地理院マップを見ると国見町赤根一円坊から両子山方向への旧道(破線)が見られる。
昭和4年11月26日に山頭火が赤根温泉の木賃宿に泊まった後、この道を通って郡境尾根(現在は市境尾根?)に上がり両子寺へ向かったのではないか・・と(15年前の句碑建立の際に)聞いたことがある。
郡境尾根には4等三角点由ケ迫があって一度行ってみたいと思っていた。

H島さんに聞いてみると「地蔵峠からその三角点まで何度か縦走したことがある」というので今回案内してもらった。
2万5千分1地形図を見ると小ピークが連続していてかなり厳しいコースのようだ。

 由ケ迫(479m)  ~両子山近くの4等三角点

無動寺から豊後高田と国東の市境となる地蔵峠へ戻る。県31号脇に駐車して地蔵トンネル横から歩き始める。11時2分。ここの標高≒310m。
トンネル横に群生している(和紙原料の)ミツマタ。かわいい蕾をつけている。
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荒れた旧道?を登って峠の「地蔵尊」へ着いた。
石祠左側面に大願主は三畑の土谷○○、右は赤根の郷司○○と彫られていて峠を挟んだ両村により奉納されたようだ。
句碑建立の際、豊後高田の呉服店「瓦屋」さん(山頭火が立ち寄っている)から赤根温泉まで歩くイベント「山頭火ウオーキング」を行ったとき以来のお地蔵様との再会だ。往時にはここに茶店もあったらしい。
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R31地蔵トンネルの真上あたりにある峠から南に向かう。初めてのコースだ。
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さっそくのピークは右側を巻いて進む。
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厳しい登り返しの先に露岩に出る。並石耶馬鬼城や屋山を望む。
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三畑ダムそばのトンガリ三角錐は何という山だろう?
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気持ち良い尾根歩きは長く続かない。
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ちょうど昼となったので展望の良いところで30分ほどの昼食タイムとした。
豊後高田市地籍図根三角点がある。ここは豊後高田と国東の市境でこの先何か所か三角点がある。
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進行方向左に見る双耳の山。この山名も知らない。地蔵峠赤根側から入れば登れそうだ。
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2度目となる山腹巻き道コース。
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トレースのようなところは獣道だ。
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むこうに両子山の郡境尾根が見えてきた。

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アップダウンを過ぎてホッとする尾根鞍部。

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またまた続く厳しいアップダウン尾根歩き。

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地籍三角点のあるビューポイントから両子山山頂部が見えてきた。アンテナ手前がトンガリ山だろう。

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このあたりに群生するリョウブが赤い木肌を見せる。
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鞍部から岩場の急勾配を登る。
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上がり着いたところが4等三角点由ケ迫。14時12分。
昼食タイムを差し引いても出発から2時間30分ほどかかっている。
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やっとたどり着いた感激の?三角点だったが・・かなりバテバテになっていた^^
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右へ下りれば並石ダムへ・・真っすぐ尾根を登れば郡境尾根600mピークへ上がるようだ。
左へと赤根一円坊へ向かう。
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シロダモを抜けて・・
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林道最上部へ出合う。
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林道は途中からコンクリ道となる。
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25分ほどの林道下りで県31に出合う。
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近くの空き地に停めたH島さん軽トラへゴール。14時58分。

この日は久しぶりの岩場登りとアップダウンコースだったので、翌日はかなり足腰にきた感じだった^^
初めてのコースでは同じ山並みも見る方向からは新鮮な景色となる。
国東半島にはまだまだ未踏の三角点ピークや尾根、昔の峠越え道など多くありそうだ。

 
 沿面距離≒4.5Km
 累積標高(+)≒450m
 累積標高(-)≒530m
 所要時間≒4時間

(GPSマップ~拡大します)
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# by jinashi | 2018-01-22 19:48 | 国東半島・宇佐の山歩き | Comments(2)

豊後高田市黒土にある無動寺の背後に聳える岩山は無動寺耶馬と呼ばれ、岩屋や無明橋など六郷満山寺院の修行場として面影を残している。
昨年10月には天念寺耶馬とともに国指定名勝となった。ちょうど今年が1300年祭を迎える国東六郷満山にとってタイミングの良い指定だった。
日本の文化財保護法は、庭園、橋梁、峡谷、海浜、山岳その他の名勝地の中で、日本国にとって芸術上また観賞上価値の高いものを、文部科学大臣が「名勝」および「特別名勝」の名称で指定することができると定められている。
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15年ほど前に赤根温泉に山頭火句碑を建立した際に昭和4年の11月に山頭火が越えた山だと聞いていた。
山頭火は師匠の荻原井泉水にあてた手紙に・・・「今日はしぐれる岩山を四つ越えました。両子寺、天念寺、椿堂、どれも岩山の景観を占めています。このあたりは小耶馬渓とでもいひたい山間であります」と書いている。
無動寺耶馬には無明橋があることを聞いていて、前からの宿題となっていた。
今回も国東の山歩きに詳しいH島さんにお願いして案内してもらった。

無動寺は六郷満山中山本寺(修行の中心的な寺)として栄え、最盛期には末寺が12あったという。本堂には本尊の不動明王像をはじめ、大日如来座像、薬師如来座像などの平安時代から鎌倉時代にかけての16体の木造の仏像が安置されており、すべてが大分県の有形文化財に指定されている。このうち、本尊の不動明王像は、檜の一木造で、像高115.8cm。12世紀中頃の作とされる。本堂の裏には、十六羅漢像をはじめとする石仏や石塔が並ぶ石仏公園がある。

身濯神社鳥居から山へ入る。8時38分。ここの標高≒80m。
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石段を上がったところが身濯神社。
六郷満山寺院は通常六所神社として八幡大神(15代応神天皇)の母・神功皇后、比売大神などを祀るが、ここは伊弉諾尊大神ほか六祭神(後に二祭神を合祀)が無動寺を鎮守している。
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荒れた竹林を抜ける。
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削られた参道を通って不動岩屋へ・・ ややスリリング。
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奥に祀られる石造不動明王。
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削られた石段を進む。
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無明橋が見えてきた。
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長さ1m、幅50㎝ほどの石板を2枚並べて突き合わせている。中山仙境無明橋と構造は同じのようだ。
幅も広く、雑木があるのであまり高度感は感じない。
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渡った先が展望の良い蝉ケ鼻。下から見ると蝉の頭のような形をしているようだ。
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南に連なる天念寺耶馬と向き合う。こちらも国指定名勝となった。
よく見るとアーチ橋の無明橋が見える。
今日は朝から霧が出て視界は悪い。
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耶馬大岩壁を見上げる。
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さらに鎖場や岩場が続く。
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山頂直下の岩屋に着く。ここは「龍の権現」といわれているようだ。
首のない石仏と欄干擬宝珠?を見る。
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脇には染み出た(いのちの)水を貯めるところもある。
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さらに岩場、鎖場を四足で登って行くとフラットな岩場の山頂へ上がり着く。
9時25分。
標高≒230mで寺の山号「威王山」がこの岩山の名と言われている。
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霞んでいなければ絶景だろう。両子山方向。
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縦走コースへ入って西向きの展望岩に上がる。
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真玉の谷が周防灘に続く。
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やや緊張する狭い岩場の登り。
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この下の岩場を慎重にトラバース・・
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狭い尾根道。
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家の屋根が近づいてきて大分下って来た。
ここからは最近つくられたらしい標高差50mほどの鎖場コースを慎重に下りる。
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下り着いたところから鎖場を見上げる。10時28分。
お大師様や稲荷を祀る祠もある。
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椿堂遍照院へ無事の御礼参り・・・
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ゆるりと7分ほど県道を歩いて無動寺駐車場へ戻る。
無動寺から歩いて来た耶馬を見上げる。
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鎖場が連続する危険な修行場の岩山だった。鎖やロープの設置が十分ではないところもあり、単独縦走(登山)は控えた方が良さそうだ。
 汗の半分は冷や汗だったかもしれない・・・

 沿面距離≒1.9km
 累積標高(+)≒250m
 所要時間=2時間10分
(GPSマップ~拡大します)
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# by jinashi | 2018-01-20 19:21 | 国東半島・宇佐の山歩き | Comments(6)

NPO国東半島くにみ粋群設立10周年記念式典で講演をしてくれた貞さんとの繋がりで、県庁に勤務されていた豊後大野市(旧千歳村)出身で高校同級生のTさんと半世紀経って縁を得た。
貞さんと同じ同級生とはいえ当時は面識がなかったが、昨年10月には我が家を訪ねてきてくれた。
これまでのことや出身地千歳村での活動などを話してくれ、ふるさと千歳村や大分県に対する深い愛情を感じた。
その時に聞いた千歳のシンボル白鹿山にはいつか登ってみようと思っていた。

 白鹿山(はくろくさん・266.6m) ~旧大分百山・豊後大野市千歳町の里山

Sさんお祝い会で泊まった温泉施設を出てR10犬飼から中九州(横断)道へ乗る。
千歳インターを下りてR57に入ると右手に白鹿山が見えてきた。
千歳には15年ほど前に柴山八幡社の「ひょうたん祭り」を見学に来て以来だ。
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標識を見て砂利石販売所?から登って行くと妙覚寺の広い駐車場に着いた。
駐車場の脇に「39千歳会」が河津桜の植樹をしていた。12月に植えたばかりのようだ。
石祠から里の景色が広がる。
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人家のような建物があるが・・ここがお寺なのだろうか?
先へ進むと参道へ出た。ここがスタート地点。標高≒200m。出発は8時59分。
登山コースは辻本さんHPを参照する。
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六地蔵など石造仏の横を通り石垣造りの立派な山門をくぐって境内へ入る。
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普通の民家風だが・・お寺本堂の前を通る。ママはご住職らしき方を見て挨拶をしたようだ。
コンクリート道から山へ入る。
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すぐに階段となり上まで続いている。
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ジグザグに登ると視界が開けてきた。
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山頂部には祠があった。よく見ると火伏せの神様・愛宕様のようだ。
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南にはいつも三重へ走るときのR326や道の駅「みえ」も見えている。
むこうの山は大分百山で登った佩楯山(はいだてさん)だろうか・・
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祠の前にいつもの山頂標識や3等三角点(妙覚寺山・266.59m)がある。
白鹿山一の峯山頂写真。9時13分。
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祠の裏から二の峯に向かう。
鞍部まで下りたら登り返す。かなり以前に整備されたらしい遊歩道も今は荒れている。
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山頂部へと鋭角に登り返すと二の峯山頂だ。地籍調査の白い標柱が立つ。9時30分。
先の一の峯を望む。
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三の峯へ向かう。
本来は山頂部の防獣ネットの向こう側をすすめばよかったのだが・・そのまま進んで林道?へ出た。
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途中から二の峯と三の峯の間の尾根へ上がってリカバリー。
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TV中継塔への作業道を登って行く。
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赤い実はクロガネモチ?(苦労がねえお金持ち?)
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TV中継塔のある三の峯に到着。9時46分。
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中継塔を囲むネットフェンスを回ると360度いい景色が楽しめる。
山座同定が出来たのは傾山~祖母山方向だけ?
(拡大します)
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防獣ネットから北へと下って行く。
山腹を巻きながら駐車場へ戻る。何か所かのわかりにくい分岐はほぼ直感で進んだ。
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感が当たって?コンクリート道へ戻って下山。10時20分。
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低山だがとても見晴らしの良いふるさと名山だった。
山中に防獣ネットが張り巡らされていて、せっかく整備された遊歩道は荒れっぱなしで機能していないようだ。
山名のように白い鹿が現れて悪さをする猪を退治してくれないものだろうか?

気が付けば・・2日続きで「鹿」の山を登ったのだった。


 沿面距離≒2.3km
 累積標高(+)≒210m
 所要時間=1時間23分
(GPSマップ)
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# by jinashi | 2018-01-16 14:19 | 大分県の山歩き~その他の山 | Comments(2)

大分市「うさぎ&かめの山楽校」のSさんが別府の小鹿山で大分百山を完登するというのでママと一緒に枯れ木も山のにぎわい登山に出掛けた。
山楽校代表のタカちゃんには、2011年にママが祖母山系大障子岩で百山を完登した時にあれやこれやとヘルプしてもらっている。

 小鹿山(728m) ~大分百山・2回目

真っ白に圧雪したエコーラインをゆるりと越えてやまなみハイウエイへ・・・
志高湖レストハウス前に10時に到着。
今日の主役Sさんをはじめ皆さんは国東の山へは何度も来られているので久しぶりの再会です。
うさぎ&かめ5人+私たち2人は10時18分にスタート。ここの標高≒600m。
志高湖畔を歩き始める。
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半分凍った湖で白鳥やカモ?たちは寒そう・・
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山頂部を隠した由布岳。豊後富士と言われるほどの風格がある。
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小山を越えて神楽女湖に着く。
冬の間は花菖蒲は刈り取られているようで?きれいに整地されている
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雪が残る志高~おじかコースを進む。
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別府市立少年自然の家「おじか」の横を通って山へ入る。
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丸木階段の急登へ取りつく。
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振り返ると高崎山や東九州道、大分臨海工業地帯も見える。
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もう少しで山頂だ・・
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3等三角点小鹿山へ2度目の登頂。
前回(2006年?)登った時にあったヤマボウシはどこだろう?
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別府市街地と別府湾。むこうは国東半島。
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Sさん、百山完登おめでとう! 甘酒で乾杯!
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防火帯を下山する。
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志高湖へ戻ると晴れてきた。前方に鶴見岳(右)と由布岳。
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夜は大分市の某温泉施設でお祝会がおこなわれた。
それをだしに一杯飲めるという皆さんたちで宴会は盛り上がった。
今回のSさんでうさぎ&かめの皆さん全員が大分百山を完登したことになるそうだ。
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謝辞を述べるSさん。
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それをだしに「いっぱい」飲んだじなしが一番先にダウンして夢の中(*_ _) 


沿面距離≒7km
累積標高(+)≒390m
所要時間=2時間50分
(GPSマップ)
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# by jinashi | 2018-01-15 16:49 | 大分県の山歩き~由布・鶴見系 | Comments(0)

国東半島には鎌倉から戦国時代にかけて九州一円を支配した大友氏の歴史がのこる山城が多くある。
これまで岐部城正月屋敷跡や豊後高田の屋山佐野鞍掛(城)山など城跡の山へ登ってきた。

今年初めての国東里山は、暮れに小倉の貫山を登った時にゆみちゃんから聞いた山城を探検する。
ゆみちゃんと山友3名、じなし&ママの6名が岩戸寺山口池に集合。
新年の挨拶をして・・最初に向かったのは岩戸寺古城。

 岩戸寺古城(不明)?

山へ入る前にこの地域に詳しい上溝さんに古城のことを聞いてみた。
上溝さんの家には六郷満山寺院峰入りでは一行が休息に立ち寄る唯一の民家で、昔から武士や行者を湯茶で接待してきている。古い時代のことはよくわからないが戦後に始まった峰入りには立ち寄る行者のみなさんを温かくお迎えしているという。
(上溝さんには以前み仏ウオーキングで三十仏のガイドをお願いしたことがある)
上溝さんの庭から見える岩戸寺耶馬が古城のあったあたりだと・・いろいろと聞いたのだが、山中を口で説明するのは(教える方も聞く方も)伝わり難い。

昭和になって?子供の成長を祈願して岩に彫られたという観音様から山へ入った。
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山中を徘徊したが・・それらしきは見つからなかった。
岩尾根のピークから見おろす山口池あたり。
古城跡は前方岩峰あたりかも知れない・・
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(反対に)山口池近くから望む岩戸寺古城あたり(登った岩尾根)。
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以前に小岳から風神岩を歩いた時の画像がちょうど岩戸寺古城あたりを撮っていた。
その画像に大方の歩いたコースを入れてみた。
 (拡大します)
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 入った谷が違っていたのだろう。 次回に再挑戦だ・・・



次に向かったのが成仏地区にある城址。
大友氏とその一族田原氏との戦いの歴史が残る。
天正8年(1580年)、11代田原親宏の跡を巡る家督争いに大友宗麟は次男親家を継がせようとしたが、田原氏の養子の親貫は豊後高田の鞍掛城に籠り毛利氏に援軍を要請した。その時大友親家が籠ったのが成仏の雄渡牟礼(おどむれ)城(小門山)だといわれている。

 豊後御所の陣(≒330m) 
 豊後小城(≒270m)
 成仏(三等三角点・285.5m)

岩戸寺から両子鉢巻道路を通って犬鼻峠から成仏へ下る。
正月から縁起の良い名前の「金涌バス停」近くに停めて歩いて行く。
後ろは成仏桜会のAさんのお宅でした。
(ゆみちゃん画像)
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舗装路を20分ほど緩やかに登って行く。オレンジ標識があるところから右へ延びる林道へ入る。
「中世戦国時代山城 入口 御所の陣跡」だろう・・
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途中で軽トラおじさんに聞いて・・マイクロバス廃車先の大岩から山へ取りつく。何となく山道のような感じもする。
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防獣ネットに沿って進む。323mピーク辺り。
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さらに進むと左に堀切のような所を見て進む。
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山道?に出会って先へ向かうとオレンジ標識が見えた。大岩から19分。
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広場のようになっていて桜の木が植えられている。
雄渡牟礼城からの直線距離は約1km。ここに陣を張ったのだろう・・・
ここで昼食タイムとした。
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次に向かったのが小城。
真っすぐ谷を近道で下って先の林道へ下りる。
廃車乗用車(マツダファミリア)のところから入っていく。
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自然林の小高いピークへ上がったがそれらしきはない。そこから南西に緩やかに下って行くとオレンジ標識「小城」を見つけた!
廃車ファミリアから9分。
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下って来たところは土塁状となっている。
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虎口か?
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田原親貫の反乱の際に築かれたのが御所の陣と小城ではないかと言われている。



近くにある三角点へ行ってみる。
ゆみちゃんの調査資料では豊後小城はこちらではないかというが・・

地形図を見てガードレールから山へ入る。
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右手自然林の先に小門山が見える。
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最初のピークから左に向かうと三角点を発見!
ガードレールから10分ほど。
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三等三角点「成仏・285.5m」の前で4人娘と年増が1人。 
山名がないのが残念・・
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キュウイ畑で作業をするご夫婦とバス停前のAさんにご挨拶をして車へ戻った。

城郭放浪記を見るとこれまで城址として意識しないで登った国東半島の山もいくつかあるようだ。
岩戸寺古城はもう少し調べてみよう・・・


 沿面距離≒6.3km
 累積標高(+)≒530m
 所要時間=3時間30分
(GPSマップ)
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# by jinashi | 2018-01-10 16:14 | 国東半島・宇佐の山歩き | Comments(8)