしが調子に乗って飛べば着地に失敗。尻餅をつく。012.gif真玉黒土の無動寺にも岩飛石があるようだ。(上に立っているのは今日の大先達大日向さん)
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富貴寺から一旦県道34号に出てすぐ右折して小田原地区に入る。境内に樟の大木が枝を広げる白鳥神社に着く。一般には日本武尊(やまとたける)を祭神とする社のようだが六郷満山とどのような関係があるのだろうか?
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智恩寺への途中に道路から石段を上がると塔ノ御堂(とうのみどう)といわれるところがある。峰入りでは下から遥拝するようだがここには立派な四面仏が彫られた国東塔と板碑が並んでいる。豊後高田市出身の歴史研究家入江英親氏が書いた説明版には~実に見事な作りだ。相輪、笠、基礎部などが欠損してなければこの国東塔はたぶん国指定になっているだろう・・・云々。板碑も大きく重厚で立派だ。
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美和の工業団地入口そばから車で入り狭い道をクネクネと行くと良薬山智恩寺に着く。字の如く薬師如来を祀る六郷満山本山本寺八ヶ寺の一つだ。無住だが地区の皆さんが守っているようだ。柱には過去の峰入りの墨書が残る。古いほどうっすらと残っている。前には県指定の国東塔が。すこし荒れているがとなりには六所権現も。
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県道29号豊後高田国東線に出て並石(なめし)方向に進む。左にはいって妙覚寺に寄る。現在は禅寺だがかつて天台の名残が見受けられる。山門前にある石碑にはくさい息やお酒を飲んで山門を入るなというようなことを書いているようだ。江戸中期に天台宗から曹洞宗に改宗されたようだ。
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県道の反対側に突き当たると「堀岩屋」がある。普賢洞とも言われ普賢菩薩が祀られている。
ここで本日は解散とする。いい勉強をさせていただきました。みなさまお疲れ様でした。
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初日のコースはこの後には「十王岩屋」(位置不明)に寄って最後のゴールは長安寺となる。
by jinashi | 2010-05-30 22:49 | 国東半島あれこれ | Comments(0)